第二章 騎士試合 Ⅳ
「ああ! 神聖なる騎士試合に異教徒が出場することになるとは……聖女様は何をお考えになっておられるのか」
レオとイーダが話している真横に、いつのまにか、あのイラノフが姿を見せていた。イラノフもまた、イーダと同様に既にレオが騎士試合に参戦することを知っているらしかった。
「まったくだ」
「ブジャル候の云うとおりです」
ブジャル候と一緒に居た、二人の学生も、イラノフの言葉にそう追従した。
「なんだ? 今日は取り巻きを連れてるのか」
レオとイーダは二人ともはじめはイラノフを無視しようと思ったが、イラノフが二人の進路を塞ぐように立ちふさがると、いやいやながらもレオはイラノフに云った。それでも別にレオの方から好意的に会話を始める理由はまったくなかった。
「異教徒の分際で神聖なる建国祭の騎士試合に出場しようとはどのような了見だ?」
レオの台詞を無視して、整ってはいるが、相変わらず陰湿なものが滲む表情をレオに近づけてそう囁いた。
「なんだ、お前、俺に負けるのが怖いのか?」
平然とレオがそう返すと、イラノフはくっくっく、と、人を見下すように笑った。
「何を……貴様、去年の結果を知っていてそう云っているのか?」
「ああ、前年の準優勝はお前だったな、イラノフ」
ルブレシアの建国祭の騎士試合は、団体戦である。出身地ごとに分かれて二組に分かれ戦うのだ。そして、その中で最も優れた騎士を表彰するのである。昨年はアンジェイというルブレシアの鍛冶屋の息子がその知略と剣技で優勝していた。イラノフはアンジェイとは逆のチームのリーダーで、五人を倒す武とアンジェイの攻勢に長時間対応して見せ、準優勝という結果に甘んじていた。イラノフとっては準優勝自体に思うことは少なかったが、最後の局面でアンジェイに数合打ち合っただけで敗れたということが一番気に喰わなかった。
「アンジェイとの一騎打ちは中々見ものだったらしいじゃないか?」
レオはイラノフの性格から、イラノフがアンジェイとの一騎打ちの結果に対して粘着しているのを予測していて、わざとそのように口にした。
レオの言葉に、イラノフは口元をピクつかせた。
「前年の優勝者のアンジェイは今、帝国との戦争に出ている。今年は俺が優勝さ」
「まぁ、せいぜいそう思っておけ」
レオとイラノフはそのまま睨みあったが、やがてどちらからとなく、歩み始め、互いに背を向けた。
建国祭の、十日前のことであった。
この翌日、聖女ブリュンヒルトによって、イラノフを東部軍の司令官に、レオを西部軍司令官に任じるという通達が行われたのであった。出身地別に出場者を分ける騎士試合において、リヴォニアと戦争をすることが多かった東部出身者と、レオが分けられたのはブリュンヒルトの配慮であった。
☆ ☆ ☆
建国祭の当日は晴天であった。隣国との戦争は当然、続いては居たが、それでも名君と称される王による統治は良く、人々は祭りに活気を割けるだけの余力を持っていた。
この祭りはルブリン司教を兼任することになった聖女ブリュンヒルトと王の代理として、隣国ハルガリアの王女かつルブレシアの王位継承者であるイーダの挨拶によってつつがなく始まった。それどころか、美しい女性である二人の挨拶に、ルブリンの男たちは大いに盛り上がった。朝だというのに、そのまま酒に手を出し、騒ぐものさえ居た。
そんなルブリン全体が既に盛り上がり始めている中、郊外に出て真剣な顔をしている集団があった。騎士試合に出場する集団の内、レオが指揮する、リヴォニア人とルブレシア東部の出の者から構成された一団であった。
「それで、レオ殿下、作戦はどうなさるのですか?」
丁寧に、特に裏を感じさせぬ風で、ルブレシア貴族の子弟がレオに問った。恐らくイラノフのような反リヴォニア感情とは無縁なのだろうな、とレオは思った。
「作戦が洩れるから、直前までは伝えぬ、ということでしたが……」
レオがそう云ったのは無理からぬことであった。一般的にはいくらルブレシア西部の貴族や住民はリヴォニアに対して好意的だとは云え、異教徒のレオに指揮されるのを嫌う内通者が出ないとも限らなかったからである。
「作戦を披露する前に、まず全員に問いたい」
レオがことさら真剣な表情をしてそう告げると、ルブレシア人たちは緊張を走らせた。既に作戦を知っているユルギスらリヴォニア人たちだけは、特に緊張した風もなく、レオの話もなぁなぁに聞いている。
「この騎士試合が終わった後、女性と約束がある者は手を挙げてくれ」
予想もしなかった質問に、ルブレシア人は緊張を解かされた。そしてそれから、この異教の王子は何を云っているのだろう、と顔を見合わせあっている。
「戦いが終わった後の、貴婦人とのひと時、それが君ら”騎士”の楽しみなのだろう?」
レオが”騎士”と殊更に強調して見せたのは、レオがイーダに云ったように、レオの祖国、リヴォニアには騎士と云う概念そのものがないのであった。もともとが騎馬民族を祖とするから、馬に乗るのが特別な階級であるという概念が生まれなくても当然ではあった。
「いいから挙げろ」
レオの声自体に張りがあるのももちろんだが、リヴォニア人であるレオのルブレシア語はしばしばきつい発音に聞こえてしまうことがあった。今回がそれであった。鋭く怒鳴られたようにも感じて、一人が手を挙げると、
そこからぽつりぽつりと手が挙がっていき、最終的にはほぼ全員が手を挙げる形になった。
「さて、本題に入ろう」
挙がった多くの手を見て、満足そうにレオはそう云って、一度その話は打ち切り、作戦の概要を述べ始めた。
「今回、我々には軍馬が不足している。理由は簡単だ。陛下が戦場に根こそぎお連れになったからだ」
もともと、森林が多いルブレシアには馬の産地が無く、軍馬不足はこの国の常態であった。それ故、”騎士階級”に属する者でさえ、馬を持っていないものが多く、そう云った者は徒歩で参戦するのが常であった。それに加えて、ルブレシア中の馬と云う馬は全て、ルブレシア王が帝国との戦争に駆り出していたのだから、騎士試合に回す騎馬がいないのはやむを得なかった。
「我がリヴォニアが提供した軍馬も、百騎足らず。イラノフの方にも半分貸さなくてはならないから、我らの騎兵戦力は五十騎だ。残りの百人には徒歩で参戦してもらわなくてはならない。……騎乗する人員は正当な議論の末に決まった。いまさら依存はないな?」
騎馬のうち、十騎は、ルブレシア人よりも馬術に優れているリヴォニア人たちに当てられ、残りは比較的騎馬の扱いに慣れているルブレシア人を四十人ほど選抜したのだった。ルブレシア人からすればリヴォニア人に優先的に騎馬を分配されたように感じるかもしれない配分だったが、リヴォニア人が馬上の人として自分たちより優れているのは自覚していたし、何より騎馬を提供したのはリヴォニア人たちであった。したがって、この場でいまさらそのことについて不満を述べる者は一人もいなかった。
「作戦はシンプルだ」
不満が出ないのを確かめてから、レオは座り込んで地面に右、中央、左の間隔が綺麗になるように、三つ石を置き、その三つの石に向かい合うように少し放して同じように三つ、石を並べた。
「強力な騎兵戦力を右翼に集中させ、敵陣を突破。反転して敵の背後を突くというものだ。敵は生真面目なイラノフのことだ。基本に忠実に騎兵を両翼の2ヵ所か中央を含めた三ヵ所に集中するに違いない。相手の騎兵が二十五人としてこちらは五十負けはしない。徒歩の者がいることを考えても、その程度問題にならないぐらいに、騎兵は強い」
そう説明しながら、レオは手前の右にある石を動かして、その正面の石を弾き飛ばした。そしてそのまま勢いよく、奥の方の中央の石の背後にぶつけた。
「ですが……それでは中央と左翼に騎兵が居ません。これらの陣が突破されてしまうのではないでしょうか?」
先ほど、レオに作戦について尋ねた男がそう云うと、レオはその通りだ、と肯定した。確かに、その課題を克服しなければ、この策は成り立たなかった。
「そこで秘策がある。お前たち、何を持って参戦するつもりだったのだ?」
徒歩で参戦する者たちに向かって、レオが尋ねた。
「剣と盾ですが……」
「ダメだな」
ルブレシア人たちの答えに、ダメだしをするとレオはルブレシア人たちが反感を抱く前に、その理由を論理的に説明した。
「それは森林の多いルブレシアらしい武装だが、平野で戦うのには向かない。槍を持て」
これは、ルブレシア人たちもよく知っている事実ではあった。森林での戦闘が多いルブレシアでは、長い槍を木々に邪魔され、自由に槍を扱える空間が無い戦場が多く、ルブレシア人たちの主な武器は狭い場所でも扱いやすい剣、もしくは短剣と小型の盾であった。
「確かに、平野で戦うには槍の方が向いていると思うのですが……なにぶん、余り使ったことがないものでして……」
そうルブレシア人の一人が応えるとレオが、事もなげに云った。
「簡単だ。顔を狙って軽く突けばいい。戦う前に、貴婦人との約束があることをしっかりと思い出させてやってからな」
「えっ?」
レオの言葉の意味を、ほとんどのルブレシア人たちが理解し損ねたようだった。それを見て、レオはより詳しく説明した。
「お前たちのほとんどは貴婦人との約束があるのだろう? それは向こうも同じ筈だ。となれば、顔に傷が付くのは嫌がるだろう?」
「なるほど……」
感心したように頷くルブレシア人たちに、レオは軽く自信の黒髪を撫でながら付け加えた。
「まぁ、それだけで、徒歩で騎兵に勝てるとは思えないが、耐えるだけでいい。ようは俺の率いる右翼が敵の背後に回るまで持てばいい」
その言葉に、ルブレシア人たちは無言で、だが、強く頷いて見せた。
「勝てると思うか?」
レオは例の、作戦について詳しく尋ねてきた青年を呼び止めて聞いた。青年は、それに笑って答えた。
「あなたが負けることは今日だけでなく、一生ないのではないでしょうか」
どうでしょうか。
いえ、日曜日に更新しなかったことは本当に謝罪します。
しかし、前回は週2回更新できるなどと思いあがっていたのですが、僕の能力では週一回の更新が精一杯みたいです。
申し訳ないです。
感想等お待ちしております