表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

第五話

 


 杳子と連絡を取らなくなって一週間あまり経った。

 駅で見かけることもなく、電話が鳴るわけでもない。

 そもそも杳子のほうから俺に連絡してくることなんて今まで一度もなかった。それにもう電話をしないと約束したんだし、あるわけがない。


 杳子のためにやってたこと、表向きはそうだったが完全に自分のためだった。

 わかっていたのに俺の役目と勝手に決め付け、杳子にもそう思い込ませていただけ。


 そりゃ、もう必要ないよな。






 学校から駅に向かう途中、雨が降ってきた。

 元々あまり傘を持ち歩いたりはしない。朝から降ってれば別だけど、そもそもそんな日は学校をサボることも多い。



 走って駅まで向かう気力もなく、しとしと降り続ける雨が俺を濡らしてゆく。

 ツンツンに立たせた金髪もすぐにしなっとなる。あーあ、みっともない。

 杳子の学校の生徒がジロジロと俺を見てるのがわかる。そっちに視線を送ろうものなら即逸らされる。

 異質なものを見る目を向けられるのは昔から。自分のせいだってこともわかっている。




 駅前について、券売機の横の丸い柱の前に見覚えのある姿を見つけた。

 どう見ても順平と杳子だった。話している声が聞こえてくる。



「……優輝に言われたこと考えてて、やっぱり杳子のほうが――」



 喉の奥の方からこみ上げてくる感情を押し殺すのに必死だった。

 なんてタイミングで居合わせてしまったんだ。でもこの時を目の当たりにしてよかったのかもしれない。

 達成感のようなものと同時に、本当に杳子を自分の中から消す日が来たという小さな痛みも感じた。




 

 俺が杳子を好きだと知ったら、順平はどうする?

 きっと心中穏やかじゃないはず。フッた相手にだっていつまでも自分を思っていてほしいだろう。

 自分からフッた。しかもまだ期間はそう経っていない。杳子はまだ自分のことを想っているに違いない。そう思ったのだろう。


 俺に杳子を取られるのが怖くなったか? 

 取られる前に取り返そうと思ったか? 手放した後に大事さに気づいたか?


 どっちにしろ順平は俺の手口にひっかかった。後悔させることができてよかったよ。おまえの負けだ。



 あとは、杳子次第。

 望むなら元に戻ればいい。



 その時、杳子と目が合った。

 潤んだ目から涙が零れ落ちそうなのに俺から目を逸らさず、震えた唇が何かを訴えようと小さく開いた。



 ――よかったな。



 それを遮るように声を出さず伝えて、少し早歩きで来た道を引き返した。

 俺がいたら順平の申し出を受けづらいだろう。


 ポケットに手を突っ込んで歩き始める。雨足が少し強くなっているような気がした。


 駅に向かって歩いてくる人の波。傘の隙間をすり抜けて戻るのは少し恥ずかしい。

 だけど何となくすがすがしい気持ちで歩いていたのに。



「優くんっ!」


 

 張り上げた声が雨音をかき消すように、俺の耳に届いた。

 杳子が走って追ってきていた。

 それはとても早いとは言えず、今にも転んでしまいそうだった。だけど一生懸命で。


 俺を昔の呼び名で呼んで、胸の奥を疼かせる。

 なんでそんなことをするんだ? 持っている傘も差さずにびしょ濡れになって、なんでそんなに悲しそうな顔をするんだよ?

 もう、泣きやんだはずだろう? 俺の役目は終わったはず。それなのに―― 



「――好き」



 思わず聞き零しそうになった小さな声。

 


「優くんが、好き」



 俺が聞き逃したと思ったのか、もう一度紡がれる言葉。 

 一番ほしかったものだった。


 何がなんだかさっぱりわからなかった。だけど不思議と耳を疑ったりはしなかった。

 間違いなく杳子は今、俺を好きだと言ってくれた。順平じゃなく、俺を。



「ばっかじゃね」



 信じられないくらいうれしいのに、裏腹な言葉をぶつけてしまった。


 びしょ濡れの杳子に手を伸ばそうとして、一瞬ためらう。

 俺が触れても身体を硬くするだろうか? 警戒するだろうか。

 そんな不安もあったけど、その涙なのか雨なのかわからない杳子の濡れた顔を拭ってやりたかった。


 だけど杳子は淀みない目でじっと俺を見つめていた。

 俺の両手がその頬を包んでも微動だにしなかった。いやがる素振りも見せない。

 

 思いきって唇を寄せると、ちっとも拒絶せず俺を受け入れた。ただ、目は開けっ放し。



「目、閉じろ。ばーか」



 キス顔を見られ、恥ずかしくなってそう伝えると、杳子は素直にそっと目を閉じた。

 それがうれしくて再び唇を押し当てると、柔らかい唇から甘い味がする。それを求めるように何度も夢中になって重ねた。


 頬を包む俺の手に暖かい雫が流れ落ちる。

 これは雨じゃなくて確実に杳子の涙だ。



 このキスが終わったら伝えよう。

 ずっとずっと好きだったと。


 杳子の涙が止まるまで、俺がずっと拭い続けるから。




 【おわり】


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ