第20話:近未来のべっこう飴 おうよ~へん
「味に違和感…ですか?」
「うーん…」
口いっぱいにべっこう飴をタバコのようにくわえてころころと転がしつつ、腕を組んで思案する。
琴音から作り方を教わり早速作ってみたべっこう飴、美味い事は美味いんだが…。
それでも、昔ばぁさんがくれたべっこう飴とは何が違う…気がする。
「ようするに…、高屋敷さんのお婆さんが作ったべっこう飴とは味が違う、という事ですか?」
「たぶんな…、どう違うのか思い出せねーけど」
「考えられるのは…砂糖と水の割合とか加熱の時間…ですかね?」
「砂糖と水の割合ならわかるんですが、加熱する時間ってそこまで味に違いが出るんですか?」
琴音の話しに西園寺が首を傾げて聞いてくる。
「うん、早すぎると砂糖が強くなっちゃうし、逆に加熱し過ぎると砂糖を焦がしちゃうから」
「…砂糖と水の割合も考えると簡単そうでなかなかに奥が深いんですね、なら、次は私が作ってみましょうか?」
「え゛っ…」
髪の毛を結びながらコンロの前に立とうとする西園寺に思わず変な声が出た。
「…何ですか?勝手にキッチンを使うな、とでも言いたいんですか?」
それに反応した西園寺がギロリと睨むように俺を見てくる。
「いや、使うのは一向に構わんけど…、西園寺、お前料理とか出来んのか?」
なんてったって西園寺コンツェルンのお嬢様だ、普段の料理なんて使用人かメイドロボのアルファに任せてるイメージしかない。
「なんだか馬鹿にされてる気がしますね…、一通りのそういった教育くらいは受けてますよ」
そういいながら西園寺が俺と同じようにコンロのメニューを指で手際よくタップして操作していく。
「さっきはフライパンでしたし、今度はお鍋を使ってみましょうか」
「そうですね、ではお鍋をお借りします」
琴音の言葉に頷いてキッチンの中で一番小さな鍋をコンロに置くと加熱を開始した。
水、そして砂糖を加え、先ほどと同じように菜箸で混ぜつつ、加熱していく。
「…んで、だ、お前は何をしてるんだ?琴音」
「えへへ♪良いこと考えたんですよ、確かこの辺に…」
琴音はというと西園寺がべっこう飴を作り上げてる隣でゴゾゴソと何やら探している。
「とと、ありました!!」
嬉しそうに琴音が掲げたそれはお菓子作り等に良く使うシリコン型だった。
さすが我が家の駄菓子屋、こんなものまで置いてあるとは…。
「翠ちゃん、今度はこれにべっこう飴を流してみて下さい」
「これ…ですか?えぇ、わかりました」
頷くと西園寺は鍋の中でグツグツと沸騰している砂糖水、いや、べっこう飴をシリコン型に流していく。
「後は…先ほどと同じようにすれば良いのですね?アルファ、またお願いします」
『了解しました、マスター』
ハートや星の型各々にべっこう飴を流し終えると西園寺の指示でアルファが冷却を開始した。
「さて、アルファさんの冷却が終わったら…」
琴音がそのシリコン型からべっこう飴を取り出すと…。
「ハート型のべっこう飴と星型のべっこう飴の完成、です!!」
取り出されたべっこう飴はハート型と星型にそれぞれ形作り、手頃な一口サイズの飴になった。
「あら、これはなかなか…、可愛らしいですね」
「やっぱりアルミカップにつまようじじゃ見た目に味気無いですもんね」
その仕上がり具合に女子二人はわいのわいのとおおはしゃぎだ。
「いや、味さえ良ければ形なんてなんだって良いんじゃねーの?」
俺がばっさり切り捨ててやるようにそう答えると女子二人は一斉に何言ってんの?この人?ひょっとして頭おかしいんじゃない?みたいな顔をした。
まぁ、最後のは俺の被害妄想なんだけど。
「店長はわかってないですね…、可愛いじゃないですか、このべっこう飴」
「料理、ことさらにお菓子というのは味以上に見た目が大事なんですよ、そんな事もわからないなんてひょっとして頭おかしいんじゃないですか?」
被害妄想でもなんでもなかった!!
えー、だって結局は口に入れるもんだし、飴なんて特にすぐ小さくなるし、形なんてなんだって良いと思うけどなぁ…。
特にハート型のチョコとか、あれ、食べると絶対ハート粉々になるよな?遠回しにお前のハートを粉々にしてやるぜ、みたいな宣言じゃねーの?
と言いたい事はあるのだが2対1ではどう転んでも勝ち目は無いので黙っている事にした。
つーか…、この雰囲気って、あれだよな、なんつーか、その。
「それで…、ど、どうですか?」
「…どうって?」
考え事に夢中だったせいか、気付いたら西園寺に声をかけられていたのだがつい生返事になってしまった。
「どうって…、も、もちろん、味に決まってるでしょう!!」
あ、食べて良いのか、てっきり、自分と琴音用に作ってて俺の分は無いと思ってた。
「あ、あぁ、頂きます」
星の形をした飴を一つ掴むと口に入れてコロコロと転がす、今度は一口サイズなのでずいぶんと食べやすい。
口の中に広がるべっこう飴の甘い味。
「…で、その、味の方は?」
「…いや、普通に美味くてコメントに困るわ」
たいてい、こういうお嬢様の作る料理はメチャメチャ下手くそか、もしくはメチャメチャ上手かの2択だったりするだろうが。
「そ、そうですか、なら、良かったです」
「あぁ、普通に美味い、うん、【普通】に美味い」
「…なぜ、先ほどからやたらと普通を強調しているのですか?」
だって…普通だし、だからコメントに困るって言ったじゃん。
まぁ簡単過ぎるべっこう飴で料理の腕をそこまで計れるとは思わんけど。
「いや、美味いよ、ただまぁ、やっぱばぁさんのやつとは違うな」
なのでここは話題を変える…、というより元に戻す事にした。
「またお婆さんですか…、高屋敷さんって案外お婆ちゃんっ子だったんですね」
「…いや、ちょっと気になっただけだからな、ほら、もやもやするっていうか」
しまった…、と思ったがもう遅い。
「あら、良いじゃないですか、お婆ちゃんっ子、私は好きですよ」
「…あ、いや、そのだな」
からかうように言う西園寺にいたたまれない思いを感じたので、顔を反らしとこう。
「うーん、これも違いますか、後考えられるのは…隠し味、ですね」
そんな中、一人マイペースな琴音が新たな案を出してくれた、いや、助かる。
「隠し味…?砂糖と水以外のもんを入れるのか?」
「固まってしまえば飴ですけど、固まる前に色々と手心を加える事が出来るのもこのべっこう飴の素晴らしいところなのです」
…なるほど、飴が固まる前にか、そう考えると確かに色々加えれそうだ。
「…そうだ♪店長、もっかい良いですか?」
すると琴音が何やら閃いた、と言いたげに呟くと俺をコンロの前に誘導する。
「店長、先ほどと同じ流れで、今度はお鍋を使ってべっこう飴を作ってみて下さい、ちょうど翠ちゃんが使っていたお鍋がありますので」
琴音の言う通りにさっき西園寺が使っていた鍋をそのまま使い、先ほどと同じく、水と砂糖を加熱していく。
「って…、これじゃあさっきとおんなじべっこう飴が出来るだけだぞ」
「ふっふーん♪慌てるのはまだ早いですよ、ここにこの食紅を加えます」
琴音が食紅を加えると鍋にかけられたべっこう飴の色が赤く変わっていった。
「食紅…ですか、べっこう飴は黄金色以外のものも作れるのですね」
「っても食紅だろ?そんなに味が変わるとは思えねーんだけど」
食紅も加えられ、赤く色づいたべっこう飴は鍋の中でトロトロととろみが出てきた。
「そして…、ここに割り箸を刺したりんごを入れて、鍋の中のべっこう飴を絡めていきます」
房に割り箸がぶっ刺されたそのりんごを琴音は鍋の中でクルクルと回しつつ、最後にもはや冷めているフライパンの上にりんごを下にして置いた。
「そしてそれを冷やして、飴が固まったら…」
『イエス、朝河様』
アルファの方もすでにこの流れを学習したのか、何の指示もなくとも自然にその飴の冷却をしていた。
「はい!お祭りの定番、りんご飴の完成です」
「ついにはべっこう飴でも無くなった!!」
いや、正直言って作ってた時点であれ?おかしいぞとは思ってたんですけどね。
「あ…、しまった」
しまったじゃねーよ…、天然さんか!!
「だいたいなんだよ、このりんご飴ってのは?」
「…え?」
俺が聞くと琴音は信じられない…という表情で目を丸くさせてる。
「何って…りんご飴ですよ?お祭りとかで一度は目にしと事ないですか?」
「いや…、まったく」
「私も初めて見ました、べっこう飴とは違うのですか?」
「この時代のお祭りは何をやってるんですか!!」
「何で急にキレてんだよ…」
勝手に作って勝手にキレられるとは思わんかった…。
「…こほんっ、ま、まぁこのりんご飴も飴の部分はべっこう飴なのでこれもべっこう飴の一種なのですよ」
「いや…、別にべっこう飴の種類を紹介して欲しい訳じゃなくてだな」
なんか…段々と主旨が変わって来てないか?
俺が昔ばぁさんから貰ったべっこう飴の味がメインだったはずだが、このりんご飴なんか最早別物と言っても良いくらいだ。
「飴の中でりんごが包まれてるんですか…、綺麗ですね」
西園寺がりんご飴を見つめる、確かに食紅により赤く色づいたべっこう飴でコーティングされた中のりんごはより一層の輝きを放っている。
「翠ちゃん、食べてみる?すごく美味しいんだよ」
「え、えぇ、確かに興味はありますけど…、朝河さんが作った物でしょう?」
…そういえば、琴音の奴、我が家の最後のりんごを使いやがったな、あの時は琴音の指示通りに作ってたから特に疑問も浮かばなかったけど。
「うーん…、だったら一緒に食べよう」
「え!?えと…、一緒に、ですか?」
「うん、翠ちゃんが良かったらだけど」
戸惑いつつも聞いてくる西園寺に琴音は元気良く頷くとりんご飴を渡した。
「わ、私は…その、構いませんが」
頬をまるで今手に持っているりんご飴のように赤くした西園寺がパクリとりんご飴をかじる。
「…!?、パリパリとした表面の飴と中のりんごが凄く合うんですね、ビックリです!!」
「えへへ~、美味しいでしょ?」
「えぇ、琴音さんもどうぞ、一口」
「うん、頂きます~」
ワイワイキャイキャイとやりながら一本のりんご飴を食べる二人。
「………」
そんな中、俺はというと完全に一人取り残されていた。
りんご飴美味そうだなぁ…とか思いつつもあの二人の雰囲気に入る事なんて出来ず…、つか普通に無理だから。
そうか…、ようやく、先ほど考えていたこの妙な雰囲気がなんなのかわかった。
これは…お菓子作りに興じる仲良し女子二人。
そこまでは良い、とても絵になると思うし何とも微笑ましいじゃないか。
だがそこに二十歳越えたおっさん、…つまり俺、いや、おっさんじゃねーよな、まだ二十歳だし。
だが流石の二十歳越えたお兄さんでも十代の女子二人と混じってお菓子作りなんてやってしまえばこうなるわな。
「…はぁ、いいや、俺は俺で作るか」
一人溜め息を吐き出すとまだきゃぴきゃぴやってる女子二人を尻目にべっこう飴の調理を再開した。
べ、別に寂しいとか、そんなんじゃないんだからね!!
ーーー
ーー
ー
「…駄目だ」
どうにも上手くいかん、砂糖をグラニュー糖に変えたり、ザラメを使ったり、いろいろやってみたが…。
美味い事は美味いが、何かが違う、そんな結果ばかりである。
「思い付くやり方は一通り試したと思うんだけどなぁ…」
飴をくわえ、コンロの前でさて、どうしたものやらとうんうんと頭をひねる。
『高屋敷様』
「…ん?」
考えているとアルファが近寄って来て声をかけてきた。
『よろしければそのべっこう飴の材料の細かな分量の差をデータとして取りましょうか?』
なるほど…、データ取りか、確かにこうやって俺がおおよその目分量で作ってるよりはそっちの方が効率は良さそうだ、なんせロボットなんだし。
「そうだな…、頼めるか?」
『お任せ下さい、では…、そのべっこう飴をこちらに』
「ん?これか、ほれ」
俺は口にくわえていたべっこう飴を取るとアルファに手渡した。
『いただきます』
しかし、つくづく高性能なロボットだ、どうやるか知らんけどまさか料理の解析まで出来るとは。
と、そんな事を考えていると。
『では、データの解析を始めます』
アルファはその俺から受け取ったべっこう飴をひょい、パクっと口にくわえた。
「…え?」
『水の分量…把握、砂糖の分量を計算、終了、データの解析を終了しました』
アルファは口の中でコロコロとそのべっこう飴を転がすとそんな事を言い、そのままべっこう飴を取り出した。
『どうぞ、高屋敷様』
そしてそれをそのまま俺に向けて差し出してくる。
「いやいや…、どうぞって、何してくれてんの?」
『何って…、データの解析ですが』
責めるような俺の言葉にもアルファはキョトンと首をかしげるだけだ。
「いや…、この飴、俺が舐めてたやつなんだけど…、しかもお前、自分が舐めたのをどうぞって」
『舐めてません、我々ロボットは飲食を必要としないのであれはただのデータの解析です』
「って、言われてもな…」
アルファから返して貰ったべっこう飴を見つめる。
…これが、さっきまであのアルファの口の中に入ってたやつなんだよな。
どうしよう、目線が自然とアルファの口元に集中してしまう。
ロボットとはいえ、その見た目はほとんど人間と大差は無い、つーか普通に美人だ。
『?、どうしましたか?』
そんな俺の視線を知ってか知らずか、アルファはまだキョトンとしている。
「あ…、いや」
ま、まぁ…、前にも言ったけど俺はロボットと人間をしっかりと区別している、つまりロボコンでは無い。
考え方を変えよう、アルファをしっかりとロボットと認識すれば、あれは例えるなら商品のバーコードを読み取る為にピッってやるのと何も違わないのだ。
だから…、俺が再びこのべっこう飴を口にくわえても何の問題も無い、…はず。
「はず…だよな」
変に意識するから余計に食べずらいのだ、ここは何も考えずに頂いてしまおうと、俺はそのべっこう飴を再び口にくわえた。
「………」
「………」
だが、そんなやり取りを茫然と、目を丸くして顔で見つめるのが二人。
「店長とアルファさんが…」
「えぇ、今のは間接キス…ですよね?」
「違う」
しまった…、コイツらが居ることをすっかり忘れていた。
つーか二人でわいのわいのはしゃいでたんなら俺の事なんて気にすんなよ…。
「だ、だって!だってですよ!?店長の舐めてた飴をアルファさんが舐めて、また店長に返して」
「その後あなたはそのべっこう飴を平然とくわえているでは無いですか、これが間接キスでは無くてなんなのですか?」
「だから違うだろ、そもそもアルファはロボットだ、キスもなにも無い」
つーか…、なんで二人してそんな責めるように俺を見てくる訳?
「でも…、同じべっこう飴を二人で舐め合ってる事に違いは無いですよね?」
「…私や朝河さんの事をロボコンと馬鹿にしておいて、一番のロボコンはあなたじゃないですか、汚らわしい、今後アルファに近寄らないで下さい」
酷い言われよう(特に西園寺)にこちらとしても黙って聞いてる訳にもいかない。
「だいたい、百歩…、いや、千歩譲ってこれが間接キスだったとしてだな、だから何だってんだ?間接キス程度でギャーギャー騒ぐからお前らはガキなんだよ」
よくよく考えてみればだ、例えば酒の席、合コンとかだと酒の飲み回しなんて当たり前だし。
まぁ十代のコイツらには間接キスでドキドキ思春期全快がお似合いとは言えよう。
「…ガキ、ですか?」
「あぁ、ガキだな、まだまだお子様って事だ」
顔をうつむかせる琴音に更なる追い討ちをかけてこの一連のやり取りに終止符を打とう。
論破完了、ふっ…、勝ったな、敗北を知りたいぜ。
「だったら…、店長が大人だってのを見せて下さいよ」
「…あん?」
琴音が何を言ったのか、いまいち聞き取りずらかった。
だが、顔を上げた琴音は頬を赤くしながらも、その手のりんご飴を俺へと向ける。
「りんご飴…食べませんか?」
「…は?それ、お前らが食べてたやつだろ?」
そう、そのりんご飴はつい先ほどまで琴音と西園寺がゆっりゆららと食べあってた、まさにそれだ。
確かに…味はすっごく気になる、二人の反応からするとかなり期待はできるんだろう。
だが…。
「だってほら…、店長、まだ食べてませんでしたし」
「いや琴音、それはだな…」
「店長は…、その、大人なんで、か、間接キスとか…、気にしないん、ですよね?」
一語一語、ゆっくりと、決意をもったかのように、琴音は恥ずかしそうに言葉を続ける。
「だったら…、何の問題も無い、と、思うんですが?」
「問題は…、無いな、うん、無い」
だったら…良いのか?
頬を赤く染め上げ、身長の差もあり、上目遣いで俺を見つめる琴音からりんご飴を受け取る。
良いん…だよな?だって、単なる間接キスだし、俺だってガキじゃないんだ、今さらこんなもんでドキドキなんてしない。
たださっきから心臓がバクバクいってるけど、ドキドキはしてないからね?セーフだよね?
セーフを核心し、琴音から受け取ったりんご飴をゆっくりと口の中に…。
「って、問題大有りです!!駄目です、ダメダメ!!」
…運ぼうとした瞬間、西園寺が声を荒げて俺からりんご飴をひったくった。
「…西園寺…?」
西園寺の思いもよらないその行動に俺だけじゃなく琴音も戸惑い気味だ。
「…え?えと、その、ですね」
西園寺はあたふたと言葉を詰まらせつつ…、俺とりんご飴を交互に見渡すと。
「と、とにかく駄目です!間接キスなんて絶対無理ですから!!」
「いや…、全力で拒否りすぎだろ、さすがにちょっと傷付くぞ」
「あなたが変な事しようとするから悪いんじゃないですか!!」
「俺?俺のせいなの…?」
「………」
「………」
「………」
『?』
俺と琴音と西園寺はそれぞれ黙ってしまい、事の元凶とも言えようアルファはその状況にはてなマークを浮かべるかのように首をかしげている。
何この空気…。
「…店長」
この微妙な空気に耐えかねたのか、琴音がゆっくりと手を上げた。
「私も…べっこう飴、作ってみても良いですか?」
「っつてもお前…、コンロ使えるのか?」
琴音の機械オンチは最早語る必要も無いだろう。
「私が教えますよ、それで良いですか?朝河さん」
「うん、お願いね、翠ちゃん」
俺達の中で唯一べっこう飴を始めから知っていた、レトロマニアな琴音。
さぁ…、いよいよもって真打ちの登場である、え?もちろん悪い意味でですよ。
ーーー
ーー
ー
「んで…、こうなったと」
「すいません!店長!!」
俺の言葉に最早被せてくるかの勢いで間髪入れずに琴音が謝ってくる。
テーブルに置かれたべっこう飴…、ただしその色合いは今までの物に比べてはるかに茶色い。
まぁ…予想通り、かな、完全に真っ黒では無いだけ良しとしよう。
「まさか…朝河さんがここまで機械が苦手なんて思いませんでした」
横についてて終始操作の説明をしていた西園寺もこれにはさすがに溜め息をついた。
「うぅ…、ごめんね、翠ちゃん」
「いえ、そうですね、今度また機会があれば一緒に料理でも作りましょう、私も今度はあなたに合わせて教えますから」
「翠ちゃん…、ありがとう」
涙目になりながら西園寺にお礼を言う琴音だが、気付け、さりげなく馬鹿にされてるぞ、お前。
「ですが…、このべっこう飴はどうしましょうか?」
そう、問題はそこなのだ。
明らかに失敗作なのは間違いないのだが、こうして作ってしまったもんはどうしようもない。
「ここまで焦がしちゃったべっこう飴はすごく苦いんで食べれたものじゃないんですよ…、もったいありませんが捨てるしか」
琴音がしょんぼりと肩を落として自分の作ったべっこう飴を捨てようとした。
その表情はとても寂しそうに見える。
「はぁ?捨てる?馬鹿言うな、琴音」
「…え?店長?」
作ってしまったもんはどうしようもない、どうしようもないのだからどうしようもない。
「食わないともったいねーだろ」
俺は琴音のもつべっこう飴をひったくると大きく口を開いてパクリと一口。
味は…、うん、想像通りです。
まず、口いっぱいに広がる苦味、そしてその奥に隠された…、つか隠れてて欲しかった苦味、一舐めする事に舌に感じる苦味。
何が言いたいかっていうととにかく苦い。
普通…飴ってのか甘いものだ。
だからこんな苦い飴、口に入れたの初めて…だ?
…初めて?
「……ぁ」
…思いーーー出した。
ーーー
ーー
ー
「苦っ!!婆ちゃん、この飴、すんごく苦いんだけど!!」
「あれれ…、おかしいねぇ、ちゃんと作ったはずなんだけど」
「っていうか…、よく見ると茶色いよ、この飴、焦げてない?」
「おやおや…、よく見たらコンロの設定を間違えてたみたいだね、まったく…、最近の機械はややっこしいったらないね」
「婆ちゃん…」
「んで…翼よ、この飴、実はいっぱい作ったんだけど、店に出すわけにもいかんし、もう一本どうだい?」
ーーー
ーー
ー
「………」
「店長…?あの、どうしたんですか?」
「…え?あ、何が?」
古い記憶を茫然と漂っていた所を、琴音に声をかけられ、我に返った。
「あなた、そのべっこう飴を口に入れてからしばらく動かなかったじゃない」
…そうなのか、まぁ、あまりの衝撃に俺自信、まだ信じられてないくらいだが。
「それで…、その、店長」
「…ん?」
見ると琴音がもじもじとしながらも緊張した様子で声をかけてくる。
「お味の方は…いかが、でした?」
「苦い、不味い」
短く、即答、こういうのは下手に嘘つくよりズバリと真実を突き付けてやった方が本人の為であり、自分の為だ。
たまによく漫画とかでメシマズヒロインが作る料理を主人公がうまいうまいとか嘘ついて食ってるの見てるといつもそう思う、馬鹿じゃないの?
「うぅ…、やっぱり、ですか」
まぁ琴音の方も俺が何を言うかはだいたい想像していたのだろう、ガックリ肩を落としてはいるがダメージは無さそうだ。
「琴音」
「はい?」
俺はそんな琴音に声をかけてやるとその頭にポンと手を乗せた。
「ありがとな」
おかげさんで、懐かしい味を堪能できた。
「…?」
はて、と首を傾げる琴音だが詳細については語らぬ方が良いだろう。
「結局、高屋敷さんのお婆さんのべっこう飴の味は謎のまま…ですか」
「うーん…、気になりますね、店長、なにか心当たりとか無いんですか?」
「いやまったく、でも…たぶん今日作ったどのべっこう飴より美味かったと思うぞ」
残念そうにする二人に必死に笑いを堪えながらそう答えてやる。
「もしかして…、高屋敷家の秘伝のレシピだったりするんじゃねーの?」
思い出は思い出、そして思い出は美化されるものだ。
だったらこの思い出は俺の心の内にでも閉まっておいて、思いっきり美化しといてやろう。
甘くて美味しい、黄金をイメージさせる飴として。
二十歳越えのおっさんと十代女子二人、それとメイドロボがただただお菓子を作るだけのお話し。
なのに気付いたら1話の長さが過去最長になってという…。