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早熟の天才 三輪鉄矢編(2)

――三輪鉄矢に将棋を初めて教えたのは藤野さんで間違いないでしょうか。

「ええ、よく覚えていますよ。非常に物覚えがいい子でした。それに品がありましたね。下町の子じゃなくて世田谷のほうの子だったのかな。

 一九七九年六月号の『オール将棋』誌「アマチュア王座戦代表者一覧」の記事には、なんとご丁寧に番地まで代表選手の住所が記載されている。三輪の住所はそこで容易に知ることができた。現在は代表者一覧の住所は公表されていないが当時はそういったことにまだギリギリ大らかな時代だったのだ。本書には東京都世田谷区とだけ明記する。藤野の証言通りであった。

――初心者のころから有段者になるまで指導をされていたそうですが、どのくらいのスピードで成長されたのでしょうか。

「当時は級や段の区別が曖昧でして。成田さんがざっくりと決めていたんです。だからいついつに何級になったというのはわからないですね。でもそんな緩い感じがよかったのかもしれません」

藤野は現在、北海道の稚内市で将棋道場の経営と指導を行っている。稚内は過疎化による人口減少が進んでおり、経営も厳しいのではないかと感じたが、昨年度はわずかに黒字だったそうだ。昨今の将棋道場の経営が苦しい状況の中でこれは驚異的といえる。それも藤野の指導力と人柄のよさに惹かれた固定客が多いためだという。北海道ではカリスマ的存在らしい。そんな藤野はらくらく上野将棋センターでの経験が生かされているとのことで声に力が入る。

「うちは級や段をつけていないんです。5級やら3級やら付けちゃうとそれがその人のステータスになってしまうんですよ。そういう人同士で当てちゃうと駒落ちにしなくてはならない。駒落ちというのは実力差のハンデを埋めるのに効果的な解決方法ですが、その人同士による上下関係が盤上内で起こってしまうのが嫌なんです。それに中にはいつまでもその級のまま停滞してしまうお客さんもいる。成長の早い子どもならいいですが、うちはご年配の方が多いですからね。それで嫌気が差してしまうのではないかと思ってうちは当時の「らくのー」(らくらく上野将棋センターのこと)みたいにしているんです」

どうも藤野はよく喋るタイプのようだ。こちらの質問に対し一を十で返してくる。これではいつの間にか道場経営論になってしまいかねないので強引に話を戻した。

――三輪はほかの子と何が違っていましたか。

「素直な子でしたね。こちらの教えたことを次の日には守っていたし、考え方もしっかりしていたんです。普通の大人でも難しいような盤上における状況判断能力が抜群に優れていました」

藤野の証言を裏付ける一幕がある。一九九六年に廃刊された将棋月刊誌『アマチュア将棋界大捜索!』に三輪の貴重な勝利後インタビューが掲載されているのだ。一九九五年の秋号。現在は絶版なため手に入れるのは本来難航を極めるのだが、知人である都内在住の愛棋家に現存したものが残っていた。その中から抜粋する。

[終盤になって、秒読みの中で詰まさないといけない状況にするのは大変だと思った。だからそうなる前にゼット(※3)にしてから必至をかけるのがいいと思った。だから受けるのが勝ち安い(ママ)と思った]

これは当時三輪がアマチュア賞金争奪杯大会で優勝した際に残したコメントである。当時六歳とは思えぬ達観した理論だ。ここまで自分の脳内を明確に言語化できる子は果たしているだろうか。

ちなみにアマチュア賞金争奪杯大会はこの年を最後になくなった。同誌の冬号によれば賞金十万円の捻出が厳しくなったためとある。

――三輪の存在はらくらく上野将棋センターだけにとどまらなかったのではないですか。

「そりゃ騒がれるものだと思っていたけど当時はそっちよりも羽武さんがすごかったでしょ。あっちに全部マスコミが行っちゃってね。扱いは本当に小さかった」

――『アマチュア将棋将棋界大捜索!』には当時の三輪の活躍を載せていましたが。

「あれは半分同人誌みたいなものだったからね。インターネットが普及する前に廃刊になっちゃったから東京都の人しかわからなかったんですよ。あ、関東全域とかだったかな。いや、やっぱり少なくとも群馬栃木茨城には売っていなかったと思いますね」

どうやら三輪の存在はあまり全国区に広まらなかったらしい。こういったケースは当時ごろごろあったようで、ほかにも多くの無名に終わったアマ強豪の話を聞いた。だんだんとくたびれてしまい取材は終了。ともかく三輪の不遇さについてはまとめることができた。録音した内容を書き起こしていると藤野は気になる証言を残していた。


※3 「絶対に詰まない」の略。ゼと略されることもある。

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