思い込みの伯爵令息
ロザリア学園は、貴族の子息たちが集う名門校として、その荘厳な佇まいを誇っていた。高くそびえる白亜の塔、手入れの行き届いた庭園、そして豪華な調度品が並ぶ広大なホール。ここでは社交術や教養、礼儀作法など、未来の貴族としての必要不可欠な教育が施されていた。そこに集う生徒たちは、すべてが名家の子息たちであり、互いに誇り高く競い合っていた。
その中でもエドワード・アスターは、伯爵家の嫡男として一目置かれる存在だった。彼の背筋は常にまっすぐに伸び、振る舞いは優雅で、学問にも優れていた。彼は学院内で数々の栄誉を手にし、将来を嘱望される若き貴族として、多くの友人や教師からも称賛を受けていた。
しかし、エドワードには一つの欠点があった――極端なまでに思い込みが激しい性格だ。彼は一度信じたことは揺るがず、それがいかに現実とかけ離れていようとも、自らの信念を曲げることがなかった。そんな彼に転機が訪れるのは、学園の中庭でのことだった。
ある晴れた午後、エドワードは学園の中庭を歩いていた。手入れの行き届いた花壇からは色とりどりの花が咲き誇り、緑の芝生が広がるその場所は、貴族の子息たちにとっての社交場でもあった。エドワードがいつものように中庭を歩いていると、ふと視界の端に一人の女性が映った。
彼女は子爵家の令嬢、カタリーナ・ヴェルノンだった。鮮やかな金髪が光を受けて輝き、風にそよぐその髪はまるで絹糸のよう。彼女の瞳は深い青色で、まるで星空のように吸い込まれそうな美しさをたたえていた。その立ち姿は優雅で、上品な装いが彼女の気品をさらに引き立てていた。彼女は友人たちと談笑しながら、軽やかに笑みを浮かべていた。
エドワードはその瞬間、心臓が大きく打ち鳴るのを感じた。
「これこそ、運命の出会いだ…!」
彼の胸の中で、確信が生まれた。カタリーナの美しさと気品、そのすべてが彼にとって完璧だった。これまでの人生で、これほどまでに強く引かれる存在はいなかった。エドワードの視界は彼女一人に集中し、周囲の光景はすべてぼやけて見えるほどだった。
「彼女こそ、僕の未来の伴侶にふさわしい…!」
エドワードの心は、もはや彼女に囚われてしまった。彼はその場で思い立つと、すぐに行動を起こした。運命を待つのではなく、自ら掴みに行くのだという確固たる決意が、彼の足を前へと進ませた。
「カタリーナ嬢、少しお時間をいただけますか?」
エドワードは自信に満ちた笑顔を浮かべ、カタリーナに声をかけた。彼女の友人たちは一瞬驚いた様子でエドワードを見たが、すぐにその場から離れ、二人きりにしてくれた。カタリーナは少し戸惑った表情を浮かべながらも、丁寧に微笑んで彼に応じた。
「はい、エドワード様。何かご用でしょうか?」
その優雅で礼儀正しい声に、エドワードの胸は高鳴った。彼女がこうして応じてくれたのも、自分に好意を抱いている証拠だと勝手に確信したのだった。彼は自らの気持ちを抑えることができず、積極的なアプローチを始めることを決意した。
「あなたに一目惚れをしました、カタリーナ嬢。どうか、私とお話しする時間をもっといただけないでしょうか?」
エドワードの言葉は真剣そのもので、彼にとっては当然の告白だった。しかし、カタリーナは一瞬、驚いたように瞳を見開き、その後すぐに冷静な表情を取り戻した。
「エドワード様、それは光栄ですが…私はすでに婚約者がいるのです。」
彼女の口調は丁寧で、申し訳なさそうだった。しかし、エドワードはその言葉を聞いてもまったく動揺しなかった。むしろ彼は、彼女が本心を隠しているのだと信じ込んでしまったのだ。
「婚約者…?しかし、私はそんな噂を一度も聞いたことがありません。遠慮されているのではないですか?」
エドワードは自信満々に答えた。カタリーナが断る理由など存在しないと確信していたのだ。彼の思い込みは、すでに彼女の意思や現実を超えていた。
こうして、エドワードの積極的なアプローチが始まった。彼は誰の目も気にせず、まっすぐに彼女への愛情を追い求め、周囲の忠告すら耳に入らなくなっていくのだった。
エドワードのアプローチが始まってから数週間、親友のリチャードは彼の異常なまでの熱心さを心配していた。昼食後の庭園で二人が一緒に歩いていると、リチャードは意を決して口を開いた。
「エドワード、お前、最近ちょっと様子がおかしいんじゃないか?カタリーナ嬢のことだよ。少し控えめにした方がいいと思う。」
エドワードは、親友の忠告を一笑に付した。
「何を言ってるんだ、リチャード。恋っていうのは時には情熱を持って追いかけるべきものだよ。君もそのうちわかるさ。」
リチャードはため息をつき、エドワードを正面から見据えた。
「いや、違うんだ。カタリーナ嬢は婚約者がいるって何度も言っているじゃないか。これ以上続けるのは、君にとっても彼女にとっても良くない。」
だが、エドワードはその忠告をまるで耳に入れていなかった。
「婚約者だって?僕は一度も見たことがないし、そんな話はでっち上げに違いない。彼女もきっと心の中では僕を受け入れる準備をしているんだ。」
リチャードはそれ以上言葉を続けることができなかった。彼の目にはすでに、エドワードが自分の言葉を聞いていないことが明らかだったからだ。
エドワードのアプローチは次第にエスカレートしていった。ある日、彼は昼食の時間に彼女が座っているテーブルへとやって来た。周りには友人たちもいたが、彼は気にすることなくカタリーナに声をかけた。
「カタリーナ、今日は君のために特別な食事を用意したんだ。君の好きな料理だと聞いてね。」
エドワードは銀のトレーに乗せた豪華な料理を自信満々に差し出したが、カタリーナは以前よりもさらに冷たい表情で彼を見つめた。
「エドワード様、私は本当にもうこれ以上は…お気持ちをお受けすることはできません。」
彼女の言葉は冷ややかで、明らかに拒絶の意思が込められていた。しかしエドワードはそれすら「ためらい」として受け取り、微笑んだ。
「気にしないで。君も時間が必要なんだろうね。僕は待つさ、いつか君の心が僕に向く日まで。」
カタリーナの顔には苛立ちが浮かんだが、エドワードはその表情を「恥ずかしさ」と解釈し、彼女の友人たちの前で堂々と座り続けた。カタリーナは友人に目配せをし、無言のまま席を立って去っていった。
エドワードの行動が学園中に広まり、ついに教師たちも動き出すこととなった。ある日、彼は学院長から個別に呼び出され、学院長の部屋に通された。
「エドワード、ご両親も君の行動を心配している。最近、カタリーナ嬢に対する君の振る舞いが少々行き過ぎているという報告が入っているんだ。」
学院長は落ち着いた声で、しかし厳かな口調で話しかけた。エドワードは一瞬だけ驚いた表情を見せたが、すぐに笑みを浮かべた。
「先生、それは誤解ですよ。彼女に婚約者がいるという話は嘘に違いありません。カタリーナは僕に心を開こうとしているんです。」
学院長は眉をひそめ、深くため息をついた。
「エドワード、恋には礼儀が必要だ。君は、彼女がすでに他の男性と婚約しているという事実を尊重すべきだ。君の行動は、学園内の秩序にも悪影響を及ぼしかねない。」
しかし、エドワードはその言葉すらも自分の都合よく解釈した。
「先生、ご心配には及びません。彼女が本当に婚約者を愛しているなら、僕を拒絶するはずです。しかし、彼女はまだ心を完全に閉ざしてはいないんです。」
学院長はエドワードが聞く耳を持たないことに失望し、これ以上の忠告が無意味だと悟った。
エドワードのアプローチが頂点に達したのは、学園の図書館でのことだった。カタリーナは一人で読書をしていたが、エドワードはそれを見つけると、すぐに彼女の隣に座り込んだ。
「カタリーナ、今日は君に僕の心のすべてを伝えたいと思っているんだ。君もそろそろ自分の気持ちに気づいているはずだ。僕たちは運命で結ばれているんだよ。」
エドワードは情熱的な口調で彼女に語りかけたが、カタリーナは本から顔を上げ、今度こそ完全に冷たい目で彼を見た。
「エドワード様、もうやめてください。私はあなたに何度もお伝えしましたが、私にはすでに大切な人がいます。それを軽んじて、これ以上私を困らせるのはやめてください。」
彼女の声は以前よりもはるかに厳しく、冷たいものだった。エドワードは一瞬驚いたように見えたが、すぐに微笑を浮かべ直した。
「そんなに強く言わなくても大丈夫だよ、カタリーナ。君が僕を拒絶する理由なんてないはずさ。君もいずれ気づくだろう、僕たちが運命の相手だってことに。」
その言葉にカタリーナは立ち上がり、エドワードに向かって毅然とした態度で言い放った。
「もうこれ以上、私に近づかないでください。あなたのことを軽蔑しています。」
その冷たい言葉に、エドワードは微笑んだまま立ち尽くし、彼女が図書館を去っていくのを見送った。しかし、彼はその冷たい拒絶すら「照れ隠し」として受け取り、ますます自信を深めるばかりだった。
エドワードの振る舞いに耐えかねた友人たちは、最後の試みとして集団で彼に忠告することに決めた。昼食後、彼らは食堂の隅にエドワードを呼び出し、リチャードを代表にして話を始めた。
「エドワード、もういい加減にするべきだ。僕たちはお前がカタリーナ嬢を好きだという気持ちを理解しているけど、これはもう迷惑行為だよ。君は彼女に尊重される立場にあるべきだ。」
他の友人たちもうなずきながら口を開いた。
「みんな知ってるよ、彼女が他国の令息と真剣に婚約しているってこと。お前は彼女を困らせているだけだ。」
しかし、エドワードは顔色一つ変えずに笑みを浮かべた。
「君たちはわかっていないんだ。恋には試練がつきもので、これはその一つに過ぎない。僕が彼女を追い続ける限り、彼女は僕の愛を受け入れるはずさ。」
友人たちはその言葉に完全に呆れ果てた。リチャードが重々しい声で言った。
「もういい。お前には何を言っても無駄だ。俺たちは君のことを心配して忠告してきたけど、もうこれ以上巻き込まれたくない。」
友人たちは一斉に立ち上がり、エドワードを残して去っていった。彼らの目には諦めの色がはっきりと浮かんでいた。エドワードは一瞬だけその様子を見つめたが、すぐに彼の心は「試練を乗り越えれば、愛は成就する」という確信に満たされたままだった。
エドワードは卒業式の日を心待ちにしていた。彼はついにこの日、皆の前でカタリーナにプロポーズすることを決意していた。彼の心は希望に満ちていた。彼女は、これまでの彼の努力に感動し、喜んでその場で婚約を受け入れてくれるに違いないと信じていたのだ。
式が始まり、エドワードはカタリーナを探し回ったが、彼女の姿がどこにも見当たらない。彼女はこの式典の華だ、絶対に見つかるはずだと、彼は焦りを覚えつつも信じていた。
ふと、カタリーナの友人たちが集まって話をしているのが目に入った。彼女たちは笑顔で、何か楽しげに話している。エドワードはその会話に耳を傾けた。
「カタリーナ、卒業式に出られなかったのは本当に残念だけど、結婚式が楽しみね!彼女は今頃、きっと幸せでいっぱいでしょうね。」
「ええ、あんなに素敵な婚約者がいるなんて、羨ましいわ。大恋愛の末の結婚なんてロマンチックよね。」
エドワードはその言葉に自分のことが話題になっていると信じ込み、喜びを抑えきれずに、会話に割り込んだ。
「そうだろう!僕もカタリーナとの結婚式が楽しみだよ。君たちもぜひ参加してくれ!」
その言葉に、彼女たちは一瞬顔を見合わせ、次の瞬間、周囲は凍りついたような静寂に包まれた。エドワードの言葉を聞いた全員が動きを止め、場の空気が重くなった。そして、次第にひそひそ声が聞こえ始め、ついには嘲笑の波が押し寄せた。
「エドワード様、本気でおっしゃっているのですか?」
「結婚式って…お前、まだそんなこと言ってるのか?」
「彼、本気で自分がカタリーナと結婚できると思ってるの?」
「ええ、まさか、彼はまだ気づいていないの?」
女性たちは嘲笑を押し隠すことすらせず、堂々と顔をしかめながら離れていく。
「気持ち悪いわ…エドワード様なんて絶対に近づかないようにしなきゃ。」
「私たちが結婚相手にされないように、しっかり距離を保たないと。」
その言葉は鋭い矢のように、彼の心に突き刺さった。だが、嘲笑の中でもエドワードはまだ何が起こっているのか理解できていなかった。
その時、リチャードが近づいてきて、ため息混じりに声をかけた。
「エドワード…お前、まだカタリーナ嬢とのことを諦めていないのか?もういい加減に目を覚ませ。彼女はすでに他国の令息と結婚しているんだよ。」
「何を言ってるんだ、リチャード?僕は彼女の心を掴んだんだ。彼女は僕を愛している。そうに違いない。」エドワードは必死に笑顔を作り、反論した。
リチャードは深く眉をひそめ、呆れたように頭を振った。
「本当にわからないのか?カタリーナ嬢はずっと君に断っていたんだ。彼女の婚約者は他国の令息だ。だからお前は見たことがなかったんだよ。彼女はもうその国に輿入れしている。もう遅いんだ。」
エドワードの耳にはその言葉が信じられなかった。まさか、そんなはずがない。カタリーナは自分を遠慮して断っていたのだ、ずっとそう思っていた。だが、リチャードの真剣な表情を見て、次第にその現実が彼を圧倒していった。
「彼女は本当に…結婚したのか?」エドワードの声は震えていた。
「そうだ、エドワード。彼女の婚約はみんな知っていた。お前以外はな。」
エドワードの胸に冷たい現実が突き刺さった。彼が信じていたすべては崩れ去った。カタリーナの冷たい拒絶の言葉、周囲の忠告、すべてが彼の頭の中で再生され、ようやくその意味を理解した。しかし、理解した時にはすでに手遅れだった。
「お前、周りから散々言われても無視してたよな。」
「恋に障害があるって?お前の言う『障害』って、彼女が完全にお前を嫌がってたってことだろう?」
「おかしいと思っていたんだよ!何度も断られているのに、まだ追いかけていたなんて、よっぽど鈍感なんだな!」
「本当に気づかなかったのか?」
「あんなに国を超えた大恋愛で有名な令嬢だったのに、一人だけ気づかなかったとは。」
周りの嘲笑がますます大きくなり、彼の心に深く刻まれていく。
その時、学院長がエドワードの方に近づいてきた。彼は厳粛な表情で、冷静に話し始めた。
「エドワード、君には以前も忠告したはずだ。恋には相手を尊重することが必要だと言っただろう。しかし君はそれを無視し続け、学園の秩序を乱した。結果として、君の評判は貴族として致命的なまでに傷ついた。」
学院長の言葉は、まるで最後の止めを刺すかのように冷酷だった。エドワードは言葉を発することもできず、ただ立ち尽くした。
女性たちはその様子を見て、さらに彼を避けるようにして散っていった。誰一人として、彼に手を差し伸べる者はいなかった。
「まったく、あんな人に目をつけられたら大変よ。私たち、絶対に関わりたくないわ。」
「もうエドワード様のことなんて誰も相手にしないわね。」
ホールは笑い声と軽蔑の言葉で満たされ、エドワードはその場に立ち尽くすしかなかった。彼の心は粉々に打ち砕かれ、誰一人として彼を助ける者はいなかった。
彼がカタリーナへのアプローチを繰り返し、無視してきた忠告や拒絶の数々――すべてが嘲笑となって彼を追い詰めていたのだ。
彼の世界は完全に崩壊した。自分の行動がすべて無駄だったこと、自分が築いた幻想が破壊されたこと、そして何より、周囲からの信頼を完全に失ったことにようやく気づいたのだ。
エドワードはその場を後にし、ふらふらと伯爵家へと戻った。伯爵家の重厚な扉を開けると、冷たい空気が彼を迎えた。館の中はいつもと違い、まるで彼の到着を待っていたかのような張り詰めた沈黙が漂っていた。父の書斎へと足を運ぶと、父と母、そして次男アランが揃って彼を待ち受けていた。彼らの顔には、失望と怒りが色濃く表れていた。
父親がゆっくりと立ち上がり、エドワードに冷たい視線を向けながら口を開いた。
「エドワード、お前がどれだけ我が家の名誉を汚したか、今こそはっきりと言わねばならない。」
エドワードは何も言えず、ただ沈黙の中で父の言葉を待った。父の声には抑えきれない怒りと絶望がにじんでいた。
「まず、お前の学園での振る舞いだ。カタリーナ嬢への無礼で執拗な追いかけ回し…お前のせいで我が家はあの子爵家だけでなく、他の貴族たちからも白い目で見られるようになった。『あれがあの名門アスター伯爵家の跡取りか』と、陰で噂されている。お前の異常な行動が、カタリーナ嬢とその婚約者の名誉を傷つけ、我が家の名誉も同時に傷つけたということだ。」
エドワードはその言葉を聞いて、顔をしかめた。彼は恋愛に障害があることを自らに言い聞かせていたが、今やそれは自分勝手な幻想だったことを認識し始めていた。
「お前は、学院長から何度も忠告を受けていただろう。友人たちの忠告も無視し続け、ついには学園の教師たちまでが我が家に手紙を送り、私たちに対処を求める事態になった。お前のことを庇うのにどれだけ苦労したか分かるか?あれほどの数の忠告を無視するのは、愚か者以外の何者でもない。お前がすべての警告を無視し、ついにはカタリーナ嬢に完全に嫌悪されるまで追い詰めた結果、我が家は貴族社会の笑いものになっている。」
父の顔は怒りで赤く染まり、その目には冷たい光が宿っていた。両親が裏でどれほどの問題を処理していたかを初めて知った。エドワードは自分の愚行がもたらした影響の大きさを感じ、言葉を失った。だが、それはまだ序章に過ぎなかった。
「お前は一人の女性しか見ていないと言い張っていたが、その執着がどれだけ醜く映ったか、少しでも考えたことがあるのか?他の貴族家の令嬢たちは、お前に関わることを恐れている。『カタリーナの次は自分だ』と怯えているのだ。お前は周りを恐怖で追い詰め、我が家の名誉を地に落とし、多くの家々に悪評を広げた。その結果、どの貴族家もお前に自分の娘を近づけないようにしている。母親たちはお前のことを『押し付けられたくない貴族』とまで呼んでいる。」
父の口から冷徹に放たれる一言一言が、エドワードに容赦なく突き刺さった。まるで重い鎖のようにエドワードにのしかかる。彼は知らないうちに、自分自身だけでなく家族全体を貶めていたのだ。次第に目の前がぼんやりとし、視線が足元へと落ちていった。だが、まだ終わりではなかった。
次に母が鋭い声で口を挟んだ。
「お前のせいで、どれだけ私が他の夫人方に顔を合わせるのが苦痛だったか…お前が迷惑をかける度に、私は頭を下げなければならなかったのよ!『エドワードはまだ若いから』、『きっと誤解だ』と言い訳をし続けたけれど、もう限界だった。カタリーナ嬢のことが世間に広まってからは、誰も我が家と親しくしようとはしなくなった。どんな集まりでも、私たちの家族の名は囁かれる。『あのアスター伯爵の嫡男は狂気じみている』と。」
母親の目には涙が浮かんでいたが、それは怒りと失望からくるものだった。かつて誇り高く社交界で輝いていた面影を失い、怒りと失望に満ちた顔でエドワードを見つめていた。彼女の目には、一切の温かさが感じられなかった。エドワードを見つめ、唇を震わせながら続けた。
「私は何度もあなたを信じたかった。あなたが、家族の名誉を守るために立派に成長してくれると。でも、もう限界よ。あなたがカタリーナ嬢を追いかけている姿を思い出すたび、私たちは苦しめられてきたの。もう二度と社交界に顔を出せないかもしれないわ。お前のせいで、私たちはすっかり孤立してしまった。」
エドワードは目を閉じ、頭を垂れた。自分がここまで家族に迷惑をかけていたことを、今さらになって理解し始めた。
そして、次に口を開いたのは弟のアランだった。彼は冷ややかな笑みを浮かべ、兄を見下すような視線を向けた。
「兄さん、結局何もわかっていなかったんだな。カタリーナ嬢が嫌がっていたのは明白だったし、周りは皆それを知っていた。なのに、兄さんだけが勝手な幻想を抱いて、貴族としての体面を全く考えず、あの令嬢を追いかけ続けたんだ。どれだけ家族を追い詰めたか考えたことがあるか?僕はずっと見てきたよ、兄さんがどんどんおかしくなっていくのをね。」
アランの言葉には冷淡さと軽蔑が混じっていた。
「父上と母上は兄さんに何度もチャンスを与えてきたが、兄さんはそれを全て無駄にした。だからこそ、僕が伯爵家嫡男の座を引き継ぐことになったんだよ。兄さんの行いがどれだけの損害を与えたか分かる?僕はこれからその損害を補填しなければならないんだ。兄さんが引き起こした問題の後始末をするのは僕だよ。これからは兄さんがどんなに後悔しても、もう戻る道はない。」
アランの言葉に、エドワードは茫然とした。まさか自分が伯爵家の跡を継ぐことをすでに奪われていたとは、夢にも思っていなかった。エドワードは弟の冷たい言葉に打ちのめされ、茫然自失となった。父親の叱責、母親の失望、そして弟の冷酷な言葉。それらが彼の心に深く突き刺さり、立ち直ることができないほどの痛みを与えた。
自分の足元が崩れていくような感覚を覚えた。家族の失望、家の名誉の崩壊、自分自身の愚かさ。そのすべてが、彼を取り巻き、圧倒していた。
父親は最後に、重々しい声で宣告した。
「エドワード、これ以上家の名を汚すことは許されない。お前にはもう伯爵家の未来を担う資格はない。お前の愚行の代償は大きすぎた。これ以上は我々も庇いきれない。静かに、身を引け。もうお前に期待することは何もない。」
その言葉が、彼にとって最も重い宣告だった。家族からの失望が確定的なものとなり、エドワードは完全に孤立してしまったのだった。彼の胸には、深い虚無感と後悔だけが残された。
母親は無言のまま、冷たく彼を見つめ、部屋を出て行った。エドワードはその場に立ち尽くし、家族からの完全な絶縁を感じた。
家族の失望を目の当たりにし、彼は自らの愚かさを痛感しながら、茫然とその場に崩れ落ちた。