10 お買い物。
『やはり大差無いな』
「皺、たるみ、かなり幼くなりましたよ」
『些末な事だ』
「はぁ、何でも良く見えてしまいますか」
『あぁ、見える』
誰ですかこの方は。
キラキラニコニコと。
「ちょ、まだ」
『キス位は良いだろう、死を乗り越えさせてくれ』
「何と狡い言い草を」
『待たせたお前が悪い』
コレが、ギャップ萌え。
未知の世界で、うっかり流されそうになりましたが、コレですよ。
可愛くも何とも無い私。
「まだです、まだ婚約はお受けしていません」
『元既婚者だと言うのに堅い所も良い、仕方無い、暫く我慢してやろう。さ、買い物に出掛けるぞ、茶会用の一式は持っていないだろう』
一体、幾ら払う事に。
税金ですよ、借金生活に。
いえ、道を間違われるより、借金を取りましょう。
私の人生なんかより、有能なる伯爵様の人生です。
「ご縁が無かった場合」
『払い下げてやる、心配するな』
流石、若くして成り上がっただけは有りますよね。
本当に、勿体無い。
「コッチでお願いします」
『なら折角だ、私が負けたなら、相場より安く払い下げてやろうか』
「それはダメです、税金なんですから」
仕事の時には物腰が柔らかいと言うのに、気が強く押し負けない所も良い。
『分かった、好きにしろ』
「はぁ、勿体無い」
『もう勝った気でいるのか』
「違います、この可愛いお衣装が私に着られ勿体無い、と言う意味です」
『私にとってはお前が1番可愛いがな』
「私にはご令嬢方の方が遥かに可愛く見えます」
『種類が違うだけだろう、それともココで口説いて欲しいのか』
「遠慮させて頂きます」
『そうか、遠慮せずとも出し惜しみはしないぞ』
「外では特に出し惜しんで下さい」
『次は靴だな、少し休憩しよう、運んでおいてくれ』
《はい、畏まりました》
侍女長とは違う若い侍女を連れて来たが、コレですら不満には思っていないと言うのに。
一体何を気にしているのだろうか。
『さ、行くぞ』
「ダメです、使用人とお茶など」
『ではもう1着必要だな、隣に行くぞ』
「なっ、あ、もう」
『心配するな、もし負けたらしっかり払わせてやる』
「幾らで売れるのか楽しみにしています」
若さ故に、こうした話し方をしているが。
出来るなら萎縮せぬ相手と、対等に話し合いたいと思っていた。
だが、叶う相手は居なかった。
ソウだけだ。
《ふふふ、遠慮なさるからこそ、かも知れませんね》
「成程」
《あ、いえいえ、誂う楽しさについてのみです。お好きなのだと、私にも良く分かりますから》
「どうにか、反対して下さいませんかね?」
《私にも弟が居りますが、寧ろ、応援してしまいますね》
そして妹も姉も、夫も居りますので。
はい、良く分かりますよ。
「何でです、こんな年増」
《今は、違いますよ》
「はぁ」
《失敗する事は誰にでも有る事。それに、寧ろ大人びてらっしゃるご主人様には、丁度良いかと》
「コレ以上賛成派の意見が出るのでしたら、もうマッサージしませんよ?」
《あら、それは困りますね、ふふふ》
侍女のソウの要望で、自らケーキを選んでらっしゃるご主人様。
今まで数々の令嬢とのお出掛けに同行させて頂きましたが、こんな姿を私は見た事が有りません。
『どうした』
「反対派を探しているのですが、どうやら本当に見付からないのです、何か圧力を掛けては居りませんか」
『していないが、以後するか』
「ではもう黙っておきますね」
『私はずっと話したかった』
ソウが着任し暫くしての事、上の空とまでは申しませんが、ご令嬢に集中してらっしゃらなかった。
そしてお茶会でも夜会でも、無意識に無自覚に、比較してらっしゃった。
いつ気付かれるのだろうとヤキモキしておりましたが。
はい、今はすっかりお気付きになられ。
全く加減出来ていませんね。
「少し、お花を摘んで参ります」
『あぁ』
思った反応を返されず、幾ばくか落ち込んでらっしゃる。
《少し宜しいですか》
『あぁ、何だ』
《後で私達にもケーキを下さいませ》
『交渉材料は何だ』
《少しは手加減をして下さいませ、彼女は経験しても随分と前に諦めた方、ならば不慣れは当然の事。いきなり強力な口説き文句は、寧ろ冷静さを欠いているのでは、そう不安にさせてしまうかと》
『そうか』
《浮かれまいと必死に否定する事に繋がり逆効果です、それより今は、少しでもご納得頂ける様にお話しすべきかと》
『選んでこい』
《はい、ありがとうございます》
私達使用人と致しましては、寧ろ、さもありなん。
却ってお似合いでらっしゃる、そう思っているのですが。
「あら、ケーキをお選びで?」
《はい、良き働きのご褒美にと、使用人用を選ばせて頂いております》
「成程、ココのオススメはラズベリーケーキですとナポレオンパイです」
《ありがとうございます、ふふふ、それも入れておきますね》
上位のご令嬢ともなると、私達使用人を本当に空気の様に扱うのですが。
ご主人様は、きっと、それをお許しにはなれないでしょう。
「私はコレです」
『いや、ソッチだな』
「何で毎回毎回、高い方を選びますかね」
『お前に似合う物が偶々高いだけだ』
「まさか、裏で」
『貴族が何の仕込みも無しに店に行くと思うのか、いきなり用意させては困らせる事になるだろう』
「あぁ、やはり庶民には」
『心配するな、侍女長も居る、私も教えてやる』
もし令嬢達とこうなったなら、どう接すれば良いのかと、悩んだ事も有る。
だが彼女には、自然とこうしたい、と体が勝手に動く。
「もしかして裏で、かなり遊ばれて」
『おい庶民、不敬罪で捕まえさせるぞ。こうしたいと思ったのも、何もかもお前だけだ』
手を取り甲にキスをし、腰に手を回す。
コレらをどのタイミングで行うべきなのか、そんな事を悩んだ時期も有ったが、相性さえ合えば考える必要すら無い。
したい様にすれば良いだけ。
「不運な元既婚者を舐めないで下さい、本気で困っていますからね」
『遊んでいるつもりは無いが、実に愉快だな』
「もしダメになったとしても、婚約前の方に」
『お前だけだ、他にはしない』
ただ出掛けるだけで、こうまで愉快だ、と思える日が来るとは思わなかった。
やはり私には彼女が必要だ。
「もう少し、ご自身の容姿を理解された方が」
『何処が不満だ』
「ご理解してらっしゃいましたね、失礼致しました」
『大した道具にはならないと思っていたが、お前に不満が無いのなら、コレも悪くはないな』
顔を赤くしてくれるのなら、何故受け入れてくれないのだろうか。
何故、どうして。
「ニーナさん、助けて下さい」
《はいはい、ココまでと言う事で。ご主人様、真面目にお選び頂けないのでしたら、次は私達だけで選んでしまいますよ》
『分かった』
「助かりました」
《いえいえ、私もコチラが良いと思いますよ、使い回しが利きますから》
「では、はい、そうします」
『ほう、ニーナの言葉は素直に聞き入れるのだな』
「時と事情によります」
《では、次は髪飾りを選びましょうか》
「えっ、まだ買うんですか」
《はい、伯爵家が舐められてはいけませんから。さ、お運び致しますから、参りましょうね》
「はい」