6.大嫌い=大好き=大嫌い
それにしたって、どこに行けばいいのだろうか。
僕はただひたすら目的もなく歩いていた。浅海さんに会えと言われたところで、彼女の現在の住居など知る由もなく。
彼女が行くことのある場所など、学校くらいしか知らない。
いや。
あと一つだけ、知っている。
桜の木――
気付けば僕の足は、そこへと向かっていた。
腰まで届く、長い長い黒髪の少女。
大きな桜の木の下で、彼女は一人佇んでいた。
「――愛子ちゃん」
僕がその名を呼ぶと、黒髪を揺らして彼女がゆっくりと振り向いた。
大きな瞳が一際大きく見開かれる。が、すぐに嫌悪の表情に変わる。
「……何よ。何しに来たの?」
喧嘩腰のその言葉に、『ここは僕が教えてあげた場所なんだけど』というのは、さすがに空気を読んで飲み込んだ。
「少し話がしたいんだ。聞いてくれない?」
「……………」
彼女は押し黙る。無言の了承と取っておこう。
「とりあえず、謝る。僕、愛子ちゃんの気持ちを全く理解できてなかったみたいだから。……ごめんね」
真っ直ぐに彼女の瞳を見つめて謝ったのだが、顔をぷいと背けられてしまう。
「僕、愛子ちゃんのこと好きだよ」
「え……」
「多分」
「はあ!?」
途端に物凄い剣幕でずんずんと詰め寄られ、僕は一歩後退する。
「落ち着いて、愛子ちゃん」
「落ち着いてるわ! 冷静よ! 冷静に怒ってるのよ!」
よくわからない。とりあえず彼女の怒りを鎮める為、僕の気持ちを伝えねばと決意する。
「僕はね、今まで『男女の仲になる』とか『ねんごろになる』なんて言葉とは縁遠い生活をしてきたもんだから、好きとか嫌いとかよくわからないんだ」
「その言葉のチョイスおかしいから」
冷静な突っ込みだ。とりあえずよかった。
「それで、その――愛子ちゃんが他の男に翻弄されることを想像したら、何だかモヤッとしたんだよ、モヤッと」
「翻弄じゃなくてもう少しマシな表現にしてちょうだい」
呆れ顔の彼女。もう怒りは鎮められたらしい。
そして僕は自信満々に、
「だから僕は愛子ちゃんが好きなんだ!」
胸を張ってそう告げた。
すると彼女は疲れたような表情で、額に手を当て少し考え込み、
「……それで、慎太くんはこれから私とどうなりたいの? っていうか、どうにかなりたいの……?」
何故だか妙に不安げな瞳を僕に向けた。
彼女とどうなりたいか、どうにかなりたいのか。
ここまで来て、さすがに僕もスッ呆けるわけにはいかない。
彼女の手をギュッと握って、
「僕の恋人になってください!」
渾身の一声を上げた。
その瞬間、彼女は頬をりんごのように真っ赤にしながら口をパクパクさせた。
僕もきっと今、りんご色に頬を染めているに違いない。何だか自然と笑みが零れてしまう。
やはり僕は彼女が好きだ。
そして僕はひたすら彼女の言葉を待ち続け――
「…………………………う、うん」
恥ずかしそうにぽつりと呟くその一言を、聞き逃さなかった。僕も少し照れくさくなり、
「えへへ、じゃあこれからはずっと恋人同士でいようね!」
何の疑問も抱かずによかれと思って言った言葉だったのだが、愛子ちゃんの反応はとても微妙で、
「……そういう何もわかってないとこが大っ嫌いなのよね」
愚痴のように呟かれた。
「僕のこと、嫌いなの?」
少し不安になった僕の問いに、しかし彼女は吹っ切ったようにクスリと微笑み、
「大好き!」
そう言って、僕に抱き付いてくる。長い黒髪がふわっと僕の鼻を掠めた。
「僕、愛子ちゃんの髪の毛好きだよ」
そう言うと、彼女は不満気にこちらを見上げてくる。
「……髪の毛だけじゃないでしょうね」
「いや、そんなことは。でも確かにショートカットだったら、あんまり愛子ちゃんのこと気にならなかったかもね」
もちろん、最終的には気になっていたに違いないけど。しかしそれを言う前に、彼女は僕からぱっと離れてしまい、
「やっぱり大っ嫌い!」
はっきりきっぱり、前言撤回されてしまった。
ううむ、愛子ちゃんの扱いはなかなか難しい。これから彼女をしっかり理解していく努力が必要かもしれない――