【じゅうろく】逢いたくない人に逢ってしまう。なにこれ新手のイジメ?
「クスッ、リュンヌ様、わたしは女だと思われてしまったようです……」
「知らん。勝手にしろ」
ああ……またこの人は。
無表情で書物を読み漁る主を見る。
どうしたら、笑った顔や、傷付いた顔を見せてくれるのでしょうか?
「ルリ様はいい子?ですね。ご褒美にあの硝子箱を差し上げましたよ」
「――っ! そうか。」
分かっているんですよ。
貴方が傷付く事くらい……。
あの深紅の硝子箱は、リリス様からの贈り物。
一番初めに、リリス様がリヒト様のモノに成られた時から週単位で贈られてくるわたしにはゴミ同然の高価な硝子箱。
リュンヌ様の瞳を真似て、リリス様が作らせた、この世にたった一つしかない物。
ルリ様に返してもらった時にまた彼女のスカートの中に滑り込ませた冷たい硝子の塊。
「怒っていらっしゃいます?」
ルリ様は本当に素晴らしい。
アル、と呼ぶ事まで許可され、しかも街に、あの人嫌いのリュンヌ様が街に……!
まぁ、なんだか会う人が居たらしいですが――。
「無駄口を叩いていないで仕事をしろ、戯け」
「はーい、リュンヌ様」
ああ、面白い。
† † †
「ああああ――! ぅっ――! く、あああっ!!」
叩く。つねる。えぐる。蹴る。殴る。
考えつく全ての攻撃を枕や壁、ベッド、はたまた自分にしてやっとスッキリした。
よくもまぁ、寝る前の3時間、こんな事が出来たものだ。
喉は叫び過ぎてがらがらだし、腕や脚、とにかく体中が痛い。
ずきずき、じんじん。
なんかありませんか?
意味も実益もない行動をしたくなる時って。
くるくる回る椅子に座って脚が疲れるまで回ったり、ね?
ありませんか……まぁ、もとより作者の意見なんて求めていませんが……。
「っ痛……!」
アハハ、傷だらけってヤバ。 急いで真珠色のチューブトップと若草色のスカートを脱ぎ捨てて、わたしが堕ちてきた時に来ていた薄桃色のセーターとジーンズを履く。
少し浮くかも知れないけれど仕方ありません。
でも久しぶりの日本の感覚。
「何事も“初心”は大切です。忘れるな、瑠璃。お前は帰るんだ。リヒトを懐柔し、帰還するんだ」
声に出して、言う。
日本語を定期的に発しておかないと、地球という存在すら忘れてしまいそうで、恐い。
「わたしは今村瑠璃、15歳よ」
うん。
この感じ。こう……しゃん、と自分が伸びる感覚。
お母さんやお父さん。
友達。
情や特別な感情がないわけではない。
いくらごみ箱にされていたとしても……。
例え、替えのきく都合の良い存在だとしても。
わたしはずぶ濡れになっても、どんなに汚くなっても――生きる。
「ね、むひ………」
わたしはその後、次の日の昼まで永遠に眠っていた。
熟睡である。
爆睡である。
† † †
「ル、リ……ルリ。起きろ」
瞼を閉じていても分かる、薄いカーテン越しに伝わる優しい光。
ひなたぼっこの様だ。
全身に暖かさが染み込んでくる感じ、でも日焼けしちゃう!やだー。みたいな?
「あ、と……365日と2時間……」
ずっとこのまま。
時よ、止まれ。わたしの為に。髪の先にまで光が届いているのが分かる。不思議だなぁ。
足の先がやけに温かくて……。
「てゆか細かッ……ルリ~」
五月蝿い奴は嫌われますよ。
「ていうかなんだこの服は……ルリの世界の物か?」
ああ、ああ。
こう言うときだけ、野次馬的好奇心発揮してんじゃねぇよ。
「るーり。ルリー」
歌、歌いだしましたよー。
あ?安眠の邪魔してんじゃねぇよ。カス。
大体誰だよ。
俺様の安眠を邪魔できんのはリュンヌ様だけなんだよ。
「ルリーー世界が終わるゾー」
「るせ、ハゲ」
「えっ!? 俺まだある、あるからぁっ!」
つかお前の家系皆ハgじゃん。 陛下ハゲてるでしょー。
あれ、完璧に鬘だったよ。
人工髪だよね。 ですよねー。
「ハゲが……」
「やめてっ、淡々と俺をハゲにしないでっ!」
「よし、わかった。……明日ハゲろ――」
「俺なんかした!?」
うるせー。
まぢうるせー。
てか誰だよ。誰なんだよ。
「え――。リ、リヒト……です」
………え。
ええええっ――!!
<15分後 覚醒>
「申し訳ございませんっした!」
覚醒しやしたよ。今村瑠璃。
だって、だってだよ。
疲れて寝落ちした次の日の朝方に殿下が来るとか……思いませんよ。ねぇ……?
「い、いや。罵倒されるのは久しぶりで、その……新鮮だったぞっ……。」
フォローありがとうございます。てかわたし何言った?ハゲとか……?言ったわぁ〜。
引かれてる。完全に引かれてる。
「あのっ、……御用件は〜?」
どうしよ。
死刑、私刑?
なに絞首刑?わたしは日本の地で死にてぇっ……!
「……リュンヌが呼んでる」
うわ。
え。
何故……?
瑠璃さん。パニックですよ。
頭の中がIT革命や〜。
「だから、早く……行ったほうが良いぞ……」
気まずげに目を逸らすリヒト様。
「そういえば何故それを伝えにくるのがリヒト様なのですか……?」
「……っ、カイルに仲良くするな、と……言われた」
カイル?
誰ですか――?
「リュンヌに3年前から仕えている騎士だ。目標は“歌って踊れる万能騎士”だそうだぞ?」
なんすか……それ?
「何故?仲良くするな、と?」
「リリスが吐いたんだ……」
リリス様が……。
じゃあ、早く貴方が行ってあげればいいでしょう?
「っ。リリスはリュンヌをご所望だ……」
……あらあら、まぁまぁ。
取り合えず……八つ裂きにしていいのでしょう?
その覚悟ですよね?
覚悟の上ですよね?
「何故、夫であるリヒト様ではなく、|リュンヌ様(元彼)を?」
小首を傾げて尋ねる。
ああ、わたし今まで人の気持ちが分からないとかほざいていたけれど……今演じている瑠璃は、怒っている……。
そして今演じている普通の女の子の瑠璃は、リュンヌ様とリヒト様が同じ表情をしているのが分かってしまう。
「ル、リ、ルリ……俺は、調子に乗りすぎたか?」
そんな事をわたしに聞かないで下さい。
大体――。
「早く行かないとわたしは殺されますが……」
リュンヌ様を待たせると恐い、と言ったのは貴方でしょう?
「あ、ああ。そうだな……」
「リリス様に呼ばれているのでは?」
「ルリも呼ばれているのだ」
は?
「そう、ですか。」
止めて下さいよ。
そんな捨てられた子犬みたいな顔をしてわたしを見ないで下さいよ。
不安そうに空色の瞳を曇らせないで下さいよ。
「ただ――話くらいなら聞けます。」
救って上げたくなる。
小さなコップに大海の水が流れ込めば溢れてしまうように。 貴方の気持ちはわたしには多すぎて――それでも受け止めたく、なってしまう。
大丈夫よ。と頭を撫でてあげたくなってしまうから。
わたしが――壊れるまで。
乞われるまで。