第三話 はじまりの輪郭
「じゃ、まずはあたしからな。改めて、佐々木ミク。異星人の分析や、取引先の対応をメインにやってる。よろしくな!」
ニカッと歯を見せて笑う佐々木の姿に、市ヶ谷の胸の緊張がほんの少しゆるむ。
その明るく飾らない笑顔は、場の空気までも軽くしてしまう不思議な力があった。
「改めまして、九条光國といいます。現地に赴いて調査する業務が多いですね。これから市ヶ谷くんにも手伝ってもらう予定なので、よろしくお願いしますね」
九条は物腰柔らかく、姿勢も声も丁寧そのものだった。
その上品で穏やかな雰囲気に、市ヶ谷は胸の内がすっと落ち着いていくのを感じる。
(会社って人間関係が一番大事って聞くけど……九条さんが上司なら、なんとかなりそうな気がする)
「それでは市ヶ谷くん、自己紹介をどうぞ。市ヶ谷くんがどんな人なのか、教えてくださいね」
「あっ、はい!」
九条がそう声をかけてくる。市ヶ谷はちょっと驚きつつ、しかし覚悟を決めて、前を向いた。
「市ヶ谷ソラと言います。H大学に通っていましたが、鬼人族の襲撃に巻き込まれた際、佐々木さんに助けていただき、この会社に入社することになりました。
物心ついた頃から養護施設で暮らしていて、両親はいません。なので、生活スキルだけは結構自信があります。
これから一生懸命がんばりますので、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします!」
発表を終えると、周囲からあたたかな拍手が起こる。
数は少ないが、その音が市ヶ谷の緊張をじんわりとほぐしてくれた。
(……大丈夫。なんとか話せたし、歓迎してもらえてる)
「うん、いい自己紹介だったな。次、青、頼むぞ」
佐々木に指名され、野崎が立ち上がる。
「ボクは野崎青といいます。いろいろやっているけれど、九条さんと現場に出ることが多いかな。奇しくも市ヶ谷と同じく、養護施設育ち。だからなんだか親近感わいちゃった。これからよろしくね、市ヶ谷」
ニヤリと笑う野崎の言葉に、市ヶ谷は少し驚く。
てっきり育ちの良いお坊っちゃまだと思っていた野崎が、自分と同じ境遇だったとは。
(……あの所作の美しさ。どうやって身につけたんだろう?)
施設を出た後、九条のような大人たちの中で育てられたなら、ああいう身のこなしも自然と身につくのかもしれない。
もしくは、かなり厳しい施設で育ったのかもしれない。
そのせいで、あの察しの良さ――人の心情を読み取る技術も身につけたのかもしれない。
(優雅な見た目や態度に反して、実はすごく苦労してるタイプかもな……)
思わず視線を落とす市ヶ谷だったが、そのとき――
「よし、次は雨戸。最後が清司な!」
佐々木の声が、場を切り替えるように響いた。
「雨戸、明澄……。えっと……追跡調査とか、抑制対応とか……やってるけど……」
長い前髪で目元を隠した陰気な男性が、ぼそぼそと口を開いた。
「その、まだ危険かもだから……市ヶ谷くんは、関わらないかも……」
声はか細くおどおどとしているのに、広い肩幅とがっしりした腕が妙にアンバランスだ。
――案外、武闘派なのかもしれない。
(ギャップ系の強キャラ……いやいや、漫画じゃないし)
そう心でツッコみながらも、ちょっとワクワクしている自分がいる。
あの控えめな態度の奥に、何かすごいものが隠れてるような気がした。
「んじゃ、ラストは清司な」
佐々木が言うと、丸坊主の青年がゆっくりと立ち上がる。
口元のピアスが、照明を反射してギラリと光った。
(やっぱコワイ……)
反射的に身構える市ヶ谷だったが、その第一声は――
「鷹浜清司。もうすぐ二十一。俺も孤児だったけど、社長に拾われて、養子になった。だから苗字は社長と同じ。みんなからは清司って呼ばれてる」
落ち着いた、低くて静かな声だった。
「雨戸班の一員として、雨戸サンと、今日は来てないけど切里サンと一緒に仕事してる。
……市ヶ谷ソラ、これからよろしく頼む。仕事は、正直キツイときもあるけど――一緒に頑張ろう。俺たちで、この国を少しでも良くしていこう」
(……え?)
市ヶ谷の目が見開かれる。
口元のピアス、凶悪顔、そのすべてに怖気付いていた自分が、心の底から恥ずかしくなる。
「あっ、はいっ! よろしくお願いします!」
たどたどしくも、しっかりと頭を下げる。
その瞬間、心の奥がじんわりと熱くなった。
(……こんなにちゃんと挨拶してくれるなんて。見た目だけで判断しちゃダメだ……)
ふと視線を横にやると、野崎が肩をすくめて、あきれたような顔でこちらを見ていた。
(な、なんだよ……そんなに見なくてもいいだろ)
その視線は「マヌケ」とでも言いたげで、市ヶ谷は少しだけ気まずさを覚えた。
「はいはい、みんなありがと。これで自己紹介は終わり、っと」
佐々木が軽く手を叩いて締めくくる。
「本当はもうちょっと社員いるんだけどさ、今は別件だったり、まあ……サボってるやつもいるし?」
(サボり……!?)
思わず内心で驚く市ヶ谷だったが、すぐに「いろんな事情があるのかも」と考え直す。
(顔と名前、どんな人がどんな仕事をしてるか。
まずはそれを覚えることから始めよう。今の自分にできることは、それくらいだから……)
――そんなふうに思っていた矢先、
「で、“サボり魔”の切里だけどさ、今日は絶っっ対来いってあたし言ったよな〜?」
佐々木が腕を組んで、雨戸に詰め寄る。
「き、切里さんは……その……夜勤だったから……」
「お前さあ、いい加減切里庇うのやめろ!」
雨戸が目をそらしながらも苦しい言い訳をすると、佐々木が呆れたようにため息をつきながら言った。
その口調は鋭くもあったが、どこか”いつものこと“と言いたげでもあった。
(……仲いいんだな)
その様子を見つめる市ヶ谷の胸に、ふわりとした温かさが広がっていく。
(みんな言いたい放題なのに、不思議とギスギスしてない)
なんだか、ちょっとだけ居心地がいい。
まだ完全に馴染めた訳ではないが、それでも、「ここにいてもいいのかもしれない」と、ほんの少しだけ思えた。
「さて」
九条が静かに立ち上がり、ゆったりと市ヶ谷の方へ歩み寄る。
「それでは市ヶ谷くん。仕事内容についてご説明しましょう。四階の執務スペースへご案内します」
その丁寧な言葉に、市ヶ谷はすっと背筋を伸ばした。
新しい一日が、確かにはじまっていた。
読んでいただき、ありがとうございます。
【新たな登場人物】
雨戸明澄
鷹浜清司
切里?