20230625 ニュース番組内ドキュメンタリーコーナー「密着! お仕事ファインダー」 アーカイブから文字起こし
(オープニングBGMが流れる。画面には「ナレーション:浅凪穏雄」の文字)
金曜日、朝八時。
晴天の空の下、一人の男が自宅アパートのドアを静かに施錠する。
販売員、佐藤(仮名)。
業務委託契約でウォーターサーバーを売る仕事に、今日も一日を捧げる。
稼げる保証はない。
契約がなければ収入もない。
それでも彼は、この仕事に、自分なりのやりがいを見出していた。
――なぜこのお仕事を?
「水は人間にとって最も大事な必需品ですから、人の役に立てるかなって」
――お仕事は順調ですか?
「調子のいい月もあるけど、契約ゼロの月が続くことも結構あります。でも……命を支える大切な飲料水を誰かに届けたい。そういう使命感でなんとか頑張ってます」
そう語る彼の表情に、わずかだが自信と誇りが見える。
午前九時三十分。
都内の営業所では、今日の営業エリアとノルマが共有される。
壁のホワイトボードに、油性マーカーで数字が並ぶ。
本日の佐藤の目標は「三件」。
「今日は暑い。『冷たい水』って言葉を意識して使っていけよ。ファミリー世帯狙いで」
営業トークの指導を飛ばすリーダー。
他の販売員たちに混ざって、佐藤は無言でうなずきながらメモを取っていた。
佐藤は正社員ではなく委託スタッフなので、本来なら自宅から直接外回りに行くことができる。
しかし佐藤は、毎朝営業所に出社し、朝礼ミーティングになるべく参加するようにしている。
会社の業績状況や新製品の特性などを常に頭の中で更新し、営業トークに活かすためだという。
午前十時半。
訪問が始まる。
佐藤が本日狙いを定めたのは、閑静な住宅街。
ピンポンを押しては断られ、頭を下げ、次の扉へ向かう。
その繰り返し。
インターホン越しに、無慈悲な言葉が返ってくる。
「必要ないです」
「今、忙しいので」
「間に合ってるわ」
十軒回って、扉が開くのは二軒程度。
話を聞いてもらえても、契約にはなかなか至らない。
――なかなか相手にしてもらえないですね。
「仕方ないですよ。割り切って次に向き合う。それがこの仕事です」
午後一時。
汗だくになりながら、公園のベンチでコンビニ弁当を広げる。
砂糖が鞄からおもむろに取り出したのは、お茶のラベルが貼られたペットボトル。
中には透明な水が詰められていた。
「この水、うちのサーバーのものなんです。なかなか美味しいですよ」
午後三時。
十四軒目の扉が開いた。
若い母親が子どもを抱えて現れる。
佐藤は笑顔で頭を下げる。
「お忙しいところすみません。実は今、初回無料キャンペーン中でして……」
声のトーン、話すスピード、間の取り方。
全てが自然だった。
何十回も練習してきたトークが、ここで息を吹き込まれる。
そして。
十五分後、ついに契約が決まった。
「一件取れると、空気が変わるんです。自分の中の流れが」
午後六時三十分。
佐藤は三件目の契約を決め、団地の前で小さくガッツポーズを取った。
静かに、控えめに。
しかし、その一歩には確かな手応えがある。
「これがあるから、やめられないんです。この仕事」
午後七時三十分。
営業所に戻り、契約成果を上司に報告。
いくつかの事務処理を済ませ、日報をパソコンに入力し、本日の業務は終了。
――無事に今日のノルマは達成できましたね。
「カメラ回ってるし、さすがに無様な所は見せらんないですから」
ほっと一息つきながら、営業所をあとにする佐藤。
疲労とともにあるのは、どこかすがすがしさすらある静かな笑みだった。
午後九時二十分。
自宅のアパートに戻ってきた佐藤。
帰り道のスーパーで買ったタイムセールの総菜が、今日の夕食だった。
――お酒は飲まないんですか?
「いやぁ。節約しないと、今月厳しくって」
水を飲みながら、佐藤は顔を綻ばせる。
会社支給のウォーターサーバーが、狭い居間の片隅で存在感を放っていた。
福利厚生の一環で、設備もボトルも無料支給なのだそうだ。
佐藤の場合は正社員ではないが、社長の厚意で、契約スタッフ特典として支給されているという。
――明日は土曜ですけど、休みの日はいつもなにされているんですか?
「最近はとくになにも。本を読んだり、一日中ごろごろ寝て過ごしてますね」
――そちらにあるのは、リールですよね。釣りが好きなんですか?
「ああ、これは……以前ちょっとかじってた時期があって、ね。今はもう、やらないかな」
――なんでですか? それ、高そうなのにもったいないです。
「気が乗らないっていうか、まあ、その……いろいろと、ね」
プライベートのことはあまり話したがらない佐藤。
部屋の中での撮影は、佐藤の申し出によりここまでとなった。
次の出勤日。
月曜日、朝八時。
今週も、佐藤の戦いが始まる。
だがこの日は、あいにくの雨。
こういう日は、契約が取れにくいのだと佐藤は苦笑いした。
「でも、やるしかないですよね。仕事だから」
この仕事に安定はない。
そう呟く佐藤。
だがその目には、諦観は感じられない。
何度も断られ、邪険にされ、怒鳴られることだってある。
それでもなお、佐藤は粘り強く営業を続けていく。
町のどこかで渇いている人たちの元へ、良質な水を届けるために。
(ここでエンディングBGMが短く流れ、番組は終了)
今回公開するのは、前回ルーンちゃんねるさんの動画で取り上げられていたドキュメンタリー番組の文字起こしになります。
番組公開日は2023年6月25日。
今もアーカイブ視聴可能になっているので、興味ある方はそちらもどうぞ。
なんの変哲もない、ニュース番組の合間を埋めるショートコーナー的なこの番組。
ですが出演者の佐藤さん(仮名)は、ルーンちゃんねるさんの情報が正しければ、すでにこの世にいません。
前回時点ではこの佐藤さんは従業員と書きましたが、番組内では業務委託契約のスタッフと紹介されていましたね。
さて。
文字起こしテキストだと全然伝わっていないと思いますので、ここからは僕の方で補足をば。
番組後半で、佐藤さんの自宅が映し出されていました。
アパートの外観、そして、家の中の構造やワンルームの家具配置など。
細かい印象の違いはありましたが、おおむね前回の事故物件動画のものと一致しました。
象徴的なのは、事故物件動画でも少し目立っていたウォーターサーバー。
番組によればどうやら、アグアマラが佐藤さんに貸し出したものだったようです。
番組放送から半年も経たずに会社が廃業しているので、回収もされずに放置されていたのでしょう。
なので佐藤さんがあの事故物件の住人だったという話は、事実で間違いなさそうです。
ルーンちゃんねるさんの情報ソースが大家さんらしいので、嘘ではないと思っていましたが、番組内の活力にあふれた佐藤さんの人物像からは、今は故人というのがにわかには信じがたく感じました。
次に気になったのは、番組内の佐藤さんに関して「釣りが趣味」という一幕。
スタッフとのやりとりに、どことなくぎこちなさを感じました。
触れられたくないとで言いたげな、そんな印象。
そして釣りと言えば、「不知水夏慈」の告発広告からリンクされたあの海難事故の記事を連想します。
記事には、遭難者二名が海釣り目的で小型船舶を海に出したと記載されていました。
短絡的すぎるかもしれませんが、佐藤さんはもしかすると、遭難の当事者だった可能性がありそうです。
僕はここまで、海難事故の生き残りが「不知水夏慈」であるという可能性を念頭においてきました。
であればもしかすると、番組に出演した佐藤さんというのは……。
いや、結論付けるにはまだ早いですね。
もう少し情報が欲しい所です。
なので思い切って、次は取材をすることにしました。
現在は廃業した有限会社アグアマラの当時の社長さんに、取材依頼のアポイントを取っている最中です。
会ってくれるといいのですが。
それでは、本日はこのへんで。