第23話:近未来の小学生 デート編
時間はあっという間に過ぎて週末。
世間一般では休日といえる華の日曜日でも自営業者の大半は仕事だったりする。
特に駄菓子屋という客商売をしている身からすれば世間一般的にお休みの日こそ、稼ぎ時であるのだ。
そもそも平日だって特別な用事さえなければだいたい経営しているのがうちの店である。
あれ?俺ちょっと働き過ぎじゃね?
ともかく…だ、そんな稼ぎ時である休日をわざわざ一日潰して、少女の幻想を潰そうとしているのだから報われない。
「…居る、な」
時刻は少女の手紙にもあった待ち合わせ時間より少し早いくらい、それなのに件の少女、柚原 日和はもう駅前にいた。
「そりゃあ居ますよ、だってあんな手紙を渡すくらいですから」
「いや…、少しはイタズラって可能性も考えてたんだが」
現在、我等即席二股トリオはそんな柚原を、彼女に見つからぬように隠れて眺めていた。
「イタズラ…ですか?」
「所詮は小学生だからな、ピンポンダッシュとか、そんなノリで手紙だけ寄越して後は知らんぷりって可能性だ」
大人をからかう為に適当に手紙書いて嘘告白…、もしそうだったら腹こそ立つが、まぁ、俺自身もそっちの方がありがたい。
「なるほど…、イタズラですか、可能性としては充分ありますね」
「でも…、柚原ちゃんもあぁしてきちんと来てますし」
「甘いですね、そこでいざ高屋敷さんがのうのうと出ていくと彼女の友達がやって来て、「あー、本当に来たんだ」とか「小学生に告られて何マジになってんの?このロリコン」とか言われるんですよ、高屋敷さんが」
「もしそうなったら全員軽くシめる、つか、もう言われる事前提かよ」
西園寺の言葉にそう即答してやる。
だってほら…、大の大人が小学生の女の子相手に囲まれて罵声とか浴びてみろよ…。
さすがに俺だって我慢できん、泣くよ、マジに泣くから。
「…警察沙汰は止めて下さいね、でも、大丈夫じゃないですか、あの娘の格好、見てくださいよ」
琴音に言われて柚原の服装をチラリと見る。
ティーン向けのファッション雑誌にでも出てきそうなおよそ、小学生に似つかわしくないその服装はいかにも、小学生が背伸びして着ている感じがして、見ていてなかなか微笑ましい。
しかも似合って無いと言われればそうでも無く、彼女なりに子供向けより上、しかし背伸びし過ぎないくらいの服装を選んだのだろう。
今もちょくちょくと鏡で自分の髪を確認し、くしゅくしゅと弄っている。
それくらい、気合いバッチリというイメージが伝わってくるのだ。
「可愛らしいですね、で、あなたのその格好は何ですか?」
優しい表情で柚原を見ていた西園寺の表情が一転、俺を見るなりギロリと睨み付けるようなものに変わる。
いや、本当に一転、どうやったらここまで一瞬にして表情を180度変えれるのか。
「あん?いいか西園寺、今回の作戦を忘れたのか」
対する俺の格好はといえば。
家にあった適当な服、もちろん、上と下のバランスとか考えてない。
セットしてないボッサボサな髪。
極めつけはサンダル装備である。
これからデートするとは思えないくらいのダメ男仕様である。
「今日はあのガキに俺の事を幻滅して貰いに来たんだぞ、気合い入れてどうする?」
これこそ、高屋敷 翼のダメ男作戦、その2。
だらしない格好で印象最悪にする作戦、うん、そのまんまだ。
「…せめて、一緒に歩いてて恥ずかしく無い格好をして欲しいんですけど」
呆れたようにそう呟く西園寺だが、まぁ許して貰いたい。
「勘違いすんなよ、基本的に普段外出する時とかはもうちょいマシな格好だからな」
「そうですか…、では次私と歩く時はちゃんとお願いしますね」
「え?お、おぅ…」
まぁそんな機会があるかはわからんがな。
「あの~、これ以上待たせるのも柚原ちゃんが可哀想ですし、そろそろ出ていった方が」
「…そうだな」
本来ならば高屋敷 翼のダメ男作戦その3、待ち合わせの時間にわざと遅れる作戦を結構しても良いんだが、その作戦は事前に脇の二人に即行で却下を頂いた。
女の子を待たせるのは一番やっちゃいけない行為…らしい、まぁ、女の子に限らず、待ち合わせに相手が来なければそりゃあイライラするし不安になる。
「一応、形式的にはデートですよ!しっかりエスコートして下さいね、店長!!」
「デートっつっても、すぐ終わると思うけどな…」
脇に女二人を挟んでこの格好だ、俺が相手だったら即行でぶちギレて帰るな。
俺は重い足取りでのろのろと柚原の所に向かう、後ろには琴音と西園寺だ。
しかし、ふと重大な事に気付いてしまった。
下手に小学生の女の子に声をかけようものなら、周りの目がどのように俺を見るのか…。
「よう…」
なので俺はなるべく周りに注意を払いながらも、柚原にだけ聞こえるように声をかけた。
「あう!」
…ものの見事に逆効果で、俺が突然声をかけたもんだから柚原は軽く驚いた声をあげる。
あ、これ、不味いパターンじゃね?
柚原が突然声を上げたもんだから周りの何人かがチラリとこちらを見ている。
「あ、えと…」
このまま下手に会話をしようものなら不審者認定待ったなし、俺がどうしたもんかと考えていると。
「こんにちは、柚原 日和ちゃん」
琴音がしゃがみこんで柚原に目線を合わせつつ、笑顔で挨拶をした。
「え、えと…、こんにちは」
柚原の方も今日は流石に逃げないのか、琴音にペコリとお辞儀をする。
その一連のやり取りに周りの連中も興味を無くしたのか、俺達への注目は無くなった。
あぁ、良かった、やっぱ琴音を連れてきて正解だったとほっとしていると西園寺がそっと近付いてきて、耳元で小さく呟く。
「小学生相手に何をおどおどしているんですか、気持ち悪いですね」
「うっせ、この年で知らんガキに声をかけるのには細心の注意がいるんだよ、つーか近い」
まさに割れ物注意とか、そんなレベル。
「ねぇねぇ、翼」
西園寺とそんなやり取りをしていると、柚原が俺の服の袖をちょいちょいと引っ張ってくる。
「いきなり名前呼び捨てかよ…」
「?、付き合うんなら普通だと思うけど」
キョトンとして首を傾げる柚原、まぁ恋人相手にさんとか付けるカップルの方が少ないだろうけどさ。
「この人達って、やっぱり翼の…」
柚原はその先の言葉をなかなか口にしようとはしない、ふむ、いくら小学生とはいえ、そこは恋する乙女、恐らく、なんとなく想像はついてるのだろう。
「あぁ、実は二人共、俺の彼女なんだ」
なるべく、真実味があるようにキリッとした表情で柚原に伝えてやる。
「よ、よろしく~…、店ちょ…、高屋敷さんの彼女の朝河 琴音です」
琴音、挙動が不振すぎるぞ…、つーか、絶対いつもの癖で店長って言いかけやがったな。
「西園寺 翠よ、私も彼とは恋人同士なの、私達の出会いは…そう、前世にて私がまだとある亡国の姫だった頃よ、彼は相手国の騎士団長で…、私達はお互いにその立場を知らぬまま出会ってしまったの、その時、私の王家より代々伝わる家宝の翠石のペンダントが光って…」
そして西園寺、お前はいったい何キャラだ!!
何その長編小説まるまる一本作れそうな設定…。
くそ…、二人には上手くやるようには伝えてあったんだが、人選を誤ったか。
ま、まぁ…、それでもデート相手がいきなり俺の恋人だと名乗る相手を二人も連れてきたのだ、俺が柚原の立場なら帰るだろう。
ほら、彼女も驚いた顔で琴音と西園寺を見ているし。
よし…、後はだめ押しだな。
「つー訳で、俺には彼女が二人居る、この意味がわかるだろ、柚原」
「…なるほど」
柚原は頭を下に向ける、悲しんでいるのか、怒っているのか、もしくはその両方なのだろう。
「それじゃあ私は三人目なんですね」
…はい?
「はじめまして、西園寺さん、朝河さん、柚原 日和です、こらからよろしくお願いします」
「え?えと…、はじめまして」
「こ、こちらこそよろしく…」
顔を上げた柚原は何故か弾んだ声で琴音と西園寺にそう言って丁寧に頭を下げた。
一方の二人は戸惑いながら、おい、打ち合わせと違うじゃねーか、とでも言いたげに俺を見る。
いやいや、この状況に一番戸惑ってんの俺だからね。
「えとー、柚原ちゃん?私達の話し、聞いてました?高屋敷さんの彼女、なんですけど」
琴音がさも当然の疑問を柚原に投げ掛ける、いや、本当そう、話し聞いてたのかな、この少女。
「はい、私、愛人はOKなので、二人共安心して下さい、あ!でも正妻は私ですよ」
何この娘のメンタル!?超強いんだけど!!
つーか小学生が愛人とか言う言葉使っちゃいけません!どこで覚えたのかしらこの娘は、もー!!
などとあまりの衝撃に思わずおかんにでもなってしまうレベル。
「で、翼、今日は三人でデートするの?」
そしてこちらを振り返ると笑顔で声をかけてくる、つーか、こいつ、あの二人には敬語なのに俺にはタメ口なのかよ。
しかし不味い…、完全に作戦失敗じゃないか…。
本来ならばこの段階で柚原はもうぷんぷんで帰宅、後はまぁ…二人に適当にお礼がてら飯でも奢ってやろうか、くらいだったんだが。
「あ、あぁ、するぞ!もちろんだとも」
最早止まれぬ!後には引けぬ!嘘、本音は帰りたい。
「ふぅん…、じゃあどこ行くの?」
「え?そ、そりゃ…」
どこか俺の事を試すかのような柚原の視線…、コイツ、小学生のガキの癖してここら辺は立派な女子だな。
フッ…、あまり俺もなめないで貰おうか。
どこに行くかって?そりゃ決まってんだろ。
そりゃ、何も考えてないに決まってんだろ!!
だって当初の予定じゃデートなんてしないんだ、当然、コースなんて考えてある訳が無い。
「そりゃ…、あ、あれだ、適当に街をぶらついて、適当に飯を食って、適当に解散する…みたいな?」
「それを世間一般ではノープランと言うんですが」
呆れて話しに絡んでくる西園寺、いや、だって急な話しなんだし…、突然言われても。
「…何も考えてないの?」
柚原がもう一度聞いてくる、ん?待てよ、ひょっとしてこれってチャンスじゃないか!!
「あぁ、俺は何事にも臨機応変に対応するタイプだからな!!」
俺はどやっとした顔で胸を張って答えてやる。
「臨機応変と計画を立てない事は意味が全然違いますけどね…」
うるさい西園寺、これこそが高屋敷 翼のダメ男作戦、その4差し込み。
デートの計画をまったく立てない男だ!!
ふふん、これで柚原の奴もさすがに…。
「じゃあ今日は私の考えたコースで回ろう、行こ、翼、朝河さん、西園寺さん」
「え?あっ…、ちょっと!!」
何故か…柚原は上機嫌にてくてくと先に行くとクルリと後ろを振り返り、残された俺達を手招きで呼んだ。
「店長…、本当に大丈夫なんですか」
琴音が柚原に聞こえないように小声で俺に声をかけてくる。
「正直…、ここまで強敵とは思えなかった」
なんなのあの娘、ひょっとして俺の事好きなの?いや、好きなんだろうけどさ…。
「だ、大丈夫だ…、ま、まだ一応、作戦は考えてある」
わしのダメ男作戦は108まであるぞ、…どんだけダメ男なんだよ、それ。
「その作戦はすべて失敗なんじゃないですか…、結局あの娘、あなたのその格好にもスルーですよ」
「…仕方ない、最終兵器の出番だな」
「最終兵器?」
俺はハテナと首を傾げる二人を無視して携帯を取り出すとその相手に連絡をとる事にした。