どうぞ、お好きにさえずっていて?
我が国の貴族社会には個人の地位の高低を測る要因が存在する。
一つは家柄――爵位。
二つ目は性別。
そして三つ目は――魔法へ対する知見と技術。
政界で特筆すべき家柄でなく、また男性でもない者が家の為に尽くすには、良き嫁ぎ先で後継ぎを産むか、魔法の技術や知識で結果を出す事が求められる。
逆にこれらが出来れば地位や性別の壁を乗り越えられる可能性もある、という事だ。
……もちろん可能性の話であって、現実的には相当厳しい壁となってはいるのだが。
***
王立魔法学園。
その廊下の窓から私は外を眺める。
中庭を親し気に並んで歩く男女。
その内、男性の方は私の婚約者だ。
――ジョナタン・ド・ルモワーニュ。
侯爵家の嫡男である彼は残念ながらその家柄に相応しい品性を持ち合わせていなかった。
彼は伯爵家の娘である私を見下し、事ある毎に嫌味を吐いたし、茶会の約束を反故にする、夜会でのエスコートを放棄するなど、本来ならば婚約者に対してあり得ないような行いばかり繰り返していた。
「その癖、彼の心を射止めたのが男爵令嬢とはね」
ジョナタンと腕を絡める女子生徒はマルゴ・ド・ボキューズという。
男爵令嬢という政界内でも弱い立場にある家柄の彼女は、その地位に見合わない程学園で有名な生徒だった。
特に女性の間では、彼女が異性相手に積極的にアプローチをする――それも貴族には有るまじき距離の詰め方で――事に関する噂が広まっていた。
ジョナタンがマルゴに惹かれた理由はわかる。
容姿と愛嬌だろう。
彼女は自身の言動から相手の好意を誘うことが上手かった。
対する私は、お世辞にもそう言う類が上手いとは言い難い。
彼はわかりやすく自分を敬ってくれる方を好んだという訳だ。
「ねぇあの方……」
「ああ、ジョナタン様? 彼の婚約者って確かレリア様よね、一体どうして……」
「シッ」
数名の生徒もまた、ジョナタン達の堂々たる浮気現場を目撃する。
ひそひそと囁いていた生徒達は私の姿に気が付くと気まずそうにその場を離れていった。
その場には私一人が残される。
……いえ、実際には二人目がいる事を私だけは知っていた。
「……いい加減お姿を拝見しても? ――ヴィルジール様」
「おっと。今回も失敗か」
そんな言葉と共に、何もない空間が突然水面のように揺らぎ、やがて男子生徒が現れる。
サラサラとした赤い髪に碧の瞳を持つ彼は、『持つ』側の方。
ヴィルジール・アングラード公爵令息。
我が国有数の大貴族であるアングラード公爵家の嫡男で、おまけに魔法の才も秀でている。
ヴィルジール様の実力が学園中に知れ渡っているのは、自信家の彼が自重せず己の才をひけらかすように魔法を使っているから……という強いて挙げるならば程度の欠点はあるが、それも実力が伴っているせいで大した問題にはならない。
「息を潜めたまま女性に付き纏うなんて、尊き立場のお方がすべき事ではありませんよ」
「言い方に悪意しかないな。俺は優秀な貴女の実力を測る為に魔法を使っているにすぎないというのに」
「客観的事実を伝えたまでです」
夜会で顔を合わせる程度だったヴィルジール様とこうしてお話しするようになったのは、入学してすぐの頃、彼の魔法に私が気付いた事がきっかけだった。
私は魔法に関連した感覚が優れているようで、魔力の揺れや流れなどを感知しやすい。
それもあり、姿を隠して移動していたヴィルジール様の存在と彼が使っている魔法に気が付いたのだ。
透明化の魔法を扱える者は極僅か。
そもそも透明化は学園で学ぶような魔法ではなく、学園卒業後に研究者となった者達が専攻によっては漸く触れる分野。
また彼の透明化の魔法は非常に精度も高く、講師を含めた殆どの者は姿を消した彼を見つけることが出来ない。
それを兼ね備えたセンスと知識で使ってみせるのだから、彼は天才と評するほかないだろう。
そしてそれは、ヴィルジール様自身も理解していた。
だからこそ私に魔法を見抜かれた彼は、こうして私に絡むようになったのだ。
「なぁ、レリア嬢? そろそろ俺くらいには貴女の実力を見せてくれてもいいとは思わないか」
「何のお話しだか、さっぱり」
彼が執拗に私の魔法の実力を知りたがるのは、この学園の試験や成績開示の体制がやや特殊だからだろう。
以前悪質なカンニングがあった事から修正された試験体制。
私達は試験の度に無作為に割り振られた試験番号を持つ。
試験番号は他言厳禁。皆試験当日はローブを深く被り、素顔を隠した上で筆記や実技の試験を受ける。
順位が貼りだされるなど、全体への成績開示の機会はなく、あるのは試験ごとに個別に配られる自身の順位と、最終学年時の卒業パーティーで行われる成績優秀者たち――首席と次席への表彰のみ。
ヴィルジール様のように自身の実力を堂々とひけらかすような方でもなければ、ここの実力は卒業時まである程度秘匿されるというのがこの学園における慣わしだ。
ヴィルジール様の頼みに対ししらを切れば、彼は不貞腐れたように口を尖らせる。
「勿体ぶるなぁ。じゃあせめて、予約させてくれよ」
「予約?」
ヴィルジール様は笑みを深めた。
女子生徒が黄色い声を上げる程に美しい顔が、意地わるそうに歪んだ。
「アレと切れたら、俺を贔屓してくれよ」
「贔屓、ですか」
「ああ。貴女と一番親しくする権利でも貰おうか。そうすればいくらでもこうして貴女という優秀な人間と魔法に関する話ができるだろう」
この魔法狂いの発言を他の者が聞いていなくてよかったと心底安心する。
婚約者がいる身でありながら異性に口説かれる(本人にその意識があるかはさておき)様を見られたら、浮気しているなどと囁かれかねない。
「勘弁してください」
「つれないなぁ」
私はヴィルジール様に背を向け、教室へ向かう。
その為に一歩足を踏み出してから私はふと思い出して口を開く。
「今日は特に精度が良いですが……足元の魔力の流れが不安定でした。歩行など、どうしても動かさざるを得ない場所ですからその分乱れやすいのかもしれませんね」
ちらりと尻目に見やれば、ヴィルジール様は驚いたように目を瞬かせる。
それから喉奥でくつくつと笑いだし、無邪気な笑顔を私へ向ける。
「やっぱり貴女は面白いな!」
その純粋な反応と称賛が妙に気恥しくて、私はそそくさとその場を去るのだった。
ジョナタンとマルゴの浮気は段々と大っぴらにされるようになり、それに伴って何故か私の悪評が広まるようになる。
マルゴの浮気は褒められたものではないが、彼女は人の好意を集めるのが得意だったから、自身の噂以上の私の悪評を流す事で自分に向けられた嫌悪を私へ集中させたようだった。
マルゴを執拗に虐める私。
そんな私から逃れ、精神的な安定を求めた結果、男性に頼ってしまったマルゴ。
ならばマルゴのこれまでの行いも仕方のない事だったのだろう。
要約すればそんな感じの噂や考えが大勢に刷り込まれるようになっていた。
こういう時、彼女の様な愛嬌もなく可愛げを見せるような事も出来ない点は私の欠点であるのかもしれない。
とはいえ知った事ではなかった。
無実であるという事実を私は知っているので、偽りの罪で責められようと心は動かない。
むしろこういう場面になって初めて、自分が大切にすべき人間関係というものが見えて来るのだと気付くことが出来た。
私の場合、それがヴィルジール様だった。
「よ、学園の悪女さん」
「何ですか、それ」
「今の貴女の二つ名だそうだ」
「折角ならばもう少し捻ったものにしてくれた方が、話のネタにしやすいというのに」
彼は普段通りを装い、私を揶揄うような口調のまま悪評について触れつつ、私を気に掛けてくれた。
「なんだ、本当に気にしていないのか」
「ええ。私は何も間違ったことはしていませんから。好き勝手さえずられたところでその事実が変わる訳でもありません。それに……」
私は笑みを深める。
「――勝手にさえずって頂いた方が、却って都合が良かったりもするものですよ?」
私の言葉に、ヴィルジール様はそうかと返す。
彼へ話した言葉に偽りはない。
しかし……敢えて話さなかった事はある。
悪評が広まる学園での生活。
恐らく私は一人でも問題はなかっただろう。
けれど以前と変わりなく接してくれる彼の存在のお陰で、悪女と呼ばれる立場になってからも、学園生活はそれなりに楽しいと思えたという事実に私は気付いていた。
そして時は流れ、卒業パーティーでの事。
表彰式の準備が進められる中、生徒達が思い思いに過ごしていた時だった。
「レリア・ド・ファリエール! お前との婚約を破棄する!」
会場の真ん中でジョナタンはそう宣言する。
彼はマルゴと腕を絡ませて立ち、周囲の者達の視線もまた私へと突き刺さる。
「お前はこの学園生活の間、マルゴを孤立させ、怪我を負わせ、挙句の果てには嫉妬に狂って彼女を殺そうとした!」
更に彼は訳の分からない冤罪を被せて来た。
しかしこれらは全て想定内の事だった。
彼が私と婚姻したがらないのは明白であったし、体裁も気にせず男爵令嬢と浮気するような考えの男なので、きっと彼女と結ばれた後の事も考えず突っ走るのだろうと。
マルゴとの婚約の為、私を陥れる。
その為に手っ取り早い方法は、自分達の正当性を主張した上で、相手に非があると周囲に納得してもらう事だ。
その為の場として、彼は今日この場所を婚約破棄の会場として選んだのだろう。
「よってお前との婚約を破棄して、俺はマルゴと結婚する!」
「承りました。婚約破棄ですね」
私は大仰に声を上げる彼の言葉にあっさりと頷く。
それが意外だったのか、ジョナタンが顔を顰めた。
「ジョナタン様が私との婚約を取りやめる事も、お二方が御結婚なさることも、私としてはお好きにしていただいて構わない、というのが正直なところです。しかし」
それを無視しながら私は更に話す。
「お二方が今私に掛けた疑いに関しては、すべて否定させていただきます」
「ハッ! 白を切るつもりか! こちらには証拠が揃っているんだぞ!」
「左様でございますか。けれど残念ながら無実を証明できる証拠がこちらにもございます」
私はそう言うや否や、魔法を行使する。
私の足元を中心とした大きな魔法陣が会場全体を包む。
そして、魔法陣は光を放ちながら映像を映し出した。
『ねぇ、どうやったらあの女を嵌められるかなぁ』
『既に俺達が広めた噂は回ってるだろ。どうせすぐにアイツは孤立して泣く羽目になる。焦る必要はないさ』
浮かび上がったのは学園の裏庭で会話するジョナタンとマルゴの姿だった。
「な……っ!」
それらを見た途端、ジョナタンとマルゴが顔を強張らせる。
『ジョナタンってほんっとに天才! 男爵令嬢の私でも貴方と一緒にいられるチャンスを作ってくれるなんて』
『アイツは俺にとっても目障りだったんだ。だからもう少し待っていてくれ、マルゴ。目障りな邪魔者をどん底に突き落としたら、君を正式な婚約者として迎え入れてみせよう』
『ああ、ジョナタン……愛してるわ』
『俺もだよ、マルゴ』
映像はその後、何度も場面を切り替えては、これらと同じように私を偽りの噂で陥れようとする二人の様子を映し続けた。
「な、な、ぁ……っ!」
何だこれは、と二人がすぐに怒りださなかったのは、思い当たる事があったからだろう。
「これは特定の人物の記憶を映し出す魔法です」
流れる映像を横目に淡々と述べれば、ハッと我に返った二人が焦りと怒りが入り混じったような表情で言う。
「――う、うそよ! そんな魔法、聞いた事ないもの!」
「そ、そうだ、こんなのは出鱈目だ! 俺達を陥れようとしているんだろう!!」
「残念ながら、嘘ではなさそうだがなぁ」
喚きたてる二人の声を遮ったのは、驚く事にヴィルジール様だった。
透明化していたらしい彼は私の隣に突如姿を現すと、大きな宝石が一つ嵌められた指輪を取り出す。
それは、録音用の魔法が搭載された道具だ。
高価ではあるが市場でも出回っているこの指輪の宝石に、ヴィルジール様が触れると……私が流した映像と全く同じ会話内容が流れ始める。
「面白そうな現場を何度か見かけたからな。友の名誉を守る為にもこうして証拠を控えさせてもらった訳だが――まさか貴女は、魔法を開発でもしたのか?」
辺りが一斉にざわめき立つ。
ヴィルジール様すら半信半疑といった様子で引き攣った笑みを浮かべる中、私は短く答えた。
「はい」
「……なるほど。こいつはたまげたな」
ヴィルジール様は苦く笑いながら前髪を掻き上げる。
「道理で、俺が一度も首位を取れない訳だ」
それから彼は喉で笑いながら、いつ騒ぎを止めたものかと様子を窺っていた講師陣へ視線を向ける。
「本物の愚者も洗い出された事だ。そろそろ気を取り直して表彰に移っても良いのではと思うのですが、いかがですか? 少なくとも――首席は、明らかでしょうから」
ヴィルジール様が促した事で、講師陣は漸く動き出す。
表彰式が進行する中、ジョナタンとマルゴはその場に崩れ落ちたまま動けずにいた。
先に次席として、ヴィルジール様が呼ばれた。
彼は登壇し、賞状を受け取る。
そして――
「首席――レリア・ド・ファリエール」
「はい」
名を呼ばれた私は登壇する。
「貴女は座学と実技試験の成績に加え――試験の自由課題に於いて独自の理論から構成された新規の魔法を開発した。その栄誉を称えます」
私は深くお辞儀をしながら賞状を受け取り、生徒達へ向き直る。
私に対する悪評を信じた罪悪や気まずさから顔を顰める者も少なくなかったが、皆が賞賛の拍手をした。
……ただ二人を除いては。
そんなジョナタン達から目を逸らした時。
ふと、隣に立つヴィルジール様の視線に気付く。
彼が口角を上げてみせる。
その笑みに何故か鼓動が早鳴るのを感じながら私は自身の表情を取り繕った。
***
「この後? 勿論二人を訴えます。既に私の魔法の正確性については証明し、国で認められているので……私に殺人未遂の罪を着せようとした罪を主張すれば彼らを裁く事も出来るでしょう」
パーティー会場を抜け出し、中庭のベンチで休む私は、同じく隣に腰を下ろすヴィルジール様へそう話した。
「少なくとも、マルゴ様の家は潰れるでしょう。ジョナタン様に関しては、お家の権威がありますから、そうはならないかもしれませんが……彼個人は罰せられてもおかしくはないでしょうね。それに、社交界でも彼に近づこうとする人はいなくなるでしょう」
「えげつないなぁ」
「それに、今後私が研究で得る成果物に関しては全てルモワーニュ侯爵家には流さないようにするつもりです」
「例え貴女がこの指輪の様な便利道具を開発しても、買う事すら許されないという事か。家族内からも恨みを買うかもしれないな」
なるほどと頷くヴィルジール様は笑みを浮かべているものの、どこか苦々しい。
「少しでも助けになればと思って動いてみたものの……蓋を開けてみれば、俺は必要なかったという訳か」
「え? そのような事はないと思いますが」
「え?」
不思議そうに目を丸める彼の反応が、私は逆に不思議だった。
「ヴィルジール様がいてくださってよかったと、私は思っておりますが」
「一体何故?」
そう問われ、言葉にしようとしたところで私は僅かに躊躇う。
しかし結局私は頬に熱が溜まるのを感じながらも口を開いた。
「お陰で、日々が楽しかったですから」
彼との思い出を思い出し、思わず笑みが零れる。
ヴィルジール様はそんな私を見てハッと息を呑んだ。
それから暫く呆けるものだから、どこか具合でも悪いのかと問おうとした、その時。
「……以前、話した事を覚えているか」
「というと?」
「――貴女と一番親しくする権利を予約する、と」
思い当たる会話の記憶。
同時に鼓動が再び早まった。
気が付けばヴィルジール様は私の髪を片手で掬い上げて愛でながら碧の瞳を真っ直ぐと向けている。
「結局あの時は答えを得られていなかったな。だから今聞かせて欲しい。あの時の予約は――有効か?」
飛び出てしまうのではないかという程に心臓が激しく動いていた。
きっと誤魔化せない程に、私の顔は赤くなっている。
それに気付いているからだろう。
ヴィルジール様はフッと笑みを深めると、私へと顔を近づけた。
「……レリア」
「わ、わかっているのではないですか……?」
「いいや? 貴女から証明してくれなければ、俺の仮定が正しいのかは判別ができない」
妖しく光る眼光。
そういえば彼はこういう意地悪な顔をする男だったと私は思う。
「っ、もう! 有効です、有効で構いませ――」
私の答えは途中で遮られる。
――彼の唇によって。
柔らかな感触が口に触れる。
初めは目が回る程に混乱したのに、私を抱き寄せる力がとても優しくて、気が付けば私は彼の深い愛情を一身に受けていた。
酸欠になりそうな程深い口づけを交わしてから、漸くヴィルジール様が離れる。
「撤回はなしだぞ、レリア」
「……わかっております。ヴィルジール様」
――いつになったら顔の熱は引くのだろう。
彼の優しい囁きと私だけを見つめる瞳に心を搔き乱されながら、私はそう思うのだった。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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また他にもたくさん短編をアップしているので、気に入って頂けた方は是非マイページまでお越しください!
それでは、またご縁がありましたらどこかで!




