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5.モヤッとしたもの

「お前が悪い。明らかにお前が悪い」

 翌日、樹に真正面から告げられた。

 昨夜も痛む頬をさすりながら、母が嬉々として作った赤飯を食べつつ、僕は首を傾げながら悶々と彼女のことを考えていた。

 わからない。なぜ再び、彼女の平手打ちを受けなければならなかったのか――

 今日は樹に遊びに誘われて、ついに浅海さんが愛子ちゃんだったという事実を知ったことを話したのだ。

 そして相談に乗ってもらった結果が、これである。

「なぜ」

「『なぜ』じゃねーだろ」

 呆れたように溜息吐いて、缶ジュースに口をつける樹。

ちなみに今日は土曜日。晴れ晴れしい休日だ。バッティングセンターで適当に汗を流しつつ、休憩がてら寂びれた建物内のベンチに座っている。ここはほとんど客が入らない為、好き放題バッティングかできる樹のお気に入りのスポットだ。ちなみに彼はサッカー部のエースで間違いはない。ただ趣味がバッティングという変わり者なだけである。そして僕もその趣味にたまに付き合っているのだが、これがまた下手でどうしようもない。一度は手にボールが当たり、突き指になりかける事件も起きた。

 店の奥で新聞を読んでいる店主のお爺さんを眺めながら、僕も缶ジュースに口をつける。甘いりんごジュースだ。僕は果物系のジュースが好きなのである。樹は決まって炭酸飲料。彼にピッタリのイメージだ。

「いやしかし、お前は本当に鈍いのなぁ」

 そんなしみじみと言われても。

「つまり、どういうこと?」

 僕は少しムスッとして樹に投げ掛けた。

「好きってことだろ。お前の事」

 ――好き?

「誰が?」

「……はっきり言ってやろう。浅海が、お前を、好きだ! ってことだ」

 ――なるほど。そういうことならば合点がいく。

 僕は樹の言葉に思いがけず納得してしまった。

「そっか、だから怒ってたのか」

「慎太、お前今気付いた事にも驚きなわけだが、気付いたところで驚きもしないわけね……」

 樹はがっくりと肩を落として僕を見る。

 こっちはこれでも驚いているのだが。皆に人気者の浅海さんに好かれているなどとは思いもよらない事実である。昔好きだと告白されたとはいえ、今もそんなことを思っているなど露とも知らず。しかし、彼女が未だ僕のことを思ってくれているのであれば、僕が発言した「ずっと友達でいよう」という台詞は彼女には酷すぎたように思う。とはいえ、そうだとしたら僕は彼女に何と言って謝ればいいのだろうか。

「お前から浅海に告白すればいいだろ」

 樹からとんでもない返答が来た。さも当然といった態度である。

「……何か、それっておかしくない?」

「何がおかしいんだよ。お前ら両想いなんだろ?」

 その言葉に僕は押し黙ってしまった。

 それは――どうなのだろうか。僕は――

 すると樹は、「一番の問題はお前だな」と眉を顰めた。

「慎太、難しく考えるな。浅海がお前を好きだと知って、お前はどう思った?」

「え、いや……驚いたよ」

「そうじゃなくて、嬉しいのか、嫌なのか聞いてるんだ」

 まるで警察の尋問のように詰め寄ってくる樹。警察にお世話になったことなど、ただの一度もないが。

 まあ、純粋に嬉しいと思う。人に好かれるなんて人生の中で早々体験できるものではない。……あくまで僕に関しては、だが。

 そう答えると、樹は「よしよし」と言って、ニヤッと白い歯を見せて笑う。これは調子がいい時の樹の表情だ。

「じゃあ第二問! 俺は浅海に告白したことがある! 本当か嘘か、どっちだ!?」

「え」 

 予想外の質問に僕は言葉に詰まる。

 樹は未だニヤついている。

 もしもそれが本当だったとして、樹と彼女は現状、明らかに付き合ってはいない。

「嘘」

「残念! 本当!」

 僕は目をまん丸くして驚く。

「……振られたの?」

「振られた。でも、」

 樹はにやけ顔から真剣な表情に戻り、

「まだ諦めてない」

 その瞬間、何だかモヤッとしたものが僕の心の中に舞い込んだ。

「はい、第三問! 今お前は何を思った!?」

「え、いや、モヤッとしたものが……」

「正解だ!!」

 がしっと肩を勢いよく掴まれる。どうでもいいけど、樹のテンションが高すぎる。

「……今のが正解なの?」

 僕の問いに樹は何も言わずベンチから立ち上がり、空になった缶ジュースを軽く投げ飛ばす。カランカランという音を立て、見事ゴミ箱の中へとそれは投げ込まれた。野球部に入ればよかったものを、と思わざるをえないピッチャーさながらの投球である。

「人はそれを『ヤキモチ』と呼ぶ」

 樹は振り向かずにそう言った。……そうなのだろうか。

「それはつまり、少しでもお前が浅海に気がある証拠だ」

 そう――なのかもしれない。

 樹は振り返り、

「今はそれでいいんじゃね?」

 親指をグッと立てて、悪戯っぽい笑みを見せる。

 その言葉に、心がストンと落ち着いた気がした。

 そうか、確かにそうだ。今はそれでいいんだ、と。

「――うん。樹、ありがとう」

 僕は素直にお礼を言った。すると樹は少しはにかんでから、

「じゃあ、今から浅海に会ってこい!」

「え」

「『え』じゃねえ! ほら、行ってこい! 何の為に嘘まで吐いたかわかんないだろうが!」

 僕の飲みかけのりんごジュースを分捕り、背中をバシバシ叩かれる。

 まだジュース残ってるのに……ではなく、何だって? 嘘って一体……。

「とにかく行け!」

「う、うん……」

 樹の勢いに負けてついつい頷き、僕はバッティングセンターを後にする。バシンっと扉を閉められて、僕は一人寂びれた建物を仰ぎ見た。

 結局。

 樹の話はどこからどこまで本当で、どこからどこまで嘘なのか、後にも先にも知ることはできなかった。

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