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20250828 依頼人とのチャット通話 音声記録の文字起こし


 ――こんばんわ、山田さん……いや、伍堂院さんでしたね。


 こんばんわ。

 わざわざお時間いただき、申し訳ない。


 ――いえいえ。それよりも驚きましたよ。あなた、本当に伍堂院さんなんですか? 生きていたんですね。


 このとおり、ね。

 まあこの場で本人を証明できるものは、とくにないんだけど。


 ――伍堂院さんが生きていたとなると、僕が報告書に書いた推測は間違いということになりますね。


 そうです。

 私がこうして生きている以上、私の怨念が不知水を祟っていたなんてハナシはありえない。

 そもそも私……いや、俺には、あいつを恨んだり呪ったりする理由なんか一つもないんだ。


 遭難したあの日、不知水が俺を海に突き落としたって?

 そんなのは町の連中の誤解、というより、ありもしない妄想なんですよ。


 真実はあまりに単純。

 荒れた天候のせいで、船が激しい波に襲われて、たまたま俺が海へと投げ出された。

 ただそれだけのことだったんだ。


 遭難にしたって、俺が海釣りに誘って、俺が船のメンテナンス不足だったせいで、ああなった。

 不知水は巻き込まれただけで、いっさい悪くなかった。

 

 町の連中は常々俺を見て「水神のご加護がうんぬん」とか言ってたが、そんなもんがあればあんな目には遭わなかったでしょうな。

 馬鹿馬鹿しい迷信ですよ。


 ――あの、疑うわけではないのですが、伍堂院さんは遭難から生き延びたんですよね? でもそんなニュースは世間に出ていませんし、町の人たちはそんなこと知らないようでした。


 あの町には戻らなかったんです。

 海に投げ出されてから半日ほど漂流していた俺は、遠く離れた▲▲県の漁師に救助されました。

 彼らにお願いして、俺が生き延びたことは世間に公表しないようにしてもらったんですよ。


 ――なんでそんなことを? 町の人たちは伍堂院さんを心配していたと思いますが?


 逃げたかったから、です。

 あの町から、縁もしがらみも家の立場も切り捨てて、逃げ出したかった。


 ずっと前から、子供のころからずっと、そうしたいと思って生きてきた。

 あの事件は、俺にとってはチャンスだったんですよ。

 遭難から生き延びたことも、遭難したこと自体も、あの時の俺には天啓に思えたんです。


 ――苗海庫町のことが、嫌いだったんですか? 町の人たちは伍堂院さんを慕っていたのに。


 連中が慕っていたのは、伍堂院家の跡取りとしての俺でしかない。

 連中が俺に期待していたのは、治水の祭事を司って水神へ祈祷を捧げる役割でしかない。

 

 それに用水管理という強大な利権を持つ伍堂院家への畏怖と恐怖があったからこそ、連中は子供のころから俺のご機嫌を取ろうとしてきたんです。

 裏では伍堂院家への不満や悪口を散々垂れ流していたくせに。


 俺は、そんな町の連中がずっと苦手だった。

 水神などという迷信を恐れ、祭りや祈祷をありがたがる気持ちも全然理解できなかった。

 もちろん、伍堂院家の長男として、そんなことは表面には出しませんでしたけど。


 だからなのかな。

 同じように町の迷信に懐疑的だった不知水とは、なんだか気が合ってすぐに仲良くなりました。

 町の連中はあいつが嫌いだったみたいだけど、俺にとっては唯一の同士だったんです。


 いつか二人でこんな閉塞感の強い町を出ようって、ずっと言い合ってましたよ。


 ――そうなるともしかして、あの遭難は自作自演ですか?


 それはさすがに違いますよ。

 たまたまああなって、たまたま生き残って、その状況を利用させてもらった。

 伍堂院家の立場を捨てて、一から新しい人生を自分の手で歩んでみたかったんだ。


 身分を隠してるから、色々と生活に不便はあるし、苦労も多いですよ。

 でも助けてくれた漁師の人たちのサポートもあって、今は▲▲県の漁村で働いてなんとか生活できてます。

 前よりは質素な暮らしだけど、俺としては町を出られて本当に良かったと思ってる。


 ただ、あなたの調査報告を読んで、そんな気持ちも大きく揺らいでいます。

 どうやら俺が死んだふりをしたせいで、不知水の人生が狂ってしまったみたいだから。


 あいつが死に追いやられたのは、きっと俺のせいです。


 ――そうは思いません。不知水さんを直接追いつめたのは、勤め先に悪評が広まる原因になった数々の怪現象のせいです。そういえば、あれは一体なんだったんでしょう。


 怪現象?

 まだクチコミレビューの内容を信じているんですか?

 そんなものは悪意ある嘘っぱちの書き込みに決まってる。


 というより、俺の考えを言います。

 有限会社アグアマラへの悪評やクレームはきっと全部、町の連中のしわざですよ。


 ――ええ? まさかそんな……。


 そういう連中なんですよ。

 貴方の調査報告によれば、アグアマラのレビューサイトが荒れ始めたのは、不知水がテレビ出演してしばらく経ってからのタイミングでしたよね。


 町の連中の誰かが偶然その番組の存在を知って、町を出た不知水の勤め先を知ってしまった。

 だから連中は、アグアマラを攻撃しだしたんです。


 ――分かりませんね。なぜそんなことをする必要があるんです?


 天罰、ですよ。

 あなたのレポートからも分かるように連中は、不知水が俺を海で殺したと強く思い込んでいる。


 だから不知水にはまともな人生を送る資格などないと考えるし、それを雇う会社も同罪と決めつけたんでしょう。

  

 ――だからといって、犯罪紛いの営業妨害をするなんて信じられないですが。


 普通ならそうかもしれません。

 でも連中からしたら、犯罪どころか「正しい行為」だと思ってたでしょうね。

 そういう感覚なんですよ、連中は。


 例えば、町の誰かがわざと、あるいはうっかり信号無視をしたとしましょう。

 あなたは「ルールを守らないなんて、良くないやつだな」と思うかもしれません。

 それくらいなら誰だって思うでしょう。


 でも連中は少し違います。

 「あんな悪いやつは、車に轢かれて死ねばいいのに」と考えるんですよ。


 法定速度を守らない運転手には、「事故って死ねばいいのに」。

 歩きながら煙草を吸ってる歩行者には、「肺がんで死ねばいいのに」。

 自分の忠告を聞かない相手には、「いつか大きな失敗をして人生終わればいいのに」。


 そして、町の大事な祭事をサボる不届き者には、「水神サマの天罰が下ればいいのに」。


 伝わりますか?

 自分の信じている規範や価値観に合わない相手に対する、異常な加害性。

 そう考える自分たちを正義と認識し、悪人に対しては何をやっても許されると考える歪な文化。


 俺があの町をとうてい好きになれない理由。


 あなたは信じられないと言いましたが、連中ならやりますよ。

 伍堂院家の跡取りを殺した不知水の人生を邪魔してやる、これは天罰だ、ってね。


 ――それが本当であれば、恐ろしい人たちです。


 ついでにいうと、例の告発広告。

 あれを出したのも、たぶん町の連中だと思いますよ。


 高齢化した限界田舎に見えて、案外みんなスマホやらAIやら使いこなしてましたからね。

 ネット広告の出稿だって、町役所の広報がノウハウ持ってたから、そいつらの入れ知恵でしょう。


 有限会社アグアマラが潰れて以降、町の連中は不知水の行方を見失なったはず。

 それでもなんとか不知水の人生を妨害したいという気持ちで、あの告発広告を出したんだと思います。

 不知水が人殺しだと知れれば、雇う会社もなくなると考えたんでしょうね。

 

 それに効果があったのかは分からないけど、結果として不知水は……飢えて死にました。

 あいつは殺しなんてやっていないのに。

 何も悪くないのに。


 もしかしたらあいつは、一人生き残ったことに対してずっと罪悪感を抱えていたかもしれない。

 俺がちゃんと「生きてます」と名乗り出ていたら、そんなことにはならなかった。

 俺が生きて戻っていれば、町の連中も不知水を責めなかったかもしれない。

 

 それに俺がもう少し早く今回の調査を始めていたら、あいつが死ぬ前に手を差し伸べられたかもしれない。

 遭難から二年経ってようやくあいつのことを気に掛けるなんて、あまりにも遅すぎた。

 

 全部、俺のせいなんです。

 町から逃げ出したいなんていう自分の都合で、結果的に俺はあいつを殺してしまったんだ。


 ――僕が言えたことじゃないですけど、伍堂院さんの話も推測が多いと思います。町の人たちが色々と暗躍していたというのもただの想像ですし、あなたのせいでそうなったとは限らないじゃないですか。


 そう、そうですね。

 真実がどうだったかなんてことは、今のままでは分かりっこない。


 町に戻って、連中と直接話を聞きに行けばいいのかもしれない。

 だけれど、俺にはそんな勇気がない。

 今さら町に戻る勇気があったら、最初からあなたに調査依頼などしていません。


 俺の行方不明が嘘だったなんてしれたら、連中はそれを町や伍堂院家への裏切りだと判断する。

 そうなれば、矛先がこちらに向かうだけだ。

 

 それがたまらなく怖い。

 俺はあいつらのことを、よく知っているから、今さら直接会うなんてことはできないんです。


 ……。

 …………。


 すみませんね。

 こんなこと言われても、迷惑ですよね。

 

 長々と付き合わせてしまって、申し訳ない。

 いろいろと調べてくれたあなたには、どうしても聞いてほしかった。


 本当は、調査結果の情報さえ手に入れば、それでよかったんです。

 その先あなたがどんな推測をして、どんな公開作品にしようと、どうでもいいつもりだった。

 そういうつもりで、あなたに協力依頼をしたんです。


 でも、不知水がすでに死んでいたと分かって、気が変わりました。

 不知水が誰も殺していないってことを、どうしてもあなたには分かってほしかった。


 あいつの死を、死者の呪いや天罰のせいになんて、させたくはないから。

 誤解されたままでは、町の連中の思惑通りになってしまうから。


 だから、こうやって直接お話をさせてもらいました。


 あらためて言います。

 あいつのこと、いろいろと調べてくれて、本当に助かりました。


 今日こうやって話したこと、世間に公開してくださいね。

 町の連中があなたの作品のことを知ったら、きっと俺のことを探し始めるでしょう。


 連中は執念深いから、▲▲県にもわざわざ探しに来るかもしれないな。

 そのときはそのときで腹をくくります。


 こんなやり方しかできないけど。

 これが、苗海庫町の連中に対する、俺なりの告発です。


 ご協力、ありがとうございました。



 (その後、たわいのない別れの挨拶を交わしたあと、通話記録は途絶えている)



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