第32話:近未来のMー1G そのごっ
「だから…、さっきから言ってるだろ、こっちはちゃんと招待状貰って来てんだよ」
パーティー会場は先程も訪れた西園寺重工の敷地内にある馬鹿デカイ建物の中でやるらしい…、が、俺達は今だ建物の中に入れていない。
警備員らしき屈強な男が俺の渡した、西園寺から送られてきた招待状と俺達の顔を何度か往復させ、怪しげな視線を送りながら。
「少々お待ちください…」
と言ってどこぞかに電話をかける事数分、ようやく戻ってきた警備員は俺達に頭を下げた。
「失礼しました、現在過激派のロボコン達によるテロの情報があり、厳重な警備が必要でして」
そう言いながらようやく警備員の許可を頂いたので中に入る事が出来た。
「なーにか過激派ロボコン達によるテロの情報だよ、俺達の後に来た奴らはあっさり通しやがって…、あの警備員」
パーティー会場であるそこはだだっ広いホールで、見た感じ俺達以外の参加者はもうみんな集まってるようだ。
というか…、警備員とのひと悶着のおかげで俺達は時間ぎりぎりの会場入りになってしまった訳だが。
『全くです、アスターはロボコンではなくロリコンなので捕まえるならそっちの罪状でなくてはなりませんです』
「どっちも違ぇよ…」
つーか過激派ロリコン達によるテロとか字面だけで恐怖しか感じないんだけど…。
「つーか…、警備員に止められたのは間違いなくお前らのせいだぞ、まず琴音、その鞄はなんだ?」
そう、せっかく西園寺のお嬢様から頂いたパーティー用のドレスなのだが、琴音はその上からうちの店にあったいかにも庶民愛用といっただっさい鞄を担いでいた。
パーティー用のドレスとの差もあってその鞄が余計に目立ってしまう。
「あ、これですか?うちの店にあった駄菓子を持ってきたんですよ」
だが、当の本人はそんな事大して気にていないのか、嬉しそうに鞄の中を見せてくる。
「いや…、いらねーだろ、何で持ってきたの?パーティーの料理とか出るんだぞ」
「何を言ってるんですか店長、駄菓子は別腹ですよ」
いや、そういう事を言ってるんじゃなくて、別に今持ってくる必要無いだろって話しなんだけどなぁ。
「…まぁ、それはこの際、良いか、んでさくらよ、お前のそれはなんだ?」
『?、見てわかりませんかアスター、漬け物石ですよ』
「うん、見てわかる、わかんないのは何故お前がそれを背負ってるかなんだが?」
そう、さくらは漬け物石に紐をくくりつけてリュックのように軽々と背負っているのだ、何故?
『メイドのたしなみです、箒みたいなもんなので気にしないで下さい』
いや…、全然違うだろ、とつっこみを入れようかと思ったら急に会場内が暗くなった。
「皆様、本日はお忙しい中、本大会、Mー1Gに参加を頂き、真にありがとうございます」
…始まったか、司会であろう男が深々と頭を下げる、ってか、あれは海燕さんじゃないか?
「では…、まずは本大会を前に西園寺コンツェルン代表として、西園寺 彩様より、開会の挨拶とルールの説明があります」
海燕さんに紹介され、ステージの壇上に上がったのは西園寺に…、いや、ややっこしいな、西園寺 翠に良く似ている女性だ。
似ている…、といってもその容姿はまだまだ幼い彼女とは違い、とんでもない美人である。
あと胸がヤバい、美人でスタイル良くておっぱいボインとか弱点無しか?
「…店長、あの人、翠ちゃんによく似てますね」
「そりゃそうだ…、あのお嬢さんの姉ちゃんだしな」
「…えぇ!?」
西園寺 彩、西園寺 翠の姉であり、その美貌と手腕により、西園寺コンツェルンの顔ともいえる女性である。
ちなみに世間一般ではどちらかというと姉の方が有名なんだけどな。
「西園寺 彩だ、まずここに居る皆にこの大会の主旨を説明したい」
壇上に立つ西園寺 翠の姉、西園寺 彩は一度、会場内全体を見回すと話しを始める。
その堂々たる立ち振舞い、そして本人の芯の通った声に会場内の全ての人物が彼女に注目した。
…なるほど、俺も彼女の存在はテレビや雑誌くらいでしか知らなかったが、さすがは西園寺コンツェルンの顔、といえるな。
「皆も知っているだろうが、今までのメイドロボと言えば、会話や行動、各々に個性があるといえるが、所詮、それはプログラムによって作られた個性に過ぎない」
西園寺 彩の言う通り、ロボットに個性なんてものは存在しない、基本的にプログラムに従って行動するロボットにとってはその行動全てが作り物でしかないのだ。
「ならばその従来のメイドロボを第二世代としよう、そして今、皆の横に居るメイドロボこそが我々西園寺コンツェルンが開発した、全く新しい第三世代のメイドロボである」
ピッと空間にモニターが映し出された、そこに映っているのは例の黒いキューブである。
しかしこの姉ちゃんもなかなかに肝が座っている、第三世代、第二世代とはっきり言うって事は今ある従来の第二世代メイドロボを性能面で過去の遺物にするつもりも同然なのだから。
「もう皆も知っているとは思うが、このキューブに登載された人工知能こそ自己学習、自己進化、自己改変を可能にした全く新しい、成長するAIであり、その人工知能を登載したメイドロボこそが第三の世代である、その価値は第二世代のものとは比べるまでも無い事はわかるだろう」
…第三世代、こいつがか。
横に居るさくらをちらりと見てやると。
『わーい、アスター、誉められました』
「………」
なるほど、確かに比べるまでも無いな、…駄目だろ、これ、第三世代敗北するぞ。
「さて、このキューブは各々の所で全く違う成長をしたはずだ、その数は20個、今大会ではその中からデータの収集を兼ねて、優秀な成長を遂げたメイドロボを選定しようと思う」
「…20個、なんだか思ったよりずっと少なーーー」
「あぁ、多いな」
横に居る琴音が小声で声をかけてくるので俺も小さく言葉を返してやる。
「え?」
「ん?」
「…多いんですか?」
「アホ、開発されたばっかの最新鋭の人工知能だぞ、そんなもん何百もあってたまるか」
西園寺コンツェルンだっていずれはこれを量産していくのだろうが、現状ではまだ試作段階、いってみれば俺達はモニターだ。
「まず、ブロックをAからDに分ける、1ブロック五人、それぞれのブロックで我々の用意した課題に挑戦して貰い、各ブロック成績一位のメイドロボ四人で優勝決定戦を行う、優勝者のメイドロボは第三世代の代表とし、その所有者には特典として、今後メイドロボにかかる全ての費用を我々西園寺コンツェルンが補償しよう」
西園寺 彩の言葉に会場内が大きく沸いた、だが彼等にとってメイドロボにかかる費用なんざ微々たるもので、その理由は第三世代…、全く新しいメイドロボの代表となれる名誉の方が強いのだろう。
…名誉とかいらないんでとにかく金だけでも貰えませんかねぇ?
「では最後に…、このキューブの開発者である東雲 道哉博士にも一言頂こうか」
西園寺 彩が壇上から 降りると今度は入れ替わる形で一人の男と一体のメイドロボが壇上に上がった。
「…あれ?店長、あの人って」
その人物に気付いて琴音が声をかけてくる、うん、俺も見覚えがあるぞ。
「あぁ…、忘れもしないな、あのおっぱいは」
つーかインパクトありすぎて忘れれる訳が無い。
「あの…、そこは顔、って言う所じゃないですか?」
「顔?何言ってんだ琴音、おっぱいに顔なんてある訳無いだろ」
「いや、店長が何言ってるんですか…」
琴音は呆れてるがだってあのおっぱいだぜ、顔なんかよりよっぽど分かりやすいだろ。
壇上に上がった東雲博士なるその人とその横に立つ人では絶対有り得ない化け物クラスのおっぱいを持つメイドロボ。
間違いなく、さくらを受け取りに行った時に居たあの爽やかイケメンとおっぱいお化けメイドロボである。
「…あの爽やかイケメンおっぱい魔神がこいつらの開発者だったのか」
自分のメイドロボにあんな化け物みたいなおっぱいをチョイスするような変態だぞ…、良いのか、これ?
いや…、つまりはあれだな、おっぱい好きなやつは皆天才って事だな、そうか…俺も天才だったのか。
「どうも皆様、初めまして、只今紹介頂いた東雲です」
壇上の爽やかイケメン…、つーか爽やかイケメンはもういいな…、おっぱい魔神東雲、うん、これがしっくりくる。
壇上のおっぱい魔神東雲は爽やかな笑みを浮かべると挨拶と共に簡単にキューブのより詳しい説明を始めた。
…けれど専門的な話しになって来たので俺も殆ど聞き流す程度だ。
「そういえば翠ちゃんはどこに居るんですかね?」
それは横に居る機械オンチな琴音には尚更なのか、そんな事を言いながら会場内をキョロキョロ見回している。
全く落ち着きの無い奴だ…、つーか西園寺の事大好きだな、お前。
「あ!居ました、居ましたよ、店長」
琴音に服の裾を引っ張られ、小さく指差すその先を見ると確かに、西園寺 翠はそこに居た。
恐らくは特別席だろう、吹き抜けの二階、ホールを見渡せる場所に彼女は居た、横にはいつものように海燕さんとアルファを従えている。
…あれ?海燕さんは司会やってんじゃなかったっけ?
ちらりと司会者の方を見るとそこにももちろん、海燕さんが居る、どういう事?
いや、あの人なら分身くらいは軽くやってのけそうだけどさ…。
「翠ちゃ~ん」
琴音が小さな声で可愛らしく手をふる、いやいや、伝わる訳無いでしょ、あいつだって俺達ばっか見てる訳…、見てるし。
西園寺を見ると琴音が手を振っている事に気付いたのか、キョロキョロと辺りを確認すると手こそ振り返さない彼女は小さくお辞儀をした。
全く…お前ら本当に仲が良いよな…。
でもな、世の中何事も"時と場合"ってもんがあるんだよ。
「…琴音、お前に1つ、言っとかにゃならん事がある」
俺は小さく溜め息をつくとトントンと琴音の肩を叩いた。
「…?どうしたんですか店長、改まって」
琴音はキョトンとした顔で首を傾げた、クソ…、察しが悪いな、あんまし言わせんなよ…。
「今日のこの大会中の話しだけどな、西園寺のお嬢さんとは話すなよ、今みたいなコンタクトも止めとけ、いや…いっそのことあのお嬢様と無関係を装え」
「!?、何でですか?店長」
俺の言った事が予想外だったのだろう、琴音は一瞬驚いた後、怒ったように俺を見る。
「考えても見ろ、あのお嬢様は普段こそあんなだが、それでも西園寺コンツェルンの社長令嬢だぞ」
「そんな事…もう知ってますよ、だから何だって言うんです?」
あぁそうだろうな、相手が例えどんな立場の人物でも、普段と変わらず接するお前はスゴいと思うよ、本当に。
「普段なら別に良いんだよ、お前ら二人が友達なのは知っているし、それを知っているのは俺や海燕さんやアルファ、あー、あと日向くらいだしな」
そう、あの駄菓子屋内で西園寺コンツェルンの社長令嬢たる西園寺 翠が誰とどう過ごそうと特に問題は無いだろう。
「だけどな、ここは西園寺コンツェルン主催のパーティー会場だ、もちろんお偉いさん方は沢山居る、あのお嬢さんにも立場ってもんがあるだろ」
「…立場、ですか」
「方や西園寺コンツェルンの社長令嬢、そしてもう片方はしがない駄菓子屋のアルバイトだ、そんな二人が仲良くお喋りなんかしててみろ、周りのお偉いさんはどう思う?」
「えぇっと…、仲が良くて結構結構…、とか?」
「アホ、確かにそう考える奴だって全く居ないとは思わんが、大多数はこう考える、少し言い方は悪いが西園寺コンツェルンの社長令嬢ともある者がこんな庶民と仲良く話しているのか…ってな」
「………」
…もう俺が何を言いたいのか琴音もわかっているのだろう、辛そうにただ俯いている。
「あのお嬢様にも立場ってもんがあるんだ、それを考えてやれ」
「私…、私が…、翠ちゃんと仲良くしてちゃ、駄目…ですか?」
「………」
少しだけ顔を上げた琴音は今にも泣き出しそうな顔をしていて、俺は一瞬、思わず、声に出そうになっていた。
別に良いだろ、とか、周りの目なんて気にするな、とか。
「だから…、この大会の最中だけだって、うちの駄菓子屋の中ならどんだけゆりゆりしてても構わんから、今だけ我慢しろって、そんだけの話しだ」
だけど…、俺には決して言えなかった、西園寺の立場も考え、琴音との関係も考え、これがベストなんだと思ったからだ。
「ゆ、ゆりゆりって…、ゆりゆりなんかしてませんからね!!」
「いや、してんだろ…、俺がどんだけおいてけぼりくらってると思ってんだ?」
「も、も~…、店長の馬鹿」
顔を赤くしてぽかぽかと叩いてくる琴音を煩わしく思いながら…、ふぅと心の中で安堵した。
俺はベストな選択を琴音にさせ、琴音もそれを受け入れてくれた、と。
間違っていたのは、自分だと気付かずに。