第4話
「なかなかいないわね~なまっちょろくない殿方たち……」
バスケットボールをバムバムと弾ませながら鷹が呟く。
「まあ、それは簡単なことじゃないわ……」
ベンチに腰掛けていた富士が応じる。
「いや、だからと言ってさ、ははっ……」
茄子が苦笑する。富士が尋ねる。
「どうしたの、なーちゃん?」
「奈良の山の中に来てもしょうがないんじゃない?」
茄子が周囲を見渡す。
「まだまだ甘いわね、なー……」
「え?」
「こんなに立派なバスケットコートがあるじゃない」
鷹が自分の足元を指し示す。
「何故かね……」
「そこにバスケットコートがある限り……わたしたちが訪れないという選択肢は無いの……よ!」
鷹がボールをシュートして、リングに沈める。
「そ、そうは言っても、別に都市部を離れなくても良かったんじゃない?」
「……時には気分転換というのも必要よ」
「富士姉の言う通り!」
富士の言葉に鷹が頷く。
「ええ……」
「こういう豊かな自然に囲まれると……心がリフレッシュされたように感じるでしょう?」
「いや、地元とあんまり変わらないよ……」
「分かってないわね~なー」
鷹が呆れたように両手を広げる。
「な、なにさ、鷹姉……」
「場所が変われば、心持ちっていうのも、わずかに変化するものよ。それすなわち……」
「すなわち?」
「新たな出会いが訪れるかもしれないってこと」
「さっき、なかなかいないわね~とかなんとか言ってたじゃん」
「心変わりが起こったのよ」
「随分と都合が良いね」
「とにかく、刺激的な出会いがそろそろやってきそうな予感がするわ……うん、なんだか、本当にそんな気がしてきた!」
「それは自己暗示をかけているだけだよ……」
「……失礼、『シスターズ』の御三方とお見受けします」
「!」
富士たちが視線を向けると、三人の男性がそこに立っていた。坊主頭の男性と、ポニーテールの男性と、トサカカットの男性だ。三人とも体つきはたくましく、精悍な顔つきをしている。
「ほらね……」
「ま、まさか……」
鷹にウインクされ、茄子は唖然とする。富士がベンチから立ち上がって、男たちに応じる。
「なんの御用でしょうか?」
坊主頭の男が話す。
「我々、『近畿メンズ』と試合をして欲しいのです」
「ほう……」
「我々もバスケの腕には覚えがありまして……」
「そのような方々が何故に私たちを?」
「皆さん、ストリートの3on3バスケットボールシーンでは知られた存在になってきておりますよ」
「へえ……」
「ご存知ありませんでしたか?」
「人というのは自分たちのことには案外鈍いもので……」
「ふむ、確かにそういうものかもしれませんね……」
坊主頭が顎に手を添える。
「すみません、お坊さんに対して、偉そうなことを……」
富士が軽く頭を下げる。
「いえいえ、ひとつ学びを得ました……それで……如何でしょうか?」
「……どうする?」
富士が鷹と茄子に視線を向ける。
「良いんじゃない。ねえ、鷹姉?」
「ええ、ちょうど良いところに来てくれたわ……これも運命ってやつなのかもしれないわね……」
鷹が笑みを浮かべる。富士が坊主頭に視線を戻して答える。
「試合の申し出をお受けします」
「ありがとうございます。それでは、早速始めたいと思うのですが、よろしいでしょうか?」
「構いません」
両チームはウォーミングアップをした後、試合を始める。
「富士姉!」
「お願い!」
富士が鷹にボールを渡す。鷹がドリブルしながら相手チームを見据える。
「腕に覚えがあるとか、自信満々ね……そういう相手は叩き潰したくなるわ。21点取って、ちゃっちゃと終わらせてあげる……!」
鷹がドリブルのスピードを上げて、切れ込む。
「むっ!」
鷹が自らの対面のマークについていた坊主頭を一瞬で置き去りにして、レイアップシュートの態勢に入る。
「もらった!」
「そうはさせません!」
「なっ!?」
坊主頭の頭から二本の角が生えて、鷹の放ったシュートをブロックする。
「ナイスディフェンス、胤天!」
「その調子や!」
「ふふっ……」
胤天と呼ばれた坊主頭がニヤリと微笑む。
「……鹿?」
胤天の頭を見て、鷹が呆然と呟く。
「おおっ、鋭いですね……」
「だ、大体分かるけれど……なんで?」
「奈良生まれの者なら皆出来ますよ」
胤天が自らの頭を指差す。
「いや、それは嘘でしょ!?」
「流石にそれは言い過ぎですが……鳳凰院の者なら大体会得しております」
「鳳凰院……奈良の有名な寺院ね」
「知って頂いているとは光栄です」
胤天は恭しく角の生えた頭を下げる。
「……っていうか、そんなのあり?」
「成程、至極正論ではありますが……忍術を使う相手ならば、これくらいは許して頂かなければ……」
「! わたしたちの正体も知っているのね?」
「それは勿論、調べさせてもらいました」
「光栄な話だわ」
「試合を続けても?」
「ええ、構わないわ!」
鷹が声を上げる。ボールが富士にまわる。
「鷹姉!」
「こっち!」
鷹と茄子が素早く動きながらパスを要求する。
「そうはさせません!」
「パスは通さない!」
胤天とトサカカットが二人へのパスコースを塞ぐ。
「くっ……」
富士が顔をしかめる。
「パスは出せないでしょう……!」
「……そう思った?」
富士が笑みを浮かべる。
「なに?」
「パスコースは……ここよ!」
富士が相手の意表を突いたパスを出す。
「しまった!?」
「はっ!」
「ええっ⁉」
小さなハートのようなものがボールに当たる。ボールはコートの外に転々と転がっていく。
「へへっ……」
「ナイスです愛賀さん!」
「調子良いな!」
「へへっ……」
愛賀と呼ばれたポニーテールの男性が自らの鼻の下を擦る。富士がやや呆然としながら問う。
「な、なにをしたの……?」
「ふふっ、普段は秘密なんだが、お姉さんの美しさに免じて教えてあげても良いぜ?」
「そういうの良いから、さっさと教えて頂戴」
「あ、ああ……これさ……」
愛賀がウインクすると、目から小さなハートが飛び出す。
「なっ……」
「俺は愛賀衆の出身でね……」
「愛賀衆……和歌山の傭兵集団……鉄砲などの扱いを得手とする……」
「そう、俺くらいになると、こうして目からハート型の弾丸を飛ばせるようになるってわけ」
「そ、そうはならないと思うけど⁉」
「なっちゃったんだから、しょうがねえだろう?」
愛賀は両手を広げる。
「む、むう……」
「というわけで、お姉さん自慢のパスワークも、俺のウインクで百発百中! ……落としてみせるぜ……」
「くっ……」
「試合を続けるわよ! なー!」
鷹がボールを茄子に渡す。
「!!」
「あんた自慢のドリブルで切り裂きなさい!」
「了解!」
茄子がドリブルで鋭く切れ込む。
「うおおっ!」
「はあっ!?」
トサカカットが地面の一部を液体化させ、その辺りをスイスイと泳ぐようにして、下からボールをカットしたため、茄子は大いに驚く。
「ナイスです! 深戸さん!」
「ナイスカット!」
「どんなもんだ!」
深戸と呼ばれた男が地上に姿を戻す。茄子が愕然としながらも尋ねる。
「な、なに、今の……?」
「僕は滋賀の生まれでね……」
「え……?」
茄子が首を傾げる。
「滋賀と言えば?」
「……琵琶湖?」
「琵琶湖と言えば?」
「ええ……?」
「毎年夏に行われる、主に学生が参加するコンテストと言えば?」
「あ、ああ、鳥人間コンテスト?」
「そう、魚人間コンテスト」
「う、魚人間!? 初耳なんだけど!?」
「そのコンテストで切磋琢磨した結果……どんな場所でも泳げるようになったってわけさ」
「そ、そうはならないでしょ!?」
「このコートは僕にとって湖のようなもの! 突破はさせないよ!」
深戸は力強く拳を突き上げてみせる。
「む、むう……」
試合は近畿メンズ優勢で進む。
「皆さん……白旗を上げるなら今の内ですよ?」
胤天が問いかける。
「……どうする?」
富士が鷹たちに問う。
「……冗談でしょ!」
「姉に同じ!」
鷹と茄子が声を上げる。
「私もそうよ……!」
富士が頷く。
「ふふふ……負けず嫌いな方たちだ……」
胤天が目を細める。試合は続くが、近畿メンズの優勢は変わらない。
「くっ……」
「差が縮まらない……」
「富士姉! なー!」
「……!」
「……!!」
富士と茄子が鷹に注目する。
「ここはあれで行くわよ!」
「! ……分かったわ」
「オッケー!」
「あれ? ……なんだ?」
胤天が怪訝そうに見る。三人が一つに固まる。
「慈英賀流忍術……『ムササビの術』!」
三人が手を繋いで、一匹のムササビのようになって空高く舞い上がり、空中を滑空していく。
「なにっ!? と、飛んだ!?」
「ダンクシュート!!!」
三人でダンクシュートを叩き込む。
「ま、まさか……」
「力を合わせた合体忍術! これを破るのは容易ではないわよ!」
「ううっ……」
試合の流れがシスターズ優勢に傾き、やがて逆転勝利をおさめる。
「やったあ!」
「ふう……」
茄子が無邪気に喜び、富士が安堵のため息を浮かべる。
「奇術幻術どんとこい! わたしたち疾風三姉妹の敵じゃないわ!」
鷹が高らかに声を上げる。
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