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第四話:近未来の粉末ジュース

「ふぁ~…」


眠い、眠すぎてあくびが出る。


ただでさえ狭い店内にビッシリと詰められた駄菓子や玩具に囲まれながら俺は大きくあくびをした。


琴音にはおつかいを頼んでいるので店内には俺一人である。


この俺一人というのが問題だ、ようするに今日も客と呼べる人が一人もいない。


客より店員の方が多いって…、どうなんだ、これ。


ぼーっと店の中から外を眺めているとこの駄菓子屋とは不釣り合いな高級車が止まった。


「…また来たのか」


件の一件以来、定期的にうちの店に訪れるようになったその人物はいつものように両側に黒スーツの男とメイドロボを従わせ、店に入ってくる。


「今日こそこのお店を売り払って貰いますよ、高屋敷さん!!」


西園寺コンツェルンの社長令嬢、西園寺 翠が腕を組んでの仁王立ちで登場である。


「…あんた、よく来るけどあれか、社長ってそんな暇なのか?」


「なっ!馬鹿にしないで下さい!本当ならこんなお店に関わっている暇なんかありません!!」


いや、全然そうは見えないんだよなぁ、だって…。


「あら…、朝河さんは」


翠はキョロキョロと狭い店内を見回して琴音の姿を探す。


年が近いせいなのか、お嬢さんはよく琴音と話しをしている。


店に来る度にまず俺より琴音との会話が始まるので端から見れば友達に会いに来た女の子ってかんじだ。


「残念だが琴音なら留守だぞ、おつかいに行ってるからな」


ならさしずめ俺は親みたいなもんの対応なのだろうか、そんな年じゃないが。


「そ、そうですか…、ま、まぁ、別にいいんですけど」


残念そうに、けれどそれを悟られないように表情を作ると翠は店の椅子に座る。


琴音が居ない今、こいつの要件と言えば店の立ち退きの話しくらいだし、俺としてはしばらくは立ち退くつもりも無い。


だからと言って追い払うような事は俺ももうしない。


「しかし…、今日は暑いですね、喉が渇きます」


何故ならば、定期的に来るようになったこの社長令嬢さん、店に来るついでにいろいろ買っていったりしてくれる。


琴音がおすすめする玩具や駄菓子を物珍しそうに買う事が多いのだ。


「あー…確かに暑いな」


「………」


翠は無言でジッと俺を見つめてくる、しかしまいった。


残念な事に駄菓子屋の店長という立場ながら店の商品についてはそれほど詳しくは無い。


琴音のようにサラリとおすすめの商品なんか紹介できんし、俺が紹介した所でこいつが素直に言うことを聞くとは思えない。


「なんだよ…、欲しいもんがあるなら自分で買えば良いだろ」


「フッ…、やはりやはり考え方が二流、いや、三流ですね、そんなだからこのお店もお客様が来ないんですよ」


「…なんだと」


「お客様が欲しい商品を読み取り、提供する、接客業の基本じゃないですか」


「…ふん」


勝ち誇ったような笑みを見せてくるお嬢様に世間の厳しさを教えるべく、俺は立ち上がると店の奥にある生活スペースの台所に向かった。


コップに水をくみ、それを西園寺の前に置いてやる。


「…これは何の冗談ですか?」


ただの水を置かれた西園寺はピクピクと眉を動かしているが慌てるのはまだ早い。


「まぁ待ってろ、確かここに…」


俺は店の商品の中からそれを見つけると水の入ったコップの横に置いた。


メロンソーダのイラストが書かれた小さな袋である。


袋の中には粉末が入っている。


「……?」


予想通り、西園寺が首を傾げて俺を見る、これはいったいなんなのだと。


「どうした?飲まんのか?」


それを無視して俺は西園寺に先を促す。


「え?そ、その…」


「まさか…これの飲み方がわからんって言わんだろうな?ちょっと考えればすぐわかるぞ」


「べ、別に…そんな事、ない、ですけど…」


西園寺は袋を手に取ると裏表と眺める、そのまま困惑した手つきで袋を開いた。


中の粉末を確認し、不適に微笑む。


「ふふ…、簡単な事ですね」


その粉末を見てピンと来たのか、西園寺はその袋を両手に持つとーーー。


グイッと直飲み。


「!?、ゲホッ、ゲッホッ!!」


そしてむせる、当たり前だ。


「ゲホッ…、み、水」


そして俺の用意した水を慌てて飲みほした。


「な、なかなか美味しいじゃないですか」


百パーセント嘘だろ…。


「風邪薬飲んでるんじゃないんだから…」


「う、うるさいですね!だったらこの袋をどう使うのか教えなさい!!」


「開き直りやがった…」


さて…、と商品棚からもう一枚、同じ袋を取り出して考える。


なんか前に琴音がこれを使って水を飲んでいたのを思い出したんで西園寺をからかう為に出してみたけど、これ、何に使うんだ?


粉末を飲んで水を飲む、いわゆる風邪薬を飲みみたいなかんじはさっきの西園寺を見ると明らかに違うのがわかる。


「…まさか、あなた自身、わからないと言うのでは無いでしょうね?これ、あなたの店の商品ですよ」


「わ、わかるに決まってんだろ、こういう粉の類いの使い方なんて大概おんなじなんだよ」


ビッと袋を破るとストローを中の粉末に突き刺す。


「吸うんだよ」


「な、なるほど!だったら私も」


西園寺も新しい袋を取り出してストローを突き刺す。


スーハー、スーハー、と二人して中の粉をストローで吸い上げる。


…何?この絵面、何か決定的に間違ってない?


「…ちなみに高屋敷さん」


スーハー、スーハー。


「…どうした?」


スーハー、スーハー。


「水は…何に使うのですか?」


そこかよ、とりあえず西園寺はこの絵面には何の疑問も無いようだ、素直な奴だ。


「えーと、水はだな…」


「ただいま帰りました~、…何やってるんですか?二人して」


ちょうど良いタイミングで帰ってきた琴音が俺と翠を見て固まる。


「おぉ、琴音か、今こいつをキメていた所だ」


「なかなか美味しいですね、これ、ちょっと濃いですけど」


「…溶かさないんですか?」


「へ?溶かす?」


「いや、これ、粉末ジュースじゃないですか、水に溶かして飲むやつでしょ?」


「………」


「………」


翠と俺はお互いに顔を見合わせて。


サラサラと琴音に言われた通り、粉末を水に溶かしてみる。


シュワシュワと、水に炭酸溢れだし、袋のイラストのように緑色になる。


「おぉ!なんだこれ」


「あとは軽くかき混ぜて…、メロンソーダの完成です」


「メロンソーダ…?確かに見た目はそうですけど、ただの水がメロンソーダになるなんて事」


翠の言う通り、粉末を溶かすまで単なる水だったものがメロンソーダに変わるなんてまるで魔法だ。


「ふっふーん、まぁ飲んでみて下さいよ」


別に自分の手柄という訳では無いのだが得意げに胸を張る琴音に促され、俺と翠はストローをそのまま使い水、改めメロンソーダを飲む。


「…メロンソーダだ」


「少し炭酸が弱いのが炭酸の苦手な人とかにもおすすめできそうですね」


「メロンソーダの他にもコーラ味だったりパイナップルジュースだったりいろいろ出来たりしますよ」


「…さすがに詳しいですね、どこかのなんちゃって店長とは大違いです」


「おい…、それは俺の事か?俺の事だろ」


「しかしこれで…このお店の弱点がわかりました」


弱点…?弱点もなにも弱点しかなさそうなもんなんだが。


「何?またこの店と土地の立ち退きの話し?本当懲りないなお前」


「ふふっ♪そう余裕ぶってられるのも今のうちです、覚悟なさい」


翠はビッと俺を指差すと不適に微笑み。


「…とりあえずお代を払います」


「あ、どうも」


一度コホンと咳払いをして粉末ジュースのお金を支払った、相変わらず律儀な奴だ。


こいつもちゃんとこの店に来る時には現金の入った財布を持ってきている、この店に来る為に財布を用意したんだなーとか考えるとちょっと微笑ましい。


「んで…、何がしたいんだ、お嬢様」


「ふふっ…♪朝河さん」


「え?はい?」


呼ばれるとは思っていなかったのか、琴音が首を傾げている。


「どうかしら…、あなた、私の所で働かないかしら?私は今日、あなたを引き抜きに来たの」


「…何?」


「…ほぇ?」


突然の西園寺の言葉に俺と琴音はポカーンと口を開く。


「私が何の目的もなく何度もこの店に来てると思っていたんでしょうけど、残念でしたね、高屋敷さん」


「いや、てっきり琴音に会いに来てると思ってた、何?仕事先でも一緒に居たいとかどんだけ琴音の事好きなの?」


「ななな!何を言ってるんですか!私はただ純粋にビジネスとして彼女が欲しいのです!!」


顔を真っ赤にして反論する西園寺。


「先ほどの粉ジュースのやり取りを見ると私の睨んだ通り、自分の店の商品の癖してあなたにはその知識が無いようですね?」


「あー、まぁ…」


「おまけに無愛想で接客には向かない、それに比べて朝河さんは商品の知識も接客の愛想もある、つまりです」


言葉を貯めて西園寺は琴音を指差す。


「彼女が居なければこのお店は成り立たない、と言うことです」


「うぐ…」


なかなかに鋭い所をついてくる。


いやまぁ…、琴音におんぶに抱っこなこの現状、大体あってますけど。


「さて、どうかしら朝河さん、給料ならば今の二倍、いや…三倍は出しますよ」


「えーと、その、ごめんなさい」


ペコリと頭を下げて即答で答える琴音。


「ふふっ♪これでこのお店も倒産不可避、あなたもせいぜい路頭に迷わないよう、次の仕事を…、え"っ!?」


ピタッと西園寺は動きを止まるとロボットのようにぎこちなく首だけ動かして琴音を見た。


「あの…凄く良い話しなんだろーなー、というのはわかるんですが、ごめんなさい」


「や~い、フラれてやんの」


「ううううるさいですね!な、何故です?まさか…この男に弱みでも握られているんですか!?」


「あんたは俺をなんだと思ってるんだ…」


「私、このお店が好きなんですよ、懐かしい…この駄菓子屋が」


「こんな所が…ですか?狭いですし、汚いですし、いつつぶれるかもわからないんですよ?」


「はい、こんな所がです、ここが…良いんです」


笑顔でそう答える琴音になんだか恥ずかしくなって来てしまい、俺は二人から視線をそらしてポリポリと顔をかいた。


「…あなたも変わった人ですね」


「そうですか?正直お給料アップは凄く魅力だと思いましたよ」


「そういえばこのお店、良くバイト代なんか出せる余裕ありますね…、いくらくらい貰ってるんですか?」


「え、えーと…」


琴音が困り顔をしながらひそひそと西園寺に耳打ちをしている、あ、マズイ。


おそらく琴音からそのバイト代を聞いた西園寺がギロッと俺を睨んだ。


「この人でなし!!」


あー…、うん、言われるのはわかってたんだけどね、一応こちらにも言い分はありまして。


でもこの言い分はぶっちゃけマズイ、特にコイツには言えない。


「でも住み込みでご飯も頂けてるので私は満足ですが」


と思ってたら琴音があっさりと打ち明けやがった!!


「住み…込み?あなた、まさかここに住んでるんですか?この男と?」


「はい、そうですけど?」


「海燕、警察に連絡を、それとアルファ、このお店も潰れるから私の会社に連絡を入れて工事のーーー」


「はっ…」


『イエス、マスター』


「まてまてまて!手際良すぎだろお前ら」


流れるような連携プレーをここで止めなければ冗談抜きに明日から犯罪者だ。


「未成年の連れ込みは立派な犯罪です、しかも良く良く考えたら朝河さん、学校にも行ってないじゃないですか!!」


「いや、学校に関したらお前も同じだろ…」


平日の真っ只中だろうが普通にこの店に来てたし。


「私は一応通ってますよ、それにいつでも休める許可も貰ってあります」


「社長やってんなら学校の授業なんて必要ないんじゃねぇの?」


「必要とか不必要とか…、そんな問題じゃないです、というか…話しをそらさないで下さい」


バレたか…、まぁ仕方ない、これは無理して隠しておく事でもないし、何より隠してたら俺が捕まりそうだし。


「あー…、琴音、いいか?話しても?」


「?、何をですか」


自分の事で問題になっているのにいまいち状況を理解していない琴音は無視する事にした。


「コイツはな、あれだ…、記憶が無いんだって、記憶喪失ってやつ」


「またそんなデタラメを…」


「記憶喪失…、あ!はい、そうです、私、記憶喪失です!!」


琴音はピョンピョンとアピールするように手を上げて小さくジャンプしている。


「まさか…、本当なんですか?」


「えーと…、はい、気付いたらこの街に居て名前以外はまったく覚えてませんでした」


「両親とか?生まれた場所とかは…?」


「いえ…、それが全然」


「しかもコイツ、絶望的な機械オンチなんだぜ、それでいてレトロ方面の知識が高いとか、生まれた時代を間違えてるとしか思えん」


「あはは…、ですね」


曖昧な表情で俯く琴音の頭にポンッと手をおいた。


「まぁ…、そんでいろいろあってこの店で面倒見る事にしたんだよ、とりあえず記憶が戻るまでな」


「…変な事してませんよね?」


「するか…、ガキ相手に」


ジロジロと疑いの視線をぶつけてくる西園寺を溜め息混じりに一蹴してやった。


まったく関係ない話しだが世間ではロリコン向けのロボットが開発されたおかげで犯罪率が下がったらしい、どーなってんの?この島は日本♪


まぁ関係ないんで今は置いておこう。


「ガキ…ですか」


「…どうした?」


「別に…なんでもありません、えーと、翠ちゃん、本当に特に何も無いから、心配しなくていいよ」


スッと俺から視線を外すと琴音は西園寺にそう答える。


「そうですか…、あなたがそう言うなら、私は特に何も言えませんが」


西園寺はそう言いながらチラッと時計の方を見た。


「そろそろ時間ですね、朝河さん、何かあればすぐに私の所に来て貰って構いませんよ」


立ち上がると側に控えている海燕さんとメイドロボに合図を送る。


「では…、今日の所はこれで」


「うん、それじゃあ…また今度」


「また…今度」


ブンブンと人懐っこく手を振る琴音に小さく手を振り返すと西園寺は車に乗り込み、海燕さんが発車させた。


どうでも良いけど俺には特に挨拶無いのね、どうでも良いけど。


西園寺達が帰り、再び客の居なくなった店内に俺と琴音が残る。


「別に…受けても良かったんだぞ、誘い、あのお嬢様ならお前の宿も飯もどうとでもできるだろうし」


少し遠慮がちに…、俺は琴音に問いかける。


「?、えっ…、私もしかして邪魔ですか!?」


いや、そういう事を言ってるんじゃなくて…、つーか涙目になるな、めんどくさい。


「いや、この店とか俺への義理とかでこの店に残ろうとしてんなら止めとけ…って話しだ、実際…元々一人でやってた店なんだし…」


「店長、私、さっき言ったはずですよ」


俺の言葉を遮り、少し不満げにムッと頬を膨らませると琴音は言葉を続ける。


「ここが良いんです、そりゃ…辞めろと言われれば辞めますけど、良いんですよね?私、ここに居ても」


「まぁ…、好きにすれば良いけどさ」


恥ずかしさを誤魔化すようにぶっきらぼうに言いながら顔を反らす。


あー、まぁ、その、なんだ…。


好きにすれば良いさ、うん。




昔学校に粉末ジュース持ってって水道水でジュース作って飲んでたのを思い出しました。

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