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早熟の天才 三輪鉄矢編(6)

大江功の証言から推測する。

「投資で失敗したという話を聞きましたよ。当時バブルがはじけ切ってはいたんですが第二次平成不況の時期でもありました。借金もあったようですからね」

その返済に充てるのは十分考えられる話だ。しかし憶測で済ますのはいくらでも書ける。やはり成田自身に話を聞くしかないのだが、ついに着信拒否の扱いになってしまった。

こうは考えられないだろうか。成田と藤野は私の取材に対し、金銭的トラブルが絡んでいたことをあとから思い出した。そのことを触れられるのはまずいと思い、藤野にも成田から連絡が入って顛末を伝えるなと口止めしたのではと。

そう考えると急に寂しく感じてきた。せっかくの天才が一人の横領によって失望し将棋界から離れてしまうとは。

――鉄矢さんはもう将棋を指していないのですか。

「そうですね。いまは知りませんが、小学生から社会人になるまでの間は一切駒を手にしませんでした。受験や就職活動、社会人になってからもすぐに重要なポジションを任せてしまいましたから、将棋を楽しむ余裕はなかったでしょう」

――後悔はなさそうでしたか。

「それは聞いてみないとわかりませんが、もしかしたら馬鹿馬鹿しくなったのでしょうね。傍目には今までの熱中っぷりが噓のように未練がなくなっていました」

私は龍男を通じて鉄矢に連絡を取れないかと打診してみた。答えはNO。

「鉄矢はシンガポールにいます。いま国内情勢が揺れ動いていますから。そっとしておいてください」


成田誠。一見朗らかな人物であったのだが果たしてその顔の裏に潜ませていたのか。電話での取材が困難になったいま、直接らくらく上野将棋センターを訪れるしかなくなった。取材日はある平日の午後二時。三度目の引き戸を開けたのだった。

「いらっしゃい。大人は七百円です」

私の姿を目にした成田に特段変わった様子はなかった。まるで初対面のように振る舞う姿を見て、私は怒りがこみ上げてきた。

――成田さん、百万円を返してあげてくださいよ。

つい口に出してしまった。すると成田の様子がわかりやすく変わった。

「どこでその話を」

低くドスが効いた声が返ってきた。

――三輪鉄矢の父親から聞きました。

「はあなるほどね。でも私は百万円を受け取っていないのですよ」

なんということか。信じがたい反応が返ってきた。

――受け取ったわけじゃないんですか。

「……これは営業時間外に話しましょう。今日終わってからでもいいですよ」

私は営業が終わる午後九時までの間、一人の将棋指しとして大いに楽しんだ。


成田に話を聞いたのは午後九時十分ごろから午後十時までの間だった。そこで話の大筋がまとまってきたので要約する。


・大会運営側からは百万円を受け取っていない。

・当時の大会運営は黒い噂があった。

・当時の運営組織はもう解散済み。連絡が取れない。


成田によれば大会当日、急遽手違いがあったため賞金贈呈は待ってほしいと言われたようだ。一説によれば十万円分とスタッフの一人がいなくなっていたという。

また成田は藤野に口止めをしていない。藤野がすごい剣幕だったというのにはこの大会組織と絡んでいたのではないかと述懐する。これ以上掘り下げてほしくなかったのではないかと。妙なことにその大会が終わった翌日に道場のスタッフを辞めて北海道に帰った。成田も引き留める際にその大会組織との関係があるのかと問いただしたが、慌てた様子で否定した。いまも成田は藤野に黒い関係はないと信じている。

三輪グループの代表取締役社長である三輪龍男から大会中止を求める抗議に運営組織は焦ったことだろう。摘発されかねないとわかった段階で潔く解散した。

全国アマチュア連合現代表の佐藤孝夫に電話で取材を申し込んだ。アマチュア賞金争奪杯大会の組織について詳しい話を聞くことができた。

「あの大会運営組織は『将連鬼会』という名前だったんです。まあヤ○ザの集まりですよ。いつも賞金は十万円でしたが最後の大会は百万円にまで膨れ上がったと聞いていますね。あまり大きく言えませんが賭博です。誰が優勝するかを賭けていたんです」

――将連鬼会は解散したと言われていますが詳しい話は聞いていますか。

「いえ、よくわかっていません。北海道とか朝鮮に分裂して失踪したと聞いていますけれど」

――藤野俊幸とその将連鬼会に繋がりがあったかは知っていますか。

「えっ、あの藤野君がですか。わかりませんね。でも北海道の道場の建設費用は不自然な集め方をしていました。もしかしたら百万円がその一部に充てられていたのかもしれません」

――不自然な集め方というのはどういうことですか。

「まあどこにそんなお金があったのかという感じですね」

藤野は道場のアルバイトのみで生計を立てており決して裕福な生活をしているわけではなかったようだ。藤野が上京した一九九四年、佐藤は藤野と一緒にラーメン屋で食事をする機会があった。藤野はラーメンの並しか食べるお金しか持ち合わせていなかった。当時食べ盛りの若者にそれだけでは可哀想と思った佐藤は千円を差し出したという。すると藤野はありがたそうに受け取り、ラーメンの並を頼んだ。「もっといっぱい食べなよ」と大盛りを勧めたが、「生活が苦しいんでおつりは明日の食事代にします」と言い返されたそうだ。

「でも真面目な性格でしたし、指導には定評がありました。藤野君に何があったかはわかりませんが、そういう関係はないものだと信じています」

疑いの目が向けられた藤野だったが、どうやら人望があったようだ。このほかにアマチュア王座戦東京都大会に出場した某選手、藤野の知人に話を聞いたが、誰もが黒い噂との関係性がないことを願っていた。

これ以上の深堀りはよそうと感じた。真っ黒な影はいくら踏んでも踏みごたえがないものである。

最後にもう一つ気になることがあった。なぜ成田は自分より強い子を出入り禁止にしてしまうのか。これには理由があった。


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