表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/12

12 最後。

《覚悟が決まったか》


「それがまだで、逆に、若返れば少しは乗り気になるかと」


《萎れているな、私の妻も心配していたぞ》

「すみません、ありがとうございます」


 人種とは、脆くも弱い生き物。

 最も短命で、群れる生き物。


《体調はどうだ》


「若返らせて頂いた時、とても体が軽く、やる気も出ていましたが」

《なら若返れば良いだろうに》


「ご褒美なら頂けますが、何か、借金の様に感じてしまって」


《この小心者め、何に怯えている》

「まだ見ぬ取り立て屋です、幸と不幸の帳尻合わせをする何かです」


《であれば褒美だろう、向こうで苦労しただろうに》

「そこまでしていません」


 向こうの者は認識が捻じれていると言うが、本当だとはな。


《やれやれ、お前の不幸を誰が願う、ココでやっと帳尻が合うのだと何故思えん》


「以前の夫は、私には勿体無いと、あらゆる方に言われました」

《そう敵の味方の言う事に囚われてどうする、そこまで思い入れが有るのか》


「いえ全く」

《ココは向こうとは違う、分かっているだろうに》


「でも、16と」

《お前が有能で優秀であれば分かるが、お前は無能なのだろう?なら、寧ろ丁度良いのでは無いか、それともプライドが許さんか》


「いえ、ですが向こうでは犯罪です」

《ココでは犯罪では無い、それとも向こうに戻る気か》


「いえそれは無いです」

《なら慣れろ、愚か者の戯言に付き合うな、ココでのお前の人生を歩め》


 難しい事だろう。

 だがココで生きるのなら。


『ねぇ』

「はい?あ、どうも、旦那様にはお世話に」


『本当に、諦めて良いの?傷心から適当な未亡人の手に落ちて、ふしだらに転落しても、アナタは本当に後悔しないのね?』


 私の妻は、恋を諦め水に命を委ねたモノの血筋。

 誰よりも深く悲恋を知る精霊種。


「そうなったら、後悔します、ですが」

『そうなったら、アナタに後悔する資格は無いわ。だって見捨てたも同然、手放した、もう関わる資格は無い』


「はい」

『確かに短い生を幾度繰り返しても、そう大した成長は無いでしょう。けれど、2度の人生でアナタにしか出逢えなかったのよ?彼には確かに積み重ねが有る、その中で選んだ事が、本当に間違いだと思っているの?』


「いえ」

『怖いのは分かるわ、けれど、それで誰かを傷付けて良い理由にはならないでしょう?』


「はい」

『それとも、嫌いなの?』


「とても、素敵だと思います」

《どうしてココで言う、相手に言え相手に》

『大丈夫、裏切りが怖いのね、なら守ってあげる。もし彼が他の女を好きになったら、私が溺死させてあげるわ』


「それは困ります」

『離れ難い、好きなのね』


「はい、だからこそ」

『素直になりなさい、どんなに短い生でも、後悔は辛いわよ?』


 妻の涙は涙を誘う。

 そうして辛さを共有し、心を鎮める力が有る。


「はい」

『良い子ね、良い子良い子』


 人種は脆く弱い。

 更には寄る辺も無く家族も無いのなら、我らが守らずして、誰が守ると言うのだろうか。


《暫くの毛繕いだ、良いな》


「はい」




 中年だと言うのに。

 いや、中身が中年だと言うのに、つい泣いてしまった。


 自分が、こんなにも怖がっていたなんて自覚は、本当に無かった。


『泣いただろう、どうした』


 目の腫れも直して貰ったのに、涙が匂いでバレてしまう世界。

 ココは異世界で、魔法が有って、美少年がオバサンに惚れてしまう世界。


「万が一の裏切りが恐ろしかったのです、信じていなかったワケでは無いのですが、本当に申し訳御座いませんでした」

『すまない、慮ってやれなかった、心細かったんだな』


「全く、自覚が有りませんでした」

『いや、だからこそ良く考えるべきだった、私に有りソウに無いモノについて』


「父は数年前に亡くなりました、母は、更に前に」

『すまなかった、追い詰めるつもりは本当に無かったんだ』


「私も、追い詰められているとは思ってもいませんでした、ですが不安でアナタ様を受け入れる事が出来ませんでした」

『いや、本当にすまなかった』


「受け入れようと思います、少しずつですが、はい」


『本当か』

「なので若返ったのですが」


『すまない、気付かなかった』

「目が悪いのですか?」


『いや、目に問題は無い筈だ』


 恋は盲目。

 けれど夢は覚めるモノ。


「恋が冷めるのは3ヶ月だそうですが」

『知っている、だからこそ3ヶ月待つつもりだ』


「成程、流石です」

『すまなかった、全く慮ってやれていなかった』


「そう振る舞っていましたし、私もそう思っていたので」

『いや、ダメだ、償わせろ』


「デカフェのザクロティーも仕入れて頂けますでしょうか」

『あぁ、仕入れる』


「私にも償わせて下さい、受け入れず傷付けてしまいました」

『いや、それは私の思慮不足が招いた結果だ、すまなかった』


 性別以外は、何も似ている所は無い。

 共感し、反省し謝ってくれる、そして償おうともしてくれているのに。


 何故、どうして警戒する必要が有るんだろうか。


「私にも殆ど経験は無いも同然です、期待しないで下さい」

『分かった』


「あの綺麗な方の様に」

『アレに興味は無い、ソウと同じ対応をする者を探していただけだ。まさか、気にしていたのか』


「幾ばくかは、真逆ですし、復讐を成し遂げるには寧ろ」

『私なりに復讐する。単に見返すだけでは、それこそ子供の様な振る舞いだろう、それともそうして欲しいのか』


「お似合いにはならないかと」

『早く結婚しよう、私は味方だ、家族になろう』


「浮気をせず、しっかり、子孫を残して下さい」

『お前とだ、どんな手を使ってでも、お前との子孫を残す』


「ちゃんと、愛されていると私が分かる様に、愛して下さい」

『誓う、生涯を掛けて愛を伝える、愛している』


「はい」




 償いについて揉めながらも、やっと、私の誕生日を終えたと言うのに。


「では、おやすみなさいませ」


『拗ねて職務放棄をして欲しいのか』


「何ですか、どうして欲しいか仰ってくれないと分かりませんよ」


『そうか、そんなに私のキスは下手か』

「そ、そんな事は無いですよ、急にどうしたんですか」


 卑怯な手だとは思うが、彼女は落ち込む私を構わずには居られない。


『では何故、キスがたった1日3回なんだ、教えてくれ』


 理由は分かっている、こうして抱きしめるだけで、頬に当たる耳まで熱くなっているのだから。

 彼女は恥ずかしさで、私の事でいっぱいになってしまうからだと。


「では、何処にして欲しいんですか」


 私は敢えて、彼女の顔を見ながら言う。


『勿論、唇に欲しい』


 聞き終えるかどうかで、手で顔を隠し俯く姿が、堪らなく可愛いらしい。

 愛おしい、愛らしくて堪らない。


「お顔の破壊力を考慮なさって下さい、このままでは死んでしまいます」

『成程、では慣れていないだけ、と言う事で良いのだろうか』


 再び抱き締めると、今度は肩に頭を預け。

 やっと、顔から手を離し、私の手に手を乗せ。


「はい、アナタ様の顔に、慣れていないのです」


 コレの何処を愛せないのか、全く分からない。

 こんなにも素直で可愛らしい者は、そう居ないだろうに。


『なら、君が目を瞑るのはどうだ』

「ダメです、まだ私の顔に自信が無いので」


『では灯りを消せばどうだ』


「それで、お願いします」

『成程、キスは構わないんだな』


「はぃ」


 肩に顔を埋め、濁った返事をする。

 こんなにも愛らしい姿を見せるとは、誰も知らない、気付きもしない。


『消しておく、ベッドにでも突っ伏しておけ』

「はい、助かります」


 何処まで調子に乗ってしまおうか。

 いや、敢えて甘えてみよう。


 きっと彼女は、何とか最後の砦は守るだろう。


『さぁ、消したぞ』


「先ずは、頬からで、宜しいですか」

『あぁ、何処でも構わない』




 眩しい。

 朝日は眩しいし、ご主人様は眩しいし。


「あれ」

『おはよう』


 と言うか私、コレは、完全に寝坊。


「あっ」

『そろそろ月経の時期だろう、敢えて寝かせておいただけだ、心配するな』


「あぁ、申し訳御座いません」


 ご主人様は、体調管理と子作りの為にと、記録する様に申されまして。

 はい、徹底的な記録管理の元、最早私より周期を把握しております。


『排卵日前と月経前には、落ち易いと聞いたんだがな』


「なん」

『良く耐えてくれた、流石私の婚約者だ』


 いえ、実に危ない所でした。

 40代の理性が無かったら、もう受精してましたよ。


「一応、中身は40代、ですから」


 もう、半ば逆にそう唱えて耐えていましたよ。

 まだだ、良い年なら我慢しろ、と。


『本当に君で良かった、私の理性はとっくに崩れていた、助かった』


 甘え方が知能犯過ぎて、ちょっともう良く分かりませんが。

 自信を付けさせ様としてくれてもいる事は、良く分かりました。


「次は、違う甘え方で、お願い出来ますでしょうか」


『今度は君から触れて欲しい』


 抱き締めて何と言うかと思えば、コレですよ、本当に心臓に悪い。

 悪いのに、若さのせいか頗る元気。


 私の聖獣さんの奥様、ナイアス種の方に毎日検診して頂いてるんですが。

 血圧や心臓に問題無し、血が濁っている気配も無し、と。


 と言うか、ご主人様。

 またお元気ですか。


「あの、そんな言葉を、何処で」

『本だ、君の為に日々勉強している最中だが、不足か』


「いえ、身に余り過ぎて溢れております」

『なら言葉にしてくれ、私はコレでも不安だ、言葉も欲しい』


 切ない顔をされると、つい負けてしまいそうになるのですが。

 まだ、私達は未婚です。


「好きです」

『まだ足りない』


 多分、こんなに甘えられても耐えられているのは、中年だからこそ。

 無能ですが、年の功。


 意地でも耐えてみせます。


「愛してます」




 やっと、結婚する事が出来たワケだが。

 結婚後に嫉妬を味わうとは、本当に思ってもいなかった。


《やぁ、元気だったかい》


「マイケル」

《ココで働く事になったんだ、俺は料理で、君を支えると決めた》


「心配してくれてありがとうマイケル」

《コレは愛だよ、本当に君を。けれど、彼には負ける、俺は俺で俺なりの愛を伝える事にするよ》


「マイケル、でしたらココは貴族の家なので気を付けて下さい、誤解されてはアナタが解雇されるだけですよ」

《はいはい、でも分かっていて敢えて、俺を雇ったんでしょうご主人様》

『あぁ、勿論だ。愛する妻の為にも、より良い食事を提供し、妻の味方となって貰う為だ』


「そこまで」

『念の為だ、逃げ場を与えない程、私は余裕が無いワケでも無能でも無いのだから』


「ありがとうございます」

《では、ご命令通り、しっかりと奥様の味方となりましょう》

『あぁ、頼んだ』


 この男は妻を、幼い頃に亡くした妹の様に思っている、と。


 共に出掛けた料理屋で、妻の居ぬ間に忠告をして来た男。

 そして雇う事に決めた直後、友人からだと言う手紙を差し出して来た。


 同じく妻を妹の様に思っていた者が、どうか決して傷付けてはくれるな、と。


 私の妻として、十分だろう。

 妻はココまで、良き来訪者達に慕われているのだから。


「あの、本当に何も無いですからね」


『分かっているが僅かに嫉妬した、今夜は覚悟しておけ、良いな』


「またですか、一昨日も」

『まだ私は若いんだ、それに君もな』


 最近は、顔が赤くなる前に抱き着く様になってきた。

 顔が見えないのは残念だが、抱き締められるのが良い。


「あ、失礼しますね、毛繕いの時間ですから」


『分かった、今は、見逃してやろう』

「はい、では失礼致します」


 結婚後、中庭には2本角のユニコーンとナイアス種の夫婦も訪れる様になった。

 妻は契約により真に若返り、本来は長く生きるであろう道筋に戻った。


 健康で可愛いらしい妻。

 コレだけで、私の妻としては十分だろう。


《毛を毟ってきてやろうか》

『止めておけ、串刺しにされた後、溺れさせられるぞ』


《全く、あんなに幼い見た目の者の、何が良いのやら》

『お前と取り合いにならずに済んで助かった。お前も、そろそろ相手を見付けてはどうだ、結婚は良いモノだぞ』


《ふん、散々に忌避しておいて良く言う》

『あぁ、本当にな』


 結婚を経て、ココまで幸せになれるとは思っていなかった。

 復讐を糧にし、幸福を追い求められるのは、彼女が居るからこそ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ