【さんじゅうさん】花咲く王宮**
2011.06.11
麦茶。
リヒト様と最近、遭遇していないと思っていたら案外リヒト様は本気でこの国の王様になるつもりのようだ。
当たり前だけれど……。
「瑠璃、私は今からセレモニ―の主催の準備に駆り出されるだろう。暫く会えないが待っていろ」
アル様が言った瞬間に、扉が静かにノックされて使いの者が、
「リュンヌ様、リヒト殿下の婚儀の件でお話が」
と頭を垂れた。
アル様はそれを冷たく見下ろして、一言返事をしてもう一度こちらを振り返り――微笑んだ。
「!」
驚いたけれど、なんとか微笑み返した。
なんてレア!!
今、今村瑠璃の永久保存キャパシティに新たに登録されたアル様の微笑み。
大切にしよう……。
「いってらっしゃいませ」
「ああ」
これから会えなくなると思うと、寂しいなぁ。
扉が閉まりアル様の髪の毛が見えなくなった途端に胸が痛くなった。
* * *
瑠璃は一人、べリアルが作成した巨大なドームの中に入って行った。
外から見えても問題ない茂みの中に作られている為、中での行動を気にする必要もない。
少し露で濡れた涙草を、弾く。
途端に、瑠璃自身に降り懸かる水滴。
ごろりと仰向けになり、空を見上げる。
透き通る美しいグラデーション越しに見える、晴れ渡る青に真珠のように散る空。
日本よりも空が高く感じる。
「うわぁぁぁ……」
大声を上げてみた。
太陽がさんさんと瑠璃の上に降り注ぐ中、ひなたぼっこ気分で瑠璃は目を閉じた。
気持ちいいな。
アル様に会いたいわけではない、と瑠璃は思う。
――とん、とん。
おゃ?
意外にも固い材質に声に、驚きながらも、声の主はまたもや、
――とん、とと、とっ。
楽しい音程である。
「よっこらせっー」
ちょい待ちー、と言いつつ立ち上がり薄桃色のワンピース型の服の汚れを払う。
(近頃、王宮は異国の者が伝えた楽器やら、なんやらで溢れかえっている。)
「バルスッ――!」
ノリで鍵はこれにしてみた。
するとドアが開くのである。 便利だ。
「ベリアル・リュンヌの春の精。お初にお目にかかることになるのかな」
その人の第一印象は、
「奇妙ですね、その格好」
懐かしい、この一言に尽きる。だってそれは……、
「異国の服ですからね」
日本の制服と呼べる代物だったからだ。
瑠璃が通っていた高校の制服と、全くと言っていい程、似ていた。
紺色のセーラー服に紅いネクタイ。男子は、黒の詰め襟に金ボタン。その男は、詰め襟のボタンを全開にし、シャツのボタンも2、3個開けていた。
「貴方……その服……」
愕然としたまま指を指す。
「ああ、異国ブームに乗らせてもらったんだ、似合ってるっ、てる?」
赤銀の髪を美しくなびかせて、彼は言う。
「ええ、とても。それで誰ですか?」
「名乗るのが遅れたかな」
奇妙な口調に灰褐色の瞳と赤い髪は、珍しいものだった。
この国は、いろいろな種族が移住して出来た国だからいろいろな人がいるけれど、赤銀は初めて見た。
赤い濃い髪色にメッシュのように銀髪が入り込んでいる。
―――面白い。
「零でぇす。何もないって意味だよ」
『ゼロ』、名前としては何か絶対に子供に付けたくない何かを感じる。
私はゼロなんて名前だったら、上手くいかないことがあったら全て名前のせいにしてそうだ。
「珍しい名前ですね」
「でしょ? 俺は好きだけど」
好き、なのか……。
訳が分からないけれど、よっぽど出来る人なんだろう。
「春の精さんはさ……、異世界とか自分と違う存在って信じてる?」
「―――え?」
核心を突かれた、というのが正直な感想だった。
私を取り巻く環境は上手く私と融合していると思っていたし……。
違和感なんかなくなっていると思っていたから。
「ねぇ……どうして僕に君が見えたと思う?」
嗚呼、何故……気付かなかったんだろう?
アル様でさえ私が何等かのアクションを起こさないと私を認識できなくなるほどに私は今、存在が儚いというのに。
「っ………」
恐ろしかった。
凍てつく様な瞳でも、怒りのオーラを発している訳でもないのに……ただただ恐ろしかった。
陽気な赤髪の奇妙な男が。
恐ろしかった。