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早熟の天才 三輪鉄矢編(5)

さて東京都世田谷区の一等地に向かった。最寄り駅は書けないが、いかにも芸能人やモデルが住んでいそうな高級住宅街である。三輪鉄矢はいまも住んでいるのかわからないが、親族が出てきても手掛かりをつかめるかもしれない。

しかし甘かった。想像の通り大豪邸であったのだが、インターホンが見当たらなかった。どこの家庭にもあるはずのピンポーンができない。思わぬ形で出足をくじかれた。家の周りをうろうろするわけにもいかないので再度出直すかも考えたが、それでは今後この道で食っていくことはできないだろう。とはいえ不法侵入はいけない。

筆者は三輪グループに二○○九年まで勤めていたある人物に連絡をした。その人物は三輪鉄矢の父、三輪龍男と直接交流があった。出会いの場は将棋クラブだったという。

三輪龍男は東京大学出身。二十二歳で三輪グループに航空部門に入社すると、三十歳で鉄道部門に移る。その後順調に出世を果たし、四十六歳に三輪金融、四十七歳に三輪不動産と三輪映画を設立する。一九八五年に代表取締役社長に就任。バブル期の好景気も相まって日本を代表する総合商社となった。

三輪龍男は将棋にも造詣が深かった。幼少期は棋士の養成機関奨励会を目指した時期があり、天才少年の呼び声が高かった。一九八八年には日本将棋連合から名誉七段を贈呈された。一九九九年、第43期竜将戦第2局では自社の経営する温泉旅館で対局が実施されている。現在御年八十八歳、相談役として名を残す一方で、休日には足しげく将棋クラブに通い将棋ライフを楽しんでいるようだ。

「三輪さんは品のある老人だなと思いましてね。すごく言葉使いがゆっくりで丁寧なんです。将棋もお強いんです。ケレンミのないきれいな指し回しでして」

ある人物も相当な腕前なのだが、それも認める実力のようだ。直接三輪鉄矢を探るよりも父親から話を伺えるかもしれない。ある人物を経由でアポを取ることに成功できた。

三輪龍男が通う、東京郊外の将棋クラブに足を運んだ。三輪龍男は午後二時ごろに現れた。味のある中折れ帽に灰色のスーツを身にまとっていた。せっかくの機会なので対局を申し込む。

筆者はアマ初段程度の腕前。初心者には簡単に勝てるものの、アマ四段には10回戦って1回も勝てないような実力差だ。三輪龍男はアマ七段とはいえ免状を授与されてから二十年以上も経っている。いい勝負になるかと思ったが軽くひねられてしまった。まあ取材前ということもあるので負けたのはよかったのだが。

「鉄矢は小学1年生まで将棋を続けていたんですよ。しかしある大会に出て優勝してからがつまずきの始まりでした」

三輪龍男は嫌がる様子などなく淡々と話し続けた。ある大会というのは公式資料だとアマチュア王座戦東京都大会かアマチュア賞金争奪杯大会に絞られる。

――どちらの大会でしたか。

「賞金争奪杯というのに子どもが出たのがまずかったんです。それも優勝してしまいましたからね。妻が特に気に留めず出させたんでしょうが私は知っていたら止めていました。賭博と何ら変わらないし、賞金も百万円と高額だったんですよ。倫理的にまずいということで私が開催の中止を求めました」

私は変に思った。賞金は十万円とあったが違うのか。それでは当時の記載と異なる。私は『アマチュア将棋界大捜索!』を見せた。この雑誌の存在は知らなかったようだが、視線を鋭くさせながら目を通した。ほんの少し経営者の影が見えた気がする。

「なるほど。表向きには十万円とされていたのでしょうね。実はこの大会には道を極められた怖い人たちが絡んでいたんです。誰が勝つか裏で賭けが行われていました。優勝者十万円に加えてその賭けで外した分の人の金も手に入れられたのです」

――それで百万円という大金になったのですか。

「恐らく鉄矢に賭けていた人はいなかったでしょう。総取りみたいなものです。当時は全国から強豪が集まっていましたから、こんな小さな子どもが優勝するなんて誰も思わないですからね」

龍男によればそこで優勝し百万円を手にするはずの鉄矢はすんなり金を受け取れなかったという。子どもだからということで、同伴していた責任者の成田に預けたのだそうだ。この日はたまたま母が付き添っていなかった。

「それでも妻は不満を持ちませんでしたね。百万円くらいじゃ執着がないんです」

百万円は成田の手に預けられたまま今日まで受け取っていないという。そして後日、成田は自分より強くなってしまったと判断した鉄矢を道場から追放した。鉄矢からすれば寝耳に水の事態であった。急に将棋を指す場所が奪われてしまったからだ。

「そこで妻がおかしいと思い私に相談したのです。アマチュア賞金争奪杯大会での優勝はそこで知りました。すぐに開催の中止を求め、成田氏にも連絡をしましたが取り合ってくれませんでしたね。久しぶりに声を荒げて何度も抗議をしたものです。賞金大会は翌年になくなりましたが、成田氏には逃げられてしまいました。鉄矢は賢かったですから、そういう大人の事情も把握してしまったのだと思います。それで将棋の道をピタッと諦めました。妻も将棋が指せないならと未練はなかったようです」

アマチュア賞金争奪杯大会が開催されなくなったのは龍男氏のクレームによるものだった。そして鉄矢と成田との間に金銭トラブルがあったこともわかった。しかし話を聞く限りでは成田が一方的に悪い。その金はどこにいってしまったのか。


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