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4.擦れ違う二人

 翌日の放課後。僕はさっそく事の真相を確かめに、浅海さんのクラスへと猛ダッシュして向かった。

「おい慎太! 何事だよ、お前が本気で走るなんて!」

 途中、樹が何やら声を掛けてきたけど今は彼女と話すことが先決だ。すたこらと樹の横を通り過ぎ、彼女の教室の前で止まる。中からはバラバラと帰宅しようとする生徒で溢れていた。その中に丁度、友人と帰宅しようとする浅海さんの姿を目に捉えた。

「浅海さん、話があるんだけど」

 僕は躊躇うことなく、真っ直ぐ彼女に向かって言った。

 彼女は一瞬驚いた表情をしてこちらを凝視すると、かなり複雑そうな何とも言えない表情に切り替わって、ゆっくりと頷いた。

「……ふーん、この人があんたの?」

 浅海さんの友人らしき女生徒が小声で呟き、僕をジロジロと見回す。一体『あんたの』何なのだろうか。訝しんでいると、急に浅海さんがゴホンとわざとらしく咳払いをした。

「話なら校舎裏で聞くから」

「愛子、そこはやめた方がいいって。意外と人目に付きやすい場所なんだから。現にあんた達、色々と噂が立ってるし」

 あいこ――やはり浅海さんは、あの『愛子ちゃん』だったのだ。もうこれは確信ものだ。というか、噂って一体どんな噂だろうか。

 浅海さんは少し不満気な表情で友人と思われる女生徒を一瞥すると、「尾上くん、一緒に帰りましょう」と言って、廊下を一人でスタスタと歩き出してしまった。

 しかし女生徒はそんな彼女の態度に気分を害することなく、やれやれと言って肩を竦めるのみ。そして僕にチラリと視線を寄越し、

「とりあえず、愛子のことよろしくね」

「はあ」

 途端、彼女がブッと吹き出した。僕はただ意味もわからず返事をしただけなのだが。

「ハハハ……いや、何かごめん。早く愛子んとこ行ったげて」

「はあ」

 納得行かずに返事をすると、彼女はまたも吹き出した。「ナイスな人柄だね、あんた」と笑いを堪えながら言う彼女に、僕は全く嬉しくなかった。というか失礼でしかないではないか。



 ずんずんと歩く浅海さんの後ろを、僕はどうしたものかとついて行く。学校を出てからこの距離感を保ちつつ、二人無言で歩いていた。彼女はどこに向かうのか。何となく予想はついていたけれど、やはりそうかと立ち止まった。

 大きな大きな桜の木――

 桜は散り始め、少し寂しくなっているけれど。

 僕のお気に入りの場所。

 目の前の彼女は、長い黒髪をサラサラと風に靡かせて桜の木を見上げている。

「……愛子ちゃん――なんだよね?」

 僕はそっと声を掛けた。彼女はゆっくりとこちらを振り向き、

「そうよ――慎太くん……」

 目を細めて微笑んでくれた。ふわっと懐かしさが込み上げてくる。

 昔、彼女は確かにここにいて、僕も確かにここにいたのだ。

「でも、勘違いしないで!」

「え?」

 急に真っ赤な顔で怒り出す愛子ちゃん。

「昔の約束を覚えててここに戻ってきた訳じゃないから!」

 はあはあと息を切らしながら叫んだ言葉に、彼女も昔の約束を覚えていたことに少し感動した。

「そっか――愛子ちゃん、昔の約束覚えてたんだね」

「うぅっ……」

 何故か呻きながら、耳まで真っ赤になる彼女。

「でも、昔はもっと素直だったのに」

「うるさい! っていうか本当に事実を述べたまでよ!」

 まあ確かに、いくら何でも僕の為にここに戻ってきてくれたとは思わない。そこまでの価値が僕にあるとも思えないし。

 すると彼女は胸に手を当て、大きく深呼吸してから不安げな視線を僕に向ける。

「……父の仕事の関係で、またここに戻ってきたの。その時、期待したのは事実。慎太くんに会えるんじゃないかって」

 急にしおらしい態度になる彼女。どれが本当の彼女なんだかわからなくなってくる。

「まさか……同じ高校にいるとは思わなかったけど。私、あなたの名字知らなかったのよね……」

 不貞腐れたように頬を膨らませる。

「え、そうなの?」

「あんただってそうでしょ!」

 確かに。母は知っていたようだが、僕は『愛子ちゃん』という名前しか知らなかったように思う。家は近かったが、学校はぎりぎりの区切りで別々の場所だったのだ。しかも一緒に遊んだ期間は半年あったかなかったかといったところだろう。僕の家も以前とは違う場所に引っ越してしまったし、わかるわけがない。

「『慎太』なんて、よくある名前だし……」

 僕をちらりと見て、彼女はまたもや頬を赤く染め、

「そ、それに、慎太くん……か、かっこ……よくなって……」

 あまりにも消え入りそうな声で、後半が全く聞こえなかった。

「え、なに?」

 耳に手を当て、近づこうとするが彼女は瞬時に引き下がる。

「な、なんでもない! とにかく、最近あんたが慎太くんだって気付いたから声を掛けたの! でも、あんた私のことに全く気付かないもんだから、思わず引っ叩いちゃったのよ!」

 そんな偉そうに踏ん反り返られても困る。

「何で気付いたの?」

 当然の質問だ。恐らく僕なら一生気付かなかったに違いない。

 愛子ちゃんは腰に手を当て、溜息を吐く。

「高橋……いや高峰……だっけ? あの人女子の間でなんか人気みたいで。慎太くん仲良いでしょ? いっつも女子にキャーキャー言われてる彼の隣にいるもんだから。なんか気になってたの」

 きゃーきゃー言われている樹ではなく、その隣に立つ地味な僕に興味を持つところから彼女の感覚が人とズレていることが伺える。僕を好きだったということにも得心がいくというものだ。

「名前も慎太だったし、友人を通してあなたのこと調べさせてもらったの。そしたらもう、あの慎太くんに間違いない! ってね」

 僕をビシッと指差し、笑顔になる愛子ちゃん。そして桜の木を見上げる。

「この桜の木の場所だけは覚えてたんだ。慎太くんに教えてもらったんだよね……」

 長い髪がさらさらと揺れる。

 本当に――綺麗な黒髪だ。

「……ねえ、慎太くん。昔みたいにまた仲良くしてくれる?」

「もちろん」

 僕は躊躇うことなく頷いた。断る理由もない。

「ありがとう。でも、あのね。その……告白のことなんだけど……!」

 彼女は頬をりんご色に染めて、何やらそわそわしだした。告白――高校生になったら結婚しようという約束のことか。きっと「本気にしないでね」と釘を刺したいに違いない。子供の時というのは、思い出すと自分でも信じられないような発言や行動をしているものだ。

「大丈夫、わかってるって」

 僕の言葉に、愛子ちゃんは嬉しそうなそれでいて戸惑うような表情でこちらを見た。

 だから僕は思いきり笑顔ではっきりと言ってあげた。

「昔みたいに、ずっと仲の良い友達でいよう!」

 その瞬間。

 彼女の目が点になった。何故だかわからないけど、本当にその表現がピッタリの表情だったのだ。それから俯き、体をわなわなと震わせて、

「あんたなんか、大っ嫌い!」

 ばちーん! と彼女の平手打ちが、桜の木の下でこれでもかというほど大きく響き渡ったのだった。

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