異世界転移の流儀
ご覧になる前にあらすじをご確認ください。本作は価値観を強く揺さぶる内容を含みます。
魔王を討伐してから、早五年が経過した。
魔王軍に破壊された王都の城壁も、かつて戦火に焼かれた大地も、今ではすっかり元の美しい姿を取り戻している。
人々はもう、魔王の名を口にすることさえない。
そんなある日。
元勇者にして、現在は王子の地位にある俺──アレンのもとに、一通の手紙が届いた。
差出人は、かつて共に魔王を討ったパーティメンバー。僧侶のヨハンからだった。
『困ったことが起きました。騒がしくするのは本意ではありませんが、あなたの力を借りたいのです』
文面は、たったそれだけ。
いかにもあいつらしい、簡潔にして要領を得ない書き方だ。
奴は魔王討伐から程なくして、王都を去った。
大司教という破格の地位を用意されていたにも関わらず、だ。
英雄としての名声を疎んだのか、あるいはひっきりなしに舞い込む回復と蘇生依頼に疲弊したのか。
神の奇跡たる『蘇生魔法』の使い手は、ヨハンを含めて世界に三人しかいないと言われているのだから、無理もない話かもしれない。
「静かな場所で祈りたい」
そう言い残し、奴は僻地の教会へと身を隠した。そんなヨハンからの手紙を読み返すも、悪い予感しかしない。
「……行くしかないか」
ヨハンのいる教会は、山間の村外れに佇んでいた。人の気配はある。だが、奇妙なほどに静かだ。
久しぶりに再会した旧友は、以前より少し痩せたように見えた。しかしその瞳だけは、不気味なほどに冴え渡っている。
「来てくれて助かります」
それが、久々に聞いた第一声だった。
最低限の挨拶と近況報告を済ませると、ヨハンは唐突に本題を切り出した。
「蘇生魔法の話を、覚えていますか」
俺は黙って頷く。
蘇生呪文──『ザオラン』の成功率は五割程度だという。しかも、チャンスは一度きり。蘇生に失敗した人間に対しては、二度と唱えることができないという制約がある。
蘇生魔法の存在自体が王侯貴族や一部の大商人にしか知らされていない秘匿事項ではあるが、それでも一度だけ生き返る好機があるのなら──。
「ザオラン……だったか。たとえ五割でも、生き返る可能性があるなら縋りたくなるのが人情だろう」
俺の言葉に、ヨハンは小さく頷いた。
そして、全く関係のない話題を口にする。
「ハヤテが今、何をしているかご存知ですか?」
ハヤテ。
かつてのパーティメンバーである、アサシンの男だ。
罠の解除に偵察、戦闘支援まで、八面六臂の活躍を見せてくれた頼れる影。懐かしい名前だ。
「国に帰ったんじゃなかったか? 極東の島国……確か、ジャポニスだっけ」
「ええ。実は先日、彼に無理を言って、ある物を送ってもらったんですよ」
そう言ってヨハンが取り出したのは、古びた腕輪だった。見覚えがある。
確かそれは、装備者と同じ人物を隣に作り出すマジックアイテム──彼が『分身の術』と呼んでいた代物ではなかったか。
「ハヤテが使ってたやつだな」
「はい、これを使って分身と本体が同時に『ザオラン』を唱えたら百%蘇生するのではないかと思いまして」
ヨハンは淡々と語った。
まるで、世紀の大発見でもしたかのような口ぶりだ。
確率の計算もできないのか、こいつは。
いや、それ以前の問題だ。蘇生という神の御業を、まるで実験のように扱うその思考。
生命に対する冒涜ではないのか。こいつは本当に聖職者なのか?
呆れと、僅かな薄ら寒さを覚えつつ、俺は続きを促した。
「……で?」
俺の問いかけに、ヨハンは少しだけ沈黙し、こう続けた。
「……蘇生した患者が、意味のわからないことを口走るようになったのです」
意味がわからない?
「日本がどうとか、漫画がどうとか。『俺ツエー展開が来ると思った』とか……」
一瞬、冗談かと思った。
だがヨハンの表情は、まったく笑っていない。
「おそらくザオランは魂を呼び戻す魔法だったのでしょう。二つ同時に呼び出してしまった結果……帳尻を合わせるために、この世界に存在しない魂が」
ヨハンは、そこで言葉を切った。
「異なる世界から、引き寄せられたのだと思います」
風が、教会の扉を鳴らした。
その音が、やけに大きく聞こえた。
「それで、そいつは?」
──
案内されたのは、教会の地下牢だった。
そこにいたのは、村の自警団の息子──だったはずの男だ。
男は俺たちの顔を見るなり、奇妙なイントネーションで叫んだ。
「おい! ここはどこだ! 俺は確かにトラックに轢かれて……」
「彼、自分を『タナカ』だと主張しておりまして」
ヨハンが困ったように眉を下げる。
俺は鉄格子の前にしゃがみ込み、その『タナカ』と名乗る男と対話を試みた。
最初は錯乱していたが、俺が元勇者であり、この国を統べる王族の一員だと明かすと、男の態度は一変した。
彼は自身のいた世界──『ニッポン』という異界の知識を、堰を切ったように語り始めたのだ。
有能だと示して俺に取り入ろうとしたのだろう。
蒸気の力で鉄の馬を走らせる『機関』の技術。
遠く離れた者と会話をする『通信』の概念。
そして、王権を制限し、民が主権を持つという危険思想まで。
「……なるほど。興味深い」
長きに渡る対話の末、俺は地下牢を後にした。
冷ややかな計算が、脳裏を駆け巡っていた。
「素晴らしい魔法を開発したな、ヨハン」
俺はニヤリと笑った。
──
それから、数ヶ月。
王都の貴族たちの間で、ある「奇跡」が流行していた。
病や事故で命を落とした子供を、高名な聖職者が完璧に蘇生させる。
するとその子供は、以前とは見違えるような『天才』となって目覚めるのだ。
彼らは幼くして革新的な技術を考案し、あるいは大人顔負けの商才を発揮して、傾いた家を立て直す。
親たちは狂喜乱舞し、斡旋元である王家に対し、莫大な寄付金を積み上げた。
──
教会の地下。
「……はは、なるほどな」
牢の隅で、タナカが乾いた笑い声を漏らした。
「俺が読んでたラノベでさ……転生したら大抵『貴族の子供』だった理由が、ようやくわかったよ」
タナカは薄暗い天井を見上げ、絶望と納得が入り混じった声で呟く。
「要するに、需要と供給。本人が気付いてないだけで、こっちの世界でも使われる立場だったんだな……」
狂ったような笑い声だけが、冷たい地下室に虚しく響き渡った。
『異世界転移の流儀 -完-』




