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2.罵りに隠された思い

 意味がわからない――

 僕は首を傾げながら学校へと向かっていた。結局、彼女は僕にビンタを喰らわせた後、ぷりぷりと一人で怒りながら帰ってしまったのだった。彼女の名前もわからないまま僕はその日、痛む両頬をさすり続ける嵌めになってしまった。そして家に帰るなり僕を見た母は、何故か赤飯を炊き始めた。

 本当に意味がわからない――

 暖かい日差しを浴びながら空を見上げる。春は好きだ。穏やかな気持ちになれるし、桜の花も好きだから。僕の家の近くには昔から大きな桜の木があって、そこは小さい頃からのお気に入りの場所だった。

 僕は一旦歩みを止めて思いきり伸びをした。

「よお、慎太しんた!」

 すると突然、背中に衝撃が走る。不意打ちもいいところだ。僕は思いきり咳込んだ。

 昨日からなんだと言うんだ、一体。

 しかし今回は相手の正体を知っている。

「……いつきか」

 僕の言葉に彼――高峰樹たかみねいつきはニカッと歯を見せて笑っていた。

 年中肌の黒いサッカー部のエースである。性格はかなり明るくて社交的な、僕の数少ない友人の一人だ。中学校からの付き合いで、何故か地味な僕と友達をしてくれている。

「相変わらず面白いな、お前」

「どこが」

 ただ学校へと向かっていただけの僕のどこが面白いというのだろうか。

「いや、首傾げながらゆったり歩いてると思ったら、空見上げて急に立ち止まって伸びしたりするもんだから」

 別に面白くもなんともない気がする。僕は肩を竦めて再び学校へと歩み始める。樹も横に並んでついて来る。

「それよりさ、オレ昨日見ちまったんだよなあ」

 自分から振った話題をさらりと変えて、樹はニヤニヤした笑みを浮かべてそう言った。

「気持ち悪いよ」

「傷付くだろが。じゃなくてだな、慎太。お前昨日、浅海あさなみと一緒にいただろ」

 誰のことだろうか。

「校舎裏に向かってたよな。一体何してたわけ?」

 樹は相変わらず気持ち悪いにやけ顔を僕に向ける。しかし、彼の言葉で浅海という人間の正体に気付いた。

「ああ、長い黒髪の彼女のことか」

「え、何お前。名前、知らなかったのかよ」

「うん」

 樹は深い溜息を吐いた。

「野球部のマネージャーやってて結構モテるんだぞ、あの子」

「確かに。あの髪の長さは本当に感心するよ」

「……なんかズレてね?」

 何故か呆れる樹に、僕は質問する。

「彼女、同級生?」

「ん、そうだけど……っていうかマジで何話したんだよ、名前も知らない彼女と」

 訝しげな顔で聞いてくる樹に、僕は少し唸った。大嫌いと告げられ、ビンタを喰らわされた――とは、さすがの僕も言い難い。彼女の体面にも関わることだし、理由がわからない以上、ベラベラ話すことでもないだろう。

「適当に挨拶しただけだよ」

 樹は納得いかないといった様子だったが、僕の雰囲気を感じ取ってかそれ以上は聞いてこなかった。こういう気が利く彼の性格は助かる。樹になら話してもよかったかもと思ったが、とりあえずは彼女が僕を嫌いな理由を知ってからでも遅くはないだろう。と言っても、今後彼女が僕に近付いてくるのかどうかもわからないし、僕から近付くつもりもないから、忘れるのが一番かもしれない。

 ――などと言うのは、どうやら甘い考えだったようである。



「尾上くん、ちょっといい?」

 放課後になり教室を出るやいなや、噂の浅海さんが待ち構えていた。その笑顔は驚くほどに輝かしかった。

 周りの生徒の視線が僕達に向いている気がする。地味な僕に話し掛けただけで注目されるほど、浅海さんは学校の中で大きい存在ということか。

「浅海さんって、そんな笑顔もできるんだね」

 ぴくっと彼女の眉が吊り上がった気がした。

「いいから早く来て」

 輝かしい笑顔のまま、彼女は僕の腕を掴んでずんずんと歩き出す。僕はそんな彼女の長い黒髪を眺めながら、引きずられるようにしてついて行く。

 向かった先は、空き教室だった。

 ぴしゃりと扉を閉められて、僕は彼女と二人きりになる。

「何か用?」

 彼女はキッと僕を睨み付ける。先程までの笑顔が嘘のようだった。

「なんで平然としてんの、あんた!」

 彼女はまた昨日のように頬をりんご色に染めて叫ぶ。僕としては結構、驚いているつもりなんだけど。

「……ねえ」

 だけど浅海さんは、急にしゅんとした子犬のように僕を上目遣いで見つめてきた。

「私の名前……知ってたの?」

 何故か恐る恐る聞いてくる彼女に、僕は呆気に取られる。

「友達に聞いたんだよ」

「っ!」

 何故だろうか、悲しそうな表情だった。僕は何か言わなければと言葉を探す。

「あの、昨日のことは誰にも言ってないから」

 彼女は無言だった。見当違いなことを言ったのだろうか。

「私だって、一年間あんたのことなんか気付かなかったんだから……!」

「え?」

「大っ嫌い!」

 彼女は思いきりそう叫ぶと、扉を開けて教室を出て行ってしまった。

 もしかして、どっかで会ったことあるのかな――

 僕は茫然と立ち尽くすのだった。

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