第五話:近未来のオモチャの宝箱
異変は数日前からだった。
今日も今日とて我がお店にやって来た西園寺のお嬢さん達と嬉しそうに接客をする琴音。
最近日常にもなってきたその光景を眺めながら俺はズズス…と琴音が淹れたお茶をすする。
うむ…、美味い、しかしやはりお茶うけが何か必要だ。
何か無いかと店内を見渡しているとふとチョコが食べたくなってきたので欲望に任せてチョコを手に取る。
「…それ、お店の商品じゃないんですか?」
それに気付いた西園寺が呆れた顔をしていた。
「俺の店の商品を俺が食べるんだ、何の問題も無い、仕入れの値段のままだし、他で買うより安くなるしな」
「あなた…、子供の頃は焼肉屋の子供は焼肉食べ放題とか思ってたでしょ」
え?違うの…?
「あっ!それチョコ玉じゃないですか、出ましたか?女神」
「女神…?」
突撃何を言い出すんだこの娘は。
「チョコ玉といえば金の女神、銀の女神じゃないですか」
「なにそれ?なんか昔話でそんなんあったけどよ」
「斧の話しじゃありませんよ…、そのお菓子の話しです」
「…これか?」
言われて今自分が手に持っているお菓子、チョコ玉を見るが金の女神様や銀の女神様どころか普通の女神様もいない。
あるのはパッケージに載っている…、おそらくこのお菓子のイメージキャラクターなんだろうけど。
けど…、えーと…、なんだろ?これは鳥なのか?
やたらとでかいくちばしがついてるし、たぶん鳥だと思うんだが羽らしいものは無い、まぁお菓子のイメージキャラクターなんだし、細かい事はいいんだが。
「なんですか?それ」
興味を持ったのかお嬢さんが食い付いてきた。
「チョコ玉です、チョコの中にピーナッツが入ってて凄く美味しいんですよ」
「ふーん…」
お嬢さんは琴音から新しいチョコ玉を受け取るとパッケージを眺める。
「………」
眺めて、そのまま動きをピタリと止めた。
「?、どうした?」
「…貰うわ」
「あー、はいはい、毎度、お会計は…えーと、いくらだったかな」
このお嬢さんが店の商品を買うのにも慣れて来ていたので、いつもの通りに値段を告げようとする。
「…全部よ」
「…はい?」
だが次の一言は流石に予想外だった。
「この店のチョコ玉、全て買います」
ーーー
ーー
ー
「チョコ玉は入荷したんですか?」
「お、おぅ…、そこにまとめて置いてあるけど」
それから数日後だ。
お嬢さんは店に入ってくるなり開口一番にそう告げた。
「では…、今日も全て買わせて貰います」
今日も…とは、つまり、ここ最近、このお嬢さんは店に来る度にこうなのだ。
店に来たらその時に店内にあるチョコ玉を全て買い占めている、チョコ玉ハンターである。
しかも前回入荷が間に合わなかった時なんかは本気で怒りだしやがった。
「いや…、俺としては全然構わんし、むしろ店の売り上げに貢献して貰えて嬉しいんだが…、どうしたんだ?お前」
「な、何がですか!?」
「いや、確かに美味いけどここまで買いだめしてるってのは…、つーかちゃんと全部食べてんの?」
「当たり前ですよ~、ちゃんと全部食べています~」
いや…、なんか目がすわってんだけどこのお嬢さん。
「とにかく…、客である私が何を買おうと私の自由でしょう?」
「まぁ…、買うってならもちろん売るけどさ」
ここ最近のお嬢さんの大人買いのおかげでこちらとしてもありがたい事が多いし。
「では…頂いていきます」
段ボールに入った大量のチョコ玉を海燕とメイドロボに運ばせてふらふらと何かに取り憑かれたように店から出ていくお嬢さんを見送る。
今思えば…おの時にキチンと気付いておけば良かった。
ーーー
ーー
ー
さて、それから更に数日後。
その後も店にやって来ては全てのチョコ玉を買っていく西園寺のお嬢さん、コンビニとかで確実にあだ名が付けられるだろう。
だが…、この日の彼女はいつもとは様子が違っていた。
「ふふ♪…うふふふふふふふふふふふふふ…」
力の無い笑みとともにふらふらと店内にやって来た彼女はドンと机の上にあるものを置いた。
見覚えがあると思ったらそれはチョコ玉の取り出し口の紙切れが5枚である。
「おい…、奇妙に笑いながらゴミを押し付けんなよ」
だが優しい俺はその紙切れをサッと回収してやってちゃんとゴミ箱にーーー。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!なんて事を!!」
さいおんじのおじょうさんがはっきょうした!!
「な、何だ急に…」
「…これ、銀の女神様じゃないですか!しかも5枚も!!」
気になった琴音が俺の手の中にある紙切れを除き混んで興奮ぎみに話す。
「銀の女神様…?あぁ、確かになんか書いてあるな」
言われてみればその紙切れ一枚一枚に銀色で女神のイラストが書かれている。
「翠ちゃん凄い!全部集めたんですね!!」
「…コホンッ!えっと…、その、たまたま集まったみたいですね」
冷静になったのか一度咳払いをするとお嬢さんは恥ずかしそうに言葉を繋ぐ。
「いや…、あんだけ買っといてたまたまもなにも…」
「たまたま、です、いえ、私もこんな子供騙しみたいなもの、集めるつもりなんて無かったんですが、こうして集まってしまった以上、捨てるのももったいありません」
流石会社を経営している社長だけあって言い訳がポンポン出てくるな…、バレバレだけど。
「という事で今すぐオモチャの宝箱を私に渡しなさい!!」
「…はい?」
意味がよくわからないので隣に居た琴音にひそひそと耳打ちをする。
「おい、あのお嬢さんは何を言ってるんだ?」
「店長、知らないんですか?金の女神様と銀の女神様ですよ」
「そういやお前、前にもそんな事言ってたよな、なんなんだそりゃ?」
「金の女神様のイラストが書かれたくちばしなら一つで、銀の女神様のイラストなら五つで、オモチャの宝箱が貰えるんですよ?チョコ玉って」
えっ…?なにそれ初耳。
「じゃあ何だ?あのお嬢さん、今までチョコ玉買ってたのって…」
「たぶん…、オモチャの宝箱が欲しかったんじゃないですか?」
「なんだよそりゃ…」
というか金の女神が出てたまたまならわかるけどさ、銀の女神5枚集まってる時点でたまたまじゃないよね?間違いなく。
「でも…、確かオモチャの宝箱って封筒か何かでチョコ玉の会社に送って貰えたはずですよ」
「なんだ、だったらうちは全然関係ないじゃねぇか、聞いたかお嬢さん?その5枚の女神様もここじゃただの紙切れだ」
「…ないんですって」
「え?何?」
「もうその企画はやってないと言われました!!」
「あー…そりゃあ…」
なんというか…残念。
「えっ?オモチャの宝箱、もうやってないんですか!?」
俺の横で何が悲しいか琴音も叫び声にも似た落胆の驚きをみせている。
「まぁ…、やってないんなら仕方ないだろ、諦めろ」
「仕方ない…?諦めろ…?ですって?」
うつむいてプルプルと震え出したお嬢さんは声を荒げる。
「私がこの為にいったいどれだけのチョコ玉を食べてきたと思ってるんですか!!」
「やっぱりオモチャの宝箱狙いじゃねーか!!」
「…コホンッ、しかし、じつはチョコ玉の会社から聞いた情報では、オモチャの宝箱の企画が無くなった今、銀の女神、金の女神の出現はあり得ないとの事です」
「そりゃあ…印刷する必要もないしそうだよな」
「…で、あなたのお店で購入したこのチョコ玉にはなぜ女神様が出るのですか?」
「…え?」
「ちなみに私の購入したチョコ玉の全てにちゃんと女神様でオモチャの宝箱が貰えると書いてあるのですが?」
「店長…、もしかして凄く古いチョコ玉を売ってたんですか?」
琴音がジトーっと、まるでこの人ならやりかねんとでも言いそうに俺を見てくる。
「いや…、そんな事は無いはずだが…」
商品の仕入れは全て知り合いの工場でやっているがお嬢さんが大人買いした分、毎回新しいチョコ玉を入荷していたはずだ。
「えぇ…、製造日でいえばここ最近の物ばかりですし食べてみた感じでは古い物とは思えませんでした」
「当たり前だ、これでも食品関連を預かってんだからな」
賞味期限とかはキチンと気を付けて見ているし、賞味期限がきれそうな食品はその前に美味しく頂いている。
「まぁ問題はそこではなく…」
お嬢さんはもう一度銀の女神様5枚を俺に強調してみせてきた。
「あなたのお店で買ったチョコ玉のパッケージにオモチャの宝箱が貰えると書いてある以上、オモチャの宝箱は頂きます」
「いや、頂くもなにももうやってないんならオモチャの宝箱なんて作ってるはずが無いだろ」
作ってない以上、入手する事は不可能だ。
「…他のお店のチョコ玉にはオモチャの宝箱も女神様の事も書いてありませんでしたがあなたのお店のチョコ玉にはしっかりと書いてあります、これは一種の詐欺では無いですか?」
「んなむちゃくちゃな…」
「と、とにかく…オモチャの宝箱が用意できないのならば…このお店を詐欺で訴えます!!」
「んな!!」
「えぇっ!?」
…とんでもない事を言い出すお嬢さんだったが今のこいつ(チョコ玉食いすぎて虚ろな目)では本当にやりかねん。
訴えが通ってしまったら…こんな店簡単に潰されるぞ。
「…まさか、これが狙いか?」
「…はい?」
「こうやって無理難題を叩き付けて訴えを通して店を潰し、この土地を奪う作戦か!!」
最近は大人しいと思ってたのに…まだ諦めてなかったとは。
「…えーと、その、ですね…、そそそそうです!全ては私の計算通り!!」
「くそ…、単に本当にオモチャの宝箱が目当てだと思ってたら、回りくどい手を使いやがる、さすが…西園寺コンツェルンのお嬢様なだけはある」
「そ、それほどでもありません!では…早くオモチャの宝箱を」
そわそわとしながらもお嬢さんは待ちきれないのか俺を急かす。
「だが悪いがオモチャの宝箱はここには無い」
「…なん、ですって?」
「まぁ慌てるな、知り合いの工場に確かあったはずだ、渡すのは今度でも良いか?次来るまでには用意しておく」
「ほ、本当ですね?約束ですよ、約束」
「あ、あぁ、わかってる」
満面の笑みだ…、ここまでこの店を追い詰めてるんだ、そりゃあ嬉しいんだろ。
「そうと決まれば今日の所は仕事に戻ります、今度来る時には、お願いしますよ?」
そう言い、お嬢さんはウキウキとしながら店を出て行った。
「いや~、どうなるかと思いましたけど、ちゃんとあって良かったですね」
「…何が?」
「何がって…もちろんオモチャの宝箱ですよ、お知り合いの人が工場で作ってるんですか?」
「んな訳無いだろ…、オモチャの宝箱の企画事態がが無いんだからもう生産中止してんだぞ」
「え?でもさっきは…」
「まっ…、とりあえず時間稼ぎにはなったはずだ」
「えーと…つまり」
「俺達で作るしかないだろ…、オモチャの宝箱、幸いあのお嬢さんも現物は見たこと無いっぽいし」
「えぇっ!?」