第四章 玉座の選定Ⅵ
議長によって、極秘裏にルブレシアの主だった貴族に召集が出されたのは、ブリュンヒルトとユルギスたちが会談した翌日のことであった。
この召集は議長の発案ではなく、ブリュンヒルトの要請を受けてのものであり、その旨は事前に伝えられていた。
「皆さま方に質したいことがあるのです」
開会が宣言されるなり、ブリュンヒルトは、一声を上げ、そこで参加者全員を見渡して続けた。
「イーダ王女の婚姻相手を臣下である皆さま方が勝手に決めようとしているとお聞きしたのですが」
「そ、それは……」
ブリュンヒルトの言葉は、貴族たちの動揺を誘った。ブリュンヒルトは明らかにイーダを支持していることがこの発言で明確になったからである。今までイーダの即位を保証していたのは帝国との戦争に国力を傾けているハルガリアと、異教徒の公子レオ、そして兵権を握るがまだ若いアンジェだけであり、イーダには『ルブレシア女王』たる権威が不足していた。それ故に、その権威を与えることができる自分たち貴族の発言力を、ここにいる貴族たちの多くが疑っていなかったのである。だが、聖女が支持することの『権威』は、蛮国の貴族の支持とは比べ物にならない価値があり、貴族たちは自分たちの発言力がこの瞬間にほとんど奪われたことを悟ったのである。
「それで本当にルブレシアの平和が保たれると思っていらっしゃるのですか?」
「……というと?」
ブリュンヒルトに尋ね返したのは、イーダの結婚相手にも上がったポメラニア候である。
「本当は皆さま方にはお分かりなのではないですか? このままイーダ王女とルブレシアの貴族のどなたかが結婚しても、ルブレシアがハルガリアの属国に成り下がってしまう」
「だが、イーダ王女を単独の統治者とするよりはずっとマシだろう」
憮然とした様子で強い口調で云ったのは、ポメラニア候ではなく、彼よりも高齢で、やはりイーダとの結婚相手に上がったマゾフ公である。
「いるではありませんか」
ブリュンヒルトは、ここでじっくりと貴族たちの顔を見渡した。その視線を浴びた貴族たちは自然と、見かけだけならば少女と女の間の聖女に威圧感を感じた。場を掌握したことを確信してブリュンヒルトは続けた。
「一人だけ、イーダ王女と結婚することでハルガリアに対抗できる男が」
「それは一体?」
貴族の一人が尋ねると、ブリュンヒルトは指を数え折ながら、その男について語っていく。
「その男は非常に頭が良く、武芸に秀で、そして今回の内乱に際して最大の功績を持つ方です」
「それは……」
この段階でこの場にいる全員がブリュンヒルトが誰のことを言っているのか把握した。そして、それと同時に、驚きが、あるいは納得が波紋となって場に広がっていった。
「だが、レオ殿下は異教徒だろう」
驚きの波紋を代表したのはマゾフ公だった。だが、その言葉に対してブリュンヒルトは完璧な回答を用意していた。
「ルブレシアの法は異教徒との婚姻を承認しているのではないですか? 過日、あなた方の議長が私にそう主張したと思うのですが」
「ぬぅ……」
過日の異端審問において出た話を持ち出され、マゾフ公はぐうの根も出なかった。『異教徒と結婚を望んだ貴族』、というのが、実はマゾフ公の家臣に当たる人物だったからである。
「だが、それでは今度はルブレシアはリヴォニアの属国になってしまうのではないか?」
黙り込むことしかできなくなったマゾフ公に代わって議論を続けたのは、ポメラニア候だった。
「その危険性がないとはいいません。が、それはあなた方の努力で回避できると考えます」
「なぜそう考えるのですか?」
「ハルガリアは大国であり領土の隅々までハルガリア王の統治が良く行き届いています」
ブリュンヒルトは、いまいちわからない顔をしている貴族たちに続けた。
「一方のリヴォニアは版図は強大で人口も多いですが、大公国と云ってもそれは教皇聖下がお与えになっただけの名。実際には多くの部族が入り乱れる土地で、リヴォニア大公家が直接支配している部族はたかが知れています。リヴォニアは国内を纏める為にルブレシアを必要とする筈です。決してぞんざいには扱わないでしょう」
「だが、ハルガリアとて我らを必要としている筈だ。それ故に、ハルガリアはルブレシアと同盟を結んできた筈だ」
「それは対等な同盟でしたか? ルブレシアは帝国と戦争をして何かを得ましたか?」
その言葉は真に迫っていた。優れた軍人であるジグスムント王でさえハルガリアの半ば走狗として戦争に参加させられ、そして戦死してからまだ一月も経過していないのである。
「なるほど、確かにルブレシアが付き合うべき友人はハルガリアよりリヴォニアのように思えますが――」
ポメラニア候は質問の方向性を変えてブリュンヒルトに尋ねた。
「我々はレオ殿下の人柄を良く知っております。彼は良くルブレシアを治める能力を持っており、ここルブリンでも人気があります。しかし、異教徒の彼を王に迎え入れて我々やルブリン市民以外のルブレシアの国民がレオを支持しますかな?」
この問いは重要なことであった。反リヴォニア感情が強い、ルブレシア南部の貴族たちの発言力は先の内乱によって奪われていたので、抑えることができる。しかし、リヴォニアと聖十字軍の戦争に巻き込まれたのは貴族たちだけではない。その住民も同様なのである。彼らの反リヴォニア感情を和らげないことにはレオがルブレシアの統治に関与しても良いことがなさそうに思えるからである。
「その点に関しましては私に考えがあります」
ブリュンヒルトが自身を持って即答すると、自然、ポメラニア候はその考えについて尋ねた。
「それをお伺いしても?」
「それを打ち明けることはできません。が、先の戦争までは元々、ルブレシアの南部も反リヴォニアという訳ではなかったはず。きっかけがあれば、レオ殿下をきっと受け容れるはずです」
「わかりました」
ブリュンヒルトは考えを明かすことを断ったが、ポメラニア候はあっさりと引き下がった。意外なことにその顔には特に不満の色は見えなかった。むしろ、ポメラニア候の対面に座しているマゾフ公の方が明らかに不満げな表情を浮かべていた。
「他に質問のある方はいらっしゃるかしら?」
ブリュンヒルトは敢えてマゾフ公に直接話しを振らずに、もう一度貴族たちを見渡した。沈黙が一瞬降りた後、次に発言をしたのは議長だった。
「わしは、いくつか条件をつけて、このブリュンヒルト様の提案を受け容れようと思う」
マゾフ公ら一部の出席者から憎憎しげな表情を向けられた議長は、それらを静かに跳ね返しながら続けた。
「無論、わしの独断で決めるつもりはない。きちんと今から決を取り、法に則り毛メルつもりだ」
議長の言葉に、マゾフ公は反論の余地は無かった。議長が、一同に決を取ると、大部分の者が挙手した。
「では、これからルブレシアからリヴォニアに要請する条件を纏めるとしよう」
会議は、この言葉の後もしばらく続いたが、リヴォニアに対する条件はごくごく一般的な主権の温存を中心とするもので特に無理難題が課されることがなかった。
ここに、ルブレシアはリヴォニアとの政略結婚を承認した。
思ったより長引いています、玉座の選定ですが、実際後3話は玉座の選定になるのかなぁ・・・・・・