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悪役令嬢の毒  作者: ぶちこ
番外編
17/18

SS小話

以前、活動報告で書いた『悪役令嬢の毒のSS』です。

報告欄に埋もれそうだったので、本文に移しておくことにしました。


※新作ではないです。1年くらい前のです。ごめんなさいです。


【悪役令嬢の口紅どく



 マルティナは、ニコラスの気を引くために口紅の色を変えてみることにした。


 愛用する紫紺色ではなく、真新しい赤色の口紅を唇に乗せてみる。

 あまり似合う色ではなかったけれど、たまにはこういう気分の一新も悪くない気がした。


 もちろん、口紅の色に合わせてドレスや髪飾りの色合わせも変えていく。


 鏡で何度も確認して、納得のいく出来になってからいつものように登城して、ニコラスのいる執務室へと向かった。


 しかし、ニコラスは執務机に向かって書き物をしていて、マルティナが部屋に入ってもすぐには視線を上げなかった。


 ひと区切り付いたのだろう、ようやく顔を上げてマルティナを視界に入れたニコラスは、マルティナの期待通り、わずかに目を見張って変化に気付く。


 どきどきとするマルティナの目の前で、ニコラスは目を細めていった。

 彼の眼差しが嗜虐的に冷たいのはいつもの事だが、それにも増して鋭利なものを光らせているような気がした。


 ニコラスは、無言だった。

 執務机の上で手を組み、探るようにマルティナを視線で射貫いてくる。


 何も言われないプレッシャーに、マルティナはすでに一杯一杯だった。


 きっと怒っている。そう思った時、ニコラスが動いた。

ゆっくりと椅子から立ち上がり、ゆっくりと距離をつめてマルティナの前に立った。


 言いしれぬ気迫に物怖じしていれば、やや乱暴に顎を掴まれ上を向かされ、思わず震えてしまいそうになる。けれど、降ってきた口付けは予想以上に優しかった。


 すっかり覚え込まされた柔らかな感触に、ほっとしながら応えようとした時、彼の唇はあっさりと離れていく。


 知らず閉じていた目を開ければ、ニコラスの口にはいつものように口紅が付いた。


 「……―――」


 思ってもいなかった光景だった。

 ニコラスに付いた口紅が、いつもと違う赤い色をしていたのだ。


 見知らぬ色が、ニコラスの唇にまとわり付いている。

 まるで―――まるで、他の女と唇を交わしたかのようだった。


 マルティナの受けた衝撃もおかまいなしに、ニコラスはもう一度顔を近づけてきた。


 反射的に、顔を背ける。

 抵抗の意志を見せれば、顎を掴んでいた手は簡単に外された。


 マルティナは、どうして自分が抵抗したのか分からなかった。

 だがすぐに、他の女とキスした口で触られたくないという、自分勝手もはなはだしい感情からと気付いた。


 ごちゃ混ぜになった頭でニコラスを見れば、彼の唇にはけばけばしい色の口紅が、未だ我が物顔で居座っている。


 突発的に湧き上がる、どろりとした衝動に動かされるまま、マルティナは両手をそこに伸ばしていた。


 ニコラスの口を、自分の指と手の甲を使って懸命に拭う。


 「――痛い」


 力加減が出来ていなかったのだろう、顔をしかめたニコラスに両手首を取られた。

 そのまま上に持っていかれ、ぶらさがるような格好になる。


 見上げた視線の先では、冷えた眼差しがマルティナを見下ろしていた。


 ニコラスは全く悪くない。

 なのに、口紅の色が違うだけで心変わりされたような気になった。


 おかしいのは自分だと分かっているのに、胸を灼け焦がすような激情が押し寄せてきて、勝手に涙が溢れてくる。


 見られたくなくて下を向いたら、涙が一粒二粒と床に落ちていった。


 「…………わかったなら、もうするな」


 声は、さほど怒気を感じさせなかった。


 マルティナは言葉の意味を飲み下すよりも先に、こくこく頷いていた。


 すると、両手首を掴んでいた手は放され、代わりに顎全体を覆うように手が差し込まれ、もう一度上を向かされる。


 ニコラスは何をするでもなく、ただ見ていた。

 まだ止まらない涙がポロポロと頬を流れていくのを、ただ確かめるように眺めている。


 ふと、薄い笑みを浮かべ、親指の先で頬を撫でた気がした。

 けれど、気がした時にはニコラスの手は離れていた。


 そして、その日は、それだけで終わりだった。


 いつも通り化粧を直し、紫紺色の口紅を付け直してもらえたが、それだけで有無を言わさず家に帰らされたのである。


 きっとお仕置きなのだろうと、帰りの馬車で今日のことを重く振り返るマルティナは、今後、何があっても口紅の色だけは変えたりしないと心に決めた。




【終わり】




という、ありふれた日常回でした。

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