第18話:近未来の水飴
「ぐすっ…、ひぐっ、えっぐ、」
「あら翼、いらっしゃい、どうしたんだい?泣いたりして」
「だって…、だって、クラスの奴が馬鹿にするんだよ、や~い、お前ん家、オッバケ屋~って」
「おやおや…お化け屋敷ときたかい」
「ひぐっ…、うちの店は…、お化け屋敷なんかじゃないやい、ぐすっ、ただ、古いだけだよ」
「そうそう、よくわかってるじゃないか、時代は変わってなんもかんもが新しくなって、それはそれで結構な事だがね」
「…ばぁちゃん?」
「でも時代の流れに流されっぱなしってのは人は疲れちまうもんさ、だからさね、この店だけは変わらず、変えず、流されっぱなしの人がたまには立ち止まって寄ってってくれりゃいいと思うんだよ」
「よくわからんよ…、ばぁちゃん」
「まっ…、翼がもうちっと成長すればわかるさ、そもそもそれまでこの店がもってればの話しだがね、ホレ、コレでも舐めてもう泣き止みな」
「…ばぁちゃん?これ、光っててすごく綺麗」
「ばぁちゃん特性の飴ちゃん、とっても甘~くて美味しいぞ」
「わ~い、いただきます~」
ーーー
ーー
ー
「…えっと、どこだ?」
夢を見た。
とてもとても古い、と言っても子供の頃の夢ではあるが。
時代に取り残された駄菓子屋の家の息子として、俺の幼少期間はわりかし浮いたものだった。
とにかく、ガキというのは優越を付けたがるもので、それは単純に顔であったり、運動神経であったり、そして貧富の差であったり。
駄菓子屋という、周りから浮いた商売の店の息子なんか格好の的にできるんだろう。
まぁ…、そんな話しはどうでも良いとして、そんな時、気持ちの沈んだ俺にばぁさんはよく飴をくれた。
味も形も今ではおぼろげでハッキリと思い出せない、ただ、その色だけは今もしっかり覚えている。
とても綺麗で、透き通っていて、黄金をイメージさせる宝石のような飴だった。
「…無いな、すぐに見つかるかと思ったんだが」
その夢にまで出てきた飴の事がどうしても気になって、今こうして店内の商品を物色中であったが成果がまったく無い。
「…さっきからゴソゴソと、何をしているのです?」
俺の作業の一段落を確認してか、西園寺が声をかけてくる。
こいつ、俺の作業が一段落つくの待っててくれたんだろうか?律儀な奴だな。
「気にするな、そこで琴音とガールズトークに花でも咲かせてりゃいい」
そう、ユリの花をでもな、本当、今日とか最初の挨拶以外、ずっと琴音と話してる。
もうこいつら結婚でもするんじゃないのか?そうなると琴音の保護者(暫定)の俺も晴れて西園寺コンツェルンの寄生…もとい、仲間入りだぜ、やったぜ。
「さっきから店長が気になって話しに集中出来ませんよ…」
「む…」
うーむ…、と少し考えてしまう。
飴の話しをするのは全然に構わんのだが、なにぶん…ほら、俺の情けない話しとかもあるわけで。
「…ガキの頃、よくばぁさんがくれた飴があったんだが、久しぶりに食べてみたくなってな、ちょっと探してたんだ」
なので簡潔に、俺の情けない話しはまるまるカットして説明した。
「飴…ですか?」
「あぁ、黄金に光る、宝石の飴」
「…馬鹿ですか?あなた」
西園寺がフゥと呆れたようにそう呟く。
「そんな飴、あるわけ無いでしょう」
「宝石ってのは例えに決まってんだろ…、でもそんなイメージなんだよ、透き通ってて、光をかざすと黄金に輝いてた」
「…子供の頃の話しなんですよね、なら、思い出が美化されただけなんじゃないですか?」
「お前、夢の無い奴だな、普通お前くらいの年の女の子ならこういう話しは好きそうだが」
「生憎、夢や理想で会社なんて動かせませんよ」
いやいや、夢や理想は大事だと思うよ、特に俺なんか常々思ってるからね、楽して稼ぎたいと。
「まぁこうして店の中の飴関連の商品探してもさっぱりなんだがな」
「…コレ、飴じゃないのも混じってませんか?」
西園寺が商品の一つを手に取り、不思議そうに眺める。
「いや、でも水飴って書いてあるしな、飴なんじゃないの?」
西園寺の手にあるそれに関しては俺もどう分類していいのやらわからなかったのでとりあえずタイトルのまま飴と判断した。
「そもそも…コレ、食べ物なんですか?どう見ても液体ですし、水とある以上、飲み物と言えるのでは?」
「それもそうか、試しに飲んでみるかな」
少し喉も乾いていたのでビリビリと袋を破いて水飴を取り出す。
「よく何の躊躇もせずに商品に手を出せますね…」
西園寺は呆れたように溜め息をつくと財布からゴソゴソと硬貨を取り出した。
「…えっと?」
「か、買うんですよ!それぐらい、見ればすぐにわかるでしょう!!」
「ま、毎度あり…」
どうやら西園寺さんもこの正体不明な水飴が気になるのだろう、俺からお釣りを受け取るとすぐに水飴を開けた。
「んじゃ…飲んでみるか」
「えぇ、いただきましょう」
二人して蓋に口をつけて、水飴を飲むべく容器を傾げた。
…なんだ?液体のくせしてなかなか出てこないーーー、ッ!!
ドロリと濃厚な甘さの液状のそれが、大きく口を開けていたので大量に口の中に入ってきた。
甘ッ!!甘ッ!!なにコレ!?すっげぇ甘い!!
「げふっ!!」
思わず咳き込んでしまうくらいの甘さ、ふと見ると西園寺も同じようにケホケホと咳き込んでいる。
「ケホ…、な、なんですか、この甘さ」
後から冷静になって考えてみると水飴なので甘いのは当たり前なんだろうが…、そんな事考えてる余裕もなかった。
「…飲み物じゃないな」
「えぇ、少なくてもごくごく飲めるようなものじゃありませんね…」
「だが!一つわかった事がある!!」
失敗はキチンと反省し、次に繋げる事が重要である。
なので俺は今の一連の流れからしっかりとこの水飴の正体を見破っていた。
「この水飴の食べ方がわかったのですか?」
「ふっ…、当然だ、このドロリとした液状、濃厚な甘さ、何かに似てると思わんか?」
「えぇ、私も少しは、これはハチミツ、ですよね?」
「正解、つまり…この水飴はパンに塗ったりとか、ハチミツの代わりに使う食べ物だ」
「な、なるほど!!」
「よし、早速パンを用意して…」
「違います」
納得する西園寺とひょっこりと話しの間に入って来て一刀両断にそう切り捨てる琴音であった。
「これはちゃんとした飴ですよ…、普通に舐めて食べるんです」
なっ…、飴?この液状のが?
「ふ、ふっふーん、いくら俺達に駄菓子関連の知識が無いからといって騙そうと考えるとは、琴音もエラくなったもんだ」
「そうですよ朝河さん、いくら私達でもこれは騙されません」
「え、えっと…」
図星をつかれたのか困惑している琴音に俺は店の中にあるパイナップルの形をした飴を掴んで琴音に見せた。
「いいか琴音、飴ってのはな、こういった固形物でこれを口の中に入れて無くなるまで舐めるものなんだよ」
このパイナップルの飴なんかけっこう好きでよく舐めてたりする、主にタバコの吸えん時とか。
「あの…、普通は最後辺りには噛まないですか?飴」
「えぇ、私は噛み砕きますね」
琴音の言葉に西園寺が頷く。
「はぁ?噛んだら無くなっちまうだろ、なら最後まで舐めてた方がお得じゃないか」
「それは単なる貧乏性というのではないでしょうか?」
「店長、飴舐めるの遅いですもんねー」
「という事はあれですか?あのでっかいペロペロキャンディーとかならずっとペロペロしっぱなしなんですか?」
そう言いながら西園寺が店にある渦巻き状のデカイキャンディーを指差す。
「うん、この前舐めてた時全然無くならなくてタバコが吸えないって怒りながら舐めてた事があって」
「そこまで文句あるならもう噛み砕いてしまえばいいのに…、馬鹿ですね」
…えっと、うん、泣いていい?泣いていいよね?この扱い。
「つーか飴を舐める派か噛み砕く派かなんて話しはどーだっていいんだよ!あと人の食いかたにケチつけるな!!」
「…そうでした、それで朝河さん、この水飴の話しですが」
「あっ、うん、そうだった、店長、割り箸使いますよ」
「割り箸?いや、別にいいんだけど…」
いったい何に使うのかと琴音を見ていると琴音は割り箸をパチンと割ると先っぽを水飴につけてすくいあげた。
「…なるほど、そうやって食べるのですね」
「ううん、このまま食べてもたぶん、甘いだけでさっきと同じだけだから…」
西園寺の言葉に首を振ると琴音は両手の割り箸をグルグルと回転させてドロドロとした水飴を割り箸に集めた。
「こうやって回したり、かき混ぜたりすると」
時には回し、時には擦り合わし、琴音は割り箸の水飴を練り混ぜていく。
「ん?なんだ…、水飴の色が変わってくぞ」
「なんだか…白くなって来ましたね」
そう、透明だった水飴の色が少し白っぽくなって来たのだ。
「はい、これで完成です」
完成…、とそう言いながらも琴音はいまだに水飴を練り練りとこね繰り回している。
「…完成してないじゃん」
「いえいえ…、この水飴自体はもう充分食べられますよ」
コネコネ、ネリネリ。
「ですけど、その…楽しいじゃないですか?水飴こねるのって」
少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら、琴音は水飴を練り混ぜ続ける。
そうか?俺としては完成したなら即口に入れたいんだが。
「…あの、高屋敷さん」
西園寺がやたらともじもじとしながら声をかけてくる。
「…ほれ、割り箸」
まぁ割り箸なんて普段持ち歩くもんでもないし、琴音のあの楽しそうな様子に今すぐにでもやりたくなったのだろう。
「あ、ありがとうございます、その、代金は」
「いや…、さすがに割り箸一本でどうこう言うつもりは無いから」
どんだけ金の亡者だと思われているのだろうか…、ちょっと悲しいぞ、これ。
西園寺が水飴をこ練り始めたのを見て俺も割り箸を割ると水飴をすくいあげてこねてみる。
む、意外も弾力あるのな、これ。
かき混ぜ、擦り合わし、琴音のように白っぽくなるまで水飴を練り合わせる。
「もういいのか…な?」
食べ時がよくわからん…、琴音はもう飽きろよと言いたくなるくらいこ練り続けてるし西園寺はかき混ぜるのに苦戦しているのかまだ水飴に集中している。
うん、もういっちまうか、なんかだいぶ固くなってきたっぽいし。
普通の飴の如く、ペロリと舐めてみる。
「…美味い」
信じられないが先程までただ甘いだけだった水飴がしっかりと味のある美味しい甘さへと変わっていた。
さすがに固形物とは言えないが、しっかりとした飴の甘さだ。
「…でも、違うな」
この水飴は透き通ってて綺麗だ、でも俺がガキの頃にばぁさんからもらった飴とはたぶん違う。
まぁそもそもあの飴はちゃんと固形物だったので、当然の事なのだが。
「店長~、翠ちゃ~ん、見てください、ほら」
見ると琴音が割り箸同士を離してもしっかりとくっついている水飴はぐーと伸びていく。
「おぉ…、なんかスゴいな」
伸びたそれはキラキラと光っててすごく綺麗に思えた。。
「よ、よし、朝河さん、私もやってみます」
そんな琴音を見て感化されたのか、西園寺が目を輝かせながら割り箸を離していく。
「って…、翠ちゃん!?もう少し練り合わせてからじゃないと」
「…えっ?」
琴音が気付いた時にはもうすでに時遅し。
ブチッと、練り合わせの不十分な水飴は西園寺が割り箸を離すと分離し。
ボタボタと、彼女の服にこぼれ落ちた。
ちなみに…だ、知っている人は知っているだろうがこの水飴、当然の事だがベタベタのドロドロである。
なのでその水飴の垂れた彼女の服もドロドロやベタベタなのだ。
西園寺のお嬢さんはグッと顔をあげると今にも泣き出しそうな顔で俺を睨み付けてきた。
「よくも…、よよよよくも」
わなわなと怒りに震えているのはいいけど、あれ…、なんかデジャブ?
「よくも騙してくれましたね!!」
「いやいや!騙してないから!!」
俺悪くないよね?これ!?こんかいばかりはマジで!!
ーーー
ーー
ー
「むー…」
低い唸り声をあげながら、西園寺は水飴を再びこねている。
あんな目にあってまでよくやるもんだと思ったが西園寺のやつ、結局さっきは水飴を食べれずに終わったので意地でも食べてやろうという気持ちが込もっている。
例によって海燕さんが西園寺の着替えを取りに車を走らせていった、いやほんと、お疲れ様です。
ただまぁ、今回は前回とは違って被害は服だけだったのと、何より琴音が居るのですんなりと物事は進んだが。
「どう?翠ちゃん、サイズ大丈夫だった」
「えぇ、ありがとうございます、朝河さん」
西園寺は琴音の服を借りて着ている、年齢も近いもの同志、サイズに問題は無いようだ。
身長もそうなのだが、主に胸の、いやー、お子様で良かったねー。
「さて、それじゃあ作っちゃいましょうか?」
西園寺に不満が無い事を確認すると、琴音は唐突にそんな事を言い出した。
「作るって…何をだよ?」
「何をって…飴ですよ、店長が子供の頃に食べてた、おばあちゃんからもらった飴」