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第二話

 


 

 高校に入ってすぐ、俺は髪を金髪にした。

 県立の工業高校で規則はそんなに厳しくないとは言え、先生に目をつけられるのは必至だった。目が合えばいつも何かひと言降りかかってくる。


 左耳たぶにピアスホールをあけた。クラスメイトの(ゆずる)がやってくれた。中学生の頃からしていたとのことで手馴れたものだった。


 譲は同じ中学の女子との合コン設定に余念がなかった。

 誘われて一度だけ行ってみたけど、どの女もフルメイクに茶髪。みんな同じに見えるのは気のせいなのだろうか。


 それからは誘われても曖昧な理由をつけて断っていた。

 女好きのくせに女子の少ない工業高校に進むなんてありえないだろうとからかうと、少し怒ったように頬を膨らませる。

 譲も髪を金に染め、後ろで一本に束ねている。見た目はなかなかの美形だった。まあ順平といい勝負だろう。真面目かそうじゃないかの違いだけ。



「優輝はどんな女がタイプなんだ。情報網駆使して探してくるから合コン参加しろよ」


「譲が連れて来るような女はタイプじゃない」


「だからどんなだって? お兄さんに相談してみな?」



 俺の肩を抱いて顔を近づけてくる。線の細い譲は顔はいいのにモテないらしい。俺から見たら引く手あまたっぽいのに。

 あまりにも相手にされないから「もう、男でもいいかな」とか言い出す始末。意味がわからない。


 

「黒髪で化粧してない女」



 俺がそう言うと、きょとんと目を丸くして一瞬固まった譲が大笑いをした。

 絶対に見つからないであろう条件を挙げてみただけなのに。



「今時そんな女いるかよ!」


「いねえこともねえだろうが」


「自分がそんなナリしててタイプは清楚系とかおかしいだろう」



 腹を抱えて笑う譲をひと睨みすると「ワリ」と涙を流しながら詫びてきた。悪いと思ってる気持ちが全然感じられなかった。

 だけど譲も悪気がないのはわかってる。そして本気で合コンに参加してほしい気持ちもわかっている。


 こいつなりに俺を気にかけてくれているんだってわかるし、早く家に帰る理由もないから自然に合コンへ顔を出すようになった。

 相手はやっぱり化粧をバッチリした派手な女ばかりだったけど。期待はしてなかった、うん。


 それでもその時はそれなりに楽しい時間を過ごしている。

 メアドを交換してもこっちから連絡することもないし、向こうから来ても数回やり取りをするだけの関係。



「あれ? 優輝?」



 何度目かの合コンのカラオケで一緒になったのが隣の家に住んでいる樹里(じゅり)だった。

 名前を呼ばれてもわからないくらいのこってこてのメイクで、名乗られてようやく「ああ」と返事ができた。



 樹里は小学校から私立のお嬢様学校に通ってて、中学もそのまま進学したが、高校の内部進学に落ちたらしい。

 なので今は俺と似たようなレベルの私立高校に通っていると母親から聞いていた。

 

 中学までは黒い髪を三つ編みにして清楚系だったのに今じゃ見る影もない茶髪にゆるふわパーマ。

 セーラー服のスカートは短くて、少しお辞儀でもしようものなら下着が見えるんじゃないかってくらい。

 元の顔なんかわからないくらいのうざったいつけまつ毛にアイライン。てかてかの唇。女は変わるもんだ。




 それから樹里とは結構親しくなった。

 中学まではすましたお嬢様だったから近づくこともなかったけど、道端で会えば挨拶を交わすし、連絡を取り合いファストフードで一緒に飯を食うようにもなった。


 互いの親からは互いの悪い評判しか聞かない、そんな関係。




「しっかしさ、優輝の親って金髪にしても何も言わないの? うらやましい」



 色気なくハンバーガーに大口でかぶりつきながら樹里が聞いてきた。

 ま、別にそんなものは必要ない。



「俺、見放されてるし」

「あ、兄貴がデキるんだよね。比べられてるんだ。その反発心ってヤツ?」



 ポテトで人を差すなと取り上げると、樹里のケタケタ笑う声が店内に響いた。

 それで注目を浴びるけど俺も樹里も気にしなかった。

 樹里は人の気持ちを汲んだりしない。むしろその関係が気楽でよかった。


 反発心、樹里の言うことはあながち間違ってないのかもしれない。

 金髪に興味があったし、安易にした行動だった。

 親も兄貴も何も言わなかったけど、呆れたって感情全開の視線は痛いほど向けられた。



「見た目で人を判断する輩なんて山ほどいるし。優輝は注目浴びたかったから金髪にしたの?」



 音を立ててシェイクを飲み干す樹里。その言葉の意味を考えた。

 確かに樹里の言うとおり、見た目で判断されることは多い。不良のレッテルだって貼られっぱなして剥がせない。

 注目を浴びたかった、そんな思いがなかったとは言い切れない。だけど――


 その時、急に杳子の姿が浮かびあがった。


 中学の頃から茶髪にしてた。素行も悪かった。あいつは俺が怖く感じただろうか。

 杳子が俺を避けるのも無理はない。いつの日か怯えたような目であいつは俺を見るようになった。俺と目があってもすぐに逸らす。

 だったら見るんじゃねえ。そんな目で俺を見るな、と思ったこともしばしあった。


 

 ――もしかして、そのせい?



 あいつが俺を避けるのは見た目のせいだ。必死でそういい聞かせてたのかもしれない。

 杳子のタイプの真逆になれば、選ばれないのは当たり前、しょうがないことだと理由付けられるから。

 あいつが小さい頃のように笑って俺を見てくれないから、自ら遠ざけた。



 自分の本当の気持ちを自覚したのはこの時だった。

 よく考えてみたら、譲に言った女のタイプが杳子そのものだったことにもこの時ようやく気づいたんだ。



 結局俺は最初から逃げていたに過ぎない。

 だから順平が杳子を好きだと言った時、何も言えなかった。

 胸の奥が疼くような感情に気づいていたのに、それが杳子に対しての思いだったと気づくまで実に一年以上もかかるとは。


 おかしくて自嘲するしかなかった。



 臆病者の自分に気づいた時、杳子への思いを断とうと思った。

 あいつは必要ない。向こうだって俺は必要ない。もう逢わなければ、こんな想いすぐに断ち切れる。そう思っていた。


 


**




 その日の朝の空は澄み渡っていて、ひさしぶりに雨が降らなそうだったから傘を持たずに家を出た。

 だけど放課後には分厚い雲が広がっていて今にも一雨来そうだった。譲から誘われた合コンを断って家路につく。


 そして、もうすぐ家というところでどしゃ降りの雨。


 この坂を下れば家なのに。

 小さく舌打ちをして通り道のマンションのエントランスに緊急避難。あっという間にバケツをひっくり返したようなどしゃ降りになった。



 しばらく雨宿りをしてれば止むだろう。

 鞄からスマホを取り出して適当にアプリを起動させた時、このマンションを横切ろうとする人の姿が見えた。



 真っ黒の髪は濡れてさらに色濃く見え、びしょ濡れの制服、深く俯いて肩を落としているその姿はどう見ても……。



「――杳子」



 俺が呼び止めると、ゆっくりこっちに顔を向けたのは間違いなく杳子だった。

 だけど向こうは俺に気づいていない様子。キョロキョロして再び前を向いて歩き出した。



「杳子だろ? おい!」



 再び大声で呼ぶと、俺の存在に気づいた杳子は真っ赤な目を見開いた。

 ……泣いてた?



「ゆうく……香坂(こうさか)くん」



 一瞬俺を『ゆうくん』と呼ぼうとしてたのがわかる。

 そして何事もなかったように姓で呼び直され、なんとなく寂しい気持ちになった。

 よそよそしい? うまくいえないけど他人行儀? 同じか。何となく突き放されたような感じ。



 マンションのエントランスに呼び込むと、嫌々こっちに向かってくるような様子が窺えた。

 急ぐでもなくのろのろと。無性にじれったく感じる。



 何を尋ねてもひと言も発しない杳子。

 濡れたままここで雨宿りさせてたら絶対に風邪をひくに違いない。


 しょうがない。

 意を決して杳子の腕を引き、雨の中を走り出す。


 杳子の家より俺の家の方が少しだけ近い。強引に引き入れ、シャワーを使うよう促す。かなり戸惑っていたけど諦めたように浴室へ消えていった。



「おまえ、なんかあった? 順平にフラれた、とか?」


 

 浴室から出てきた杳子に涙の理由を尋ねるとビンゴだった。

 はっきりそうだとは言わないけど過剰な反応ですぐにわかった。まさかと思って適当に言ったのに。



 順平のやつ、俺との約束を簡単に破りやがった。

 いいやつだと思ってたのに。裏切られた気持ちが怒りを助長させる。



「まあ、そんなもんは時間が解決するだろ。ゆっくり寝てさ……忘れろや」



 よかれと思って発した言葉がより深く杳子の心を抉ったようで、再び涙で頬を濡らし始めた。

 重みを感じさせないよう軽く言ったのが逆効果だったのか。

 ゆっくり寝てなんて簡単に言うなと怒り出した。


 ダメだ、俺。こいつの涙に弱い。

 忘れようとしていたのに決意が鈍るだろうが。なんで今日こんなところで逢ってしまったのだろうか。

 運命のいたずらだなんてチープな言葉が浮かんだ自分が妙に恥ずかしい。



 順平をどうこうより、杳子を放っておけなかった。

 でも女に優しくするなんてこと、今までしてこなかったからどうしたらいいかさっぱりわからない。気のきいた言葉ひとつも思いつかない。


 だけど、辛くて眠れないと言うのなら眠れるまで、その涙が止まるまでつき合ってやろうと思った。

 


 だから、そんなにも悲しそうな顔をしないでくれ。そう願ってしまった。




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