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悪役令嬢の毒  作者: ぶちこ
番外編
12/18

第二王子の毒見05


 アルバートの出した条件は、トレント領アデル子爵の養女(むすめ)、リリア・アウリアの実態を調べて欲しいとのことだった。


 曰く、彼女の振る舞いが今、社交界で問題視されているらしい。


 現執政府の中核を担う子息たちの前に狙いすましたかのように現れ、あからさまな媚びを売っては、懐に入り寄ろうとする。


 身分も差もわきまえず、あまつさえ婚約者の居る相手にまで堂々と言い寄るなど、あるまじき行為だった。


 何より、リリア・アウリアは王太子アルバートの前にも現れたそうだ。


 他の令息たち同様、さも親しげにアルバートに話しかけ、まるで彼の心の内を知っているかのような発言を繰り返したらしい。


 それだけで、自分がアルバートと懇意になったと言わんばかりに、腕や肩をよせて寄り添ってこようとする。


 こればかりは許容できることではなかった。アルバートにもまた婚約者がいる。


 それもその相手は一国の王女であり、最重要同盟国の姫だ。


 もしこのことが相手国に知られれば、アルバートの気持ち如何によらず、自国の姫を侮られたと取られかねない。

 最悪、国家間での外交軋轢にまで発展する。


 ともすれば、リリア・アウリアの行いは間諜、もしくは工作員のまねごとにも見えた。


 事と次第によっては、内乱罪の適用も考えられ、彼女の目的は何なのかアルバートは早急に調査へと乗り出したらしい。


 だが、なかなか実態が掴めない。


 養女として引き取ったアデル子爵から、彼女の生家まで。どこかに政敵や外敵の影はないかと密偵をやって探し回った。


 それでも、何の手掛かりも掴めない。


 養父のアデル子爵も養女(むすめ)の奇行にほとほと手を焼いているらしいが、どんな忠告にも全く耳を貸さないという。


 それどころか、「大丈夫。私は知ってるの、これで全部うまくいくから」と、ぞっとするような言葉を吐いたとか。


 いよいよもって、リリア・アウリアが何を考えているのか分からず、アルバートは自分の手には負えないと判断し、ニコラスに意見を求めることにしたそうだ。


 だが、意見を求められるだけのはずが、ニコラスは丸投げされてしまった。

 幽閉塔使用の交換条件だから引き受けたが、どこか彼らしくないものを感じ、なんとなくだが、その理由を推し量った。


 あの人のことだから、こうして別事をさせて頭を冷やさせる目的もあるかもしれない。


 たかだか貴族の娘一人だとか言っていたくせに、そうやって目をかけようとする。

 未来の国王にふさわしい人なのかもしれないが、それでは身が持たないだろう。


 兄に心労をかけている自覚のあるニコラスは、知らず息をついていた。


 とりあえず引き受けた仕事に手を抜くつもりはない。アルバートの思惑に乗るわけではないが、ニコラスは自らの我欲から頭を切り換えた。


 アルバートの部下達が集めた情報を精査し、調べたというリリア・アウリアの背景を自分なりの方法で再検討する。


 実際に会って話もした。

 ニコラスはすでに会っているが、彼女の話をほとんど聞いていなかったため、リリア・アウリアという人間を改めて観察する。


 アルバートの言うとおり、やたら聞こえの良い言葉を使うが、それがどこか薄っぺらい。どこからか借りてきた台詞を羅列しているだけに聞こえる。


 しかも「大丈夫。私は知ってるの、これで全部うまくいくから」と言ったらしいが、おそらく本気でそう思い込んでいる。


 マルティナと似た、何かに突き抜けてしまう性質の人間かとも思ったが、よくよく見れば、これは狂信者とよばれる類。何かに唯々諾々と従って、人間らしい苦悩や考える力を放棄した一番つまらない質の人間だった。


 となれば何に従っているのかだが、それを見付けることは本当に出来なかった。

 少なくとも、ニコラスが知る国内の貴族とそれに属した人間は彼女と関わっていない。


 なら、話は簡単だ。彼女を隔離してしまえばいい。それで済む。


 神か悪魔か。何に従っていたのか疑問は残るが、彼女を遠方にでも送ってしまえば、本物の神か悪魔でも来ない限り、ただの娘にできることはまずあるまい。


 そうした旨を、調査結果と共にアルバートへ報告した。


 彼はひとつ頷いて、リリア・アウリアの養父であるアデル子爵に養女(むすめ)の危険性をどうやって説明し、説得するかはアルバートが引き受けた。


 リリア・アウリアの処遇についてもアデル子爵とその時に会って決めるらしい。

 こうしてあっさりと、リリア・アウリアの件は片付いた。






 ニコラスは、晴れて幽閉塔の使用権を勝ち取った。


 そして、アルバートが期待していたかもしれない、ニコラスの頭を冷やす目的は、あまり効果を発揮していなかった。


 ニコラスがリリア・アウリアの調査にかまけている間、マルティナは5回ほど夜会や茶会に出席していた。


 それも第二王子同伴をつづった招待状は見事に避けて。


 アルバートの名を騙って出した信書は、どちらかと言えばアルバートを釣るための餌だったとはいえ、ここまで露骨だと気分が良いはずがない。


 だが、その全ては未だに続けられていた侍女の報告書に書かれている。

 キース・クランシー。ノルディス・オーウェン。レイモンド・カバネル。そしてオルガ領のコルベール侯爵という5人の男に、口説かれていたことも筒抜けだった。


 前のバルト子爵の小倅同様、彼らにそれなりの制裁を加えてやりたかったが、今はアルバートの機嫌を損ねるのはよした方が良いと思いとどまる。


 それよりも幽閉塔である。


 それは城の敷地内にある落葉苑の中にあり、閑散とする森林に囲まれた場所にある。


 罪を犯した王族や上級貴族を幽閉するための場所であり、その造りや内装は、慎ましやかだが身分にふさわしいものが用意されている。


 アルバートは約束通り、幽閉塔の衛士の説得や、整備のための人の出入りを緩和してくれており、その準備はほぼ整えられていた。

 あとは、アルバートから正式な許可を得て、夜会に出席したマルティナをそこまで連れ出すだけである。


 マルティナの侍女は、こちらの手駒として動いている。どの夜会に出席し、どのくらいの時間に帰宅するつもりかは完全に把握できる。


 だから彼女が帰宅する時を見計らい、本来乗るはずの侯爵家の馬車を、こちらが用意した馬車と入れ替えるのである。


 アルバートに問われたから、そうした一連の流れをニコラスは説明していたが、アルバートはいい顔をしていなかった。


 それどころか、


 「塔へ連れて行く前に、もう一度だけ会ってみたらどうだ?」

 「…………」


 「念のためだ。もしかしたら彼女も本来の調子を取り戻しているかもしれない。それで駄目なら、私も改めて許可を出そう」


 ニコラスは気が乗らなかった。

 顔を見せて、また逃げられるのか。それを思うと気が滅入る。


 だが、アルバートの協力なしで強行すれば立ち行かなくなる可能性が高いため、ニコラスは渋々と従った。






 第二王子同伴の招待状を頑なに避けるマルティナの裏をかくため、ニコラスは夜会の主催者に無理を言って当日の招待客に組み込んでもらった。


 だが、間の悪いことに、その夜会にはリリア・アウリアまで招待されていた。


 聞いた話では、明日、療養地へ送られるはずだが、ここで何をしているのか。


 ニコラスの疑問を、彼女は自ら話し始めた。養母からどうしてもとせがまれて、明日から二週間ほど温水浴をしに行くのだと嬉しそうに語っていた。


 どうやら彼女は何も知らないらしい。

 連れて行く時に抵抗されても面倒なので、教えられていないのだろう。


 彼女には大した興味もないので、視線を戻そうとした時、視界の先で誰かが走り出していくのが見える。


 立ち去っていくその細い背中を見た時、ニコラスは思った。


 ―――ほら、逃げた。


 そんなことは第二王子同伴の招待状を避けている時点で分かりきったことだった。


 黒くこびりついていた感情はしだいに錆び付き、アルバートの気遣いなど腐食させていく。


 「私、彼女を探してきます!」


 リリア・アウリアが急に切り出したかと思えば、駆けだしていく。


 思わず見送ってしまったが、マルティナに何をするつもりかと遅れて後を追った。


 彼女が駆け去っていった先を捜しながら、中庭へと出る。

 遠くで女性の話し声が聞こえ、そちらへと足を向けると、リリア・アウリアが訳の分からない世迷い言をマルティナに投げつけていた。


 あまつさえ、ニコラスと手を切るように言い募っている。


 「何をしている」

 「ニコラス様っ!」


 リリア・アウリアが、ひどく驚いた声を上げた。

 恥ずかしそうに体をよじりながら何事か喋っていたが、耳を貸さずマルティナを見る。


 「……ずいぶんと立ち入った話をしていたようだけど、わからないな、どうして」


 子爵の養女(むすめ)に言われなければいけないのか。

 そう続けるはずの言葉は遮られた。


 「いいえ。お話は終わりました。殿下の差し出口は必要ありません。リリア・アウリア様、貴女のお話は分かりました。ご忠告通り、ニコラス殿下にはもう二度と近づかないことを誓いましょう」


 毒の唇が、ニコラスの心に傷を付ける言葉を吐いた。


 そのまま凛と背筋を伸ばして、彼の横を通り過ぎようとする。


 「―――待て。マルティナ」


 ニコラスが掴もうとした腕は、振り払われた。

 手の届かない距離まで歩き、やたらよそよそしい淑女の礼が取られる。


 「ごきげんよう」


 浮かべた微笑は、ひどく美しいものだった。


 しばらく茫然と立ち尽くしたまま、ニコラスはマルティナがいなくなった場所を見ていた。


 リリア・アウリアが、べらべらと喋っていた。

 わずらわしかった。


 「―――リリア・アウリア。お前のしていることは国辱にあたる」


 「…え? 何?」


 「貴族間における身分の上下をいちじるしく軽視し、国内の法規秩序を乱している。果ては、王太子アルバートに言い寄ることで、彼の婚約者であるアデルハイド王女を侮辱し、また彼女の母国をも侮辱している」


 「……ニ、ニコラス様?」


 「これを当国に知られては国の威信にかかわる。王太子はこれを未然に防ぐつもりでいる。お前など初めからいなかったことにされるつもりだ。明日がその執行日であり、お前はそこへ連れて行かれる。温い水とやらに浸かってくるらしいが、その水が赤くないことを祈っておこう」


 青ざめた顔で言葉を失う女を置いて、ニコラスは歩き出す。


 彼の訓告をリリア・アウリアがどう受け止めたかは分からない。


 ただ、彼女の療養地送りは王太子との密約により、すでに決定済みである。どれだけ彼女が抵抗しようとも覆ることはない。


 護送される際、彼女が取り乱せば取り乱すほど養地での監視生活は厳しいものになるだろうが、そんなことはニコラスの知ったことではなかった。


 マルティナの最後の一言がよみがえる。


 さようなら。


 そう言われた気がした。いや、実際に言ったのだろう。


 アルバートの言うことなど聞かなければ良かった。

 そうすれば、あんな台詞を聞かずに済んだのだ。


 ニコラスは、どこにぶつければいいのか分からない感情を抱えながら夜の中を歩く。


 ―――はやく、塔へ連れていかなければ。


 彼の足は止まらなかった。






明日の更新は、少し遅れるかもしれません。

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