9 ご提案。
結局、アレから3日。
何も無いので諦めてくれたのか、と思っていたのですが。
『愛してる、お前が必要だ、婚約してくれ』
出掛ける間際に呼び止められ。
そのまま跪かれまして。
「あ、あの、ココでは」
『話し合ってくれるのか』
「はい、勿論です、ですのでココではちょっと」
他の使用人の目が痛いんですよ本当に。
『なら中庭に行くが、予定は良いのか』
「はい、ただ散歩と買い物だけですから」
『そうか』
まさか、完全にこの方向になるとは。
何だか焦りが消え、落ち着いて紅茶を飲んでらっしゃいますが。
あぁ、まだ勘違いなさってるのでしょうか。
「侍女長と結託し行いました」
『だからどうした』
「いや、結果的に騙す様な」
『お前の良さに改めて気付かされた、気にするな』
あぁ、嵌められたのは私ですか。
いや、確かに推されてはいましたが。
出来るなら、諦めさせる方向で動いてくれるかなと期待していたんですが。
こうなるとは。
「何が良いのか」
『口説いて良いんだな』
「いやー」
『何が嫌なんだ』
「こう、何とか覆る方法は無いでしょうか」
『例えお前が酷い性癖だろうとも、悪食だろうと無能だろうと、覆る事は無い』
「では、年の事は」
『私が成長すれば満足か』
「いえ、そう言うワケでは」
『何が嫌なんだ』
「嫌では無いんですが」
『なら構わないだろう、私はもう直ぐ16だ、何の問題が有る』
「庶民です」
『紅茶のアレは貴族令嬢だったぞ』
「偶々」
『私が他を知らないとでも思うのか』
「いえ」
詰みましたかね。
『何が不満だ』
「何も、無いのですが」
『なら若返りの何が嫌なんだ』
「何だか、狡いと言うか。こう見合う努力をする気も無いですし、特筆すべき事も、容姿もコレなので」
『そんな事を俺が気にするとでも思ったか、お前は私の運命の相手だ、決して後悔する事は無い』
嬉しい限りですが。
「私にも、そう思っていた時期が有りました」
『その男は単なる愚か者だ、忘れろ』
「ですが私より学も地位も」
『だがお前は幸せでは無かったのだろう。お前に必要な事は何でも学ぶ、だから教えてくれ、私はどうすれば良い』
「もう少し、相応しい方を」
『却下だ、私は今の地位で出来る事を全てこなすつもりだ、その補佐にお前が必要なんだ』
「本当に、特筆すべき点が」
『いや、私に幸福とは何かを教えてくれた、呪縛を解いてくれた』
私、幸福なんぞ教えたつもりも、呪縛を解いたつもりも無いんですが。
「何の、事なのか」
『共に雪を眺め、虹を探しに行きたい』
とんでもなくロマンチックなプロポーズですが、オバサンと美少年。
最早犯罪ですよ、私が親なら大反対します。
成程、それか。
「ご両親は」
『残念だったな、喜んでくれている』
「コレで、ですか」
『私が勤勉で真面目過ぎる事を、ずっと心配してくれていた。寧ろやっと、私が自身の道を歩もうとしている事を、非常に喜んでくれている』
「いやでも、それは話を聞いただけで」
『少し前に夫婦が訪れただろう、私の知り合いだ、と。後日、お前に花を贈った夫婦だ』
ご主人様が外出されている日に、来られたご夫婦。
いや似てると言えば似てますが、正直、西洋顔の見分けって難しいんですよ。
見慣れてませんから。
と言うか、確かお名前が。
「お名前が」
『私は分家し出世した身、姓が違くて当然だろう』
なのに、侍女長も誰も何も言わなかった。
「嵌められた」
『私を過度に褒めず、持ち上げず。苦労を良く知り、本心から心配してくれる者だ、と褒めていたぞ』
「だって、アナタ様は年下です、老婆心から」
『合わせれば32だ』
「16才を何度も繰り返したからと言って、老人や親心が分かって堪りますか」
『いや、分からなかったからこそ私は悩んでいた。だがお前が私を呪縛から解放した、コレで無能なら、寧ろこの年齢差で丁度良いのでは無いか』
ぐうの音も。
いや、話題を逸らそう。
「以前の事は」
『言っていない、両親は善良で穏やかな者達だ、だからこそコレから先も言うつもりは無い』
「賢明なご判断かと」
後から知ったらもう、悲しみが倍増でしょうしね。
『愛してる』
「お受け致しかねます」
『なら独身を貫く』
「なっ、何と卑怯な」
『私の誕生日に抱かれろ』
「唐突ですね」
『分からせてやろうか』
「もう少し、お待ち頂けると、助かります」
『少し、な、私の誕生日までだ』
怒涛の展開でしたが、何とか猶予が頂けた。
と言うか。
もし逃げたら、どうなるんでしょうか。
「あの、侍女長、明日にでも私用の買い物に行こうかと思うのですが」
《あぁ、ごめんなさいね、アナタは出させるなとご主人様からの命令なの》
流石。
いや、流石じゃないです。
「何故でしょう」
《もし逃げられては、悲しみのあまり職務を投げ出してしまうかも知れない、だそうで》
そこまでしますか。
「侍女長」
《まぁまぁ、まだ時間は有りますし、もしかすれば不意に熱が冷めるかも知れない。諦めるか上回るか、それしか無いでしょう》
無茶を。
「無茶では」
《何がです?信用するかしないか、知恵を回すか、どちらかでしょう》
似た年代かと思っていましたが、ココは異世界。
もしかして侍女長は、シルキー種。
となると、賢さと年の功でもう、圧倒的に勝てないのでは。
「暫く、考えてみます」
取り敢えず、誰か味方を探さなくては。
『残念ですが、私も賛成派で御座いますよ』
「執事長、何故ですか」
『家の事もそうですが、ご主人様の幸福を考えるのも、我々使用人の務め。例えご主人様が自らの真の望みを理解してらっしゃらなくとも、我々が先回りし、ご提案申し上げる。そうした事も、役目だと思っております』
「まさか、最初から」
『最初は、良きお話し相手になればと。ですが我々も関わり、ご主人様に見合う方でらっしゃる、そう思った次第です』
「そんな、流石に、宛てがうのはどうかと」
『様々な料理の中で、最も長く口にしたい、そう思われたなら喜ばしい事では。因みにですが、もう既に我々が仕組んだ事も了承して居られますよ、ご確認されては如何ですか』
「コレが貴族のやり方か」
『まぁ、お節介な大人のやり口、ですかね』
「誰か反対派の方は居りませんか」
『居りますとも、ご令嬢方はさぞ反対なさるかと』
「どうにか、ならないでしょうか」
『ご納得頂ける為なら、何でもご協力致しますよ』
「では是非」
『婚約者を決めるお茶会、では、どうでしょう』
「成程、宜しくお願い致します」
『はい、ではその様に』
えぇ、ご納得頂けるのでしたら、何でもご協力させて頂きますよ。
『婚約を受け入れてくれるのか』
「お茶会の場で決めさせて頂きます」
『成程、お前を批判させる為か』
秒で看破されました、流石です。
「はい、目を覚まして下さいご主人様。薔薇とジャガイモの花では、あまりに釣り合いが取れませんよ」
『あぁ、だがそれは花束の作り手次第だろう』
「だとしても」
『分かった、そこまで反対派の意見が欲しいなら、それで納得すると言うのなら出てやろう』
「ありが」
『但し、若返りが条件だ』
「何故」
『少しでも対等な立場で戦うべきではないのか、それとも圧勝がしたいのか?』
「何でこの姿だと圧勝になるんですか」
『何もせずとも若さが保てると誇示する、結構な嫌味だと思うがな』
「若く見える程度で」
『令嬢とて女だろう、それとも若さとはそこまで価値が無いなら、私もさっさと年を取ってしまおうか』
「勿体無い」
『では、交渉成立だな、さっさと探してこい』
ココで、ふと思い至ったのです。
そもそも、協力してくれる魔獣や聖獣が居るのか、と。
ですので、ココは素直に遠路遥々外の国に向かい。
と言っても地獄から魔獣の森を有する国へ転移し、幾ばくか馬車に乗るだけ、だったのですが。
《何の問題が有る》
おいで下さいましたのは、2本角のユニコーンでした。
2本なのにユニコーン。
「あの、聖獣様」
《寿命を延ばすワケでも無い、ただ幾ばくか経年劣化を遡るに過ぎない、何が問題だ》
「いやー、何の苦労も努力もせず」
《苦労すれば必ず報われるとでも言うのか》
「それは、まぁ、願望に近いとは思いますが」
《そもそもだ、苦労と婚姻に何の関係が有る》
「それは、無いとは思いますが」
《貴族の結婚に必要な事は、寧ろ相性と賢さだろうに》
「ですが、それこそ」
《上には上が居る、だが賢ければ良いのか、相性はどうなる》
「うぅ」
《得てから悩め、思わぬ盲点が有るかも知れんのだ、ほれ》
「いや、ちょっと」
《対価は暫くの毛繕いで構わん、ではな、妻が呼んでいる》
ササッと。
まるで髪でも伸ば。
髪まで。
何と丁寧な配慮の仕方。