【さんじゅういち】それは驚くほど突然に
皆さんの評価、ごちです。
麦茶(´・ω・*)
カスファイノの王子様は、なんと思惑がバレタと知るとその日の内に帰って行った。
瑠璃は、それを見て“誰にも認識されていない”かの様に振る舞われるシムリアの気分はどんなだろう?とふと、思い自分の身に置き換えてとぞっ、としたように自室で肩を震わせた。
瑠璃は最近、自分の存在意義は何だろう?と考えるようになった。
もともと自我が無いにも等しい瑠璃の事だ、こう考え始めるのは時間の問題だったが……。
そう考えだすと、瑠璃の中にある“異世界トリップ”とは主人公が何かを成し遂げる武勇伝つまり何か使命やらなんやらがあるはずなのだ。
それなのにこの世界にきてから誰にも救いを乞われもしない。
自分は一体……なんの為にここまで来たんだろうと暇さえあれば考えるようになった。
といっても瑠璃は、侍女ではないし弟子だったので一日中する事も無くぼぉっ、としていられた。
つまり暇だったのだ。
魔王を倒しにも行かなければ、誰かを助けるわけでもない。
そんな毎日にゲーム感覚でこの世界に来ていた瑠璃は、段々……飽きはじめていた。
だがしかし、アルの事は今までにないくらいの本当の気持ちで、好きだった。他人を愛しく思うこと自体が瑠璃にとっては異例の出来事だった。
「どこにセーブポイントがあるの……?」
半ば本気で瑠璃は呟いた。
† † †
久しぶりに庭園に行って見ようと思い、瑠璃は重い腰を上げた。
もともと瑠璃は、余り行動的ではない。
なのになぜわざわざ歩いて庭園まで行こうとしたのか……。
「……暇」
だったからである。
小さな身体には不釣り合いなクイーンサイズの天蓋付き乙女ベッドから勢いを付けて飛び降りる。
「冷たい湖から手を引いて、私を優しく揺り起こした貴方。」
瑠璃が好きな曲だと思う。
あの頃、まだ自我があったころに好きだったから。
「けれど貴方は、いなくなり私、また独り」
確か湖の妖精だかなんだかに恋をした青年が、湖の妖精を湖から引き上げるんだけど段々と飽きて来るんだ。
それで独りでは湖から出られない妖精に『また、来る』とかほざくだけほざいて青年は新しい女性と……、っていう悲恋。
妖精は青年の言葉を信じてずっと待っているっていう。
騙されてる事にいい加減気付けよ、と思う。
「また、来るってその言葉の意味……想い?重いの?」
もう聞けるはずのない音程を口ずさむ。
てくてくと見慣れた大理石の上を滑る。
まだ、朝でこの世界は暖かい。
いつもは真っ直ぐ行く道を今日は右に曲がる。
すると、透明なガラスでできたドア。
その向こうに見える、色取り取りの蝶や、華。
長い間使われて居なかった古い洋館の日当たりのいい庭にいる感覚。
もっと言うなら、教室で汗や下敷きで煽ぐ皆を見て夏を感じた日の空気。
そんな懐かしい、そう思わずアイスや花火を連想してしまうような――時間。
でも明らかに違う……だってここは蝉が鳴く日本でも、ビジネスマンが往来するNYですらない。
ここは――異世界だ。
私を知っている人が少数の……向こうの人達が知らない不思議な魔法の世界。
私は、私は……もう演技しなくていいの?
ふと、そう思った。でも私にはもう自我なんてものは残ってなくて……だから誰かの真似をしてでしか性格が作れなくて……。
「……瑠璃……何処だ」
「ここだよ。アル様」
愛しい人の声がする方へと視線を向ける。
するとそこには漆黒のコートを纏ったアル様。異質である。
「アル様」
でもそれ以上の違和感に襲われた。
目のよいアル様なら確実に私を認識できる距離にいるのに……私を見ていない。
「ア、アル様?」
恐る恐る…声をかける。
でもまだ焦点を彷徨わせる彼。
―――見えない、の?
「アル様っ、」
アル様の華奢な身体に飛び付く。すると、
「――っ!!」
驚いた様に、目を見開くアル様。
「瑠、璃!?今まで何処に?」
いつになく取り乱したアル様に、
「あー、隠れてた。ごめんね」
そういって笑うと、不可解そうにしながらもこくり、と頷いてくれた。
笑顔の上辺とは裏腹に、私の内部は鋭いナイフでぐちゃぐちゃにされたように痛かった。
† † †
アル様が、呼んださきには魔術でつくられたドームがあった。まだ中には何もなかったけれど、透明で透き通ったドームを見て、私はここには何も置きたくないと思った。
このまま、何もない空っぽのまま……。
綺麗な、ままで。
とてもうれしかったけれど、今の私はそれどころではなくて、なんで見えなくなってしまったのか……それだけを考えていた。アル様も、深く追求して来なかった。
ただ一言、
「気に入ったか?」
と、きらきら光に反射して光るドームを目の前にして言った。私は夢心地で、
「……はい」
と答えた。
それほどまでに綺麗で、犯しがたい静謐な空気が漂う、中庭の一角。
いつになく優しいアル様。
「そういえば、いきなり……なんで?」
別れの為の餞別的な物じゃないでしょうね?
怒りますよ、瑠璃さん。
「………あげたくなった。それだけだ」
ぶっきらぼうに答えると、いきなり顎を捕まれて、触れるだけの羽の様なキスをされた。
「んなっ!?」
流石にいきなり、は驚くよ。
怨みがましい目でアル様を見ると、余裕な顔してドームを眺めていた。
綺麗だ、と普通に思った。
見つめり眼差しは優しくて、最初見た時は刃物の様な深紅だと思っていたそれが今は、優しく包み込んでくれる炎の朱に見える。
「ふーんだ!いつかアル様よりも凄いテクニシャンになってやる!」
と、何気に酷いセリフを吐きながら、ドームの中に駆け込んだ。中の空気は案外、温かな湿り気を帯びていた。
ふと、唐突に、ここにパールホワイトの椅子とテーブルを置きたいと思った。さっきまでは何もいらないと思っていたのに……。
そこでアル様や友達と語り合うのは楽しい事だ、と思った。
そんな未来の事を考えていた私は、アル様に私が見えなかったことなど、鈍い胸の痛みなど……忘れてしまっていた。