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悪役令嬢の毒  作者: ぶちこ
番外編
10/18

第二王子の毒見03


 マルティナが突発的に意識を失い倒れた。

 ニコラスとは距離があったため、彼が彼女を受け止めることはできなかった。


 急いで宮廷医を呼びつけ、容体を確認させる。幸い頭は打っていないようだった。

 そのまま宮廷医をマルティナのかかりつけにし、彼女の屋敷まで往診するよう手配して、診断結果を毎日報告させた。


 3日ほど目を覚まさないマルティナに、ニコラスは見舞いに行くのではなく図書庫や書架殿の医術書を読み漁っていた。


 その時は、それが最善だと思っていた。後から考えると、冷静にしながら冷静さを欠いていて、普通の判断ができていなかったのだと思う。


 その後、目を覚ましたという報せと、どこにも異常はないという診断を受け安堵したが、同時に、ならどうして3日も目を覚まさなかったという疑問が残った。


 マルティナの経過を注意深く見ている必要があった。


 ニコラスはかねてより手駒にしていたマルティナの侍女に、マルティナの一日の行動を記した報告書を提出するようコンラッドを通して厳命した。


 数日で床払いし、ようやく日常生活に戻ったと報告書を読んだとき、ニコラスは当たり前のようにマルティナが自分のところまで乗り込んで来ると思っていた。


 色々と立て込んでしまい、見舞いの品すら贈り損ねていたから憤慨しているだろう。だからこそ、一刻でも早くいつもの姿を見せに来てほしいと思っていた。


 床払いから1日目、いつもの来訪時間を待って、執務室にて押し付けられた書類仕事を適当に片付けていたが、マルティナは怒鳴り込んでこなかった。


 2日目、同じく政務に就き、時計を何度も確認しながら持ったが彼女は来なかった。


 3日目、書類の文字が目の上を滑っていくので仕事にならず、何も手に付かないまま執務机の前で待ったが、彼女は来なかった。


 侍女から報告書を受け取っていたから、マルティナの容体に変調はない。

 なのに、彼女は会いに来ない。


 第一王子が王太子に擁立されてからというもの、それまでマルティナは3日置きにはニコラスへ会いに来ていた。


 婚約破棄の噂が立っていたから、おそらく自棄になって、こちらの都合も何も考えない強引な手を使っているのだろうとニコラスは考えていたが、それが突然と来なくなった。


 それどころか、侍女の報告書によれば、庭師とのその見習い二人と直接口をきくほどに仲良くなり、花の苗をねだったり、薔薇などを一輪摘んでもらっては手渡しで受け取っているらしい。


 形容しがたい感情がわき上がる。

 マルティナはこれまでニコラス以外の男と親しくすることなど、まず無かった。


 彼女にいったいどんな心境の変化があったのか、全く分からない。


 マルティナが登城しなくなったことは、兄アルバートの耳にもすぐに入ったらしく、様子を尋ねに来たから、彼女の体はちゃんと回復していると説明した。


 「なのに来てないのか? それじゃあ……やっぱり婚約破棄の噂を気にしているんじゃないか。それか、とうとう愛想尽かされたとか」


 などと軽口を叩くので、遅々として進まない仕事の催促は無視することにした。


 彼女に限って心変わりなどありえない。


 だが、毎日届けられる報告書の中身にたまりかね、庭師たちを王宮庭園の整備に呼び出すことにした。腹いせもかねて依頼主の名はアルバートの名前を使った。


 庭師たちが侯爵家の屋敷を辞する時、庭師見習いの男から花の種が贈られたらしい。


 見習いの下心が透けて見えてくるようで、不愉快だった。


 次の報告書には、マルティナが屋敷から抜け出そうとした旨が書かれていた。


 絶対に目を離さないよう指示するが、それだけでは心許なく、アルバートの私兵に適当な理由をつけて、見張りの手数を増やさせてもらった。


 すると今度は、屋敷から逃げ出すふりをして使用人たちとのおにごっこを始めだしたという報告を受けた。


 「…………」


 情緒不安定なのだろうか。


 やはり、まだ病み上がりの身である。もうしばらくはそっと様子を見ておこうとニコラスは思い直す。


 急かさずとも、来月には毎年の定例行事である、王国主催の建国式がある。


 マルティナはニコラスの婚約者となってから毎年出席しているため、ニコラスが式典のエスコート役として侯爵家の屋敷まで迎えに行く予定だった。


 それまでは、腹の据どころが定まらない報告書と睨み合いながら、やけに長く感じる日々を過ごした。


 建国式当日。

 侯爵家まで馬車で乗り付けたニコラスは、侍女に手を引かれながら歩み出る麗人を迎え出た。


 ひと月以上全く会っていなかったマルティナ。


 その美貌は何も変わらず、きわだった異彩を放っていた。

 けれど、今日はどこか憂い気にして、ニコラスを見ようとしない姿を訝しく思ったが、ちゃんと紫紺の口紅が引かれていることには、どうしてか安堵する。


 いつも通り、着飾った彼女の出来映えを褒めることはせず、それなのに、マルティナは何も言わなかった。

 それは、彼女と出会って以来、一度もなかった事態だった。


 あまりにマルティナらしくない行動に、馬車の中ではぶしつけにも凝視してしまったが、彼女はそれでも毒の唇を閉ざしていた。


 いろいろと考えを巡らせている内に、馬車は城へと到着してしまう。


 王宮の式典会場まで案内し、国王陛下による式典の開催まで、有力貴族の挨拶回りに駆り出される。


 婚約を結んでいるからには、当然マルティナも一緒である。


 マルティナは人目のある場所で第二王子に悪態をつくことをもうしていないが、その日和見とした態度が周囲から反感を買っていたため、冷たくあしらわれることが多かった。


 だが、ニコラスに言わせれば、そんなものはお笑いぐさである。


 王太子勢力が第二王子ニコラスを擁護してからと言うもの、どれだけの貴族がマルティナ以上の露骨な手のひら返しをしたか。


 ニコラスは、諳んじろと言われれば、一人残さず諳んじることが出来る。


 苦言を呈していないのは、周囲からマルティナが孤立していることが、ニコラス的に都合が良かっただけにすぎなかった。


 厳かな式のあと、午餐会が開かれ、夜の部として舞踏会が催される。

 夜の部は、成人した男女のみの参加である。


 ニコラスはダンスが嫌いではない。

 本能と理性、そして毒を愛でる性癖のせいで触れない様にしていたマルティナを、心置きなく腕の中におさめておける機会なので存分に堪能していた。


 王太子であるアルバートのダンスを皮切りに、次々とパートナーを伴った男女がダンスホールを賑わせていく。


 いつもなら強引に誘ってくるマルティナは、しかし、付添人の侍女に用があるといってニコラスの側から離れていってしまった。


 その行方を思わず目で追っていれば、彼女は侍女の方ではなく、人混みにまぎれるようにバルコニーへと出てしまった。


 一人になったニコラスに、これ幸いと、おべっかを使いに来る貴族や若い令嬢たちがダンスを申し入れてくるので、彼はその対応に追われる。


 思いのほか時間が費やされ、ふとバルコニーに視線を戻せば、いかにも軽薄そうな男がマルティナに話しかけていた。


 ざわり、と心が乱れる。


 何を話しているかなど、聞こえるはずもない。

 マルティナはほとんど口を開いていなかったから、注視しつつも油断していた。


 彼女が、その男に笑いかけた。


 ぱきん、と手の中にあったものが割れる音がして、床に砕け落ちる。


 突如わいた暴力的な感情が、指の力を狂わせて、高級で繊細なグラスを割ってしまっていた。


 流れだす血に、誰かがすぐさま気付いて声を上げる。

 周りが少しだけ慌ただしくなって、給仕が傷口に当てるための布を差し出しながら、処置室に案内しようとしてくる。


 バルコニーの扉に誰かが立つのが見え、背後に男を従えたマルティナを視界に捉えた瞬間、焼け付くような思いに身が焦がれた。


 目を背けるように歩き出し、給仕の案内に従って会場を後にした。






 次の日、ニコラスは自分の私室で休養しながら考えていた。


 マルティナの豹変理由がわからない。


 明らかな原因といえば、やはりあの時の卒倒だろうか。


 その後に、見舞いの品を贈り損ねた件もある。

 だが、それくらいであのマルティナ・オルブラントが心変わりするだろうか。


 今までのマルティナとあまりに違うその態度に、ニコラスには答えを出せなかった。


 おもむろに、右手に巻かれた包帯を見つめる。


 あの時、マルティナに話しかけていたいかにも軽薄そうな男。バルト子爵の小倅だったか。あの男については後日調べるとして、庭師見習いの件といい、自分がこんなにも嫉妬深いことをニコラスは知らなかった。


 嫉妬心と言えるものを抱いたことが無いわけではない。


 だが、それまでマルティナが別の男と親しくするようなことはほとんどなかったから、その機会がごく少数だっただけにすぎない。


 実際は、別の男と二人きりで話すだけで心がざわつき、笑いかけるだけで悋気をみせる。これまでの経験が少なかったからこそ、己を全く抑制できていなかった。


 今考えると、マルティナが正妃に倣って第一王子と第二王子の比較をしなかったことは幸いだったのかもしれない。


 もし、そんなことをされていたら―――


 そこら辺にいたアルバートが振り向いた。


 「今、殺気を感じた」

 「……お風邪ですか?」


 「いや、寒気じゃなくて殺気だから。お前の方からしたから」

 「早く休まれた方が良いですよ」


 「いや、お前だから。絶対にお前だから」

 「そんなことより、何のご用ですか。見ての通り利き手を怪我していて書類仕事は出来ません」


 アルバートは憤懣やるかたない顔をしながら、一枚の書類と手紙を差し出してきた。


 「お前の後見人の話だよ。オーデール公に決まっただろ。お披露目会も兼ねて催し物を開くそうだ。なんでも巨大迷路だそうだぞ。お前はその主賓として参加してもらう」


 「面倒ですね」


 「マルティナ嬢を同伴させると言ってもか」

 「行きます」


 「素直すぎる返事で、大変よろしいんだが……分かっているよな?」


 意味ありげに示唆したアルバートに、ニコラスは答えない。


 「オーデール公は、マルティナ嬢を快く思っていない」


 予想通りの言葉に、ニコラスは溜め息をついた。


 オーデール公は、無領公爵家のご隠居であり、先代王の王弟だった人だ。

 ニコラスの後見人としては申し分のない人物だが、オーデール公を含めた王太子勢力の多くは、マルティナ・オルブラントを白眼視しており、第二王子の婚約者にふさわしくないと以前から口やかましいのである。


 「それなんですが……レイゼルト公爵領をください。あそこは気候がいいし、領地も狭い。その上うるさい連中も居ないので、マルティナと世俗を離れて暮らそうかと」


 「ははは。ふざけんな。その年で隠棲とか誰がさせるか。そもそもレイゼルトのところは根が深い。少なくとも王太子の身分で手を出せる土地じゃない」


 確かに、半世紀まえから続く闇取引市場を潰すのは難しいだろう。

 やるなら、かなりお膳立てと根回しが必要だし、どうしても数年はかかる。


 だが、あの場所は気候が良いだけでなく、地形的な軍事拠点だった場所で古い城砦があるのだ。


 外からは入って来られず、中からも簡単には逃れられない。


 今、無性にあの場所が欲しいと、ニコラスの頭の中でしがらみの川が流れ出した。






進みが遅いです。本編は超えないけど、少し長くなるかも?

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