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第一話

 


 気になる子がいる。正確には、いた。




 一見地味だけど、黒髪はサラサラで真っ直ぐ。まるでシャンプーのCMに出てきそうなくらいキレイ。

 少しだけ釣った目尻は猫っぽくて、妙に懐かない感がある。

 背は小さくて細っちい。華奢って言うのだろうか。もう少しボリュームがほしい体型ではある。

 まあ、俺の好みとしては、の話。


 目立たないタイプといえばそうなのだろう。

 


 だけどあいつを気にかけている男子を数人知っている。あいつと同じように少し真面目なタイプが多い。

 俺のまわりのダチであいつをいいと言う野郎はいなかった。


 

 ――それなのに。





優輝(ゆうき)って杳子(ようこ)と幼馴染なんだろ?」



 衣替えが終わり、梅雨に入ってジメジメとした季節になってきたある日の放課後のことだった。


 そう聞いてきたのはサッカー部でエースストライカーの小城順平(おぎじゅんぺい)

 なかなかの好青年ぶりで女子に人気のあるちょっといけ好かない男子だった。


 だが、中三になって同じクラスになると妙に気が合い、素行の悪い俺にも気軽に声をかけてくる。

 見た目で判断しないいいやつなのかもしれない、と思い始めてた矢先のことだった。


 杳子と順平は出席番号が同じで隣の席、一緒に日直をしている姿は仲がよさそうに見えた。

 

 

「それが何?」


「なんかさ……見た目あんまりタイプじゃなかったんだけど、話しやすくて。わからないところとか教えてくれるし、ちょっと気になるんだ」



 教卓前の担任と話している杳子に視線を送り、照れくさそうに順平が俯いた。

 意外。こいつモテるくせに、よりにもよって目立たない杳子なんだ。

 順平のことを「好き」と言っている目立つ部類の女子はたくさんいるはずなのに。


 一方俺は、杳子の名前を出された時にこんなことを言われると思ってなかったからか、信じられない気持ちと同時に胸の奥がザワッとしたような感じがした。

 

 まじまじと順平を見ると、冗談を言っているような顔ではない。

 むしろはにかんだような笑みは、疑いようもない。こいつは杳子に惚れている。

 


「もうすぐ部活引退だから、杳子に放課後勉強教えてもらおうと思って。聞いたら快くOKもらえてさ」

「……ふーん」

「でさ、杳子の好きな芸能人とか音楽のジャンルとか食いモンとか教えてくんね?」

「はあ? なんで?」

「共通の話題とか必要だろう」



 少しムキになって声を荒らげる順平が滑稽に思えて笑いがこみ上げてきた。

 だけどそれを押し殺して、無関心を装う。



「本人に聞けよ。それも話題になるだろうが」

「なんだよー協力してくれよ」

「知るか。自分でなんとかしろ」



 鞄を肩にかけて教室を出ようとすると、女子が冷ややかな目で俺を睨んだ。

 たぶん掃除当番サボるなと言いたいんだろうけど、面と向かって言えないようだ。

 着崩した制服に茶色の髪。元々茶色い方だけど、日曜日に少しだけ染めた。余計に女子も真面目系男子も俺に近寄らなくなった。

 むしろ怖がられている? 避けられている? そんな状況を少しだけ楽しんでいる自分もいた。



 小埜(おの)杳子。それがあいつの名前。

 カタカナにすると、某有名ミュージシャンの伴侶と同姓同名。そんな名前を本人は嫌っている。


 杳子と俺は小学生の頃、同じ団地の同じ号棟、同じフロアに住んでいた。

 鍵っ子だった俺は学校が終わった後、よく杳子の家に遊びに行ってた。


 杳子の弟、拓哉(たくや)は俺に懐いていてかわいい。杳子も俺を『ゆうくん』と呼び、結構親しくしていたんだ。

 

 俺の兄は少し年が離れている。いつも偉そうに威張っているから好きじゃない。

 だけど杳子と拓哉にとってはなにをするにも俺がリーダー。そんな関係も俺を優越感に浸らせた。

 あいつらと遊んでいる時は本当に楽しくて。一緒だと意味もなくうれしかったんだ。




 小学校高学年になった時、俺の家は団地のそばの一軒家に引っ越しをした。

 少し離れただけなのに、その後は、杳子とはほとんど口をきかなくなってしまった。

 拓哉とはその後も引き続き仲良くしていた。よく俺の家に遊びに来たり、公園でサッカーをしたり。

 もちろんそれだけではない。ちょっと悪いいたずらも一緒にした。ご近所のインターフォンを押しまくって逃げたりとか、全く知らない家の柿の木から失敬したことも。それが渋柿だとは知らず、エライ目にあったこともあった。


 それに参加しないで「そういうのやめたほうがいいよ」と声を小さくして咎める杳子に苛立ちを感じたこともある。

 なんで一緒にやらないのか? 昔はお菓子のつまみ食いくらいなら一緒にやってたのに。逃げるのが遅いからか?


 だけど、その頃ようやくわかったんだ。


 ずっと一緒にいて、同じだと思い込んでた。同じことができて、同じことをして当たり前だと。だけど違うんだ。ちゃんと分けないといけないんだ。


 杳子は女の子だって。



 そんな俺の幼馴染。近くて遠い存在。






「優輝! 頼むよー」



 廊下まで追いかけてくる順平に向き直り、顔を近づける。

 一瞬ひるんで、後ろに倒れそうになった順平の右腕を強く掴むと、俺より少し背が高いこいつは顔を覗き込むようにしてきやがった。少しだけ腹が立ったが、悪気がないことはわかっていた。



「あいつの弟に聞いておいてやる。だけどひとつ約束しろ」



 自分の目つきが悪いのは自覚している。下から見上げるようにすると、順平が身体をすくめた。

 じっと俺を見つめ返すその目が少し動揺しているように見え、さらに目頭に力をこめて鋭く睨みあげる。

 


「あいつを泣かせるようなことだけはするな」



 こくこく、と振り子のように順平の首が動く。

 それだけ守ってくれるのなら、俺は何も言うことはない。


 杳子が順平のことを好きなのは、中一の頃から知っていたから。






 放課後に杳子と順平がふたりっきりの教室で勉強をしているのを何度か見た。

 もちろん他のメンツがいたこともあった。

 順平は俺にも一緒に勉強をしないか声をかけてきたけど、断った。

 目の前でいちゃつかれるのもごめんだったし、杳子に対しての苛立ちもあった。


 あいつは見た目いい男、加えて真面目系にひと目惚れする傾向にあった。小学校の頃からそうだったしわかりやすい。

 最初は俺より兄貴に懐いていた。兄貴の方が真面目で顔がいいから。その理由だけじゃないのかもしれないが俺はそう思っていた。



 まあ、いいんじゃね。

 好きなもの同士さっさとくっついちまえよ。






 たまたま帰り際のふたりを見つけ、後を追ってみると順平が杳子の手を握っていた。


 夕陽に照らされふたりの影が後ろにいる俺のほうに伸びて来るのを見て、その場を引き返す。

 何やってるんだ、俺。自嘲して元来た道を戻った。


 見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだった。顔が熱い。夕陽に照らされたせいだろう。

 少しだけ振り返ってみると、照れくさそうにお互い俯いて歩いている。

 青春物語かよ? なぜか憤りのようなものを感じた。それに加えて胸の辺りがちくちくする感覚。わけがわからない。

 

 まあ、今だけだろう。自分にそう言い聞かせていた。




***




 卒業式の日、順平は女子に囲まれていた。

 後輩の女子には花を渡され、学ランのボタンをせがまれ大変そうだった。だけど第二ボタンは死守していた。杳子に渡したかったのだろう。

 俺にボタンをせがむ女子なんかいない。だから全部ついている。順平の学ランと交換してやりたいくらいだった。



 そして俺はその場面を見てしまった。


 さっさと帰ればよかったものを……机に卒業証書を忘れて取りに戻ったんだ。

 そうしたら、窓際であいつらキスしてた。


 ったく……人の目に触れるとこでいちゃついてんじゃねーぞ。

 そう言って教室に入ってやろうかと思った。だけど、キスが終わった後の幸せそうな杳子の顔を見たら、そのまま引き返していた。


 結局卒業証書は担任が家に届けてくれた。小言と共に。




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