20250827 ■■県■■市・苗海庫町での聞き込み調査記録
【調査メモ】
昨日実施した「有限会社アグアマラ元社長への取材」によって、調査対象である不知水夏慈氏が同社の契約スタッフだったことが判明した。
ここで一度、情報を整理したい。
例の「不知水夏慈」告発広告は、2022年8月に■■県沖合上で発生した海難事故の記事サイトにリンクされている。
記事によれば、遭難当事者の二名は当時、■■県■■市・苗海庫町に住んでいたという。
元社長によれば、氏がアグアマラと業務委託契約を結んだのは2022年11月のこと。
以前紹介した考察ブログでは「不知水氏が海難事故の生き残りである」という説を提唱していた。
それが正しいと仮定するなら、氏は海難事故からわずか三か月後にアグアマラと業務提携したことになる。
苗海庫町のある■■県。
不知水氏が勤務していたアグアマラの営業所があるのは○○県。
この二ヵ所はかなり離れており、このことから不知水氏は住居を引っ越していたと推測できる。
まあ、それはそれとして。
せっかく元社長を訪ねて○○県まで遠征したのだから、もののついでだ。
そういうワケで私はレンタカーを延々と走らせ、海を越える連絡橋を乗り越えてはるばるやってきた。
不知水氏がかつて住んでいたと目される、苗海庫町に。
苗海庫町は海に近い立地でありつつ、山や田んぼや段々畑に囲まれた農業地帯。
都市部から離れており、昔ながらの木造民家が疎らに点在する田舎の町。
ちなみにネットで調べると、田舎に不釣り合いなほどオシャレでスマートな公式ホームページが出てきた。
今回はそんな苗海庫町を散策しながら、道行く人々にかつての海難事故に関する聞き込みをしていきたいと思う。
◆◆◆町の入口のバス停付近にて、スマホを眺める老人二人を発見◆◆◆
――すみません。三年前にこの町の人が海で遭難したという事件を調べているのですが、ご存知ですか?
【老人男性A】
知らんやつなんかこの町にはおらんじゃろ。
あれは残念な事件じゃった。
【老人女性B】
結局死体も揚がってこんかったけど、この町のみんなで葬式を挙げたんよ。
まだ若かったのに、本当に可哀想だったねえ。
――みんなで葬式、というのは? 生前から仲が良かったのですか?
【老人男性A】
彼は……ゴドウインさんちの長男じゃからなあ。
わしらが葬式に出んわけにもいかんじゃろ。
――ゴドウインさん、というのは?
【老人女性B】
隊伍の「伍」に、食堂の「堂」、病院の「院」で、伍堂院さん。
この町で昔から田んぼの用水管理をしとる一族なんよ。
すっごく偉い人。
【老人男性A】
……もしかしてお前さん、新聞記者かなにかかい?
もし伍堂院さんに会いに行くつもりなら、失礼の無いようにせんと、えらい目ぇに遭うぞ。
――ご忠告ありがとうございます。ところで、不知水夏慈さんという方についてご存知ですか?
【老人女性B】
はあ、あの穀潰しのボンクラに何の用なんね?
アレはもうこの町にはおらんよ。
【老人男性A】
伍堂院さんちの長男は、あのガキに殺されたんじゃ。
警察は動かんかったが、間違いねえんじゃ。
もし伍堂院さんに会う気なら、あちらさんの前でくれぐれもその名を出すんじゃあねえぞ?
ただでさえ三回忌の時期で、気が立っとるやろうからなあ。
◆◆◆町の公民館前にて、話し込む若者二人を発見◆◆◆
――すみません。以前に海で遭難事故に遭われた不知水夏慈さんについて調べているのですが。
【若者男性C】
あんた、他所の人?
不知水なら、この町にはもういねえけど?
【若者女性D】
遭難中に伍堂院くんを海に突き落として、水を独り占めしたんでしょ?
あいつが死ねば良かったのにねー。
――お二人は不知水さんと面識が?
【若者男性C】
まあ狭い田舎だからな。
みんな知り合いみたいなもんだわな。
不知水も伍堂院も俺の二個歳上だけど、昔からよく遊んだよ。
【若者女性D】
伍堂院くんの家は町の権力者ってカンジだし、本人もすごく爽やかで真面目な人気者だったよね。
遭難したって聞いた時は、わたしもマジでショックだったし。
で、不知水は逆に冴えなくて不真面目で、大人たちはみんな嫌ってたよ。
――不知水さんは、嫌われ者だったのですか?
【若者女性D】
あいつはルールとか決まり事を平気で破るからさぁ。
とくにこの町の老人って、そういうの異常に癇に障るらしくって。
町住民の裏SNSがあるんだけど、年寄りどもがいっつもあいつの悪口書いてたし。
【若者男性C】
伍堂院んちって、治水の祭事とかを仕切ってる家系なんだよ。
祭事ってのは六月ごろに毎年やってて、「町を見守っている水神サマに水害避けとか雨乞いとかを祈願しましょう」って感じの祭りなんだけどさ。
基本的に全員参加なのに、不知水のやつは毎年いっつも来なかったんだよ。
祈りとか神とか、信じてないからってさ。
【若者女性D】
そうそう、だから町の年寄りはみんなあいつのこと「罰当たり」だって軽蔑してた。
うちらの世代も、水神サマとか信じてる子はみんなあいつのこと嫌いだったよ。
とくに伍堂院くんの祖父ちゃんは治水祭りの元締めだし信心深いから、マジで目の敵にしてたよね。
【若者男性C】
でも当の伍堂院本人は、なぜか不知水と妙に仲良かったよな。
同い年ってのもあるだろうけど、あいつら趣味が釣りで共通してたみてえだし。
【若者女性D】
伍堂院くんも、あんなやつと仲良く海釣りなんかいかなければ死なずにすんだのにねー。
わたし、地味に玉の輿狙ってたんだけどなあ。
◆◆◆田園地帯にて、農道でしゃがみ込む二人組を発見◆◆◆
――すみません、おじゃまします。みなさんは今、なにをされているんですか?
【農家男性E】
見て分からんか? 草刈りじゃい。
この時期はどこも草がよう伸びっからよお。
【農家男性F】
誰やアンタ、ヨソもんやな?
こんな田んぼしかないとこに、なにしに来よったん?
――以前この町に住んでいた不知水夏慈さんについて、いろいろ調べています。
【農家男性E】
なんじゃあ、伍堂院さんちの坊ちゃんを殺したクソ坊主やんけ。
アンタ警察か? 今さらあの遭難事件を調べちょるん?
――私はただの記者、のようなものです。それにしてもこの町の人はみな、不知水さんのことをひどく嫌っているようですね。
【農家男性F】
そりゃそうよ。
あいつはこの町の大事なお祭りを毎年サボりやがる罰当たりやったからな。
水神サマの怒りを買っちまったら、こんな町すぐに水の底に沈んじまうってのによお。
【農家男性E】
俺たちゃあ皆、昔っからずっと思っとったのよ。
祭りを舐めくさっとる不知水のガキに、いつか天罰が下りゃあいいのにってなあ。
【農家男性F】
それがどうだあ?
あの遭難事故で不知水はのうのうと生き延びたうえに、死んじまったのは伍堂院さんトコの坊ちゃんやった。
いずれこの町を担うお方やったのに、なんで死ななきゃならんかったんや。
【農家男性E】
きっと坊ちゃんは水神サマの元へ旅立ったんよ。
そうに決まっとる。
そして今もきっと俺たちのことを空から見守ってくれとるんやろなあ。
坊ちゃんを殺した不知水にも、いずれ必ず祟りがあるに違ぇねえぞお。
――不知水さんが伍堂院さんを殺した、とおっしゃりますが、なにか根拠はあるのですか?
【農家男性F】
根拠なんかねえわい。
伍堂院さんちの家はなあ、水神サマのご加護が代々ついとんのじゃ。
なのに海で遭難したくらいで死ぬわけないやろが。
【農家男性E】
ああ、そうや。
つまり不知水のガキが海の上で何か卑劣なことでもしよったんじゃろ。
遭難したとき、船には水も食料も一日分しか乗ってなかったらしいからなあ。
やけん不知水のガキはそれを独り占めするために、坊ちゃんを海に突き落としたに違いないんよ。
――でも警察は結局不知水さんを捕まえなかったんですよね?
【農家男性E】
たしかに、警察どもには訴えたけんど、証拠がないからって言いやがったのよ。
不知水のガキも生きて戻ってきてからはしばらくは神妙にしとったし、あの態度に騙されたんやろ。
【農家男性F】
まあ結局アイツはあの後、町から逃げ出しやがったけどなあ。
つまりは、やましい事があったっちゅうこっちゃろ。
どこへ逃げたか知らんが、いずれ報いを受けてくたばってほしいもんやな。
【農家男性E】
ああ、お天道さまは見てなくても、水神サマはよぉく見とるけんね。
必ず天罰が下りよるはず。
絶対に、水に流しちゃぁくれんよ。
【農家男性F】
……っと、しゃべくっとる間にもう草刈り終わったやんね。
よし、ちょいと兄ちゃんもこっち寄りぃや。
綺麗になった農道を背景に写真撮って、町のホームページにアップすっからよぉ。
はい、今回は調査メモの公開です。
苗海庫町に行って本格的に住人インタビューみたいなことをしたかったのですが、相手にしてくれる人が少なくて結局六人くらいにしかお話を聞けなかったのが残念。
でも、なんとなく不知水さんという人物の評判の悪さが見えてきましたね。
そして遭難事件の記事にあった「行方不明の人物」の名前が伍堂院さんだと判明。
不知水さんとは真逆で人望はあったらしく、その死を惜しまれているようでした。
また、ここにきて「祭事」や「水神サマ」という要素も出てきましたね。
失礼ながら、因習村っぽい話だなと思ってしまったり。
その割には、若い人もお年寄りもみな新しめのスマホを持っていて、なんともアンバランスに感じました。
さて。
今回の聞き込みを経て、不知水さんという人物に関して、僕の中ではなんとなく「こういうことじゃないかな」という全体像のようなものが見えてきたような気がしています。
証拠や論理性に欠ける部分も多いですが、もう少し整理して、それから、山田氏に現時点での僕の推測を報告してみたいと思います。
それでは、今回はこのへんで。