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2 草薙数子、40才。

『少し宜しいでしょうか』

「はい」


 居心地良く居座る為の材料。

 希望職、侍女見習いの打診が、本当に来てしまいました。


 就職希望先と雇用側が上手い具合にマッチングすると、紹介されるそうなんですが。


『伯爵家です』


「伯爵家」

『伯爵家』


「伯爵家」


 上から大公・公爵・侯爵。

 辺境伯・伯爵。


 騎士爵・勲功爵。

 子爵・男爵・準男爵。


 かなり上位。

 何で。


『気難しい方で、寧ろお若い方を、避けてらっしゃいまして』

「あぁ」


『それと、お試しです。来訪者様が何処まで使えるのか、試されたいんだそうです』


「大役過ぎて既に辞退する以外に選択肢が」

『あぁ、いえいえ、侍女長や執事の方が、ですね。コレから先増えるでしょうから、とのご要望なんです』


「それでも」

『衣食住、3食昼寝とオヤツ付き、お給金は継続雇用後は20,000』


「なんと、破格な」

『いえいえ、コレが標準です、機密契約費も込みですから』


「あぁ」

『ですので、英文がほぼ読めない事は、寧ろ強みなのです』


「成程」


 気が付いたら外国語が聞き取れていて、マイケルやリュウさんと会話が出来ていたんですが。

 字は流石に、地で知っているモノ以外は分からないまま。


 ココに残ってる方の中には、英文を学ぶ為に働きながら学んでらっしゃる方も居る。


 ですが、敢えて学ばなかった。

 正直、面倒なんですよ、今更この年で学ぶの。


 だって契約用の公式テンプレが有りますし、心配ならお金を払えば付き添いが付けられますから。


 まぁ、そこそこ都会でマジスローライフをしようか、と計画していたので。

 その為には先ずお金、次に社会勉強。


 なんですが。


『特筆すべき何かをお持ちの方を求めてらっしゃるワケでありませんし、ただただ、お知りになりたいだけかと』


 期待を裏切った後が、心配だったんですが。


「もしダメになったら、またココで雇用を」

『勿論です、いつでも、お待ちしております』


 絶対では無いだろう、雇用を切られたらココでの評価も下がる筈。

 どの道、失敗した時用の為に、外での働き口も探すべきだし。


「では、お試しで」

『はい、お試しで』




 気張ったものの、実に拍子抜けだった。


《あぁ、綺麗に仕上がっていますね、本当に助かります》

「いえいえ、丁寧に教えて頂いたお陰です」


 どうやら急に爵位が上がったらしく、大規模雇用のついでのお試し、でした。


 黙って指示に従うだけで、それこそハンカチのアイロン掛け程度で褒めて下さる。

 助かる。


《はぁ、本当に、アナタの様に素直な方ばかりなら良いのだけれどねぇ》

「そう反発する程、若くも無いですから」


 一定数、貴族令息や令嬢のプライドが抜けきれず、どうしても指示されると反発してしま者が居るらしく。

 仏頂面、返事が拗ねてる、そうした者がバッサバッサ切られていく。


『侍女長』

《はい、只今》


 この侍女長を呼んだ方が、この家のご主人様、マイマスターで御座います。


 そうなんです、この美少年のせいで、アホ侍女見習いがガッポガッポ来てくれたので。

 私は暫く安泰です。


『頼むぞ』

《はい、畏まりました》


 紙の束。

 大変ですね侍女長。


「では」

《ねぇ、数字なら、大丈夫よね?》


「強くは無いですし暗算は不得手です、他の作業ならお受け出来ますが」

《じゃあ、おぼ、ご主人様の付き添いをお願いね》


 お坊ちゃま時代からのお付き合いですか、成程。


「断る権利は」

《無いわねぇ》


「雑用しかして無いので、接待の方法は」

《まぁまぁ、少しの間だけ、準備は私がするわ。おバカさんなご令嬢が近付かない様に、ね?》


「それならお受けします」


 はい、安請け合いでした。

 と言うか、騙されました。


『何処の国の者だ』

「東の国です」


 雇用責任者による、個別面談でした。


『その割には髪が短いな』

「侍女としては寧ろコレ位が妥当かと、着飾るより仕事をこなすべきですから」


 コレは侍女長から仕込まれた答えですが、私も妥当だと思います。

 髪を仕上げるのって、拘り出したらキリが無いので。


『言葉は何処で学んだ』

「気が付いたら話せていました」


『家族は』

「居ませんが結婚はしていました、今は子も何も居りません」


『そうか、得意な事は何だ』

「特に何も有りません」


 胸を張って言ってしまいましたが、ココでは正直が原則ですから。


『結婚は考えているか』

「いいえ全く、もう40ですから」


 最後の最後、マイケル達に言った時と同じ顔。


 まぁ、童顔でも、可愛くも無いので何の得にもなりませんが。

 この顔を見るのは面白い、美少年の目玉が飛び出そうな顔、実に面白い。


『東のは、本当に若く見えるんだな』

「其々かと、ご主人様より若い方が、ご年齢の倍は上に見られる事も有りますから」


 同級生に居たんですよね、大人料金を払わされそうになって泣いていた男子。


『私の采配をどう思う』


 それなりに年功序列を重んじてらっしゃるのか、少し雰囲気が変わりましたね。


「庶民出の私如きが申し上げるのは」

『構わない、率直に言え』


「問題無いかと、人員配置を失敗すれば、簡単に崩れてしまいますから」


 会社勤めの経験は無いですが、父も元夫も会社勤めでしたからね。

 しかも父の勤めていた会社が倒産し、良く愚痴を聞いていましたから。


『崩れる原因を幾つか挙げろ』

「貴重品の管理不足、金品の扱いを単独で任せる、色恋沙汰」


 倒産の原因は、社員の窃盗から始まった悪評に不景気が重なり、ストレスから社長が愛人に嵌り会社の金に手を出し。

 不渡り、給料未払い、倒産。


 社長をぶっ殺してやろうかと思いましたね、父が単身赴任中だった為に引っ越し費用も何もかもが自費になり、ギリギリで生きていた我が家は秒で破産状態に。

 結果、入学金の振り込み間近の出来事で、結局は専門学校に行けず。


 かと言って病弱なのでバイトもままならず、細々と暮らしていた中で、友人の紹介で結婚。


 コレが失敗だった、手酷いサイコパス傾向の強い夫だと発覚、共感性皆無で身内になった途端に雑な扱いに。

 失敗したと気付いた頃には、就職が遥か遠い場所に有り、金だけの為に一緒に居ただけ。


 虚しい人生でした。


『何故、子が居なかった』


 凄い尋問テクニク、急に話題を変えますか。


「私の目が曇っていたので見誤り、子を成す事を諦めました」


『前職は何だ』

「監督所で補助をさせて頂いておりました」


 契約内容に嘘を禁ずる項目が有る。

 しかも侍女長との約束で、来訪者である事を言ってはいけない、とされているんですよね。


 多分、興味を引かない為かと。


『その前は妻だった、か』

「はい、監督所はとても良い環境でしたので、是非ご見学をお勧め致します」


『そうか、お茶を頼む』

「はい」


 魔法も有る異世界なので、当然の様に魔道具が有る。

 湯沸かし器でお湯を温め、適温で茶葉を抽出。


 コレは練習しました。

 紅茶は好きですし、お菓子も好きですから。


 でもコレは、飲めないんですよね。


『飲んで構わないが』

「申し訳御座いません、デカフェ以外は、動悸がしてしまうので」


 カフェインに弱いんですよ。


 お遊びで飲んだエナジードリンクと父からの倒産の報告で、過呼吸からのパニック発作、コンボでぶっ倒れ。

 以来デカフェ1本なんです。


 なのでココは本当に天国なんですよ、魔法でデカフェの珈琲と紅茶が有る。

 ですが高いので、嗜好品です、贅沢品とすら呼ばれています。


『コレはデカフェだ、ラベルを良く見ろ』

「失礼致します」


 本当だ。

 侍女長に任せてたから良く見て無かった。


『次からは確認しろ』

「はい、失礼致しました、頂きます」


 ピーチティー、美味い。


『ミルクを飲まないそうだが』

「あぁ、はい、お腹を下してしまうので」


『東には多いらしいな、ヤギミルクを仕入れておく、飲んでおけ』


「あの、コレ以上は背が伸びませんが」

『健康管理だ、当主には使用人の健康管理の責任も有る、遠慮は要らない』


「ありがとうございます」


 口調は凄いキツいんですが、優しい。

 本当に良い会社なんですよね、ココ。

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