第17話:近未来の福袋
福袋。
古来、日本人にとって慣れ親しまれたその商習慣は文字通り、幸福、幸運が入っている袋という意味を持つ。
それもそのはずでこの福袋は元々、福の神である大黒天が打出の小槌、米俵と共に担いでいる大袋が由来となっている。
現在、商習慣となった福袋は正月、様々な商品を袋に詰め込んで売り出すものであり、当然、買う側からすれば中身はわからない。
この中身が何かわからないことこそがこの福袋の醍醐味であり、その中身次第では当然、特をしたり損をしたりするのだろう。
幸福、幸運を引き当てる為の袋、この射幸性を煽る商法は商法としては賭博、ギャンブルのようなものだ。
つーか正月早々にギャンブルとは、日本人はどんだけギャンブル好きなんだよ。
だがそんな日本人を馬鹿にしてはいけない。
人は中身がわからないからこそその未知なる中身に期待を求める事ができるのだ。
シュレーディンガーの猫という量子力学の実験を知っているだろうか?
俺もよくは知らないのでざっくりと説明してしまえば箱の中に猫を入れ、毒ガスを発生させた時、箱の中の猫は死んでるか、生きてるか、という実験…らしい、詳しくは各自で調べよう。
この実験によると、猫の生死は箱の中を見てみない事にはわからないという事だ。
福袋とて、同じである。
実際に買って、中身を見てみない事には、損をするか、得をするかなんてわからない。
逆を言うなら…、中身をずっと見なければ、それは永遠に希望が持てるという事かもしれない。
なので、もし正月、福袋を購入した者がドキドキワクワクしながら中身を開け、その結果大損をこいたとしてもそれは中身を開けた者の自己責任といえる。
なのでうちの店は悪くない、えぇ、まったくもって無関係です。
ーーー
ーー
ー
「さって…、こんなもんかな」
頭の中で長々と言い訳を垂れ流しながら、俺は作業がようやく終了した事に一息をついた。
煙草をくわえるとカチリとライターで火を灯し、もくもくと紫煙を漂わせる。
俺の前にズラリと並んでいるのは赤と白のいかにもおめでたそうな袋。
そしてその袋にはでかでかと福袋と書かれている。
倉の整理の最中、大量の空の福袋を見つけたのでせっかくだから店内の商品を袋詰めし、売り出してしまう事にしたのだ。
「あー!店長!!」
一仕事終えて煙草を吸っていると琴音が大声を張り上げてやって来た。
その表情はぶーっと文句でも言いたげだ。
「福袋作るんなら私にも手伝わせて下さいよ~、福袋を見つけたの、私なんですよ」
倉庫からこの福袋を引っ張り出してくれたのは琴音である。
だからこそ、その功績を労って余計な仕事を押し付けなかった訳だが。
「なんだよ、自分から仕事したがるとか変わってんな、これ、けっこう大変だったんだぞ」
そう、実際もくもくと袋に商品を詰め込む作業はなかなかにしんどかった。
「一回作って見たかったんですけど…、福袋」
そう言いながら琴音は俺が商品を詰めた福袋を一つ、手に取る。
「ほら、どんな物入れようか考えたら楽しそうじゃないですか?」
「いや、普通に面倒なだけだったぞ…」
言い返してやったが琴音の方は福袋をジーと見つめたまま、何やらソワソワしている。
「…なんだ?」
「店長…、一つ、お願いが」
もじもじとしながらとその視線は福袋をチラチラと見ている。
「中…開けてもいいですか?すごく気になって」
「えー…」
せっかく袋詰めが終わったんだけどなぁ…。
まぁ、袋詰めが終わっただけで福袋自体はまだ封をしていないので、中身はまだ簡単に取り出せる。
「出したの、ちゃんと元に戻すんならな」
「やった!ありがとうございます、店長」
嬉しそうにポンと手を叩くと琴音はさっそく、福袋の中にガサゴゾと手を突っ込んだ。
「えーと、まずはけん玉、ですか」
まず最初に出てきたのはけん玉、まぁ物がでかくて目立つので取り出しやすいんだろう。
ガサゴゾ
「次が…宇宙コマ、ベーゴマ、コマ、なんだかコマ多いですね」
まぁ駄菓子屋の玩具自体、やたらとコマ関係の玩具が多いからな。
ガサゴゾ
「えと…次がグライダーですか、うわぁ…懐かしい」
飛行機の絵がパッケージのそれを取り出し、琴音が微笑む。
「めんこ、アイスクリームパンチ、ブーブークッション、虹色スプリング、銀玉鉄砲、パチンコ、ゲコゲコカエル、ドッキリガム、スライム、万華鏡、ローセキ、おはじき、ヨーヨー、竹トンボ…………etcーetc」
琴音が次々と商品取り出してはあれこれリアクションして床に並べていく。
つーかなんでそんなポンポン商品名出てくんの?全くわからないんだけど俺。
「はぁ…」
福袋の中身を全て取り出した琴音は満足気に光悦の表情で一息ついた。
「凄いじゃないですか店長!なんともマトモな福袋ですよ!!」
「お前は俺を何だと思ってんだ?」
マトモも何も…、売れ残りの玩具を適当に詰め込んだだけだからなぁ。
そう、今回福袋をやろうと考えたのはこの玩具類をどーにかしようと思い立ったからである。
同じく、駄菓子屋の商品である駄菓子類に関して言えば、これは食品であり、おやつである。
そこらの店に売っている普通のお菓子相手でも、実際食べてみて気に入れば駄菓子類に軍配が上がる事もあるだろう。
だが玩具となれば話しは別で相手は最新鋭のゲーム機が相手だ。
プレイヤーがゲームの世界に入ってバーチャルな世界を楽しめる最新ゲーム機と駄菓子屋玩具。
その性能差といったら宇宙戦艦とアヒルの玩具くらいのレベルである。
今日日のガキ共がどちらを選んで遊ぶかなんて考えるまでもない事だ。
「店長…、あの」
「あん?」
見ると琴音は今度は別の福袋をチラチラと見て、そして俺の顔を見る。
「はぁ…、見たいなら好きにしろ、ただし、俺は片付けんぞ」
もう半ば諦めたように溜め息をつくと、俺は琴音に福袋の開封を許した。
「わぁい!ありがとうございます!!」
嬉しそうに琴音は次なる福袋を開けんと手に取る。
「お前、その調子でよそ様の福袋の中身が気になって買ったりすんなよ」
一応、心配なので釘を刺してやった。
「いや、さすがにしませんよ…、えーっと、この福袋には」
ドキドキワクワクと、琴音は次の福袋をガサゴゾと開ける。
「まずは…けん玉、ですか」
「うむ、けん玉だ」
「次が…、宇宙コマ、ベーゴマ、コマ」
「コマ尽くしだ」
「そして…、その、めんこ、アイスクリームパンチ、ブーブークッション、虹色スプリング、銀玉鉄砲、パチンコ、ゲコゲコカエル、ドッキリガム、スライム、万華鏡、ローセキ、おはじき、ヨーヨー、竹トンボ…………etcーetc」
さっきと同じように琴音が福袋から商品を取り出しては床に並べていく。
さっきと違う所と言えば商品を取り出していく度に徐々に琴音の声のトーンが落ちていってるくらいか。
「あの…、店長?」
「なんだ?」
「最初に開けた福袋と、その、中身がまるまる同じなんですが?」
「だろうなぁ、同じやつ入れたんだし」
これが今回のこの福袋の袋詰め作業の一番面倒な所だった。
「いやいや!福袋ですよ、中身が全部同じ福袋なんて福袋じゃありません!!」
「いいんだよ、どーせ買う側からすれば中身なんかわからないんだから、この福袋を五千円で売り出す」
それこそ二つ、三つ買う奴ならわかるだろうがそんな酔狂な奴、まず居ないだろう。
「しかも微妙に値段が高い…」
「何をいう、中身の値段の総額をきっかり五千円になるようにちゃんと計算して袋詰めしたんだぞ」
「それ、福袋買う必用無いですよね!?だだお客さん側が商品選べないだけですよ!!」
「俺は平等を重んじる男だからな、これなら福袋を買って損をする奴は誰も居ない」
「それ、単に中身を考えるのが面倒なだけだったんでは…、良いですか?店長は福袋というのをわかっていません!!」
あぁ、まずい、琴音さんがもう説教モードだ。
「福袋というのは言わば、幸福を掴む為の運試し、みたいなものなのです、当たりもあれば外れもあるからこその福袋なのですよ!!」
「当たり外れなぁ…、うーむ」
さて、どうしたものかと腕を組んでうんうんと考えてみる。
「…わかった、もっかい考えてみる」
「ちゃんと袋事にバラバラの価値にならないとダメですよ」
「わかってるわかってるって」
ーーー
ーー
ー
「っし、出来た、今度こそ完璧だ」
再度、袋詰めを終了し、俺は二本目のタバコに火を灯し、仕事終わりの一服と洒落混む。
「結局、どうなったんですか?店長」
「あぁ、琴音の言う通り、ちゃんと福袋事に入れる商品をバラバラにして、当たりと外れを用意したぞ」
俺はドヤ、とでも言いたいくらいの自信満々で返事を返してやる。
「…見せて貰っても良いですか?」
あ、何だよその目は、絶対信用してないな。
「あぁ、良いぞ、今度は完璧だ」
「えと、それじゃあこの福袋を、って、重いですね!!」
「それ、当たりのやつだな」
いきなり当たりを引くとは、さすがレトロマニア琴音、うん、関係無いな。
「持ってみて当たりかどうかわかるのもどうかと思うんですが…?」
「仕方ないだろ、当たりの福袋を作ろうとしたらそうなっちまったんだから」
「えと…それじゃあ中身を見てみますよ」
琴音が福袋の中に手を突っ込んでガサゴゾと中身を取り出す。
「まずは…けん玉、ですか?」
第一に取り出したるはけん玉。
さっきと同じだって?おいおい、そう焦るなよ、ちゃんと考えてあるんだから。
ほら、琴音が再び福袋の中に手を突っ込んでガサゴゾやってるぞ。
「次が…、けん、玉?」
「けん玉だ」
ガサゴゾ
「けん…玉」
ガサゴゾ
「けん玉…」
ガサゴゾ
「けん玉」
ガサゴゾ
「………」
六本目のけん玉を取り出した所で琴音は無言のまま、固まるとけん玉をコトリと床に置いた。
そして無言のまま別の福袋を手に取るとーーー。
ザーッ!!
「あ!コラ!!」
その福袋を逆さにして中身を一気に床にぶちまけた。
福袋に入っていた大量のベーゴマが床に散らばる。
「店長?」
琴音はその体勢のままクルリと首だけをこちらに向ける。
その顔はもんのすごい笑顔でもんのすごい怖い。
「な、なんだ?ちゃんと当たり外れを作ったぞ、あのけん玉の福袋なんて総額で言えば一万越えだぞ!一万越え!!」
「て・ん・ちょ・う?」
「…はい、何でしょう?」
あまりの剣幕に思わず敬語になっちゃうよ…。
「いくら総額が高くてもですよ、けん玉しか入って無い福袋…当たって嬉しいですか?」
「いえ…、その」
嬉しく無いです、はい。
「他のもそうですよ…、ベーゴマだけの福袋とか、アイスクリームパンチだけの福袋とか、福袋で物が被ったとかそんなレベルじゃないじゃないですか!?」
えー…、そんなに駄目だったかな、玩具と言っても消耗品だってあるんだし。
「これじゃあ…福袋じゃなくてけん玉袋じゃないですか」
「えーと、ほら、世の中にはけん玉大好きな奴とか居るだろ、そんな人がこの福袋狙いに来たり…とか?」
…うん、無いな。
「はぁ…、店長、もう一度福袋の詰め直ししましょうよ、今度は私も手伝いますから」
「えー、これ全部また中身全部出して袋詰めするのか?だって考えて見ろよ、損をした所でそれは買った奴の責任だし、だとすれば例え全ての福袋が外れでもーーー」
「店長?」
「はい、やります」
一切の言い訳も許されないような剣幕に圧倒され、俺はそそくさと福袋の製作作業をもう一度始めた。
…今度は琴音さん指導のもと、びりびりと説教を受けながら。
あぁもう、だからこいつに内緒でさっさと福袋作ってたってのに、福袋販売なんて考えるんじゃなかった。
シュレーディンガーの猫という実験がある。
箱の中に猫を入れ、毒ガスを流し、箱の中の猫が生きてるか、死んでるか、という実験らしい。
物事の事態と言うのは、実際に観測してみないことにはわからない、という事だ。
でも…だ、あれだよ、そんな実験、やらないのが一番だと思う訳よ。
だって猫が可哀想だし。
正月ネタ…という事で福袋の話しを書いてみました。
福袋を開ける話しは見たことありますけど作る話しって無いなぁと思って、アレ、中身考えるのの方が楽しそうですよね。
とまぁ…、福袋買わない自分が言うのもなんですが(笑)