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8/12

8 翌日。

 まさか、煽る様な作戦だとは思わなかったのですが。


『結婚後はどうするつもりだ』


 次にお会いする間も無く、仮面舞踏会の翌日にご主人様から接触が有りましたが。

 コレは単に、仕事の為、だけでは。


 と言うか、バレていたんでしょうか。


「お相手の方次第ですが、私としてはもう、中年ですので落ち着こうかと」


『全く向上心が無いな』

「はい、もう年ですし、若い方の活躍の場を妨げるワケには参りませんから」


 はい、本心です。

 それにお相手の方も、そう仰って下さっていた。


『どんな男だ』


「優しくて穏やかな方ですね」


 奥様を亡くされ、結婚する気は無いと仰っておりましたが。

 良い方でした、勿体無いと思いました。


『気に入ったか』

「ですね」


 友人として、ですからね。

 とっても奥様を愛されているんですよ、今でも。


 もうそれだけでも、私には学びになりました。

 本当に良い結婚も有るのだ、と。


『若ければ違ったか』


 どうでしょうね、かなり前に挫折しましたから。


「かなり前に諦めたんです、色々と、なのに欲張った結果。更に失敗した」


『元夫の事か』


「始まりは父が勤めていた場所が無くなった時、私は学ぶ機会を失った。けれど新たに学ぶ為に稼げる程、身体が強く無かった、何もかも諦めるしか無かった」


『何がしたかったんだ』


「美しくする補佐を、髪を結い上げたり、綺麗だったり可愛い方々に囲まれたかった。そうした事に憧れていたんですが、私には無理だった、その後に薬草無しでは働けない体になっていた」


『心労か』


 母は父が再就職出来た直後、亡くなった。

 多分、アレも心労のせいだと医者に言われ、父は大泣きしていた。


「かも知れませんね、母も、そうでしたから」


 綺麗にして喜ばれる。

 可愛くして喜ばれる。


 そんな世界に憧れていたけれど、分不相応だった。

 何をするにも体力勝負、無理をしてなんぼの世界。


 私には無理だと思い知らされた。


『今は何も飲んではいないと聞いているが』

「環境が合ったのかと、それに今は、無理をせず過ごせていますから」


 薬の効きが悪い高血圧、月経不順、眩暈。

 それらが綺麗に消えた。


 本当に、良い世界なんですよねココ。


『若くて健康なら』

「いいえ、欲張れる程、何かを持ってはいませんから」


 本当に、穏やかに余生を過ごせれば良い。

 眺めているだけで楽しい世界なのだから、コレ以上望む事は何も無い。


『どう足掻いても、相手の為に努力するつもりは無いのか』

「出来る範囲ではしますが、無理をするつもりは全く無いです、人生は短いですから」


 多分、私は本当は死んでいる。

 ココは余生、魂を綺麗にする待合室、生まれ変わる前の束の間の余暇。


 なのに、何で成り上がる必要が有るのか、庶民には全く分かりません。


『どう過ごすつもりだ』


「そうですねぇ……」




 記念日には食事に出掛け、天気の良い日は庭で読書か、針仕事か。

 時には庭園へ出掛け花を観賞し、天気が悪ければ料理をするか、虹を探しに行くか。


 午後には本の感想を語り合うか、明日の予定を話し合うか。

 夕食も共に過ごし、次の料理の話し合いをする。


 時には夕暮れを見に海辺や川辺に向かい、早朝に起きれば朝焼けを見て過ごし。

 雪が降れば雪を眺め、暖炉の前でゆっくりと過ごす。


『そうだな』


 そう過ごせれば、そう思ってしまった。

 そんな願望など全く無かったにも関わらず、彼女が語る穏やかで静かな夫婦の時間に、堪らなく憧憬を覚えた。


「まだお若いんですから、先ずは成すべき事を成して下さい。大丈夫、ご主人様はお優しいし賢いのですから、きっと素晴らしい方と一緒になれますよ」


 私は、何処まで登り詰めれば気が済むんだろうか。

 もう居ない祖母を目の敵にし、居もしない者に縛られ、私は本当は何がしたいんだろうか。


『何処まで行けば、祖母に後悔させられるだろうか』


「あの、お幾つで、亡くなられたのでしょうか」

『16になる前だった、成人の儀だとほざいて祖母が食わせた。私を気に入っていなかったのは知っていた、弟の方に継がせたかったのだろう』


「最早、毒殺では」

『だが他の者には毒では無い、弟の肖像画には満面の笑みで描かれていた、だが弟の子がガレットで亡くなり血は途絶えた。結局は、どちらだったのかは分からない』


「何と申し上げたら良いか」

『率直に言え』


「生まれ変わって良かったですね」


 あぁ、そうか、と。

 彼女の言葉は、どうしてなのか、そう思わせる何かが有る。


『後悔してくれているだろうか』

「もうなさってる筈ですよ。きっと地獄で、悪かった、許してくれと何度も咽び泣いている筈です」


『本当か』

「まぁ、孫まで立派にお育てになられたら、あまりの恥ずかしさに燃え尽きるかと」


 例え執事長に言われ様とも、侍女長に言われ様とも。

 そう直ぐには受け入れられなかった言葉達が、どうしてか最後には何の疑問も無しに受け入れられ。


 いや、受け入れられない言葉も有る。


『ウチの大事な侍女だ、しっかりと調査させる』

「私の私事に首を突っ込むのでしたら、試用期間を終え切り上げさせて頂きます」


『何』

「私の事よりご自分の事に集中して下さい。どうしても気になると仰るなら、侍女長よりお伺い下さい、お知り合いだそうですから」


『そうか、後は仕事に戻ってくれ』

「はい」




 ふふふ、早速ですね。


『侍女長』

《はいはいはい、只今》


 焦らして差し上げたいのは山々なのですが、坊っちゃまが冷静になられたら気付いてしまうでしょう。

 鉄は熱いウチに打て、ですからね。


『アレの』

《ご主人様、使用人の私事に首を突っ込み過ぎては、離れられてしまいますよ》


『だが、何故紹介した』

《そりゃ良い年ですし、仕事もそこそこ、人柄も悪くは無いのですから紹介もしますよ》


『今更馴染んだ者を』

《あの程度の人材は他にも居ります、何を拘ってらっしゃるのですか》


『分からないのか』

《仰って頂かなければ分かりません、一体、何を拘ってらっしゃるのですか》


 侍女なら替えは効きます。

 有能なモノが欲しければ、お給金を上げれば良い。


 何故、あの子が必要なのか。

 坊っちゃまが、しっかりと自覚なさらなければならない。


『率直に話してくれるんだ』

《私共が居りますでしょう》


『素直に、受け入れる事が出来る』

《多少お時間が掛かっても、ご主人様は理屈さえ分かれば、ちゃんと受け入れて下さいます》


 あぁ、やっと分かって下さいましたか。


『彼女と、共に過ごしたい』


《では使用人として》

『違う、夫婦として、共に過ごしたい』


《更に爵位を上げるには不相応です》


『何の為に上げる、上げなければならない理由は、もう無くなった』


 やっと、亡霊の手が離れたのですね。


《では、あの子の気持ちはどうなるのです》


『どうすれば良い、素っ気無くしてしまった、もう他の男に』

《あら、私がお伺いした限りでは、互いに良い友人になれそうだとお伺いしましたよ》


『だが』

《お気持ちを伝えず過ごし、万が一にもお亡くなりになられても、本当に宜しいのですか》


 人種は弱く脆い。

 ふとした事で、簡単に死んでしまう。


『だが、どうすれば』

《振り向かせれば良いのです、そして大切にすると伝え、想いを伝える》


 言わねば伝わりません。

 そして行動で示し、全てで示す。


『今更、どんな顔をして』

《繕う事を最も嫌がっておられたのは誰です、さ、鉄は熱いウチに打たなければならないのです。本当に失いたく無いのなら、直ぐにも行動せねばなりません》


『何か、手持ちの、渡せる物は』

《はいはい、コチラで宜しいですか》


『あぁ』


 白いリシアンサスの花言葉は、思い遣り、永遠の愛。


《ですが、手放すなら今です、私はどちらでも坊ちゃまを応援致しますよ》


 決めるのはアナタですよ、坊ちゃま。

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