第一章 会遇 Ⅱ
「何をしている、お前たちっ!」
エルネアの案内の先、行く手に見えた人だかりに向かってレオがそう叫ぶと、人だかりの面々はレオの方にびくつきながら振り返った。身なりからして、この辺りの農民のようであった。
「き、騎士さま……いえいえ、なんでもございませぬ」
農民の声に鼓膜を震わせながら、レオは、惨劇の場を馬上から一覧した。そこには二十人ほどの騎士たちの遺体が散乱していた。
「これはひどいな。恐らくキリシアを信じぬ雇われの荒れくれ者の仕業だな」
レオがそう考えたのには理由があった。騎士たちのほとんどは、石弓によって倒されていたのである。石弓は、分厚い甲冑を貫通する強力な武器であるが、キリシア教徒がキリシア教徒に使うのを教会が禁止している武器であるからであった。全うなキリシア教徒のすることではなかった。
騎士の遺体の他に、馬を殺された四台の馬車が、道に転がっていた。農民たちは、恐らく騎士たちの遺品や、これらの馬車に積まれていた高価な品々に手を出そうとしていたに違いなかった。そんな農民たちをレオは軽く睨み付けながら、馬車の一つに、ハルガリア王家の紋章が大きく表してあるのを見て、レオたちは少女の言葉が真実であることの確証を得た。
「よし、お前たちは王女を探せ。それから、そこな農民よ」
ユルギスたちが、周囲を調べ始めたのを確認してからレオは農民たちに向き直った。
「はい、なんでしょうか騎士さま」
「これを受け取れ」
レオは懐から、数人いる農民たちに一人に一枚づつ金貨を投げ渡した。
「はっ……?」
地面に無造作に放り投げられた金貨を手にしてから、農民の一人が軽く歯を立てて、それが本物であることを確かめ、そして次に驚きながらレオに尋ねた。
「こ、これは……ほんとうに頂いてよろしいのでしょうか?」
「構わない。ただし、この騎士たちの遺品には手をつけず、埋葬する準備をしていろ。後で別に人も寄越す。……万が一、この遺体の遺品に手をつけるようなことがあれば……」
「お優しいのですね、殿下」
農民たちを威嚇するように剣の柄に手を掛けたレオの直ぐ後ろで、少女の悲しい声が聞こえた。少女の立場からすれば、仲間の死であり、それは当然と云えた。
「リヴォニア人は勇士の国だ。例え異教徒でも主の為に死んだ勇士に敬意を払うのは当然だ」
レオが少女の言葉に毅然と答えていると、ユルギスがリヴォニア人一同を代表してレオに報告した。
「イーダ王女はどこにもいません」
「誘拐されたか、逃げ延びたか……」
レオがそう呟いたその時、道の脇にある林の当たりを調べていたリヴォニア人の一人が叫んだ。
「殿下、こちらに枝を踏んだ跡がございます、そしてこの先の木々には石弓が刺さった跡が……」
どうやら、王女は林の中へと難を逃れたようだった。
「ここからは危険だ。お前はそこで待っていろ」
レオは自分にしがみついている少女に向かって、そう云った。この林の先には、明白な危険が、形を成して襲い掛かってくるに違いなかったからである。
「……はい。どうか、どうか殿下のことをよろしくお願いします、レオ殿下」
少女は少しだけレオの言葉に反発しようとしたが、結局は、目の前の異教の王子に従うことにしたのであった。
「もちろんだ」
レオは少女を馬からおろし、フードから微かに覗く、銀髪を垣間見ながら強く答えた。
ところで、シリーズ化という機能がついていたのですね。知りませんでした。
この"ルブレシア戦記"は第一巻としてこれ一つで話として完結させてしまおうと思っています。分量的には小説一冊分、1600字の原稿用紙で90枚ぐらいになる予定です。(現在43枚目)
お読みいただいてありがとうございました。
感想等おまちしております。