1 薔薇とジャガイモの花〜平凡な40代の女が何故、美麗な少年伯爵に溺愛されるまでに至ったか〜
私は異世界転移を果たしていました。
いつの間にか、いや、思い当たる節は有りますが。
ココに来る理由も意味も、全く分からない。
だって40才ですよ。
処女でも無い、何か才能や知識が有るワケでも、見た目が良いワケでも何か意欲が有るワケでも無い。
全く意味が分からない。
いや、ココが地獄なら分かりますが。
いや確かに、地獄と言う名の国には居ますが、ココは寧ろ天国なんですよ。
『おはようございます』
「おはようございます」
こうして、今さっきの方、妖精の血筋が入った人型の生物。
人種、と呼ばれる現地民の見目麗しさを見放題。
まぁ、私達も人種と言う分類ですが。
人種とは、あくまでも外見的特徴を記す為の、書類上の分類でしか無い。
詳細な情報は個人情報なので、詳しく知るには、親しくなる他に無いのですが。
正直、どうでも良い。
向こうで結婚に失敗し苦労したのに、ココでまで苦労したく無い。
出来るなら、のんべんだらりと暮らしたい。
マジで。
「あの、何処かで雇って頂く事は可能なのでしょうか」
『大変、助かります、でしたらココはどうでしょうか』
「ココ、ですか」
『はい、ココです』
ココとは、監督所と呼ばれる、私の様な者の保護施設。
常識がかなり違う世界なので、野良と呼ばれる保護されなかった者が問題を起こし、ココに連れて来られる場合も有る。
そう、問題を抱える者も扱っているんですよね。
かなりの数を。
「お試しは、可能ですか」
『はい勿論、では早速、内容のご説明から始めさせて頂きますね』
住み込み労働者は別棟にて、3食昼寝付き。
昼寝付き。
「昼寝付き」
『はい、要は休憩ですので、起きていても構いません』
「あぁ、はい」
『そして……』
制服は完全支給、服に靴にエプロンを、そして辞める際は服とエプロンは返還。
下着等は実費、但し石鹸等の日用品は配給なので実質タダ。
もう既にこの時点でお得にしか思えないが、更にお給金は日給10,000ユーロ。
但し、労働時間は10時間。
業務内容の基本は清掃と報告、出来るなら料理やお裁縫、場合によっては教官の補佐。
やる事は幾らでも有る、不人気職らしく人手が足りていない棟が有るらしい。
そして幾らまで稼ぐかの目安、ココの物価について。
光熱費込みの家賃は平均80,000。
水場や台所が共用だと60,000、宿屋だと清掃込みで120,000。
外食だと日に1,500が平均で、28日計算で、ざっと40,000。
最低でも100,000から130,000ユーロが必要。
それに加えて借金の返済。
卒業評価次第で、ココでお世話になった金を払う率が変わる。
Aなら10%、Bなら30%、Cは50%が借金となり。
Sは特別地区行きで免除。
Wは、100%。
私はAなので、14日の10%、日に10,000だったので2日で返せる。
つまり12日から15日働けば、確実に外で暮らせる。
「最低でも12日間は働きたいのですが」
『ありがとうございます、最初は2日働いて頂き、休みを挟んで3日間。以降は様子次第で、となっております』
「助かります」
『いえいえコチラこそ。では、如何致しましょうか』
「はい、宜しくお願い致します」
『はい、コチラこそ、宜しくどうぞ』
正直、コレが正解だったと思います。
同郷の棟はかなり綺麗に使って頂けているので、掃除が楽、補充もズルをしないので管理も楽。
少し縫い物を教えるだけで感謝されますし、配膳しただけでお礼を言って貰える。
もう、本当に天国。
《君の棟が本当に羨ましいよ、トラックに突っ込まれる前に、国籍を変えておけば良かったよ》
「おー、マイケル、ナイスジョーク」
『私もー、本当に無理』
《代わってくれよハニー》
『お願い、1日だけ』
「絶対に嫌ですね、倍額積まれてもお断りです」
《だよなぁ、俺もだよ、はぁ》
「どんマイケル」
『お願い、マッサージして、起こすしヘアスタイル完璧にしてあげるから』
「交渉成立」
『愛してる』
「ミートゥー」
海外棟はもう、床に唾は吐くし食べこぼしがエグいしで、何もかも汚い。
しかもセクハラや差別まみれでもう、凄く削られるらしい。
と聞き、休みに少し見学したんですが。
もう、本当に凄かった。
《マッサージ、後払いじゃダメか?》
「良いですよ、但し1部位15分だけ」
《愛してる》
「はいはい、じゃあお昼寝してきますね、また後で」
《愛してるよハニー》
『私もよー』
コミュ障なので、接触は2人共に向こうから。
マイケルは食事を取る際に料理の説明を求められ、料理名を答えたのが切っ掛け。
リュウさんに至っては、私を同じ国の者だと勘違いした事が切っ掛け。
『ちょっとオバサーン』
はい、本当の事ですが失礼なので無視します。
《ちょ、無視されてるんですけど》
「ウケる」
『何アレ、マジウザ』
うん、死ね。
卒業出来無い組めが。
『あ、あの、すみません』
「はいはい、何でしょう」
『すみません、B棟って』
「あぁはいはい、コッチですよ」
『すみません、ありがとうございます』
「いえいえ」
この子は卒業したんですが、出戻り組です。
借金をし白パンのサンドイッチ屋を開いていたんですが、白パンや味付けに馴染みが無い現地民が多く、売り上げ目標を達成出来ず。
経済学を学ぶ事を条件に、借金の利子を無効にしている状態。
ココは中世に近いままなので、主食は黒パン等の固めで酸味の有るパンが食べられている世界。
真っ白く綺麗に製粉すれば、それだけ単価が上がるわ食べ慣れないわで、日に10食も売れれば良い方。
雑穀米おにぎりが安く売っているのに、高級白米おにぎりを買う勢力が殆ど居ない。
当たり前と言えば当たり前なんですが、美味しいは美味しいんですよ、我が国では馴染みが有るので。
ですがウチの棟の者は、母国、東の国に向かう者が多い為。
まだ、まだ早かった、だけ。
『あの、今日のは、どうでしたか?』
「美味しかったですよぉ、だし巻き卵サンド、それに前回の海苔トーストも。知り合いのマイケルが海苔トーストに嵌って何枚も食べてましたよ」
『そうなんですね、良かった』
「いえいえ、少し時期が悪かっただけかもですし、めげずに頑張って下さい。毎日とはいきませんが、お店が復活したら食べに行きますよ」
『ありがとうございます』
「いえいえ、では、ココです」
『はい、ありがとうございました』
「いえいえ」
若いって良いですよね。
私には何かしたい意欲も何も有りませんし、こうして無理したせいで出戻る事が多い。
やっぱり、暫くココで様子見しましょうかね。
《俺、やっと、金が貯まったんだ》
「おめでとうマイケル」
『実は私もなんだー』
「おめでとうございます、出て何をするんです?」
『一旦ココの母国を見ようと思って』
「あぁ」
《俺は、君を娶る》
灰汁が強い顔って苦手なんですよね。
それに年の差が凄いですし、コレ冗談でしょうし。
「却下で、お店でもやるんですか?」
《いや、食堂の皿洗いからだ、ココでも俺は料理人を目指す》
「衛生、気を付けて下さいね、健闘を祈っておきます」
『ソーちゃんは?何をするの?』
草薙数子、なんですが。
何処を取っても呼び辛いそうなので、草をそうとし、ソーと呼ばれる様になりました。
北欧神話の神と同じだと、マイケルが大爆笑していたのは良い思い出。
「試しに、侍女見習いでもしようかと」
いや、コレ結構ハードルが高いんですよ。
ホテルマンになら楽勝らしいんですが、病弱で社会に出ぬまま結婚して、子無しで気が付いたらココに居た。
しかも特技も無い、掃除や料理がそこまで好きでも無いので、大した知識も無いと難しいだろうと説明されていた仕事。
なので本当に自信が無いんですが、逆に言えば雇用側の目が厳しそうなので、やる気を示しつつココに滞在し続ける為だけに。
希望就職先として出しただけ、なんですよ。
ほら、本当に意欲が無いと向こうの良い様に利用されるかも、ですから。
《君なら出来るよ、うん》
『大丈夫、自信を持って』
2人共に、私を年下だと誤解してくれているので、そのままにしてあるんですが。
本当、単なるオバサンなんですけどね。
「ありがとうございます」
《よし、明日の晩にお祝いしよう》
『そうね、そうしましょ』
そもそも多く抜ける時期なので、敢えて残る事にしただけ、でも有るんですよね。
大体同じ時期に来て、目安も殆ど同じ。
他にも残る方はかなり居ますが、特に目標の無い私にとっては、ココは寧ろ天国なので。
出来るだけ貯めて、飽きるか嫌になったら出ようかと、そう思っていました。