【じゅうご】侍女さんの証言2**
「そのぉ……それはどういったお話でしょう?」
まぁ、聞かなくても名前からして分かりますが……一応全てを把握しておく必要がありますし……?
「このお話しはね、王宮でキツク箝口令が敷かれているのよ?」
と脅かすようにレインが言う。だいじょーぶですよぉ〜。
わたし此処から出られませんもん〜。
「大丈夫です、そこまでおバカじゃありませんもん」
と言いながら先を促す。
すると、ピアさんが、
「そういえば貴方、お名前は?」
と漆黒の髪をさらり、と揺らしながら優しく聞く。
さっきまで、ぎゃあぎゃあ騒いでいたのが嘘みたいですね。
「わ、わたし……リリーと申します」
咄嗟に嘘をつく。
その名前がリリーになったのは、リリス様の事が頭を閉めていたからだろう。
「そう、リリー、ね。よろしくね。わたしは……」
「ピア様とレイン様、ですよね」
と先回りして言うと吃驚したように目を見張った、ので少しスッキリした。最近もやもやが溜まっていたんですよ。
ごめんなさいね。屑籠にしちゃって。
「え ええ。わたしがアリピア・ピンカートンよ。ピアと呼んで欲しいわ」
と、戸惑いがちに笑われる。
この世界では手を握り合うという風習はない。
「あ、あた、わたしはレイン・ブラットよ。なんとでも呼んでちょうだいな……」
と言われたので、
「ではピア様、レイン様と、いいでしょうか?」
さぁ、はじめましょう。
――過去を暴く準備を。
「リリス様はリュンヌ様つまりはこの国きっての魔術師様の助手だったのよ。といってもリュンヌ様はまだ王都街のしがない下働きだったのだけど……そこでリリス様に出会ったの。二人は仲睦まじくお似合いの二人と言われていたそうよ。リュンヌ様は下働きをしながらコツコツと魔術の勉強をしていたのよ。」
レインさんが語るその話はよく出来た物語のようで……。
「でもそのリュンヌ様にチャンスがやってきたのよ。それは……。」
「ファンテゥーヌ・リヒト様の誕生祭――…」
レインさんの言葉をピアさんが繋ぐ。
「王子の誕生祭は下働きから、貴族まで国民なら全ての人間が来ていい機会よ。そこで上流階級の方の目に留まれば……」
そう二人は考えたんですね。
でもあのリュンヌ様が誰かに奉仕していたなんて……っ、信じられません。
「二人は誕生祭に行った、と?」
わたしが聞くと、こくりと頷く。
ふむ。そこで悲劇?が起きた。
「リヒト様はリュンヌ様が魔術で芸をしているのを見て大変、興味を持たれました……」
「でも、そこでしずしずとリュンヌ様の助手をしているリリス様を見てしまった」
「リヒト様はリュンヌ様の魔術に惹かれ、リリス様の美しさに惹かれた」
二人は歌を歌うように言葉を紡ぐ。
「さぁ、扉は開かれた?」
「いいえ?わたしはモノじゃあない……」
「おやおや、気の強い娘だな」
「アルは褒めてくれるもの」
歌だ。それはもう会話ではなく、歌。
二人は歌を歌っている。
「……これは?」
私が聞くと、くすくすと二人が笑いあって、
「リリス様とリヒト様の初めての歌と言う名の会話よ」
まだ笑い足りないのか、含み笑いをしながらピアさんが答える。
リリス様は随分と面白い方なのでしょうか?
王子様と話した初めてがリュンヌ様のほうがお前より優れているといったようなものじゃないか。
「リリス様とリュンヌ様の間には王子様でさえも割りこめなかったと言うことですわ、ね?レイン」
「そうね、ピア。貴方もそんな関係に慣れればいいわねぇ? キズナ様と――!」
キズナ――――ッ!
あの!あの筋肉馬鹿とぉ!?
……まぁ、人の趣味に口を出すつもりはありませんが……。あいつの何が良いんだ。
まぁ、確かにイケメンの部類に入りそうな顔ですけれども。
「ちょっとっ! レインッ口が軽いんだから! ごめんなさいね。リリーちゃん」
ちゃん、付けは止めて頂きたい。
「リリー、でいいです」
「あら?そお…?」
残念そうにピアさんが言うが、早く話の続きが聞きたい。
もうすぐ、夕食の時間だ。
「誕生祭が終わった後、リリス様はリヒト様の部屋に招かれるわ。リリス様はリュンヌ様にそのことを隠して行くの……」
「それが、始まりになるとも知らずに……」
「リュンヌ様は才能に恵まれていたわ、それをリリス様はちゃあんとわかっていた。」
「リヒト様は勿論、リリス様を好きになっていたけれど……リュンヌ様のことも気に入っていた」
「まぁ、リュンヌ様はリヒト様のことを最初から警戒していたのですけれど……」
「そーそー、その夜リヒト様は若さゆえか、とても……とても汚い交渉をリリス様と為さった」
汚い交渉……?
それは一体どんな?
わたしの疑問を分かっているという風に頷き、先を言うレインさん。
「リュンヌ様は出世、つまりは確かな地位を、揺らぐことのない力を望んでいましたの」
「それは、リリス様にもっと良い暮らしをさせる為でもあったの。」
ああ、分かった。
分かって、しまった。
リヒト様は確かに、確かに、してはいけない最低なことをしてしまった。
王宮内で緘口令が敷かれるのも分かる。
だって、だって―――!
「『べりアル・リュンヌに地位を与える代わりに、そなたは我の伴侶となれ』 そう、王子は言ったのです」
「彼女は、一も二もなく了承しました」
「リュンヌ様の心も知らずに……」
「リヒト様の手をとって……」
「『今からわたくしは貴方のもの』 そう、おっしゃったの」
彼女はそのときどんな心境だった?
悲しみ?期待?喜び?愛しい人を諦めたのだから……。やはり悲しみ?
ああ、心を捨てて、客観的にしか物語を見れないわたしは、分からない。
リュンヌ様が、癒しを、リリス様を奪われたときの苦しみも、リヒト様が、哀しそうにする理由も。
分からない。分からない―――!!
「その後のリヒト様の行動は迅速だった」
「彼女を正妃にするといい、反対するものは自身の未来の活躍を約束した……姫の権力などなくともそれを補うほどの栄光をこの国に。と」
「呆然とするリュンヌ様に王宮魔術師の称号を与え、リリス様を中心部に閉じ込めた」
ああ、ああ。
い、やだ。嫌だ。聞きたくない。
それ以上は、聞いたらわたしは彼女を憎んでしまう。
リュンヌ様をいとも簡単に捨てた彼女を。もちろん地位に目がくらんだ女だと思うつもりはない。
でも、それでも―――!!
憎い、と思ってしまうのだから。
「あら、もうこんな時間……少し、話し込みすぎたわね。リリー、これでご主人様へのお土産になったかしら?」
ピアさんが言う。
わたしが、黙り込んでいる間に、オレンジ色だった空は闇色に塗り替えられた様だ。
「ぁ、ありがとうございます。主人も喜ぶでしょう……それでは、失礼します」
逃げるように後退し、走り出した。若草色のスカートが闇に揺らめく。
なんだか無性に泣きたい気分だった。
聞かなければ良かったの?
† † †
「ルリ、帰っていたのですか?」
アンナさんが静かに聞く。
「はい、今日はすみませんが夕食は……要りません、アンナさんに差し上げます」
「ルリ……わかりました、が」
一旦言葉を切るアンナさん。
「貴方が失礼な方と言うのが良ーく分かりました」
「―――ッ!」
「貴方は仮にも置いてもらっている身分でしょう? いくらリュンヌ様の弟子といっても本来なら食事だって、身の回りの世話は全て貴方がやるべき事です……それを拒絶出来るほど貴方は身分が高くないし、何も貢献していない。お分かりですか?」
首をかしげて彼女は言う。
久しぶりにこんなに辛辣な言葉を投げられた。
そうだ――彼女はわたしが異世界人だということを知らない。
仮に異世界人だとしても、わたしは人を使える身分ではないのだ。よく……分かっていたはずなのに。
「頂きます」
「使用人が客人に異議を申し立てるなど……非礼をお詫びします…申し訳ありません」
そう言って深く、頭を下げる。
「いいえっ、わたしも少し忘れていました。自分の、立場を。」
そう、わたしは羽を毟られた鳥。
この城でしか生きられない。
だって……わたしはこの世界の人間じゃない。
わたしは、わたしは……日本人。髪も瞳も、言葉も手を握り合う習慣でさえ――何もかもが違うのに。
――忘れていた。
帰りたい、という気持ち。
それほどまでに、この世界は居心地が良かった。
「それでは、失礼します――…。」
トレイの上に乗ったほかほかのパンみたいのと、冷たいコンソメスープみたいな物。それから、硝子の容器に入った果物。綺麗に皮がむいてある。
これを作る為に一体どの位の下働きの人が頑張ってくれたんだろう――…。
「なんか……もう。」
消えたい。
この世界から……。
なんだろうこの虚無感。
ふわふわと、漂うような、この感覚。
ああ、消えれるの?
もぐもぐとスープの中に入っている透明なゼリー状のものをかみ締める。
噛んでも、噛んでも、噛み千切れない。
そんなとき。
――コツ。
音がした。
スカートの中から。
「なんでしょうか……?」
スカートのポケットの中を探る。
冷たいなにかが手に触れた。
?
取り出してみると箱だった。
ガラスで出来た、深紅のガラス箱。
手の上に掲げると、炎の魔法で出された暖かな炎の光を反射してキラキラと輝く。
「綺麗――…」
そうだ。これはあの人……あの蒼い髪の女性がもっていたのでは?
リリス様のリュンヌ様への贈り物。今はそんな事、気にならない。
なんで入っているのだろうか……?くれたのかな?
――――っと今はそんなことを考えている暇はない。
「リュンヌ様の力になりたい」
そうだ。例えリュンヌ様の心がまだリリス様の所にあったとしても……わたしは、異世界人。
失うものは何もないのだから。
地震大丈夫でしたか(´・ω`)?