第29話:近未来のMー1G そのにっ
「「えぇぇぇぇええええぇ!?」」
琴音と西園寺、二人の驚いた声が店内に響き渡る、えぇい、耳元で叫ぶな、キンキンする。
「て、店長、売るって…、正気ですか?メイドロボですよメイドロボ、アルファさんみたいなのが家に来るんですよ!?」
「良いですか高屋敷さん、これを逃せばあなたのような方は一生メイドロボとは無縁ですよ、あなたの収入の何年、いえ、何十年分の価値があると思ってるんです?」
「どんだけ俺の収入が低いと思われてんだよ…」
いや、あってるんですけどね、むしろ赤字の月の方が多いまである。
「それをあなたは売り払うというのですか?」
「あぁ」
「即答ですか!?しかも軽ッ!!一般家庭の憧れ、メイドロボを…」
あまりの驚きに西園寺はそのまま口をぱくぱくとさせる。
「や、だって必要無いし」
まぁ実際、これにつきる。
確かにメイドロボが我が家に来れば簡単な家事や店の運営も今よりはもっと便利で楽にはなるだろうが、現状でも充分生活は出来ている。
だったらより現実的にお金に変えてしまった方がよっぽど有意義というものだ。
「…ただのメイドロボじゃ無いんですよ?最新の人工知能を搭載した、成長する、あなただけのオリジナルのメイドロボですよ?」
「ついさっきまで漬物石に使われてたメイドロボに一体何を期待しろというんだ」
下手をすればそこらの旧式のメイドロボに性能的に劣ってそうまでありそうだぞ。
「それはあなたが悪いんじゃないですか…」
「ま、ともかく、データ取りには協力したんだ、後はこいつをどうしようと俺の勝手だろ」
そう言いながら今なお光を放っているキューブをコンコンと軽く叩いてやる。
「店長…、その子、今も私達の事観察してるんですよ、その目の前で堂々と売るって、可哀想だと思わないんですか?」
その様子を見て琴音が少しムッとした顔で言ってくる、そうか、こいつはロボコンだった。
「いや、全然」
ジャンルを広くして考えるとすればメイドロボはあくまでも家電製品である。
テレビや冷蔵庫が自分が売られるのに反対すると思うのか?
「私は売るのに反対です!良いじゃないですか、メイドロボ、賑やかになりますし、きっと楽しいですよ?」
「楽しいってなんだよ…」
こいつはメイドロボを単なるお喋りの相手にでもするつもりなのだろうか…?
「だって家族が増えるようなものじゃないですか」
…駄目だこいつ、早くなんとかせねば。
やったね、家族が増えるよ、みたいな顔をしている琴音を一体どうやって納得させようかと思案する。
こいつはロボット大好きロボコンさんだ、まともな説得では納得しないだろう。
ならばいっそ、ロボットの話しをあえて避けて、メイドロボが必要無い事を納得させてやろう。
…少しズルいやり方にはなるが。
「そうか、俺は結構今の、お前と二人での生活が気に入ってんだけどな」
「…え」
俺のその返答を聞いた琴音が顔を耳まで真っ赤にさせて両手を組むと親指を付けたり離したり。
「えっと…、その、私も、楽しいですよ?店長との生活…」
フッ…、チョロいぜ。
「でもこの子も加われば更に楽しくなると思います」
「おぅ…」
駄目だった、こいつはこいつで案外、言い出したら聞かない所があるんだよな…。
「はぁ…、良いか琴音、メイドロボを買うってのはお前が思ってるより簡単じゃないんだぞ」
仕方ない、ここは正直に一般人には一般人の、メイドロボみたいな不相応な物なんか必要無いことを教えてやろう。
「え…、でも翠ちゃんはタダでくれるって言ってるんですよ、というか、タダで店長が食い付かないなんておかしいですよ!!」
いや、そんな力説されても困るんだけど…。
「そりゃ元手はタダで済むだろうさ、西園寺の事だ、それは間違いない」
「心配しなくても後でお金なんて請求しませんよ…」
西園寺はこのメイドロボをアルファの件のお礼と言っているし、俺もそこら辺は心配していない。
「だが二人共、メイドロボにかかる維持費を忘れてるだろ」
恐らく、琴音は持ち前の世間知らずっぷりから、西園寺の方は自身が金持ちが故に。
「維持費…ですか?」
「高級家電であるメイドロボには特別に税金が居るんだよ、お前にも分かりやすく言うなら自動車税みたいなもんだ」
「…え、そうなんですか?」
「後は定期メンテナンス、壊れたらその修理費、捨てる時は廃棄料、そもそも、単純にメイドロボの稼働に必要な電力だって金がかかる」
そう、いくらタダで貰えようと維持費に金がかかるのならば必要無い。
入会金無料とデカでかと宣伝文句をつけといてしっかりと年会費とか取られる詐欺のようなものである、西園寺からして見れば単純な善意だったのだろうが。
所詮メイドロボは金持ち達の道楽の為にあるもので我ら一般庶民が手を出すべきでは無いのだ。
「つー訳で家ではメイドロボは飼えません、諦めて元居た場所に戻して来なさい!!」
「お母さんですか!?むー…」
琴音は低くうねるとまだ何か言いたげではあったが、家の経済状況を知っているので何も言えないようだ。
「西園寺も、今のでわかっただろ、維持出来ないと始めからわかってんだ、なら他の誰か金持ちに売っちまった方がコイツの為でもある」
俺はもう一度、光を放っているキューブをコンコンと叩いて西園寺に言う。
「…へぇ、思ったよりちゃんと考えてたんですね」
「あん、何がだ?」
「しっかりとこの子の事も考えてそう言っているのでしょう?結構優しいのですね」
…変なところで感心するんじゃないよ、第一、これは建前で結局、金が無いのが一番だし。
「ですが、なら…、丁度良かったのかもしれませんね」
「…良かった、って、何がよ?」
「今あなたが言った問題を解決する方法があるからですよ、維持費さえなんとかなれば、あなただってメイドロボを売る理由も無いでしょう?」
「まぁ…、それはそうだけど」
そりゃあ俺だってメイドロボが全くいらないとは思って無い、居ればそれなりに便利なのは間違いないだろうし。
「近々、大会を開きます」
「は?大会…?」
急に何を言い出すのかと思ったら、大会?
「えっと…、翠ちゃん、大会って、何があるの?」
「先程も言いましたが、このキューブはあなた達だけじゃなく、あらゆる企業や名家にも配ってます、今頃はこのキューブと同じように光を放っているでしょう」
このキューブはキューブの姿のまま、その家庭の生活を観察し、成長するらしい。
つまり、そのどれもが成長したオリジナルの人工知能を持っているわけだ。
とすれば、西園寺の言う大会ってのは…。
「そのキューブの状態から成長したメイドロボの中で一番優秀なメイドロボを決める大会、題して…Mー1GP!!…です」
…最後の方、えらく小声だったな、たぶんこいつも言うのが恥ずかしかったんだろう。
「その優勝者のメイドロボにかかる費用の全ては、今後全て我が西園寺コンツェルンが請け負います、それが優勝商品です」
「わ!わ!聞きましたか店長!優勝すれば店長の言っている問題も全て解決ですよ」
西園寺の話しを聞いた琴音が嬉しそうにぴょんぴょん飛び跳ねる。
「うん、まぁ、そうだな…」
だが、そんな琴音とは反対に俺は曖昧に返事を返すだけだ。
「…まだ何か不満でもあるんですか」
「いや、だって…、無理だろ」
「戦う前から諦めてどうするんですか!」
「朝河さんの言う通りですよ、そんな弱腰では優勝は無理ですね」
二人が俺を攻めるように睨んでくる、だが待って欲しい、お前達は大切な前提を一つ、忘れてる。
「だってこいつ、漬物石代わりに使ってただけだそ」
「………」
「………」
二人は黙り込むとお互いに顔を見合わせた、まぁそうなるよな。
他のキューブがどのような家庭で成長したかなんて知らないが、西園寺コンツェルンからの贈り物だ、大事に扱われてるに違いない。
そんな他のメイドロボ相手に漬物石一筋な家のメイドロボが勝てる訳が無い、これが就職活動なら、履歴書の段階で落とされるに違いない、経歴の所で漬物石やってました、だからな。
オマケに狙うは優勝ときたもんだ、何の無理ゲーだ、これは。
「ま、まぁ…、参加するだけしてみたらどうですか?」
「そ、そうですよ店長、参加する事に意義があるんですから!!」
「いやだから…、優勝しなきゃ意味ねーだろ、参加して早々に負けて帰るくらいなら、最初から参加しない方がずっと楽だ」
それこそ時間のムダだ、ならば参加しない事にこそ意義がある気さえする。
「それとも何か、参加賞みたいなの貰えるの?もしくはブービー賞とか、ブービーメーカー賞とか」
「完全に負ける事前提じゃないですか…、一応、キューブのメイドロボへの成長を祝したパーティーをしますが」
「仕方ない、参加するだけしとくか、参加費とかはもちろん取らんよな?」
「なんと切り替えの早さ…、良いんですか、それで」
呆れたように言う西園寺だが、まぁ何とでも言えば良いさ。
パーティーと言えば豪華な料理だ、それもこれはただのタダ飯ではない、西園寺コンツェルン主催のパーティーのタダ飯なのだ。
きっと普段俺達が食べてるもんとは別次元の料理が出てくるに違いない、ステーキ寿司とか、寿司ステーキとか。
ヤバイ、何がヤバイって豪華な料理って考えてステーキと寿司くらいしか出ないくらいの俺の庶民レベルの高さがヤバイ。
「まぁ…、キチンと参加して貰えるのなら何でも良いですけど、ではこのキューブはこちらで預かります」
西園寺が指示を出すと海燕さんがキューブを片手で簡単に持ち上げる、それ、むちゃくちゃ重いんですけど、何で片手で軽々持ち上げるの?
「あれ?メイドロボさんはまだ家に来ないんですか?」
「えぇ、こちらでもいろいろと調整が必要ですから、このキューブがキチンとしたメイドロボになるのは大会の当日になります」
「おいおい…、ぶっつけ本番かよ、俺らはこいつがどんなメイドロボになるのか検討もつかんのだが」
「安心して下さい、公平に全てのキューブが同じ条件ですから」
「安心出来るかよ…、なぁ、お前の権限で俺達にだけ早めにくれたりとか出来ねーの?」
恐らくはどのキューブよりも特殊な使われ方をされてた我が家のキューブだ。
本気で勝ちにいくならそれくらいの作戦は必要だろう。
「やるわけがないでしょう…、今回、私達は大会を運営する側ですよ?」
ですよねー…、事、これに関してはこいつは絶対に譲らないだろう。
「あぁ後…、パーティーに参加するのは良いですけど、キチンと正装で来てくださいね、そんな格好では警備員に追い出されますよ」
…恐らくこのパーティー、参加する大半は金持ち連中だろうし、そのなかでわざわざ浮いた存在にはなりたく無い。
だけどそんな豪華なパーティー用の服なんてあったかな…。
「パーティー用の正装、うぁあ…、私、そんなの持って無いです」
俺でさえこうなのだ、記憶喪失な琴音からすれば特に…だろうな、
「朝河さんには私が昔使っていたドレスをプレゼントしますから、安心して下さい」
「本当!?やった翠ちゃん!ありがとう!!」
嬉しそうに琴音が西園寺に抱き付く、抱きつかれた西園寺はあまりに突然なことでビックリしていた。
しっかし、相変わらず仲良いよな…コイツらは。
「では、大会の詳しい情報は追ってまた連絡しますから、それまで待っていて下さい」
そう言い残し、西園寺は表に置いてある車へと乗り込んだ。
「うん、翠ちゃん、まったねー」
ブンブンと手を振る琴音に、西園寺も小さく手を振って答える。
俺?いや…、やんないけどさ、つーかやっても無視されそうじゃん?
「………」
しかしまぁ…、端から見ても奇妙な関係なもんだ。
方や最底辺の駄菓子屋のアルバイト、方や大企業の社長令嬢。
俺からしてみても友達と呼べる二人ではあるが…、この立場の差はどうしようもない。
「?、どーしましたか?店長」
「いや…」
西園寺コンツェルン主催のパーティーか…、琴音にはちょっと注意しといた方が良いだろうな。
「どうやってパーティーの料理を持って帰るかずっと考えてた」
「えぇ~…」