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 三重県の山奥にとある小さな里がある。その名も『慈英賀の里』。伊賀や甲賀に比べると、極めてマイナーな忍術、『慈英賀流(じえいがりゅう)』を現代に受け継ぐ忍者の末裔たちが暮らしていた。その里で一番立派な屋敷の奥の部屋に白髪交じりの中年男性がどっしりと座っている。

「……」

「……参りました」

 障子の向こうから女性の声がする。

「……入りなさい」

「失礼します……」

 三人の女性が部屋に入ってくる。若干紫がかった長い髪を頭の上でひとまとめにした女性が中央に、白髪の髪をポニーテールにした女性がその右側に、黒い髪を後ろでひとつ縛りにした女性がその左側に着座する。

「うむ……」

 向かい合う形となった男性が頷く。

「父上、なんの御用でしょうか?」

 紫がかった髪の女性が尋ねる。

「……我が疾風(はやて)家……否、この慈英賀の里全体に関わるとても大事なことだ……」

「里全体に関わること?」

「ああ、そうだ」

「……お話が見えませんね」

富士(ふじ)よ、お前、幾つに……」

「モラハラです」

 富士と呼ばれた紫がかった髪の女性が食い気味に答える。

「なっ……!」

「父上、いくら親といえど、女性に年齢を尋ねるというのは……今の時代ではアウトな事案です」

「い、いや、普通に尋ねただけであろうが……」

 父上と呼ばれた男性が困惑する。

「ここでわざわざ声に出して答える必要性はないかと……」

「む、むう……」

「父さん、さっさと本題に入ってくださいよ」

 白髪のポニーテールが父親を催促する。

(たか)よ、なにか用事でもあるのか?」

「別に……」

 鷹と呼ばれた女性が首を左右に振る。

「べ、別に!?」

「ここで無駄話をしていること自体がタイパが悪いんですよ」

「タ、タイパ……?」

「タイムパフォーマンス……時間帯効果です」

「ほ、ほう……」

「連絡事項ならスマホで良いではありませんか」

「そ、そんな軽々に扱うべき話ではない!」

「じゃあ、なんですか?」

「……この間まで子どもだと思っていたお前らもすっかり女らしく……」

「はい、セクハラ」

 鷹が父親の言葉を遮る。

「なっ!?」

「ツーアウト……」

 富士がぽつりと呟く。

「ふあ……そういう前置きはいいって~」

 黒髪ひとつ縛りがあくびまじりに口を開く。

茄子(なすび)よ……」

「はい、パワハラ」

 茄子と呼ばれた黒髪ひとつ縛りが父親の言葉を遮る。

「なっ……どこがだ!?」

「パパ、自覚ないの?」

「い、いや、まったく……」

「これだよ……」

 茄子が呆れたように両手を広げる。

「わ、分からん……」

「……名前」

「名前?」

「そうよ、ワタシの名前、なすびってなによ?」

「し、姉妹揃って、たいへん縁起の良い名前だ!『一富士二鷹三茄子』と言うだろう!?」

「だからって、なすびって……」

 茄子が唇をぷいっと尖らせる。

「スリーアウト……」

 富士が呟く。

「それじゃあ……」

 鷹が立ち上がり、富士と茄子も続けて立ち上がる。父が問う。

「ど、どうした?」

「お父さん、法廷で会いましょう」

「ほ、法廷!?」

 鷹の言葉に父が面食らう。富士が笑って座り直す。

「軽い冗談ですよ……」

「し、心臓に悪いことはやめろ……」

「だからさっさと本題に入ってくださいよ」

 同じく座り直した鷹がうんざりした様子で話す。

「うむ、そなたたち三姉妹はこの由緒正しい忍術の流派、慈英賀流の後継者たちだ……」

「由緒正しい?」

「胡散臭いの間違いでは?」

「な、何を言う!」

 富士と鷹の反応に父が声を上げる。

「だって……ねえ」

 鷹が富士を見る。富士が淡々と呟く。

「流派が興ってから百年にも満たない、非常に歴史の浅い流派だという自己認識なのですが……」

「か、過去はさして重要ではない! 歴史はこれから紡いでいけばよい!」

「物は言いようね……」

 鷹が苦笑する。茄子が口を開く。

「ぶっちゃけ、極めてマイナーな流派じゃん」

「そ、それは伊賀と甲賀に挟まれればな……」

 父が腕を組んで首を傾げる。

「やっぱり忍術と言えばそこのふたつでしょ? 割って入る余地なんか全然ないと思うけどな~」

 父がバッと立ち上がる。

「若年層にもアピールしている!」

「アピール?」

「キャッチフレーズも作った!」

「それは初耳だね……どんなの?」

「『時代はI(賀)でもK(賀)でもない、J(賀)だ……!!』」

 父が拳を高くつき上げる。

「……」

「どうだ!?」

「ダサい」

「ダ、ダサい!?」

「寒い」

「さ、寒い!?」

 鷹と茄子の反応に父が驚く。

「……お先真っ暗という感じですわね」

 富士が俯いて額を抑えながら首を左右に振る。

「そ、そこに光を差し込ませるのがお前たちの役目だ!」

「……私たちの?」

 富士が顔を上げる。

「あ、ああ!」

「……意味が分かりませんね」

「お、お前たち、子どものころに紹介した男子たちがいるだろう!」

「ああ、近隣の里の……」

「何度か遊んだはずだ、覚えていないか!?」

「覚えていますよ、本当に数度きりですけれど……」

「何を隠そう、彼らはお前たちの許嫁だ!」

「……は?」

「彼らと結婚し、丈夫な子供を産んで、家庭を持つことで……」

「「「『マタハラ』!」」」

 三姉妹が揃って声を上げる。

「う、うおっ!?」

 三姉妹の迫力に圧されて、父は尻餅をついてしまう。

「まったく、ここまで時代錯誤だとは……」

 鷹が額を抑える。

「アップデートされていないね~」

 茄子は失笑する。

「……父上、ここまで育ててくださったことには感謝しております」

「む……」

「ですが、各々の結婚相手については自分たちがこの人だという方を選びたいと考えております……」

「し、しかし……」

「しかしもかかしもありません……!」

「う、うむ……」

 富士の圧に押され、父が頷く。鷹と茄子が苦笑する。

「やれやれ……」

「びっくりしたよ~」

「ちょっと待て……!」

「?」

「お前たち三姉妹はこの疾風家だけでなく、慈英賀の里の皆の期待も一身に背負っているのだ。皆をがっかりさせるようなことはやめてくれ……」

「……どういうこと?」

「結婚云々は別として、立派な男性を里に連れてきてくれ。一度だけでも良い。そうすれば、口うるさい長老連中なども安心する……」

 鷹の問いに父が答える。茄子が鼻の頭をこする。

「立派な男性か~」

「私たちのいわゆる……”好み”でよろしいのですか?」

 富士が尋ねる。

「それは任せる。ただ……」

「ただ?」

「なまっちょろい男はダメだぞ! それだけは認められん!」

「……分かりました。行きましょう、二人とも」

 富士に続いて、鷹と茄子が部屋を出ていく。三人は屋敷の庭に向かう。

「富士姉、分かりましたとか言っちゃってたけれど、良いの?」

「三人揃って、里から出てしまっても良いんじゃない?」

「なーちゃん、滅多なことを言うものではないわ」

 富士が茄子をたしなめる。

「だって~」

「私はこの里になんだかんだで愛着を感じているわ……都会で暮らそうという欲もない……二人はどう?」

「まあ、わたしたちのこの脚だったなら、名古屋も京都も大阪もまさに一足飛びだからね~買い物とかには不自由しないし」

 鷹が自らの両脚をポンポンと叩く。

「仕事とかも最近は働き方改革だから、こんな山奥でもリモートで参加することとかが出来るか……」

 茄子が自らの顎をさすりながら頷く。富士が笑う。

「……考えはまとまったわね。この里に移住してもらう男性を探すのよ」

「どうやって探すのさ? 『慈英賀の里に疾風三姉妹あり』なんてローカルなニュースバリューはこのご時世すぐに埋もれちゃうよ?」

 茄子が両手を広げる。鷹が呟く。

「お父さんとちょっとだけ気が合ったわ。”なまっちょろい男はダメ”って……それについてはわたしもそう思う……」

「大変そうだね……やっぱり里を抜けた方が……」

「……これがあるわ」

 富士が転がっていた茶色いバスケットボールを拾って、地面に二、三度弾ませる。

「!」

「!!」

 鷹と茄子の顔が変わる。富士が笑みを浮かべながら続ける。

「普通とはちょっと違う、私たちを負かすことの出来るような男性チームならばお相手にはふさわしい可能性があるのでは……二人ともいかが?」

「……悪くはないわね」

「鷹姉ちゃん、マジで……はあ、まあいいや、とりあえずワタシもついていくとするよ……」

 意外に前のめりな鷹に驚きながら、茄子も同意する。富士は笑みを浮かべながら静かに呟く。

「疾風三姉妹……ストリートの3on3バスケに殴り込みをかけるわよ……!」

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