第四章 玉座の選定 Ⅲ
ユルギスはレオの元から退出すると、自室に戻った。明日は朝から残してきた野営地での仕事が残っているので、着替えだけを行って、直ぐに床に着いた。
「ユルギス様」
手伝いドア越しに、ルブレシア人の手伝いに声をかけられた。遅い時間には休むように言ってあるので、これはこのような時間に珍しいことだった。
「こんな時間にどうしたのだ?」
話を聞くと、ユルギスの元に、変わった訪問者が現れたのである。ユルギスは驚きながらも、恐らく彼女が自分の欲する情報を持っているに違いないという確信をもって迎い入れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
手伝いが連れて来たのは、ユルギスと同じ土色の髪をした、小さくて愛らしい少女だった。
「よく訪ねて下さった、エルネア殿」
「いえ、このようなお時間に申し訳ありません、ユルギス様」
「それで今日はどんな用件かな?」
「はい、それなのですが……」
そういうエルネアの視線は、温かい飲み物を持ってきた、手伝いに向けられた。ユルギスはそこで察して手伝いに言った。
「もう遅いし、君は休みなさい」
「かしこまりました。ユルギス様」
頭を下げつつ退出するとき、手伝いは含みの笑みを浮かべた。仕事一辺でレオと共に鍛錬や狩りに励んでばかりいるユルギスが、イーダ王女の侍女を夜遅くに連れ込んでいるということに思わず出てしまったものだった。
「誤解しているようだが、やましいことは何にもないぞ」
その言葉が喉の一歩手前まで出かかったが、かえって良くない結果を招くことになるだろうことが簡単に予測されたので、ユルギスは結局何も言わないで於くことにした。
エルネアの方を見ると、彼女の方もどういう想像をされたのか察したらしく、顔を赤らめて身を固くして、ひざの上で小さな手をぎゅっと握り込んでいた。
「えー、それでどういう用件で来たのかな?」
ユルギスができる限り優しそうな声色を選んで再度尋ねるとエルネアは、姿勢を崩すことこそしなかったものの、はっきりとした口調で逆に尋ねた。
「は、はい。ユルギス様は、イーダ王女がルブレシアの貴族の方々に結婚させられそうなのはご存知でしょうか?」
「知っているが、その情報はどこから?」
「今日、アンジェイ様に教えていただきました」
ユルギスの想像以上に、アンジェイはこの件に関して積極的に動いているようだった。元々アンジェイは先王の遠征に同行する前は、レオと気が合う仲ではあったが、特に深い関係でもなかった。それにも係らず、なぜアンジェイがここまで動いているのか、ユルギスは不思議に思った。
「ふむ……そのことについてイーダ王女は?」
だが、そのことは胸のうちにしまい、目の前の少女に対して尋ねたのは別の事柄だった。
「それが……ただ一言、『そう』とのことでした」
「なるほど……」
ユルギスは貴族とは名ばかりの家の出だった。それにも係らず王子であるレオに良く接して貰い、能力に対してはともかく家柄に対しては過分といってもおかしくない知遇を得ている。それ故に、いささか”王家の格”のような物を重視する姿勢が欠けてしまっていた。それはユルギスを重宝したゼリグやレオ、貴族の娘でもないエルネアを侍女にしたイーダにも共通のものだったが、それでも王族であるゼリグやレオ、イーダには王家としての一線のようなものを守らなくてはならない呪縛の存在を理解していたのである。
「イーダ殿下は大恩のある私の主ですし、レオ殿下は命の恩人でもあります。私はお二方に幸せになって頂きたいのです」
エルネアの言葉に、ユルギスは力強く頷いた。
「エルネア殿の気持ちはよくわかった」
その言葉を聞いて、エルネアは顔を明らかに綻ばせた。そのにこやかな様子に、思わずユルギスは口が軽くなってしまった。
「俺も同じ気持ちだ。我が主にふさわしい女性はイーダ殿下以外にありえない。レオ殿下に深窓の令嬢が似合うとは到底おもえん」
「それは……イーダ様に対して少々失礼なのでは……? イーダ様だって深窓の令嬢のような慎ましいところはございますわ」
そう少し嗜めるような台詞をいいながらも、エルネアの顔は始の話をする前の様子からは想像もできないほどに朗らかなものだった。
そんなエルネアにユルギスは強く親しみを覚えたが、一度声を真剣な色合いのものへと戻した。
「実はレオもイーダの結婚を知っても動こうとしない。俺が進言しても駄目だった。殿下はただ諦めているだけだ」
「そんな……」
レオもイーダと同様に動こうとしないことを知り、エルネアは表情を暗くした。だが、ユルギスの中には既にこの状況を打開するための考えが浮かんでいた。
「しかし、俺はレオとイーダの関係を支持していた人間を一人知っている。そしてその人ならば二人を結ばせることができるかもしれない」
実のところ、エルネアにはその人物に心当たりがあった。それでも一応、エルネアはユルギスに尋ねた。
「……その方とは?」
「キリシアの聖女ブリュンヒルト様だ」
やはりか、とエルネアは思った。それはエルネアも考えていたことではあった。だが、エルネアはユルギスの知らないことを知っていた。ブリュンヒルトは自身は動かず、自分とリィナを使ってルブレシアの市民を扇動し、戦争に巻き込んだのである。ブリュンヒルトが必ずしも清廉なだけの人物ではないということを、エルネアは感じ取っていた。そして、ただのか弱い女の子であり、特に駆け引きが上手いわけでもないエルネアは、気持ちが心の中で小さな泡粒となり、顔の表上に浮き出させていた。
「エルネア殿には何か異議がおありのようですが?」
それを察したユルギスの問いに、エルネアは誤魔化すように答えた。
「いえ、私もブリュンヒルト様ならば力になってくれると思います」
ユルギスの方も、エルネアがブリュンヒルトの名を聞いたときの表情の変化は気になっていたものの、エルネアのその言葉には嘘があるように思えなかったので、さきほどのエルネアの表情のことはひとまず忘れることにした。
「では、できる限り早く、共にブリュンヒルト様のところへ伺いましょう」
「……私のような侍女が訪れても良いものでしょうか?」
エルネアが恐れ多いといった風に尋ねると、ユルギスはにこやかに応えた。
「きっと、レオに近しい俺だけよりもイーダ王女と近いしい貴女も居られたほうがいいでしょう」
「わかりました。それではご一緒に伺います」
頷くエルネアを見て、ふとユルギスは思いついたように言った。
「今日はお一人で来られたのかな?」
「はい。殿下の周囲にはヤノーシェ陛下の息がかかった者も多いので……」
ユルギスはエルネアの言葉に納得を覚えた。ハルガリア王ヤノーシェはルブレシア軍が撤退してからも帝国との戦いを継続していた。彼からすればこれ以上、ルブレシアで余計な問題が起こって欲しくなく、妥協的にルブレシアの貴族とイーダを結婚させようと考えている可能性は十分にあった。
だが、それはそれとして、ユルギスがエルネアに一人で来たか尋ねた理由は別にあった。
「今日はもう夜も遅い。私が城まで送ろう」
「そのようなお手間を取るわけには……」
ユルギスの提案にエルネアは畏まって答えた。
「貴女が心配で私が眠れなくなるのですよ」
そんなエルネアに苦笑しながらそう答えてから、ユルギスは自分が何を言ったのかに気がついて微かに顔を赤らめた。この時、ユルギスは主に似て、自分もまた不器用であることを知ったのだ。
「はい……わかりました。それではお願いいたします……」
そして、そんなユルギスの様子を察して、純朴な少女の方も照れ笑いを浮かべたのだった。
らららー
しばらく暇なので次の更新は一週間以内でできそうです。
自分の小説って客観的にどういう出来栄えか良くわからないんですよねぇ……全体のプロットがつまらないか面白いかは割りとわからんでもないんですが、それを表現する文章がねぇ……
あとは自分で書いたヒロインってまったく可愛く感じないんですけど、やっぱり上手い人は自分で書いたヒロインが可愛いと感じることができるんですかねぇ……。