第一話:近未来の駄菓子屋さん 上
「ふぁっ…」
狭い店内のことさらに狭いカウンターで椅子に座りながらこの店の店長である高屋敷 翼は欠伸をした。
二十歳で両親を無くした翼はそのままなし崩し的にこの駄菓子屋の店長となってしまったが、現在、彼には困った悩みがあった。
「暇だ…」
古き良き…、とは聞こえは良いが、結局、時代の流れは常に新しいもの、新しいものとなっている。
新しいものが生まれていけば古いものが廃れていくのは道理で。
この科学の発達した時代に駄菓子屋の需要は少なく。
ぶっちゃけて言えば経営難なのである。
「お客さん、来ませんね」
翼の言葉は決して誰かに向けて言ったものではなく、単なる一人言だったのだが、店内に居るもう一人はそう返した。
パーカーにバイト用のエプロンをつけてぱたぱたと掃除用のはたきで棚を掃除しているのはこの駄菓子屋でバイトとして働いている少女だった。
朝河 琴音、16才の少女。
16才、高校生であるはずの少女が平日の真っ昼間に駄菓子屋でバイトしているのはおかしい事だが、今は置いておこう。
「店長、お掃除、大体終わりました」
「そうか…」
「はい」
「………」
「………」
「あ、あの~」
気まずい沈黙に耐えかねた琴音が口を開く。
「いや、お前の言わんとしている事は実に良くわかる」
琴音の次は何をすれば良いんでしょうか?という言葉より先に、翼が口を開く。
「だが結局、客が来ない事には仕事も何も無い」
販売の仕事に置いてはまずお客さんが来ない事には話しにならないのだ。
「でも…掃除も終わってしまいましたし」
「それな、琴音、お前はもう少し時間の調整をするべきだ」
「はぁ…、時間の調整、ですか」
翼の言葉にイマイチピンと来ないのか、琴音は曖昧に言葉を返して首を傾げる。
「わからないか?何故今自分にする事が無いのか」
「お客さんが来ないから…でしょーか?」
「いや、正解なんだけどさ…、今はその話しじゃなくて、答えは掃除を終えてしまったから、だ!!」
あっさりと真実を見抜かれてしまい、翼はたじろいでしまったが、彼はとりあえず勢いでそこは誤魔化す事にした。
「えと…、そうなんですけど、え?」
「通常30分もあれば終わってしまうような仕事でものろのろとした動作で時間を稼げば一時間にも二時間にも引き延ばせるはずだ」
「いや…さすがに無理なんじゃないですか?」
琴音は呆れたような溜め息をつくと曖昧に笑って否定する。
どんな仕事にも終わりはある。
時間だったり納期だったり数だったり、仕事によってそれはまちまちだけどやっていけば必ず終わるのが仕事だ。
まぁ、終わらせた所で明日にはまた復活しているのが仕事なんだけどね。
「諦めるな、適度に屈伸運動や背伸びを組み入れつつ、何度かトイレへいけ、道具とかわざと忘れて取りに戻ったりも有効だ」
「というか店長が詳しすぎて人間性を疑いたくなってくるのですが」
翼のそれはどう聞いても昔そうやってサボってましたよ~、と言っているのと同じだ。
「だいたい…、経営者がバイトに言う台詞じゃないですよね、それ」
翼の言い分は遠回しに言えばサボって時間を間延びさせろと言っているようなものだ。
「だって客来ねーしな、接客業は客が来てなんぼなんだよ」
「だったら!私達でどうやったらお客さんが来てくれるか考えましょーよ」
「どうやったら…ねぇ」
琴音に言われて翼がぐるりと店内を見渡す。
狭い店内に並べられたお菓子や玩具類を順々に見ていくと彼は腕を組んで考えた。
「駄菓子屋ってコンセプトが間違ってるな」
「それ、もう物語を根元から否定してませんか?」
「だってなぁ…、これとか俺から見てもよくわからん玩具もあるんだぞ」
言いながら翼は玩具コーナーの玩具を一つ拾い上げる。
袋詰めされたそれは中に厚い紙の板が数枚入っているものだった。
「それはメンコですね」
「メンコ…?」
琴音の言葉に翼が首を傾げる。
この店の店長という立場の者の態度とは思えないが結局翼も現代っ子、駄菓子、ことさらに玩具類となると知識は薄い。
「やっぱり知らないんですね…」
経営者が商品を理解してさえいないのがこの店の現状ではあるが、琴音はそんな店長の返事に苦笑いを浮かべるだけだった。
「メンコっていうのはですね、この袋の中の紙を取り合う遊びなんですよ」
「へぇ…取り合いね、なんだ、ちょっと面白そうじゃねぇか」
取り合い…と聞いて翼の博打心にでも火がついたのか、彼は袋をぺりぺりと破ると中のメンコを取り出した。
「あの…、それって商品じゃ」
「まぁ聞け、客が来ないのはこの遊びがどんなものか知らないせいもあるだろう、俺達でどんな遊びかを知り、その楽しさを皆に伝えていこうって話しだ」
「つまり…デモンストレーション、みたいな事ですか」
「そんな所だ、つーかなんかやたらと古臭いデザインのロボットの絵とか書いてあるな」
メンコ一枚一枚に当時のヒーローやロボット、怪獣なんかの絵が書いてある。
「絵が違うだけでどれも同じですよ、店長、好きなメンコを選んで下さい」
「えっと…じゃあコレ」
翼はその中から適当に怪獣の絵のメンコを選ぶ。
「それを地面に置くんです」
「…こうか?」
言われたままに翼はその怪獣メンコを地面に置いた。
「よ~し、それじゃあ私の番ですね!」
やたらと張り切った風でテンション高く琴音は翼からメンコを一枚受け取るとシュビッと構えた。
その表情は真剣でジッと獲物を狙うように翼の置いた怪獣メンコを見ている。
「…え~と、何?」
翼はその状況がわからず、とりあえず首を傾げといた。
「てりゃ!!」
そんな翼を無視して琴音は地面に置かれた怪獣メンコめがけて自分のメンコを叩き付けた。
コロン、と翼の怪獣メンコがそれを受けてひっくり返る。
「ふふっ…、良かった~、腕は衰えてない」
琴音は小さくガッツポーズをとると裏返った怪獣メンコと自分のメンコを拾い上げる。
「こうやって裏返ったメンコを自分の物にできる、これがメンコの醍醐味なのです!!」
ちょっとすました顔でクルリと翼の反応を見る。
「…で、次は?」
彼はなんかこう、微妙な顔をしていた。
「えと…、次、とは?」
翼の反応が予想外だったのか、琴音は首を傾げている。
「え…、終わり?」
「終わり…ですけど」
「…地味だ」
バッサリと切り捨てる。
「じ、地味じゃないです!楽しいじゃないですか!!」
「自分がゲームの世界に入ってリアルファンタジー体験のできる今のご時世にこれは売れんわな」
翼自身、ゲームはやらない(ってか、買う金が無い)のだが、最近ではそんな物も発売されたと聞く。
「負けたら取られちゃうんですよ?皆必死になりますよ」
「つーかこれ、叩き付ければ100%こんな紙なんて裏返るだろ、ゲームとして成り立ってないぞ」
言いながら翼は先ほど取られた怪獣メンコを地面に置くともう一枚のメンコを地面に叩き付けた。
「…あれ?」
怪獣メンコはピクリとも動かない。
「ふっふ~ん、ちょっとしたコツがあるのですよ」
「こんなもんにコツなんてあってたまるか、地面にこの紙を叩き付けるだけなんだし」
言いながらもう一度チャレンジしてみる。
「…あれ、何でだ?」
やっぱり怪獣メンコはなんの反応も起こさなかった。
「くそ…、もう一回」
熱くなって再びメンコを構える翼の様子を見て琴音はニコニコと微笑んだ。
「…嬉しそうだな」
「えへへ~、どうですか、メンコ、楽しいでしょ?」
「…知らん、しかしお前、よく一発でひっくり返したな」
「だから言ったじゃないですか、コツですよ、コツ」
「まず何よりも何故お前がそのコツを知ってんだよ」
普段、あまり客の来ないこの店に本来、バイトなんて必要無い。
それでも彼女、琴音がこの店のバイトとして働いている訳は彼女の事レトロ方面の知識の豊富さにあった。
「相変わらずのレトロマニアめ」
店長自身でさえ、商品の知識を把握していないこの店にとって彼女の存在は必要不可欠とも言える。
「…琴音、仕事だ、とりあえず倉庫の整理を頼む」
「えと…また、ですか?」
住居も兼用としている駄菓子屋本店こそ小さくこじんまりとしているが高屋敷の敷地は無駄に少し広い。
庭には古い倉庫があり、そこには店には出していない商品がぐちゃぐちゃにしまわれている。
翼は客が来ない時の最後の手段として、よく琴音にこの倉庫の整理を頼んでいた。
はて最後の手段なのによく、とはこれいかに?なんて事は考えてはいけない。
「お客さんが沢山来たらどうするんですか…?」
「一人二人くらい俺一人で充分だ、そもそも…、もうじきあれが始まる」
「あぁ…、あれ、ですか」
翼のうんざりした表情に琴音は苦笑いで答える。
ーーードガガガガガッ
ちょうどタイミング良く、いや、悪く、外から工事の音が店内に響いてくる。
「ったく…、今日も元気に働いてんな」
これも今現在の翼の悩みの種の一つで、ここ最近、翼の駄菓子屋のすぐ近くでなにやら大規模な工事をやっているのだ。
重機の騒音がますます駄菓子屋から人を遠ざけているに違いない…と翼は考えてる、でも実際はあまり関係無いです。
「これ、よく周りの人達我慢してますよね…」
「そりゃ周りの建物なんて完全防音が当たり前だしなぁ…、つーか工事するんなら近くの住人に防音設備くらい施しとけよ」
この近未来において建物への完全防音なんて当たり前、残念な事に木造建築物のこの建物にそんな機能はありません。
「そんな訳で倉庫の整理は頼んだぞ」
「わかりました、お客さん、沢山来たら呼んで下さいね」
「お~…」
欠伸混じりに気の無い返事を返して翼は倉庫へ向かう琴音を見送った。
「…はぁ、ったく」
机で頬付いて気怠げにぼ~っと外を眺めると車がビュンビュンと地面を浮遊しながら店の前を通り過ぎていく。
どの車も店の前に車を停める気配なんて微塵も感じられない。
「あれは…あの会社の新車、次の車は」
あまりにも暇なんで目の前を通り過ぎる車の車種を特定するゲームを勝手に始めてしまう始末。
「おぉ!あれってつい最近出たばかりの超高級車じゃないか、生で初めて見たぞ」
絶対金持ちがワイン片手にくるくるさせながら乗ってるんだろ~な、とか考えるとワインこぼしてしまえなんてなんて呪いをかけたくなってくる。
「…ん?」
翼がそんな呪いをかけていると、その高級車は店の前で車を停めた。
「…なんだ?」
古臭い駄菓子屋の目の前に停められた高級車、そのアンバランス差を翼は不信に思う。
ガチャリッと運転席側のドアが開くとそこから出てきたのは黒いスーツを着た明らかに堅気とは思えない雰囲気の男だった。
「え?…え~…」
そんな男の登場に翼は動揺を隠せない、ヤの付く方々に狙われてしまってはこんな店なんて一捻りされそうだ。
「………」
黒スーツの男は一度、翼に向けてお辞儀をすると後ろのドアを開けた。
「ご苦労様、海燕」
黒スーツの男にそう声をかけて後部座席から降りたのは一人の少女だった。
スラッとした長髪をなびかせたその少女は車から降りる仕草にさえ気品を感じさせる。
「…あいつは」
翼はその少女にどこか見覚えがあった、とはいっても実際にどこかで会ったとかそういう事ではなくて。
そう…、テレビだ、彼女の顔は時折テレビで見た覚えがあった。
「西園寺 翠?西園寺コンツェルンのお嬢様がこんな店になんの用だ」
西園寺コンツェルンといえば 家庭用商品から車、建築業、宇宙業、軍事開発までなんでもやってる世界有数の企業グループだ。
目の前の少女、西園寺 翠はその西園寺コンツェルンの社長の娘で彼女自身もいくつか会社を任されているらしい。
こんな少女が…とは誰も反対しない、今の世の中、社会は完全な実力主義である。
実力がある者はどんな者でもキチンと評価されるし無い者はそれ相応の仕事しか無い。
逆を言えば翠が会社を任されているのは彼女自身の能力に誰も不満が無い、親の七光りで会社を任されている訳では無い証明でもある。
親の駄菓子屋を自堕落に継いだどこかの誰かさんとはえらい違いである。
翠の後に続いて一人の女性が車から降りて来た。
格好は一言で言えばメイドさん、とはいえその耳飾りは人間のそれとは違い、ロボロボしい。
それは人とロボを分ける為にあるものであの耳飾りがあるという事は彼女は俗にいうメイドロボというやつだ。
「ここが例の店ね」
左右を黒スーツの男(海燕というらしい)とメイドロボに囲まれ、翠は駄菓子屋の中へと入っていく。
「???」
突然の大物の来店に状況が把握しきれていない翼ではあるが、翼にとってこれはチャンスである。
西園寺コンツェルンのお嬢様とはいえその年齢は琴音と年も近い少女、そしてここは駄菓子屋、少年少女の社交場なのだ。
彼女を常連客に引き込めば店の繁盛どころか西園寺コンツェルンとのコネだって生まれるかもしれない。
「いらっしゃいませ!お嬢様!!」
あまり接客が得意とはいえない翼だが、彼ができる全力の超良い笑顔で翠を迎え入れた。
「………」
だが翠の方は顔をしかめながらキョロキョロと狭い店内を見渡すと。
「ごちゃごちゃしてて不潔なお店ね…」
と、不快そうにそう呟いた。
「…なっ!」
「で、あなたがこの店のオーナーなの?違うなら呼んできて欲しいのだけど」
突然の物言いに唖然としている翼を無視して翠は言葉を続ける。
「…店主なら俺だ、で、大企業のお嬢様がうちの店になんの買い物ですか」
翠のぶしつけな態度に翼の表情には先ほどの全力営業スマイルは無い、むしろその言葉にはイライラが込められている。
「買い物?あぁ…、違います、今日はビジネスの話しで来ました」
だが翠はそんな相手の態度には慣れているのか、平然とした口調で話しを続ける。
「このお店、私達に売ってもらえませんか?」
「…は?」