12 最後。
《覚悟が決まったか》
「それがまだで、逆に、若返れば少しは乗り気になるかと」
《萎れているな、私の妻も心配していたぞ》
「すみません、ありがとうございます」
人種とは、脆くも弱い生き物。
最も短命で、群れる生き物。
《体調はどうだ》
「若返らせて頂いた時、とても体が軽く、やる気も出ていましたが」
《なら若返れば良いだろうに》
「ご褒美なら頂けますが、何か、借金の様に感じてしまって」
《この小心者め、何に怯えている》
「まだ見ぬ取り立て屋です、幸と不幸の帳尻合わせをする何かです」
《であれば褒美だろう、向こうで苦労しただろうに》
「そこまでしていません」
向こうの者は認識が捻じれていると言うが、本当だとはな。
《やれやれ、お前の不幸を誰が願う、ココでやっと帳尻が合うのだと何故思えん》
「以前の夫は、私には勿体無いと、あらゆる方に言われました」
《そう敵の味方の言う事に囚われてどうする、そこまで思い入れが有るのか》
「いえ全く」
《ココは向こうとは違う、分かっているだろうに》
「でも、16と」
《お前が有能で優秀であれば分かるが、お前は無能なのだろう?なら、寧ろ丁度良いのでは無いか、それともプライドが許さんか》
「いえ、ですが向こうでは犯罪です」
《ココでは犯罪では無い、それとも向こうに戻る気か》
「いえそれは無いです」
《なら慣れろ、愚か者の戯言に付き合うな、ココでのお前の人生を歩め》
難しい事だろう。
だがココで生きるのなら。
『ねぇ』
「はい?あ、どうも、旦那様にはお世話に」
『本当に、諦めて良いの?傷心から適当な未亡人の手に落ちて、ふしだらに転落しても、アナタは本当に後悔しないのね?』
私の妻は、恋を諦め水に命を委ねたモノの血筋。
誰よりも深く悲恋を知る精霊種。
「そうなったら、後悔します、ですが」
『そうなったら、アナタに後悔する資格は無いわ。だって見捨てたも同然、手放した、もう関わる資格は無い』
「はい」
『確かに短い生を幾度繰り返しても、そう大した成長は無いでしょう。けれど、2度の人生でアナタにしか出逢えなかったのよ?彼には確かに積み重ねが有る、その中で選んだ事が、本当に間違いだと思っているの?』
「いえ」
『怖いのは分かるわ、けれど、それで誰かを傷付けて良い理由にはならないでしょう?』
「はい」
『それとも、嫌いなの?』
「とても、素敵だと思います」
《どうしてココで言う、相手に言え相手に》
『大丈夫、裏切りが怖いのね、なら守ってあげる。もし彼が他の女を好きになったら、私が溺死させてあげるわ』
「それは困ります」
『離れ難い、好きなのね』
「はい、だからこそ」
『素直になりなさい、どんなに短い生でも、後悔は辛いわよ?』
妻の涙は涙を誘う。
そうして辛さを共有し、心を鎮める力が有る。
「はい」
『良い子ね、良い子良い子』
人種は脆く弱い。
更には寄る辺も無く家族も無いのなら、我らが守らずして、誰が守ると言うのだろうか。
《暫くの毛繕いだ、良いな》
「はい」
中年だと言うのに。
いや、中身が中年だと言うのに、つい泣いてしまった。
自分が、こんなにも怖がっていたなんて自覚は、本当に無かった。
『泣いただろう、どうした』
目の腫れも直して貰ったのに、涙が匂いでバレてしまう世界。
ココは異世界で、魔法が有って、美少年がオバサンに惚れてしまう世界。
「万が一の裏切りが恐ろしかったのです、信じていなかったワケでは無いのですが、本当に申し訳御座いませんでした」
『すまない、慮ってやれなかった、心細かったんだな』
「全く、自覚が有りませんでした」
『いや、だからこそ良く考えるべきだった、私に有りソウに無いモノについて』
「父は数年前に亡くなりました、母は、更に前に」
『すまなかった、追い詰めるつもりは本当に無かったんだ』
「私も、追い詰められているとは思ってもいませんでした、ですが不安でアナタ様を受け入れる事が出来ませんでした」
『いや、本当にすまなかった』
「受け入れようと思います、少しずつですが、はい」
『本当か』
「なので若返ったのですが」
『すまない、気付かなかった』
「目が悪いのですか?」
『いや、目に問題は無い筈だ』
恋は盲目。
けれど夢は覚めるモノ。
「恋が冷めるのは3ヶ月だそうですが」
『知っている、だからこそ3ヶ月待つつもりだ』
「成程、流石です」
『すまなかった、全く慮ってやれていなかった』
「そう振る舞っていましたし、私もそう思っていたので」
『いや、ダメだ、償わせろ』
「デカフェのザクロティーも仕入れて頂けますでしょうか」
『あぁ、仕入れる』
「私にも償わせて下さい、受け入れず傷付けてしまいました」
『いや、それは私の思慮不足が招いた結果だ、すまなかった』
性別以外は、何も似ている所は無い。
共感し、反省し謝ってくれる、そして償おうともしてくれているのに。
何故、どうして警戒する必要が有るんだろうか。
「私にも殆ど経験は無いも同然です、期待しないで下さい」
『分かった』
「あの綺麗な方の様に」
『アレに興味は無い、ソウと同じ対応をする者を探していただけだ。まさか、気にしていたのか』
「幾ばくかは、真逆ですし、復讐を成し遂げるには寧ろ」
『私なりに復讐する。単に見返すだけでは、それこそ子供の様な振る舞いだろう、それともそうして欲しいのか』
「お似合いにはならないかと」
『早く結婚しよう、私は味方だ、家族になろう』
「浮気をせず、しっかり、子孫を残して下さい」
『お前とだ、どんな手を使ってでも、お前との子孫を残す』
「ちゃんと、愛されていると私が分かる様に、愛して下さい」
『誓う、生涯を掛けて愛を伝える、愛している』
「はい」
償いについて揉めながらも、やっと、私の誕生日を終えたと言うのに。
「では、おやすみなさいませ」
『拗ねて職務放棄をして欲しいのか』
「何ですか、どうして欲しいか仰ってくれないと分かりませんよ」
『そうか、そんなに私のキスは下手か』
「そ、そんな事は無いですよ、急にどうしたんですか」
卑怯な手だとは思うが、彼女は落ち込む私を構わずには居られない。
『では何故、キスがたった1日3回なんだ、教えてくれ』
理由は分かっている、こうして抱きしめるだけで、頬に当たる耳まで熱くなっているのだから。
彼女は恥ずかしさで、私の事でいっぱいになってしまうからだと。
「では、何処にして欲しいんですか」
私は敢えて、彼女の顔を見ながら言う。
『勿論、唇に欲しい』
聞き終えるかどうかで、手で顔を隠し俯く姿が、堪らなく可愛いらしい。
愛おしい、愛らしくて堪らない。
「お顔の破壊力を考慮なさって下さい、このままでは死んでしまいます」
『成程、では慣れていないだけ、と言う事で良いのだろうか』
再び抱き締めると、今度は肩に頭を預け。
やっと、顔から手を離し、私の手に手を乗せ。
「はい、アナタ様の顔に、慣れていないのです」
コレの何処を愛せないのか、全く分からない。
こんなにも素直で可愛らしい者は、そう居ないだろうに。
『なら、君が目を瞑るのはどうだ』
「ダメです、まだ私の顔に自信が無いので」
『では灯りを消せばどうだ』
「それで、お願いします」
『成程、キスは構わないんだな』
「はぃ」
肩に顔を埋め、濁った返事をする。
こんなにも愛らしい姿を見せるとは、誰も知らない、気付きもしない。
『消しておく、ベッドにでも突っ伏しておけ』
「はい、助かります」
何処まで調子に乗ってしまおうか。
いや、敢えて甘えてみよう。
きっと彼女は、何とか最後の砦は守るだろう。
『さぁ、消したぞ』
「先ずは、頬からで、宜しいですか」
『あぁ、何処でも構わない』
眩しい。
朝日は眩しいし、ご主人様は眩しいし。
「あれ」
『おはよう』
と言うか私、コレは、完全に寝坊。
「あっ」
『そろそろ月経の時期だろう、敢えて寝かせておいただけだ、心配するな』
「あぁ、申し訳御座いません」
ご主人様は、体調管理と子作りの為にと、記録する様に申されまして。
はい、徹底的な記録管理の元、最早私より周期を把握しております。
『排卵日前と月経前には、落ち易いと聞いたんだがな』
「なん」
『良く耐えてくれた、流石私の婚約者だ』
いえ、実に危ない所でした。
40代の理性が無かったら、もう受精してましたよ。
「一応、中身は40代、ですから」
もう、半ば逆にそう唱えて耐えていましたよ。
まだだ、良い年なら我慢しろ、と。
『本当に君で良かった、私の理性はとっくに崩れていた、助かった』
甘え方が知能犯過ぎて、ちょっともう良く分かりませんが。
自信を付けさせ様としてくれてもいる事は、良く分かりました。
「次は、違う甘え方で、お願い出来ますでしょうか」
『今度は君から触れて欲しい』
抱き締めて何と言うかと思えば、コレですよ、本当に心臓に悪い。
悪いのに、若さのせいか頗る元気。
私の聖獣さんの奥様、ナイアス種の方に毎日検診して頂いてるんですが。
血圧や心臓に問題無し、血が濁っている気配も無し、と。
と言うか、ご主人様。
またお元気ですか。
「あの、そんな言葉を、何処で」
『本だ、君の為に日々勉強している最中だが、不足か』
「いえ、身に余り過ぎて溢れております」
『なら言葉にしてくれ、私はコレでも不安だ、言葉も欲しい』
切ない顔をされると、つい負けてしまいそうになるのですが。
まだ、私達は未婚です。
「好きです」
『まだ足りない』
多分、こんなに甘えられても耐えられているのは、中年だからこそ。
無能ですが、年の功。
意地でも耐えてみせます。
「愛してます」
やっと、結婚する事が出来たワケだが。
結婚後に嫉妬を味わうとは、本当に思ってもいなかった。
《やぁ、元気だったかい》
「マイケル」
《ココで働く事になったんだ、俺は料理で、君を支えると決めた》
「心配してくれてありがとうマイケル」
《コレは愛だよ、本当に君を。けれど、彼には負ける、俺は俺で俺なりの愛を伝える事にするよ》
「マイケル、でしたらココは貴族の家なので気を付けて下さい、誤解されてはアナタが解雇されるだけですよ」
《はいはい、でも分かっていて敢えて、俺を雇ったんでしょうご主人様》
『あぁ、勿論だ。愛する妻の為にも、より良い食事を提供し、妻の味方となって貰う為だ』
「そこまで」
『念の為だ、逃げ場を与えない程、私は余裕が無いワケでも無能でも無いのだから』
「ありがとうございます」
《では、ご命令通り、しっかりと奥様の味方となりましょう》
『あぁ、頼んだ』
この男は妻を、幼い頃に亡くした妹の様に思っている、と。
共に出掛けた料理屋で、妻の居ぬ間に忠告をして来た男。
そして雇う事に決めた直後、友人からだと言う手紙を差し出して来た。
同じく妻を妹の様に思っていた者が、どうか決して傷付けてはくれるな、と。
私の妻として、十分だろう。
妻はココまで、良き来訪者達に慕われているのだから。
「あの、本当に何も無いですからね」
『分かっているが僅かに嫉妬した、今夜は覚悟しておけ、良いな』
「またですか、一昨日も」
『まだ私は若いんだ、それに君もな』
最近は、顔が赤くなる前に抱き着く様になってきた。
顔が見えないのは残念だが、抱き締められるのが良い。
「あ、失礼しますね、毛繕いの時間ですから」
『分かった、今は、見逃してやろう』
「はい、では失礼致します」
結婚後、中庭には2本角のユニコーンとナイアス種の夫婦も訪れる様になった。
妻は契約により真に若返り、本来は長く生きるであろう道筋に戻った。
健康で可愛いらしい妻。
コレだけで、私の妻としては十分だろう。
《毛を毟ってきてやろうか》
『止めておけ、串刺しにされた後、溺れさせられるぞ』
《全く、あんなに幼い見た目の者の、何が良いのやら》
『お前と取り合いにならずに済んで助かった。お前も、そろそろ相手を見付けてはどうだ、結婚は良いモノだぞ』
《ふん、散々に忌避しておいて良く言う》
『あぁ、本当にな』
結婚を経て、ココまで幸せになれるとは思っていなかった。
復讐を糧にし、幸福を追い求められるのは、彼女が居るからこそ。