【じゅうしち】逢いたくないのに逢いに行きたくなっちゃう。なにこれ新手の属性?
「リュンヌ様。瑠璃です」
我は今村瑠璃なり~。まろまろ。
はい。わたしは今一人で自室から3部屋しか離れていない“黎明の部屋”に赴いています。
なんでもリリス様からのお呼び出しだとか……。
わたしの部屋は物置だったそうですよ……ええ。天井低いと思ってたんですよ。
「―――入れ」
「し、失礼します」
職員室に入る時ってこんな感じでしょうか?
だとしたら超恐ぇ――!
いつも通りだだっ広い部屋にぽつん、と置かれた机とキングサイズのベッド。あとは乱雑に置いてある本達。
机の椅子を若干こちらに向け、顔をみた瞬間の一言。
「何故アルと呼ばなくなった」
『少し寂しいゾ』が着けばワンランク、いえ∞ランク柔らかい言葉に……。
「え。呼ぶ資格はないかと……わたしにっ」
いきなり何や。
気にしていらしたんですか?リュンヌ様。
「……呼べ、と言った筈だが?」
鋭い目を更に細くさせて、リュンヌ様が断言する。
「ア、ル様……申し訳ございません」
カチリ、と音を立てて針がなる。
「ところで殿下から話は聞いているな?」
「はい。」
「姫様の所へ行くぞ」
リリス、とは呼ばないのですね。
姫様って……。
「カイル――」
「準備は整っておりますよ」
と言ってドアを開けて出て来たのは、あの――!
「―――――!」
中央まで案内して下さった蒼い髪に荷物を沢山抱えていた人でした。
「こんにちは。ルリ様。先日は荷物を持っていただきありがとうございます」
と言って優雅に頭を下げる。
え――。カイル、さん?
『歌って踊れる万能騎手らしいぞ』とリヒト様の言葉が蘇る。
目の前にいる人は紛れも無く昨日の人で――って男だったんかぁい!
カイルさんは男。カイルさんは男。……消えてしまいたい。
「歌って踊れる万能騎士……の?」
「はい。誤解を受けてしまったようですね」
にこやかに爽やかスマイルを振りまくカイルさん。
「カイル・アルジャンニ、と申します。以後お見知りおきを。」
「け、敬語なんて……っ」
そうそう、騎士様のほうが偉いですよ、ね?
わたしがそう言うと、困った顔をして、
「癖?……ですから。気にしないで下さい」
癖とな。
敬語が癖になっちゃう職業なんだ。騎士って。
「おい、もう良いだろう。」
そういってリュンヌさ――アル様が席を立つ。
あ、そうです、そうです。
お呼び出しを食らっていたんでした。
リリス様に、嗚呼本当に憎らしいですよ。
男二人を誑かすとかどこの悪女だよ。この世界から存在抹殺してぇよ。
でも会いたいんですよね……。
「参りましょうか。」
カインさんの声で、ドアを開けようとしたらもうカインさんが開けていた。
早ッ!
いつ移動したんだっ?わたし達に声掛けたときには後ろにいたはずなのに。
「……………」
(つっこんじゃいけない!いつ移動したんだ、とか つっこんじゃいけない!)
「……………」
「る、ルリ様?」
「もういい。時間の無駄だ。歩けば来る。」
「はぁ。(つめたーい)」
ど、どうしよう。
今はそれどころじゃない!
あ、あれ?
アル様たちが消えた。
「ア、アル様~カインさん~」
一人“黎明の部屋”を出て叫ぶ瑠璃。
少女の叫びが広い黎明館に響き渡ったとか……。
† † †
無事アル様とカイルさんに追いついたわたしは、リリス様の部屋に行くまでに多大な労力を浪費した。
もうエネルギーが駄々漏れである。
まずいつものように中央に行くまでに時間がかかり(二人は足が長いから余裕の表情)、そこからリリス様のいる“崇春の部屋”に辿り着くまでに様々な兵士・侍女さんにボディチェックを受け、疲れた所でやっとご対面かと思いきやの、侍女さんからの大変申し訳なさそうな、『リリス様は御召し物を選んでいらっしゃいます……暫しお待ち下さいませ。』と一言。
その一言でずん、と周りの温度が10度以上下がったような気がした。
瑠璃はセーターを着ているにも関わらず寒気がしてブルリと震えた。
それを見た、カイルが、
「寒いですか?」
と、聞く。
(元凶が何をいっとんねん)とは思ったが、身の危険を感じたので言わなかった。
「い、いえっ、その……リリス様はどんな方なのでしょうか?」
「そうですねぇ~、儚げな美貌が特徴的な綺麗な方でしたよ」
過去形で話すカイルさん。
にっこり笑った顔は、目が笑っていない。
「………でしたよ?」
「はい、今はただの美形です。ね?リュンヌ様」
そこ、振りますか?普通。
溺愛してる元恋人のこと……まあ。貶められている訳ではないけれどただのとか言われている訳でしょう。
「………否定はしない。」
待たされている豪奢な椅子に座って、静かに私達の会話を聞いていたアル様はカイルさんの言葉に気を悪くしたり、怒ったり、というのは無い様な気がした。
事実、自分もそう思っているからだろうか?
「昔は、輝いて見えましたよ……」
カイルさんの口調からは、嘘は感じられない。
大体、わたしに嘘をついてなんの得があるというのだ。
それにしても……ぐるりと部屋を見渡す。
(遅すぎやしませんかね)
そりゃ、お姫様ならドレスにせよなんにせよと思っていたけれど……この世界はチューブトップにスカートじゃないか。
一体、何にそんなに時間がかかるのだろう?
向こうから呼んでおいて態度がなっていないんじゃない?
「……………」
「女の支度にはこんなに時間がかかるのか?」
リュンヌ様は、堪り兼ねたように言葉を吐き出した。
「いえ、わたしは1分で終わりますよ?」
と、私が返すと、
「お前と姫を比較したところでどうにもならん」
と、一言。
文句などつける気はないけれど私だって乙女ですよ。
(お姫様になろうと思えば誰だってなれるんですからね!)
と私が思っていたら、
「そうね。私と貴方を比べてもらっては、困るわ」
と、鈴を転がしたかのような愛らしい声が響きわたった。
その姿を見て、
(ああ、これが……)
と思った。
日当たりの良いこの応接室できらきらと輝いているその人こそ、リリス・クロウ様。
プラチナの髪に、すみれ色の瞳は顔の大半を占めるように大きくぱっちりとしていて、それを縁取る白銀のまつ毛は繊細な硝子細工のようだ。
わたし達を自室へ案内しながら、微笑む。
カイルさんとはここでお別れだ。
「ご機嫌麗しゅう? 御二方」
これだけ待たせておいて麗しゅうも何もあった物じゃないでしょう?
それなのに、目の前で微笑む彼女を見ていると何もかも許してしまいたくなってしまうから不思議だ。
ふと隣を見ると、瞳を伏せたアル様が悔しそうに歯ぎしりするのが見えた。
横にきっちりと添えられた拳は爪が食い込むほどに握りしめられている。
それを見たときわたしのなかに、瑠璃を演じる木偶の坊の中に生まれた感情は、
(この女、死んでほしい)
この一言に尽きた。
きっとまだアル様はリリス様が好きだ。愛している。
きっと彼女が望めば世界だって手に入れてしまうだろう。
でもそれが彼女の本意ではないのなら…彼はただ見つめるだけなのだろう。
きっと誰も愛さず。
彼女だけを見つづけて、一人死んでいくのだろうか?
ずっと縛られたまま彼女という過去に囚われて……。
(嫌ですね、絶対に。)
「お招きいただき有難う御座います、姫。」
今、どんな気持ちで彼は……。
わたしは何も言うことが出来ずただ機械的に礼をしただけだった。
そのあとは単調な、型にはまったようなお世辞と、褒め言葉の羅列。
なぜお貴族様っていうのは本題にちゃっちゃと入ろうとしないのだろうか。
わたしが3度目の欠伸をかみ殺したとき、
「ハーブティーで御座います」
と、いう声がして白くしなやかな手が視界に入った。
わたし達が座っているソファはごてごてした貴族の悪趣味なソファではなくて、品の良い清楚な匂いまでしちゃう白いソファだった。
そこにこれを選んだ主の品の良さが伺えてこれまた腹が立った。
「さて―――――、」
出されたハーブティーの心地よい香りを堪能しながらちびちびと飲んでいたわたしは部屋の温度が変わるのを感じた。
「今回呼び出したのは他でもありません……彼女は一体何なのです?」
リリス様は、言い放った。
そこに責めるような言い回しは存在せずただ純粋に疑問提示だった。
てっきり「アルに付きまとわないでっ!」とかお決まりな感じで来るかと思ったのに……。
(そんなことよりハーブティーおかわりっと―――)
と思い、周りを見回すと先ほどまでどこを向いてもいたお人形さんのような姫様付きの侍女さん達はいなくなっていた。
人払い?
「彼女はわたしの助手ですが……」
淡々とした口調で言う。
そう、私が異世界人だと知っているのは王とリヒト様、それから宰相さんとアル様だけだ。
姫であるリリス様やカイル様にすら伝えられていない。
「そんなはずありませんわ。」
よくもまぁ、そんな自信満々な……。
あっているけども。
「わたくし、調べましたの。この世界に漆黒の髪などあり得ないのです。それに昨日わたくしの侍女が彼女がリリーとこの国特有の子女の名前を申したというではありませんか…」
あちゃー。
さすがカネと時間がたっぷりある姫は違う。
あの3人のだれかが姫様の侍女だったなんて……。
「それについては……私にもよくわかりませんし、それに……気になりません」
そう。
姫様は、今私を“異形”といったも同然。
「アル様……わ、わたし自分で、します……説明できますので」
こちらに絶対零度のワインレッドの瞳が向けられる。
大丈夫。落とせる。
「わたしは遠い、寒い地方からやってきた……リリス様などとは逢う事すらも叶わなかったものでございます」
吃驚した様子を少しくらい見せてくれたっていいじゃないですか。
アル様が全く動揺していないのを見て少しガッカリ。
「それで……その――ですね」
「早くお言いなさい。」
少し苛立ったように姫様が言う。
それはそうだろう。
自分だけが呼ぶのを許されていると思っていたベリアル・リュンヌ様の愛称を自分とは程遠いちんけなガキがそう呼んでいるのだから。
「私は忌み子です。たぶんそう思っています。……」
これは半分本当で半分は嘘。
本当にわたしは向こうでも忌み嫌われていたから。一族の恥だったから。
日本人に有るまじき瑠璃色の瞳は、忌みの対象。
それが今回は髪の色に変わっただけ。
「小さい頃からみんなに嫌われて……親にすらもです」
ああ、想像できないでしょう?
綺麗な美貌を誇る姫様。
「まぁ……」
「だ、けど……わたっ、わたし……人間で…っ」
よし、程よく涙腺が緩んできたな。
ふとアル様を見ると苦虫を噛みつぶしたような顔で睨まれた。
まぁ、この場しのぎの演技ですから? ……そんなに、こじつけっぽいですか?
「そう、なの……じゃぁあなたはアルの何なの?」
「奴隷です、又は盾。」
間髪入れずに答える。
わたしはこっちの世界の存在意義もきちんとして置きたい。
向こうでは女子高生。こっちでは奴隷、と。
「――――! じゃ、じゃあ夜もアルのど、奴隷っなの!?」
ええ。そうでしょうねぇ。
奴隷なんて馴染み、が…………なんか誤解してない?
リリス様は陶器のような頬を真っ赤に火照らせて、
「ど、奴隷は何をしても赦されると聞いたことがあるわっ……つまりどんなプレイも……嫌っ嫌よー」
何を勘違いしてるんだ。
う~ん。無視!スルー。
だってわからないんですもん!
「では……行くぞ。瑠璃」
アル様もほぅっ、と溜息をついてリリス様に礼をしてからわたしの手を痛いほど掴み、扉を開けた。
その間もずっとリリス様は、器具がどうだの。何プレイだのとぶつぶつ呟いていらっしゃいました。
† † †
「何故あのような事を口にした。鉛を流し込まれたいのか?」
扉を閉めて、カイルさんと微笑み合ったときに言われた。
それよりも脈を止めるほどの勢いで手首を掴むのは止めて下さい。
掴まれていないほうの手で、涙を払うとぼやけていた視界がクリアになる。
「ルリ様は根気がある御方ですね。」
カイルさんまでもが笑っている。
綺麗だなぁ。どうして私の周りには美形しかいないんだろう。
「……質問に答えろ。」
「ご、ごめんなさい?」
よく分からないけれど謝っておこう。
「意味が分かるか?」
勇者は思考を読まれていた。
1、素直に分かりませんという。逆ギレの恐れあり。火焔噴射-∞
2、誤魔化して目を合わせない。その後の報復により屍になる可能性・大。絶対零度-10000
3、泣く。効果なしの可能性あり。周りからの冷ややかな目線。精神的ダメージ-100
(どれも同じに見える!!)
→ 1、素直に分かりませんという。逆ギレの恐れあり。火焔噴射-∞
2、誤魔化して目を合わせない。その後の報復により屍になる可能性・大。絶対零度-10000
3、泣く。効果なしの可能性あり。周りからの冷ややかな目線。精神的ダメージ-100
勇者は1、を選択した。
引き返すことはできない。
「分かりませんっ……」
「ほぉ。わからないと? 奴隷の意味が……カイル。こいつを図書館に連れて行け」
「クス……御意」
なぜ笑っているのですか?
そうして……涙草が涙を零すことに気付かづに私達は――――。
うーん。
なんなのでしょう?
リリス様は悪玉キャラでいくつもりが対して戦闘せずに図書塔に行くというこの……。
次回:瑠璃の失言の理由が明らかに!――為るはずです。ハイ。