それでも世界はまわるから
最初にそんなことを言い出したのは誰だったろう。
気づいたら、俺の頭は鮮やかなレモンイエローに染まっていた。
「てか、ありえねぇだろ!ふつー!!」
カラースプレーで髪染めるか!?―ぶつぶつ言いながら水道で髪を洗う俺もどうかと思うけれど。
水がレモンイエローに染まって、まるでグロテスクなレモンジュースだ。
「飲むなよ?」
「だー!アホか!?誰が飲むかよ!」
「モノ欲しそうに眺めてたくせに」
「お前いっぺん落としてやろうか!?」
おい!―怒鳴りつけてやったのに、あいつは答えた様子もなくけらりと笑う。
「お前にはできないね。ザンネンでした」
「遅れてごめん」
日の光を思わせるような声にはっと気づく。
目の前にはいつの間にか、お手拭と珈琲が置いてあった。
「私も同じものを」
「久しぶりだな」
ようやくそう紡ぐと、視線の合った彼女にあいつの顔が重なる。
「そうね。あいつがいなくなって、もう五年も経つのよ?」
「……」
俺が彼女に会わなかった月日は、否応なく、あいつと別れたあの日に繋がる。
黒服の群れ。
たなびく煙。
嘘のように笑うあいつの顔。
そして。
泣きはらした彼女の顔。
「会ってくれないかと思ったわ」
「お前が来いって言ったんだろ」
「あいつが、兄さんが望んでるからよ」
差し出された小さな包み。
伸ばした手の先で、それは支えを失って二人の間に落ちる。
小さな音。
机の上に零れたのは、シルバーのブレスレット。
あいつとお揃いで買って交換したんだ。
最初で最後の旅行だった、修学旅行で。
『次は指輪な』
『ばっか!どんだけ先の話だよ!』
忘れものだ。
あの日に残してきた約束。
俺の瞳から、知らず零れた涙が机を叩く。
「いいのよ、もう。あいつがいなくたって、女の子に戻っていいの。兄さんもそう望んでるから」
ブレスレットを握りしめて、俺、いや私は泣いた。
彼が逝ってしまったことを、今、初めて理解したように。
【三題噺】カラースプレー、おてふき、忘れもの