第12話:近未来のメイドロボ
「はぁ~…」
やばい…、非常にやばい。
俺は顔を下に向けて大きく溜め息をついた、というかなるべくなら顔を上げたくない。
顔を上げればそこにあるのは溜め息の元凶。
フィギュア、フィギュア、フィギュア。
蜂須賀のフィギュアをミカちゃん人形のように店の売り物として売り出す事となったが、はっきり言って邪魔なだけであった。
あげくに店の中に入りきらないので店先にも置いているのだが、完全に道行く人々に威圧感を与えている。
魔除け…、いや、この場合人避けの人形と化している。
「どーするんですか、店長…、このままじゃますますお客さんが来ないですよ」
「すまん、正直次の話しの時には何事もなかったように消滅してるもんだと思ってた」
「何言ってるんですか…、せめてお店の前に置くのは止めた方が良いと思いますよ、何のお店かわからなくなってますし」
「あー、ほら、店先にその店のイメージキャラクターの人形置いてる店とかあるじゃん?フライドチキンの店みたいな、そんな感じ?」
「…駄菓子屋のお客さんのメインは子供達ですよ、美少女フィギュアを店先に置いても何の宣伝効果も無いと思いますけど」
確かに…、来たとしても大きな子供達ばっかりな気がする。
どうしたものかと頭を抱えていると更に面倒な事が起きた。
「あ…、雨、降ってきましたね」
「げっ…」
外を見るとぱらぱらと雨が降りだしてきたのがわかる。
このまま放っておけば店先に置いていたフィギュアもずぶ濡れになってしまうだろう。
「はぁ…、仕方ない、琴音、フィギュア中に入れるぞ」
「わかりました」
一応は売り物だし、俺と琴音は大慌てでフィギュアを店の中へと引っ張り込んだ。
ーーー
ーー
ー
ザァザァと雨音がどんどん強くなっていくのがわかる。
「雨、やみませんね」
「それどころか強くなって来てんな」
雨もそうなのだが風で店が揺れているのがわかる。
「…大丈夫なんですか?このお店?」
それを琴音も感じているのか、おそるおそる聞いてきた。
「失礼だな…、いくら古いと言っても雨や風くらいで潰れるほどおんぼろじゃないだろ」
「そ、そうですよね」
俺の言葉にホッと安心していた琴音だったが。
「ひゃうっ!?」
次の瞬間、大声と同時にビクンッと身体を動かした。
「な、なんだよ、突然…」
「い、今…、上から何か冷たいものが…」
「上?」
琴音に言われて上を見ると天上に染みが出来ており、そこからぽたぽたと水滴が垂れている。
「うわ…、雨漏りしてる」
「どどど、ど~するんですか店長!このままじゃお店もずぶ濡れに」
「慌てるな、とりあえず…だな」
近くにあった適当なフィギュアをその雨漏りのしてる箇所までずるずると引っ張る。
「んで…タライを持たせてと」
フィギュアの手を可動させてタライを持たせると水滴はそのタライへと落ちた。
「これでよし…、なかなか便利じゃないか、フィギュア」
「どう考えても使い方が間違ってますが…」
「しかし雨漏りか…、雨が止んだらちょっと見てみるか」
さすが木造建築物…、つーか本当に大丈夫か、これ?
「店長!こっちの天上も雨漏りしてます」
「マジか…、えーと、とりあえずフィギュアだ!!」
さきほどと同じようにフィギュアで対処させる。
「ふぅ、ようやく一段落ついたか」
「…いったい、なんなのですか?これは!?」
一息ついてるとちょうど店に来店があった、というか俺も琴音も雨漏りの対応に追われて気付かなかったのでその来店者が入って来るなり叫んだ声で気付いたのだが。
「あ、翠ちゃん、いらっしゃいませ~アルファさんと海燕さんもこんにちはー」
「よ、西園寺、こんな雨の中ご苦労様、海燕さんも大変ですね~」
「…スケジュールに雨も雪も関係ありません、それより、今日は珍しくお客様が多いんですね」
怪訝な表情で店を見渡す西園寺。
「言っとくけどそれ、全部フィギュア、人形だからな」
「えっ?こ、これが人形なのですか!?」
まぁ、蜂須賀のフィギュアは初見ではほぼこうなるだろう。
『高屋敷様の言う通り、これらはすべてフィギュアです、私と同じく、人間ではありません、マスター』
お付きのメイドロボ、アルファが美少女フィギュアをじっと見つめながら答える、興味でもあるんだろうか?って…ロボットにそれは無いか。
「フィギュア…、これ全部がですか?もしかして駄菓子屋を諦めてこういったお店を始めるんですか?」
「いや、確かに売り物ではあるんだが…、俺の知り合いのを引き取ったんだよ」
「あなたにはろくな友人も居ないのですね」
「本当だよ…、まったく」
「…否定しないんですね」
いや、本当、否定出来ないんだよなぁ…。
「で、中でもそのタライを持ってるフィギュアはなんなのですか?」
「見てわかんないか?雨漏りし始めたからタライを持たせてるんだよ」
「それをパッと見て判断出来る人の方が少ないのですが…、まぁいいでしょう」
コホンと、咳払いを一つとると西園寺はビシッと俺を指差した。
前から思ってたんだけど人指差すの好きだよな、コイツ。
「高屋敷さん、今日こそこのお店と土地からの立ち退きをーーー、きゃうっ!?」
「きゃうっ…?」
言葉を遮って放たれた可愛らしい悲鳴と共に西園寺の身体がビクリとふるえる。
「な、なんですか…?今、冷たいものが」
慌てながら首もと触ろうとする西園寺を見て、俺はその正体がすぐにわかった。
「店長、もしかしてあそこも…?」
「みたいだな…、だから言ったろ、雨漏りしてんだよ、外もスゴい雨だしなぁ」
「な!お客様を相手にするお店が雨漏りなんて…、どういうつもりですか!今すぐ直しなさい!!」
「仕方ないだろ、古いんだから、それにこの雨だ、今は直しようもない」
ただでさえ面倒なのにこの雨の中、わざわざ屋根の上なんて登ってられん。
「という訳で俺は雨漏りの対応に忙しいんだ、立ち退きがどうとかの話しには付き合ってられん」
「くっ…、こっちはギリギリのスケジュールの空いた時間にわざわざ来てますのに…」
いや、そのわりには琴音と楽しそうに話ししてる方が多いと思うが。
…ん、そうだ、もしかしたら。
「なぁ、お前ん所のメイドロボ、雨漏りとか修理出来ねーの?出来るなら貸して欲しいんだが」
依然、ドリルで土を掘って貰った事もあったし、それくらいできそうな気がする、と俺はメイドロボをチラリと見る。
「なぜあなたのお店の修理に私がアルファを貸す必要があるのかしら?」
まぁ最もな意見だ、しかし今の西園寺の口振りからすると出来ない事は無さそうだ、さすが西園寺コンツェルンのメイドロボ。
「そうして貰えたら俺も立ち退きの話しを集中して聞けるし、悪くないだろ」
「そんな事言って…、本当はご自分で修理するのが面倒なだけでしょう」
…バレてたか。
『私なら構いませんよ、マスター』
西園寺は断るつもりだったのだろうが…、メイドロボは自分から率先してそう言い出した。
本来、メイドロボはマスターである人物の命令によって動くものなので自分からそう言い出すのは珍しいというか…、あんまり見ない事だ。
『それでマスターのビジネスがスムーズになるのならば、私は構いません』
「ほれ、本人もそう言ってる事だし」
とにもかくにも、これは俺にとっても好都合なのでここは利用させて貰おうか。
「…仕方ありませんね、アルファ、お願い」
『イエス、マスター』
西園寺も渋々とだが頷いてくれて、メイドロボはコクりと頷くと店の外へ出ていこうとする。
「って…、ちょっと、ちょっと待って下さい!!」
それを慌てて止めたのは意外にも琴音だった。
「なんだよ、せっかく上手くいきかけ…、ごぼん、真面目なビジネストークが出来るところだったのに」
「いえ、もうバレバレですからね…」
西園寺が呆れながら溜め息をついてくる。
「だ、だって、外見てください、スゴい雨ですよ」
言われて外を見ると、確かに、雨はよりいっそう強まってどしゃ降りだった。
「だな、早く雨漏りをなんとかして貰わんと」
「そ、そうじゃなくて、アルファさん、このままじゃずぶ濡れじゃないですか」
『私の身体は完全防水のコーティングがされているので問題ありません』
「あ、もしかしてお前、雨で壊れるとか思ってんのか?機械オンチだから知らんとは思うが雨くらいで簡単に壊れないんだぞ、コイツら」
車とか自動販売機よりも頑丈だし、メイドロボでは無いが海とかプールには溺れた奴を救出するロボットなんかもある、どしゃ降りではあるが雨くらいで壊れる事は無いだろう。
…無いよね?これで壊れて俺に弁償しろ、とかきたら嫌だよ、無理だよ?
「だ、だってこの雨ですよ?風邪とか引いたら大変じゃないですか!!」
「………」
「………」
俺と西園寺はお互いに顔を見合わせた、う~む、これはちょっとマズイかもしれん。
『…朝河様』
俺と西園寺が黙っていると入り口で突っ立っていたメイドロボがペコリと頭を下げていた。
『私はメイドロボです、ロボットは風邪を引きません』
「あ、えと…、それは…、そうかもしれません、けど…」
琴音はおろおろとしだしていたがやがて、ちょっと待って下さい、と店の奥に引っ込むとカッパを持ってきた。
「あの、せめてこのカッパを着て貰って良いですか?」
『………』
琴音からカッパを受け取ったメイドロボはチラリとマスターである西園寺を見る。
「せっかくの好意なんだし、着てあげなさい」
『了解しました、マスター』
頷くとメイドロボはカッパを着るとフードを被る。
『これでよろしいでしょうか?朝河様』
「はい!バッチリです!!」
その姿に満足したのか、琴音は満面の笑みをつくる。
『ありがとうございます…、それでは、作業に取り掛かります』
「気を付けて下さいね…」
カッパに身を包んだメイドロボが今度こそ店の外、どしゃ降りの雨の中へと進んでいった。
「アルファさん…、大丈夫ですかね?」
「大丈夫かどうかはお前の方だ、琴音」
一連の流れをただ黙って見ていた俺も、メイドロボが屋根の修理に向かった事を確認して、溜め息混じりに口を開く。
「ほえ…?え!?私ですか!?」
「まさかお前、ロボコンじゃないだろうな…」
「ロボコン…?って…、0点ばかりとってるロボットの事ですか?」
こいつは何を言ってるんだろう…?
「ロボット・コンプレックスだよ…、略してロボコン、要するにロボットを人と同じように扱う奴をこう呼ぶ」
「?、それのどこが駄目なんですか?悪い事では無いと思うのですが…」
首を傾げてハテナマークを浮かべる琴音に俺はますます溜め息しか出てこない。
「悪い事だよ、こいつが今現在、なかなかの社会問題になっちまってるからな」
人は人、ロボットはロボット。
そこはしっかりと区別…、いや、差別されるべきだ。