7 仮面舞踏会。
「あわ、どうしましょう、私の雇い主が居るんですが」
《あぁ、だが仮面を、ついでにベールもしておこうか》
「はい、お手数お掛け致します」
《いやいや、構わないよ。さ、行こう》
「はい、ありがとうございます」
相手が居る仮面舞踏会は別ですよ。
ひそひそニヤニヤされる心配が減るので。
例えココの治安でも、やはり匿名性が強くなると民度が若干下がると聞いていたので、1人では絶対に無理だと思っていたんですが。
正解でした。
『実に素晴らしいドレスとお体ですね』
《申し訳御座いません、探し人が居りますもので》
『あぁ、そうですか、でしたら扇情的で挑発的なお衣装を控えた方が良いですよ。まるで淫乱な売女だ』
《失礼致します》
まぁ、軽々しく声を掛けて相手にされないと、平気で嫌味を言う。
治安維持用に警備も居ますが、それが居ないともう、本当に奔放でらっしゃる。
《呆れてしまったかな》
「いえいえ、向こうはもっと、こうした場になれば治安が悪い筈ですから」
《筈、こうした華やかな場に行った事は無いんだね》
「はい、機会も何も無かったので、聞きかじり程度です」
《君の元夫が悪いのは勿論だけれど、きっと君を閉じ込めていたかったのだろうね》
「それが情愛だったなら、まだ良いんですけれどね……」
愛してるとは最初は言われましたが。
結局は単なる家政婦ですよ。
大きな事件が有り、怖いねと言ったら、なら出なきゃ良いじゃない。
ですよ。
しかも一事が万事、コレ。
《ふふふ、聞けば聞く程、違う生き物に感じてしまうよ》
「そうなんですよ、本当に、違う生き物でした。違う筈、その言葉に反応して下さいましたが、アレなら何と返すか分かりますか?」
《んー、そう、かな》
「そうなんですよ、しかも一言多い。そう、僕なら気にしないけどね、とか」
《気にしても仕方無いだろう、君は気になるんだね、なら聞いて回ってみたらどうだい》
「本当に、流石です」
《いやいや、僕の場合は本だよ。興味本位と知識の為、そうした者が出る本を幾つか読んでみたけれど、やはり何故なのかまでは分からないままだよ》
「私もです、でも興味が無いからそうなのでしょう、家政婦としてしか興味が無い」
《常に何でも共感しろとは言わないけれど、一緒に居るのなら、全く共感されないのは辛かったね》
「でも好きでも無いなら仕方無いですし、摺り合わせ不足でしたから」
《話し合わずともどうにかなる、そう偽られたいたんじゃないだろうか》
「かも知れませんが、それを見抜けなかった」
《確かに外面に騙されたのかも知れないけれど、相手の騙す技術が高かったとも言えるんじゃないだろうか》
「ですね、すみません楽しい場で」
《構わないよ、楽しい事だけが全てでは無いのだから。さ、このベールはどうだろうか》
「良いですねぇ、キラキラして綺麗です、流石ですね」
《妻のお陰だよ、さ、どうぞ》
「ありがとうございます」
コレで、少しはバレ無いでしょうかね。
流石に気まずいですし、本気で気にされても困りますから。
《では、行こうか》
「はい」
やはりソウとは違う。
良く似ているけれど、何かが違う。
『含蓄の有るお言葉を頂き、大変有意義な時間を過ごさせて頂きました』
《あら良いのよ、私も顔だけでは無いのだと知れたのだし、有意義に過ごさせて頂いたわ》
『では、失礼致します』
《最後に1つ、もう既に決まっているでしょう、漏れ出ているわよ。本当に探す気が有るのなら、ソレを消すか処分なさい、のし上がるには邪魔よ》
『はい、ご忠告感謝致します』
《良いのよ、じゃあね》
誤魔化す事も難しいと言うのに、どう消せと言うのだろうか。
家から、出すしか無いのだろうか。
手放すしか無いのだろうか。
こうして、彼女が居る筈の無い場所ですら、こうして探し。
『ソウ』
いや、似ているだけだろう。
仮面舞踏会には行きたくは無いと言っていたのだし。
《付き添いが居るな》
『あぁ、だからか』
《いや、本人とは限らないだろうに》
『いや、彼女だ』
ずっと見ていた。
いつかコチラを見てくれるのでは無いかと、私の部屋の窓を、少しでも見てくれないかと。
《坊ちゃんは本当に趣味が悪い、俺ならさっきの女の方が》
『私にあの色気は必要無い、アレの何が良いのか、全く分からない』
《それは俺のセリフだ、あんなガキみたいな女の》
『中身は大人、それ以上だ』
《おい、話し掛けてどうする気だ》
歩いているつもりは無かった。
どうしたいかも考えていなかった。
『コレが相性なのか』
《どっちのだ》
『コレは』
《血の相性は妥当だが、お前の言う相性なら分からん、お前だけにしか分からない事だ》
血の相性では無いなら。
『なら、コレは』
《成り上がる気が本当に有るな、消せ、処分しろ。さ、次に行くぞ》
私は何をするつもりだったんだろうか。
私は何を。
《あの、どうかなさいました?》
あぁ、私は貴族だ。
復讐すると決めた、民を同じ目に遭わせぬ為、成り上がると決めた貴族。
『もしかすれば、アナタに見惚れてしまったのかも知れません』
彼女の雇い主がコチラに向かって歩いて来たので、少しばかり移動したのだけれど。
少ししてまた、彼女の姿が見える場所に移動して来た。
流石に隠す事も難しく、幾ばくか真実を告げ、更に移動する事に。
「すみません、お手数お掛けしまして」
《いや、僕の見間違いかも知れないのだし、気にしないでくれて構わないよ》
「では、そうさせて頂きます」
同年代だから分かる事だろうか。
無理をし作り笑いをしている。
健気にも、振り切ろうとしている。
《本当に、貴族夫人になるつもりは無いんだろうか》
「はい、全く無いです」
頷きと共に溌剌と返事を。
本当に、全くなる気は無いらしい。
《そう、そこまで、ふふふ》
「すみません、向上心の欠片も無く、意欲も無い者で」
《いやいや、それこそ向上心が無い者を欲する貴族は一定数居る。その事を考えると、つい笑いが出てしまっただけで、他意は無いんだ》
「居るんですか、そんな方が」
《あぁ、かと言って身を崩したがっているワケでは無いんだ。そうした者の殆どは、前妻に酷く追い立てられた結果、寧ろ出世に意義を見い出せなくなった者達なんだ》
「あぁ」
《そう君は理解してくれるからこそ、推したいと思っているのだけれどね》
「それは有り難いのですが、その方がいざ立ち直り、改めて出世を目指すとなった時。私は本当に足手まといになりますよ、読めないし書けない、しかも会得する気も全く無い。先立たれた日にはもう、家が終わってしまいますよ」
家としての当たり前が、本当にココと向こうでは違うらしい。
《その為に補佐が居る、目が見えなくなったとて、執事や侍女長が居ればどうと言う事は無い。そう周囲を育てるのも、当主の義務、大概の貴族は持っているモノだよ》
「ですけど、凄く面倒そうだ、としか思えないのです。私は偶に誰かと話せれば良いだけなので、訪問日に家を回ってお喋りをして、夜会では隙あらば情報収集だなんて無理なんです」
何がそこまで。
いや、そうだった。
《すまない、幾ばくか体が弱かったのだったね》
「いえ、お酒は飲めますし、今はもうすっかり体調不良も無いですから」
《なら、少しは考えてみてくれないだろうか。もし君があの家を出る事になったら、次の寄る辺は有った方が良いとは思わないかい》
特筆すべき事が無いからと言っても、決して欠点が有るワケでも無い。
それは喜ばしい事であり、胸を張っても問題無い事、なのだけれど。
「ありがとうございます」
《いや、今日は一段と騒がしい、もう今日は解散しようか》
「はい、良い思い出になりました、ありがとうございました」
僕にも全く粉を掛ける事も無く、距離を保ち弁えている。
そして、限りの有る関係だとも。
《折角なのだし、もう少し彼に考えて貰おう》
「あー、はい、お暇になりましたらお付き合い頂けると助かります」
《いやいや、僕にも気晴らしが必要だからね、気にしないでおくれ》