第三話:近未来の駄菓子屋さん 下
「せっ、せっ、せっ」
店と西園寺コンツェルンのお嬢様の相手を琴音に任せ、というか押し付けて翼は埋蔵金のある場所に目星をつけてせっせと穴を掘っていた。
その手に握られたシャベルでせっせと土を掘っているのでかなりの重労働であるが金に目が眩んだ翼に苦痛は無い。
「しっかし、どこまで掘ればいいんだ…」
とはいえ掘れども掘れども、それらしい物は見つからない、そもそも埋蔵金が本当にあるとしても人力では限界がある。
「くそ…、こんな事ならドリー君でも買っときゃよかったか、今からでも買いにいくか…、いや、金無いな」
ドリー君とは一般家庭でも使える地面掘削の機械である。
そもそもこの近未来においてせっせとシャベルで土を掘る者など普通居ない。
『高屋敷様』
「…ん?」
呼ばれて翼が振り返るとそこには翠と一緒に車から出てきたもう一人、いや、もう一機。
「あのお嬢さんのメイドロボか」
メカミミをつけたメイドロボがぺこりと頭を下げる。
『アルファです、以後お見知りおきを』
「あのお嬢さんについてなくていいのかよ?」
『そのマスターのご命令です、あなたをお店に連れ戻すよう承りました』
「なるほど…、ならそのマスターに伝えてくれ、諦めろって」
『それでは私が困ります、それにあなたのユーザー登録が無い以上、その命令は無効です』
「チッ…、さすがロボ、融通のきかない」
舌打ちをしつつ、無視して穴掘りを再開する事にした。
『何をなさっているのですか?』
「あん?見て…わかんないだろうな、これは…」
埋蔵金…と危うく口が滑りそうになったのを慌てて飲み込んだ。
「穴を掘ってるんだ…」
『それはわかります、ですがあなたの行動理由が理解不能です、なぜ穴を掘っているのですか?』
「えぇい…、うるさいな、なんだっていいだろ」
目先の埋蔵金に目が眩んだ翼にとって他人、それも相手はロボットである、相手にするのも面倒だ。
『…サーチシステム、オン、地中に埋もれた物体を感知、この物体を掘り出すおつもりですか』
「………」
あっさりとバレた事に翼は掘り進めるのを止めて一度、シャベルを地面に刺して杖替わりに体重を預けた。
「えーと…、それはだな」
『それなら私が代わりに掘り出します』
どう言い訳をしようかと翼は考えたが、それより先にアルファが思いもよらない提案をしてくれた。
「え?マジ?いいの?」
『イエス、あなたをマスターの所に連れていくにはその方が合理的と判断します』
つまり、自分がやった方が速いからさっさと終わらせて翠の所に戻れ、と言いたいのだろう。
「つってもなぁ…、お前、どう見てもメイドタイプじゃん、こういう作業向けの機能なんて」
ウィィンッ…とアルファの腕が引っ込んだと思ったらその手がドリルへと変形した。
「…あんのかよ、さっすが西園寺コンツェルンのお嬢様のメイドロボ」
『作業を開始してもよろしいですか?』
「…掘り出した物は俺のもんだぞ?それでいいなら」
『了解しました』
ぺこりと頭を下げるとアルファは翼の掘った穴に降りると穴を掘り進める。
先ほど手作業でやっていた時と違って地面はどんどん掘り進められている。
「まさか掘る問題まで解決するとは…、ついに天が俺に味方したか」
埋蔵金の地図の発見から掘り出しまで、トントン拍子に物事が進んでしまった事に翼は一人、ニヤリと笑う。
「…とはいえ、埋蔵金だし、掘り出すのに相当時間はかかるはず」
『発見しました』
「えっ?もう?」
翼が思っているより浅い位置にあったのか、アルファが優秀なのか。
ともかく、穴から顔を出したアルファは両手に四角い箱を掲げる。
「…それだけ?他になんか無かったのか?」
『イエス、サーチの結果、地面に埋まっている物体はこれだけでした』
基本、ロボットは人間には嘘をつけないように作られている。
『どうぞ…』
「お、おぅ」
なのでアルファがこれしか無いと言うのなら本当にこれしか無かったのだろうが翼は想像とは大きく違ったそれに戸惑った。
『ではマスターの所に行きましょう』
「わかった、行く、でも後から行くから、先に戻ってくれ」
『?、わかりました、お待ちしてます』
くるりと背を向けてスタスタと戻ろうとするアルファ、メカミミが髪で隠れ、後ろ姿は人間と大差ない。
「あー、ちょっと待て、ここでの事、内緒にして欲しいんだが」
埋蔵金の事を翠に知られれば後々面倒になりそうだと思った翼は戻ろうとするアルファに声をかけた。
『高屋敷様にはユーザ権限がありません、よってその命令は無効です』
「うぐ…、さすがロボ、融通の効かない」
『捕捉すればお嬢様のユーザ権限は最上位ですので、例え命令を受けてもお嬢様から聞かれれば命令は上書きされます』
「聞かれたら…なんて答えるつもりなんだ?」
『高屋敷様をお嬢様の所に連れて戻る命令を実行した、と報告します』
「…融通が効かなくて助かった」
所詮、アルファにとって先ほどの穴掘りは翼を翠の所に連れ戻す為の手段なだけで本題では無かったらしい。
「さて…」
アルファが店に戻った事を確認すると翼は受け取った箱に目をやる。
最初こそその埋蔵金とは程遠い結果に困惑した翼だったが冷静に考えればなるほど、逆にリアルな気がする。
なにも埋蔵金が単純な金や金銀財宝とは限らない、小さくてもそれ一つで途方も無い額の価値のある物もある。
世の中には100億円は軽く越える価値の宝石も存在するのだ、膨大で隠しにくい金銀財宝をそういった物に換金して隠しやすくした、と考えられる。
「くふふ…、もしかしたら賢者石なんて可能性もあるはずだ」
期待に胸を膨らませ、いざ箱を開ける…、箱は翼が思っているよりも簡単に開いた。
「ん…?」
箱の中は…宝石、なんて物は無く、そこにあるのは一枚の布切れだけだった。
「これ…?これが埋蔵金?」
翼がその布切れを取り出す、もしかしたらこの布切れがめちゃめちゃ価値のある物だと信じて。
だが翠はその布切れに見覚えがあった、と言ってもそれはこの近未来においてあまり使われなくなったので一般家庭ではあまり見る事の無い物なのだが。
確かに珍しいといえば珍しい、だがこの駄菓子屋に関しては日常的に使用している。
「ただの…雑巾?」
しかも使用済み 、汚いし臭い。
「…はっ」
そして雑巾についた名札。
「【6ー3《不知火 天真》】…」
えーと…、つまり、昔不知火が使っていた雑巾…って事?
「不知火の…マイ、雑巾」
身体中の力が抜けて、ハラリと雑巾が翼の手から離れて地面に落ちる。
「ただのギャグじゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!!」
ーーー
ーー
ー
「…はぁ」
意気消沈と店に戻った翼はため息を一つ。
「い、いや…、こうなったら店と土地を売れば金は手に入るんだし」
埋蔵金が駄目でも元々あった土地の売却の話しがある。
おまけに一度渋ったおかげで当初の値段よりも高く売れるようになったのだ、結果オーライといえる。
「…ん?」
売却の話しを言おうとした翼だが店の中で起きてる奇妙な光景に翼は思わず立ち止まった。
「もっしもっし亀よ~♪亀さんよ~♪」
琴音が歌に合わせながらリズム良くけん玉を振るい、けん玉はカンコンと小気味良く玉が穴に入っていく。
それ自体は翼にとって珍しくも無い事で、レトロマニアな琴音がけん玉が上手くても不思議では無いが。
「………」
そしてその様子をキラキラとした目で見ているのは誰かというと西園寺コンツェルンのお嬢様、西園寺 翠なのだ。
「ーーーど~しってそんなに♪のろい~のか♪」
最後にけん玉の玉が先端の突起物に入って琴音のけん玉ショーがフィニッシュとなった。
「も、もう一度!もう一度貸して貰えませんか?」
「うん、いいよ~、はい」
食いぎみな翠に琴音は笑顔でけん玉を渡す。
「よ、よ~し…、今度こそ」
ダランと糸を垂らしけん玉を構える翠なのだが、琴音に比べるとその格好はぎこちない。
「もっし、もっ…」
案の定、玉は穴に弾かれて糸は再び、ぶらりと玉を吊り下げて定位置へと戻った。
「むむ…」
「下手くそだな…」
「…えっ?って!あなた…いつからそこに!!」
翼に気付いた翠が顔を真っ赤にさせてさっと後ろにけん玉を隠した。
「いや、もう遅いから」
「うぐぐ…、あ、あの…」
何か言いたげにしていた翠だったが後ろに隠したけん玉をスッと翼に向ける。
「…いくら、なの?」
「は?いくら?イクラ?」
翠の行動の意味がいまいち理解出来ない翼はあぁ、イクラ美味いよなー、滅多に食えないけど、みたいな返事を返そうとした。
「…だから、いくらなの!これ、買うの!!」
「買うって…これを?あんたがか?」
西園寺コンツェルンのお嬢様がこんな駄菓子屋でけん玉を購入する…、翼にとっては何だそりゃという話しだ。
「わ、悪いんですか?買うと言っている以上、こっちは客なのですよ!!」
「あ、あぁ、まいど」
「まぁ…いくらでも良いわ、支払いはマネーカードを使うのだし」
マネーカードとはその名の通り、お金をカード化した物だ。
これの普及により大量の現金を持ち歩く必要が無くなり、例え無くしたり盗難にあったとしても本人以外は簡単には使用出来ないようになっている。
近未来において支払いの基本はもはやマネーカードなのだ、一部の例外は除くが。
「…駄目だ」
「なっ!足りないなんて事は無いはずですよ!!」
翠だっていくつかの会社を経営している身なのだ。
突然の不慮な出来事にも対応出来る現金くらいは常に用意してある。
「うちの店…、マネーカード対応してないんだわ」
ちなみにこの駄菓子屋がまさにその一部の例外だった。
「…今どきマネーカードに対応出来てない店があったなんて」
「マネーカード対応に必要な機械ってすげー高価なんだぞ!そうほいほい買えるか!!」
「設備に投資をしないからなおの事人が入らないんですよ…」
翠の言葉は正論ではあるが客が来ない以上は投資に必要なお金が無い、そしてますます客が来なくなる。
これこそ負の悪循環を手本にしたような状況だ。
「ともかく、マネーカードはうちじゃ使えん、現金だ」
「…持ってないんですが、現金、持ち歩かない主義なので」
「おいおい、大企業のお嬢様が一銭も持ってないって用心が足りないんじゃねーの?マネーカードさえ無けりゃ俺、あんたより金持ちだぜ」
翼はふふんと鼻を鳴らして妙に勝ち誇ったような顔をする。
「あなたは大金の札束を常に大量に持ち歩くおつもりですか?奪ってくれと言ってるようなものですよ」
「うぐ…」
翠の言う大金とは翼でいうわ~い、財布がパンパンだ~みたいなレベルじゃなくてアタッシュケースビッシリくらいの話しになってくる。
「お嬢様、ここは私が支払いましょう」
みかねた黒スーツの男、海燕がスッと財布からお金を取り出すと翠に手渡す。
「ありがとう海燕、お金は後で返しますから、ほら、これでいいのでしょう!!」
キッと睨みながら翠は海燕から受け取ったお金を翼に差し出した。
「どんだけ欲しがってんだよ…、まぁ、その、なんだ、まいど」
翼はお金を受けとるとその額を確かめる、ゲッ…万札かよと。
「琴音、おつり」
「了解でーす」
それをそのまま琴音に渡すと彼女はぱたぱたと元気良くレジへと走り、おつりを取り出した。
「まったく…、今時マネーカードが使えない店がまだ存在しているなんて」
「でも、私はどっちかっていえば現金の方が好きなんですよ」
今もなおぶつぶつと文句を言っている翠におつりを渡しながら琴音はニコリと笑った。
「ほら、マネーカードはピッとやったらそれでおしまいで味気無いですけど、おつりとかだとこうやって手渡し出来ますし」
「そ、そうですか」
手渡しで琴音からおつりを受けとる翠の表情が僅かに赤く、照れているようだ。
「って…、こんな事してる場合じゃないんでした!私はさっきの話しの続きをーーー」
さっきの話しとは当然、この店と土地を売れ、という話しだろう。
マイ雑巾で心の折れてしまった翼にとってもはや迷う必要なんてない。
「あぁ、その話しならーーー」
売る事にした、と翼が言葉を続けるよりも先に。
『警告します、お嬢様、そろそろお時間です』
翠の隣に居たメイドロボのアルファがそれを遮る。
「なっ…、ちょっと待って下さい、まだ話しが」
「ですがお嬢様、これ以上の長居は次のスケジュールに影響が出てきます」
海燕もアルファの警告に頷いて翠の話しを止める。
「ッ!!い、いいですか!次に来た時は必ずその土地を売って貰いますからね!!」
ズビシッと翼を指差すとふんっと小さく鼻を鳴らして翠達三人は駄菓子屋から出ていった。
「いや、もう売るつもりだったんだけど…」
車を見送りながら翼がポツリと呟くと琴音が楽しそうに近付いて来た。
「良い娘ですね~、店長のお知り合いですか?」
琴音からすれば同年代とけん玉トークが出来てご満悦といった所だろうか。
「西園寺コンツェルンの社長令嬢」
「…はい?」
意味が理解出来ないのかキョトンとした琴音だがその表情はすぐに期待しているものに変わった。
「で、で!どうなんですか?店長?」
「どうって…、何が?」
「何が…って、も~、もったいつけないで下さいよ、埋蔵金ですよ、まいぞーきん」
あぁ…、そういえばこいつはまだ知らないんだったな、とため息をついた翼は琴音にそれを差し出す。
「ほい、まいぞーきん」
おぉ、なんかこのやり取り駄菓子屋っぽいとか思いながら不知火のマイ雑巾を渡してやる。
「えーっと、これ?」
「ふざけた話しだろ、なにが埋蔵金だよ、ただの俺の先祖渾身の一発ギャグだ」
「文字が書いてありますね…、雑巾に直接」
「なぬ?」
先ほどは余りにショックでろくに見ていなかったが言われてみれば確かに、雑巾には文字が書いてある。
「か、貸してくれ」
慌てて琴音から雑巾を奪うように取り上げるとその文面に目を通した。
【高屋敷の子孫達へ】
「…高屋敷?この雑巾、俺の先祖が用意したのか?」
【驚いたか?だが俺が不知火の奴の埋蔵金のありかを知っているのは本当だ奴とはガキの頃からの知り合いでこの雑巾が何よりの証拠だろう】
「これ…、店長のご先祖様が書いたんですか?」
「あ、あぁ、たぶん…」
「はぁ~…、凄い人とお知り合いだったんですね」
「それがなんで片方が月相手に戦争できるほどの財団を作り上げてもう片方が駄菓子屋なんかやってんだよ…」
人生の勝ち組、負け組がはっきりわかってつらい…。
【埋蔵金のありか…それは】
「それは…」
ゴクリと息を飲むーーー
この先にーー
真の埋蔵金のありかが…。
【この土地のどこかである、以後、末代までしっかりとこの土地と店を守るよーに】
「………」
「………」
翼と琴音は無言で目を合わせた。
先祖からのありがたーいお言葉はそれで終わり、あとに続く文字も無い。
「えーと…、どうしましょうか?」
「どうするって言っても…」
先祖様の言葉を信じるなら不知火の埋蔵金はこの土地のどこかにあるという、が肝心な細かい場所、手に入れる手段が不明だ。
しかし土地を売ってしまえばいざ埋蔵金が発見されてもそれは西園寺コンツェルンの物になってしまう。
確実に手に入れる事のできる目先の金か、手に入れる事のできるかわからない未来の大金か。
「しかしなぁ…」
こんな悪ふざけをする先祖の言葉を簡単に信じていいものなのだろうか…、さっさと売って金を手に入れるのが確実だし、現実的だ。
「店長、店長」
「ん?」
思案する翼に琴音が声をかける、その手には先ほど翠に売れた事だ味をしめたのか、けん玉があった。
「翠ちゃん、また来てくれますかね?」
琴音なりにこのなんとも言えない空気を変える為の話題の変更なのだろう。
「来るだろ…、あのお嬢さん、この土地を売り払え、って言ってきてんだし」
「えっ…?」
あぁ、そういえばこいつは知らないんだったな、と翼は今更ながらに事の顛末を教えてやった。
「この店…売っちゃうんですか?」
涙目で愛眼するようにうるうると翼を見る琴音に翼はハァとため息を一つつく。
「埋蔵金…見つけたらな」
まっ…、まだ決めるには早いか、と。
「さて、そうと決まれば仕事だ仕事」
「あのー…仕事と言っても、お客さんが」
「…来ない、な」
本日の売り上げ、けん玉一つ也。
やっぱり…売っちゃうべきかも…、これ、。